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2010年2月

2010年2月27日 (土)

「楽しき生涯」-内村鑑三 より

原文 (自訳)
我の諂ふべき人なし (我に、気に入るように振る舞わなければならない人はいない)
我の組すべき党派なし (我に、派閥のようなものはない)
我の戴くべき僧侶なし (我に、上におしいただく僧侶はない)
我の維持すべき爵位なし (我に、維持すべき勲章はない)

我に事ふべきの神あり (我につかえるべき神あり)
我に愛すべきの国あり (我に愛すべき国あり)
我に救ふべきの人あり (我に救うべき人あり)
我に養ふべきの父母と妻子あり (我に養うべき父母と妻子あり)

四囲の山何ぞ青き (周りの山はなんと青く)
加茂の水何ぞ清き (加茂の水(信濃川の支流)はなんと清き)
空の星何ぞ高き (空の星はなんと高く)
朝の風何ぞ爽《さは》き (朝の風はなんと爽やか)

一函の書に千古の智恵あり (ひと箱の書物に永久の知恵あり)
以て英雄と共に語るを得べし (もって、英雄とともに語る機会を得られる)
一茎の筆に奇異の力あり (筆には力があり)
以て志を千載に述るを得べし (よって、志を千年述べ続けることができる)

我に友を容るゝの室あり (我に友を招く部屋があり)
我に情を綴るゝのペンあり (我に気持ちを綴るペンがあり)
炉辺団坐して時事を慨し (炬燵等に坐して時事を語り)
異域書を飛して孤独を慰む (いろいろな本(海外の本)をを読んで孤独を安らぐ

翁は机に凭れ (おじいさんは机のもたれ)
媼は針にあり (おばあさんは針仕事)
婦は厨《くりや》に急《せ》はしく (妻は炊事に忙しく)
児は万歳を舞ふ (子供は万歳をしている)

感謝して日光を迎へ (感謝して日光を迎え)
感謝して麁膳に対し (感謝して食し)
感謝して天職を執り (感謝して天職を行い)
感謝して眠に就く (感謝して眠りに就く)

生を得る何ぞ楽しき (生きていることなんと楽しき)
讃歌絶ゆる間なし (賛歌絶えることもなく)

良い文章だなと思いましたが、この通りに生きることはなかなか、なかなか・・・

2010年2月21日 (日)

「官僚川路聖謨の生涯」 著者 佐藤雅美 より歴史を感じて

「幕末」からの歴史は、れきじょと同様に、中高年にも大変興味のある時代です。

「川路聖謨」の時代は、幕末の少し前からの話となるが、幕末を理解する上では貴重だと思っている。ちなみに、現在の山川の教科書には、一箇所に記載があるのみでした。

そこには、「ペリー来航によって、幕臣からは永井尚志、岩瀬忠震、川路聖謨らを登用して対外交渉にあたらせた」、という一文でした。

永井尚志、岩瀬忠震、ともに、歴史に名を残していますが、一番貧乏からスタートしているのは、川路聖謨になります。

川路聖謨の官僚としての階段を上がるための“最初”を築いてくれたのは、聖謨の父親 内藤吉兵衛であり、母親であり、そして、必要な資金を提供してくれた、母親の父、日田代官所手付高橋小太夫がいたからだと思います。おそらく出世に対して、より貪欲であったのは、聖謨の父親であり、この父親が居なければ、聖謨自身だけでは、その実直な性格から、出世欲までは芽生えなかったのではないかと思います。

また、上司が部下の「生殺与奪の権利」を持っている時代であり、また、幕府落日に向かう時代でした。そのような中において、さまざまな上司が登場しますが、聖謨の頭脳明晰、人間性の高さ、実直さ、愚直さ、清廉潔白、則をわきまえた行動により、信頼を得てきたのだろうと思います。

官僚生活のスタートとなる法律を司る公事方の役人に推挙してくれた、勘定奉行石川主水正。また、そこで能力を発揮した聖謨を引き上げてもいきました。

布衣 久須美六郎座左衛門、寺社奉行 脇坂中務大輔、老中 大久保加賀守、老中の大久保加賀守氏は、政治的手腕は水野忠邦に一歩譲るとありますが、二宮金次郎を引き立てた人でもあります。友人、同僚としては、藤田東湖、横井小楠、渡辺崋山がいたとあります。

ここで、勝海舟は氷川清話の人物評において、西郷隆盛を自分よりも高く評価をしている中で、藤田東湖、川路聖謨らをあまり評価されていない。一方、西郷隆盛は藤田東湖を高く評価していたりする。人間関係の興味深さを感じたりもできます。

また、外交交渉では、プチャーチンに随行していたイワン・ゴンチャロフは次のように書いています。

「川路を私達はみな気に入っていた。(中略)川路は非常に聡明であった。彼は私たちを反駁する巧妙な弁論をもって知性を閃かせたものの、それでもこの人を尊敬しないわけにはゆかなかった。彼の一言一句、一瞥、それに物腰までが、すべて良識と、機知と、炯眼(けいがん)と、練達を顕していた。明知はどこへ行っても同じである。」

プチャーチンは帰国後に「日本の川路という官僚は、ヨーロッパでも珍しいほどのウィットと知性を備えた人物であった」と書いています。

著者である佐藤雅美評では、「群を抜いて優秀な官僚であった。官僚の鑑であり、接待は受けず、間違ってもただ酒は飲まなかった。」とあり、

もう1冊、川路聖謨について書かれている 吉村昭評では、「川路は、幕末に閃光のようにひときわ鋭い光彩を放って生きた人物である。軽輩の身から勘定奉行筆頭まで登りつめたことでもあきらかなように、頭脳、判断力、人格ともに卓越した幕吏であった・・・私が川路に魅せられたのは、幕末の功労者であるとともに、豊かな人間性にある」とあります。

幕末に向かい、そして、その後の日本を変えていった(好きな)歴史上の人物をブログで書いてみたいと思います。

2010年2月20日 (土)

「夢をかなえる勉強法」 伊藤真 著者 を読んで

 「勉強」は一生だと思っている。では「試験」は一生であろうか?

 勉強をした結果を試験でどの程度まで会得、体得したのかを確認する上では良いのかもしれない。一方で、「試験」の結果は、試験の種類にもよるが、合格か不合格かしか分からないものがある。また、答案の戻ってくるケースも少ないため、不合格の場合に、どこが良くなかったのかが分からないこともある。

 40歳を過ぎた頃から、年齢のせいにはしたくはないが、試験を受けても結果が出せなくなり、結果が出ない事により、どこが良くなかったのかが分からなくなってしまっている。勉強はしているのに、結果が出ない。「勉強法」が良くないのかもしれない。そんな時に見つけた本である。

ü  「夢をかなえる勉強法」、合格後だけでなく、不合格後の人生も考える (P7)

ü  合格する前に「合格体験記」を書いてみる。できるだけ具体的に、リアルに。常にゴールからさかのぼって今を考えることが大事であるから。 (P8)

ü  合理的な勉強法とは、「全体像」をつかむこと、体系を考えることが重要。本質をつかむ。 (P22)

ü  未知の問題が出た時にどう対処するのか重要になる。マニュアルを作る。作る過程にも意味がある。(P39)

ü  世の中には自分が知らない世界や知らない社会が山ほどある。自分が知っているのはほんの一部だ。 (P53)

ü  「セルフレクチャー」。見る、聞く、触るなどの五感(ありったけの感覚)を総動員して知識を記憶させる方法である。自分で自分に講義する。 (P64)

ü  クールに構えて、何でも知っているふりをするのではなく、多少大げさでもいいから、恥ずかしがらずに感情を表に出そう。それだけで、記憶力はかなり向上するはずだ。 (P69)

ü  いやと言うほど繰り返すのだ。繰り返しているうちに、一定の域を超えてしまう。すると脳が「これは生きていくために必要な記憶だ」と錯覚してしまう。そうすれば、絶対に忘れない。 (P70)

ü  マーカーの塗り方一つで合否の差が出る。 (P82)

ü  合格できるかどうかは「能力×気力×勉強法」のバランスである。気力を奮い起こせるのは、その先にワクワクする夢があるからだ。ワクワクできなければ、その道は自分がやりたいこととは違うのだから、やめた方がいい。すべてが思い通りに上手くいったとしたら、どちらがよりワクワクできるかで考えるのだ。 (P108)

ü  スランプに陥った時は、まずその原因を紙に書き出すことにしている。原因が分からなければ対処できない。不安要因はすべて紙に書き出してみる。 (P113)

ü  「元気ノート」、元気がいい時に、思いつく限りありったけの長所を書いておく。「夢ノート」、試験に合格した後や、将来やりたい事を全部書きだしておく。(P119)

ü  これしかないとしがみつくから不安になり、弱くなる。これがなくなってもほかにあるさ、と言えるくらい多面的な世界、多面的な考え方を持てるようになれば、少々のことではへこたれなくなる。 (P139)

ü  一言でいえないのは、分からない証拠。 (P177)

ü  人生に迷ったら、一度素の自分に戻ってみるといい。少年時代、何かに夢中になっていた自分を思い出してみる。そうすれば、本当にやりたかった事が見えてくる。 (P193)

ü  「耳に入る言葉」に気をつける。言霊、言葉には目に見えないエネルギーが宿っている。否定的な言葉を使う人のそばには行ってはいけない。聖書には、「始めに言葉ありき」と書かれている。言葉を粗末にすると、勉強効果も半減する。 (P198)

ü  自分の人生の目標は何か? それはなぜか? そのために何をしているのか? (P188)

ü  「やればできるんだ」、そして勉強には「勉強のやり方」がある。勉強法が分からなければ、躊躇せずにとにかく人に聞く事だ。努力を続ければ、いつかはかなうはずだ。やればできる、必ずできる。これが著者の座右の銘である。 (P200)

もう一度、能力は今一つかもしれないが、勉強法を確認しなおして、気力でがんばる!

2010年2月14日 (日)

「アドラー心理学入門」-岸見 一郎 著 について

第1章、アドラーはどんな人だったのか。

第5章、人生の意味を求めて。

この2つの章は、ある程度理解をできたように思うのですが、第2章~第4章は、まだ読み込みが足りていないようです。

アドラーは人間の悩みはすべて対人関係の悩みである、と言っています。(P44

アドラー心理学では、縦の人間関係は精神的な健康を損なうもっとも大きな要因である、と考え、横の対人関係を築くことを提唱します。(P89)

縦社会である会社員を24年やってきていると、『納得です!』と思いました。

一方、自分の力だけで生きていけるかと言うとそうではありません。他の人との協力がなければ生きていくことはできません。自分ができることは自分で解決して決して依存しない、しかし自分だけで解決が困難なことは他者からの協力を得てもいいですし、逆に私たちもそういう場合に初めて他者に協力して援助することができるのです。

対等の横の関係になって初めて援助し、協力し、勇気づけることは可能なのであって、それ以外の対人関係において援助することは不可能なことです。実際には横の関係に立つということは言葉では理解できるかもしれませんが、困難なことです。人と向き合う時、瞬時に自分が上なのか下なのかを判断する習性があると言っていいくらいです。(P94)

“育児と教育”については、罰しない、叱らない、ほめるのでもない、「勇気づけ」が大切である。(第二章)

困難は克服できない障害ではなく、それに立ち向かい征服する課題です。たしかに忍耐も地道な努力もいるかもしれませんが、自分には課題を達成できる能力があるという自信を持つように援助することができれば勇気づけができた、ということができます。それは、ほめるのとは違って、すなわち、評価するのではなく、喜びを共有すること、自分の気持ちを伝えることは勇気づけになります。当たり前だと思って見逃しがちな行為に対して「ありがとう」とか、「うれしい」とか、「助かった」といってみます。実際には、多くの親がそんなことは当たり前だと思って見逃してしまうことが多いのです。当たり前だと思って見逃しがちな行為に対して「ありがとう」とか「うれしい」とか「助かった」というような言葉をかけることから始めます。

力で押さえず根気よく話し合います。優しいというのはこういう意味です。他方、課題を分離し、自分で課題に立ち向かえるのであれば、不必要な介入はしないという意味できっぱりと接するのです。

精神的に健康であるとはどういうことか、それは、自己受容(いまの自分をそのままで受け入れること)、他者信頼(他の人も信頼できる)、そして他者貢献(人から受けるだけでなく他の人に与える、あるいは、他の人から受けるだけでなく返すという事がなければなりません)、どれ一つ欠くことができません。健康なパーソナリティー、幸福であることの大きな条件です。これをアドラーは「共同体感覚」という言葉で表しています。

そもそも人と人とは分かり合えないということをアドラーは前提にしているのですが、だからこそ話し合うしかない、と考えるのです。ここで、言葉によって問題解決を図らないことの背景には、相手を自分よりも劣ったものと見なしていて、話しても分からないだろうという思い込みがあるという事です。(P88)

そもそも相手を理解することは不可能である、とアドラーは考えているのです。だからこそ言葉を使うコミュニケーションが重要であることを強調するのです。(P169)

10人の人が居れば、付き合っていきたいと思えるのは2人の人です。(P151)

「たった一人でも私のメッセージを理解して、それを他の人に伝えてくれれば、私は満足だ」(P184)

無理に全員と分かり合おうとすると、精神的負担が大きくなるのですが、自分ができる範囲でよいのかもしれない、と思えると、ほっと感じるところでした。

一方で、「他人を気にしない(P149)」、「普通であることの勇気(P67)」は、不景気な中での、縦社会の会社員(これは、劣等コンプレックス(P64)、人生の嘘(P135)かも?)をしていると、収入を維持したいと考えるのか、行動が伴っていないところがあると思っています。

でも、「楽観主義(P173)」、「できることから始めよう(P179)」と心にとめて、これからも生きていきたいと思います。

お薦めの一冊です!

『戦 艦 武 蔵』 吉村 昭 著 を読んで

「なぜ、日本は負けると分かっていた戦争(太平洋戦争)をしたのか?」

 その答えの一つがここにあるように思いました。

 また、日本史の教科書には、「日本経済は1933年(昭和8年)ころには、世界恐慌以前の生産水準を回復した。とくに、軍需と保護政策とにささえられて重化学工業が目覚ましく発達し、工業生産額のうち、金属・機械・化学工業が1933年(昭和8年)には繊維工業をうわまわり、さらに1938年(昭和13年)には全体の過半を占めた。

 ここには、「なぜ、“経済”もまとも(実はまともではなかったわけですが)な時に戦争に向かったのか」、この時期の少し前に満州事変(1931-1933年)は起きていましたが、戦争が起きていたとは言えない、この時期に「軍需」で経済を回復していた答えの一つもここにあるように思いました。

(吉村氏のあとがきより)

 私は、戦争を解明するのには、戦時中に人間たちが示したエネルギーを大胆に直視することから始めるべきだという考えを抱いていた。そして、それらのエネルギーが大量の人命と物を浪費したことに、戦争というものの本質があるように思っていた。戦争は、一部のものがたしかに「煽動」して引き起こしたものかも知れないが、戦争を根強く持続させたのは、やはり無数の人間たちであったにちがいない。あれほど厖大な人命と物を浪費した巨大なエネルギーが、終戦後言われているような極く一部のものだけでは到底維持できるものではない。

(解説より)

吉村 昭氏の作品の底にある人間観、それは人間というものは何をしでかすかわからないということへの暗い好奇心と、何をやってもタカが知れているという、無常感をはらんだ徒労の意識である。

世界一の巨艦をもつことが、「何のために」という問いに対して、この作品は論理的には十分な答えを与えていない。にもかかわらず、その非論理こそが、暗黙のうちに人間を動かしてゆくものだということを、作者は十分に自覚している。“武蔵”の建造は、論理はどうあれ至上命令として確定される。このとき“武蔵”の効用や役割は不思議に第二次的な意味しか持たず“武蔵”はほとんど神話的な象徴としての意味をもってしまうのである。

“愚行”に専念しうる人間の奇怪さこそが、作者の暗い好奇心の対象になっていると言ってよいのである。

所員たちには、一つの確信があった。自分たちのつくっているこの巨大な新艦が海上に浮かべば、日本の国土は、おそらく十二分に守護されるだろうと。かれらは、この島国の住民の生命・財産が、自分たちの腕にゆだねられているのだという、強い責任感に支配されていた。

それらの小さな人間の群れの中で、おびただしい量の鉄で組み立てられた巨大な船体が、奇怪な生物のように傲然と横たわっていた。

“武蔵”は、19383月に起工、194011月進水、そして、19441024日に悲惨と言う言葉が適切か分かりませんが、戦没。

 “武蔵”は「第二号艦」であり、これに先立つ「第一号艦」が、あの“大和”である。193711月に起工、19408月進水、そして、19454月に戦没。ほぼ同型の戦艦になる。

 “武蔵”の戦没が、終戦までに、まだ一年あったこと、巨艦“武蔵”沈没の隠蔽があったことから、沈没時に生き残った乗組員も戦地に散らされ、その後、数名しか日本に生きて帰れていないことは、“武蔵”の暗い運命を物語っている。

 加えて「第三号艦」も作られている。“信濃”と言われている。19405月に起工、194410月進水、そして、194411月に戦没。「第三号艦」も当初同型の戦艦として起工された。しかし、航空機の急速な発達に注目した航空主兵主義が、山本五十六海軍大将、大西竜治郎海軍少将らを中心に海軍部内を支配しはじめ、その表れとして1941128日の開戦と同時に航空機による真珠湾攻撃と言う形をとったのである。そして、その二日後に行われたマレー沖海戦では、航空兵力が海上兵力に優位を示すことが決定的な事実となってあらわれた。そこで、“信濃”は、「航空母艦」として変更がされている。それでも巨艦であることに違いはなく、“大和”、“武蔵”より全幅、全長で数メートル上回っており、1961年にアメリカの原子力空母エンタープライズが登場するまで、史上最大であったということである。

 この巨艦巨砲主義の大幅な後退により、「第四号艦」も194011月に起工していたが、工事半ばで中止、解体されている。

日本史の教科書だけでは、感じることができない、「太平洋戦争」と「日本」という国がここにあると思いました。

2010年2月13日 (土)

『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』を読んで

「啐啄同時」-禅において、師匠から弟子へ知恵の伝授が行われるときの心得のこと。自分をあきらめない人材であれば、誰でも必ず高みに到達できる。しかしそのために人は、正しい殻と、正しい師匠を見つけなければならない。

いきなり引きつけられました。

 

第1章 何のために育てるのか(人材育成の目的)

 『国民にとって、パンの次に重要なのは、教育である。』

 企業の利潤、商売の利益というものは、社会に対する貢献度によって決まるものであり、その貢献の度合いによって社会は企業に利潤をもたらす。

 経営の神様と称されるピーター・ドラッカーも、企業にとって利益とは目的ではなく、社会貢献を続けるための原資であると述べています。

 企業活動を一番シンプルに表現すれば、その中身は、1.売上を最大化し、2.コストを最小化する、と言うたった2つの行動にまとめることができます。

 「ドラッガーは、企業の財産は人であるとも言われていましたよね。」

第2章 誰を育てるのか(育成ターゲットの選定)

 『私は人間を弱者と強者、成功者と失敗者とにはわけない。学ぼうとする人としない人にわける』

 「積極的学習者(全体の10%)」、「消極的学習者(全体の60%)」、「学習拒否者(全体の30%)」の3種類の人材がいるとしています。

 そこで、「伸びる人材の共通点」としての7項目

1.      素直であること

2.      好奇心旺盛であること

3.      忍耐力があり、あきらめないこと

4.      準備を怠らないこと

5.      几帳面であること

6.      気配りができること

7.      夢を持ち、目標を高く設定することができること

 「守破離(しゅはり)」ジュニアのうちは基本を忠実に守り、ミドルになり型の一部を自分なりに改善する形で破り、ついにはシニアとして自分の師匠から教わった型から離れて完全に独自のやり方に至る(自らが師匠になる)という学習のプロセスを表現した言葉。ジュニアには可能性(種)があり、ミドルには華(花)があり、シニアには収入(実)があると考えると、世阿弥の表現における永遠性に触れられます。

 自分をあきらめない

 どこまでも個々の社員の潜在能力を引き出せるかが会社の業績を左右する

 社員を勇気づけ、成長の手助けをすることで会社の業績を伸ばしていくような経営が理想

第3章以降では、いつ育てるのか、どうやって育てるのか

 ガス抜きの基本は「笑う機会を増やすこと」にあります。

 人間の学びは、その70%までもが「経験」によると言われています。

 メモ、日記やブログは、その瞬間に学んだ事を記録しておくためでもありますが、もっと大切なのは、アウトプットを意識して「経験」を積むと、つねに「なにか記憶しておくべきことはないか」という態度で時間を過ごせるようになることです。

 いま、われわれが重要だと思っている技能や力は陳腐化しうる。しかし新しい技能や力を学習する能力(ability of learn)は陳腐化しない。

 「経験」の方が座学よりも貴重であると考えられます。但し、受身の経験よりも自発の座学の方が優れていると考えている。経営能力の獲得には経験と知識のバランスが必要である。

 人材育成のデザインは「教えずに学ばせる」事を目指さなくてはなりません。教えると学ばないのが人間という生き物なのです。自ら学ぶように仕向ける仕組みを提供するのが人材育成プログラムの本質です。

 「どんな能力を鍛えれば、この会社で認められる存在になれるのですか?」、即答できるものが準備できていない会社は、長期的にはその地位を弱めていくことになります。

≪マネージャーの機能≫

 マネージャーとは「理念実現のために、組織長として部下を従え、必要に応じて利害の異なる社内外の人々と連携しつつ、経営者により与えられる組織目標を実現する者」と定義しました。

²  現状ばかりでなく、どうあるべきかについてのビジョンを持っている

²  自分の責任範囲を超えて、全体のために「善いこと」をする気力が充実している

²  他の皆があきらめるような最悪な状況でも、ポシティブに、笑顔で前進することができる

²  問題にあたっては、まずは理論(先人の知恵)を参照することができる

²  少なくとも2つの分野において、社内では専門家と言えるレベルにある

²  数多くの挫折や修羅場を乗り越え、他人に認められる成功体験を経てきた

²  多種多様な仕事を経験して、会社の仕組みに精通している

²  ビジネス一般について、十分な教養を持っている(マーケティング、会計、IT、グローバル)

²  全社レベルで物事のプライオリティーを理解することができる

²  いかなる物事も測定し、グラフや図として報告する習慣がある(測定できないものは管理できない)

²  経営者が把握すべき指標(KPI)を理解し、つねに最新の数値を記憶し、必要に応じてアラートを出せる

²  経営者にエスカレーションすべき問題の切り分けを間違えない

²  セクショナリズムを嫌い、他部門との意見交換や人材交流を積極的に行う

²  部門をまたがる組織横断プロジェクトで、リーダーシップをとることができる

 そして、「修羅場の経験」を積極的に評価する

1.      業務上の大失敗

2.      昇進の遅れや降格

3.      部下の問題

4.      職制の変更や転職

5.      個人的なトラウマ

 また、教材を魅力的なものにするための指針として、ARCSモデルがある。

 Attention、まず学ぶ人の注意を引きつける

 Relevance、学ぶ人が「役に立ちそうだな」と感じる(関連性)

 Confidence、学ぶ人が「これなら自分にもできそうだな」という自信

 Satisfaction、学ぶ人が「受けて良かったな」という満足感

格言として

 貧困とは衣食住に恵まれない事だと思うかもしれません。しかし真の貧困とは、誰からも必要とされない、愛されない、気にかけてもらえない事なのです-マザー・テレサ

 自らに対し、少ししか要求しなければ、成長はしない。きわめて多くを要求すれば、何も達成しない人間と同じ程度の努力で、巨人にまで成長する-ピーター・ドラッガー

あとがき

 経営企画室や戦略コンサルタントたちの仕事が不要なのかと言えば、それは違います。「泥だらけ」という言葉に酔い、過度に主観的になりがちな現場からのボトムアップの声を根気強く拾いつつ、そこにできる限り網羅的で科学的なアプローチを適用していくようなインテリジェントな活動の価値は、今後も増すことはあっても減ることは決してありません。

 「戦略の立案」と「戦略の実行」は、経営戦略における車の両輪です。このどちらが欠けても、企業経営はうまくいきません。

 「戦略の実行」は人事部にしかできないと考えています。なぜなら、現実に「戦略の実行」を妨げるのは、利害の異なる人材の間で起こる「コンフリクト」と、戦略からブレークダウンされたアクションが人材の能力を超えてしまっていることがら生じる「行き詰まり」であり、これらは紛れもなく「ヒトの問題」だからです。

 今こそ、そんな新しい人事部の登場が求められています。

おもしろかったです。知見を広めさせていただきました。ありがとうございます。

2010年2月11日 (木)

「ローコスト・オペレーション」-著者 高橋修一氏 を読んで

生命保険会社は、昔から「紙と人で成り立つ産業」と言われてきました。

いま、生命保険会社のリーダースカンパニーである日本生命は、『新統合計画』と命名して、ペーパーレスに取り組んでいます。そこには、次の記載がありました。

平成22年4月を目指して、お客様の利便性の向上や環境への配慮と言った観点から、新契約時の事務手続きはもちろん、ご契約内容の変更や給付金の請求等といった各種手続においても、保険証券の提出や印鑑の押印を廃止し、ペーパーレス化を推進する取組みを行っていきます。また、新契約以外の各種手続においては、インターネットの活用を推進し、紙の使用量の削減を行い、これらの取組みにより、1年当たり約1.9億枚(約760トン)の紙使用量の削減効果を見込んでいます。

 また、全国約5万名の営業職員がポータブル性を高めた新携帯端末を持ち、お客様を訪問することで、どこでも「窓口」になりうる環境を整備します。新契約・新契約以外の各種手続き時にお客様にお願いしていた印鑑証明書や戸籍謄本の書類の提出、署名・押印等の手続きを、新携帯端末上で「お客様ID」と「パスワード」認証により可能とするなど、簡素化してまいります。

 これまでの募集プロセスが180度変わるような内容に感じております。法令対応、監督官庁対応、なりすまし契約への対応、オペレーション対応、バックオフィス対応など、相当にハードルは高いように考えておりますが、着実に推進をされているのでしょう。リーダースカンパニーに、いつも先行されてばかりでなく、我々も、『負けてたまるか!勝つまで絶対にあきらめないぞ!』という気魄で猛追していきましょう!

また、予定事業費率は予定基礎率の中で最も企業努力の反映可能な部分であり、「健全性」と同時に競争や消費者ニーズの動向等を踏まえ、あるべき姿を検討する必要があります。生命保険会社は、「健全な会社経営の推進と契約者利益の保護」という大きな責務に誠実に応えていくためには、地道でたゆまぬ事業費分析とそれを活かした科学的な事業費の管理・統制が必要となります。

 そんな中で読んだ本の1冊となります。

 とても分かりやすく、具体的であり、今日からでも実践ができるような内容となっております。

 公器と言われる生命保険会社の社員であれば、一人一人がこのようなコスト意識を持って取り組んでいきたいと感じました。まだまだ若者にも?負けないように、がんばります。

2010年2月 7日 (日)

Gerontology(ジェロントロジー)

生命保険会社でも考えなければならないことの一つと思っています。

ゆるやかに美しく年を重ねる

Gerontology(ジェロントロジー)とは、一般的に「老人学」と訳されています。一括に言えば老人に関するすべて含む学問ということです。細かく分ければ、生理的、心理的、社会的の三つの分野に分かれます。

生理的な面/年を老いていくにつれて内臓器官の衰え、体力の減退を感じ、今まで出来たことが出来なくなるというギャップが生じます。体の内部から老いを考えます。

心理的な面/一般的な人は年を老いていくと、心と体のバランスが取れないことが多くなってきます。老いのメンタル部分を考えます。

社会的な面/超高齢社会に向かいつつ、社会全体でその準備が間に合っているかどうかを考えます。 ジェロントロジーとは、これらの問題点を、どう捉えて、それをどう変えていくかを勉強する学問です。

元気なお年寄りたちが街に出掛け、楽しみながら暮らしていける、明るい高齢者の社会を目指します。これからのGerontology(ジェロントロジー) は「創齢学」として生まれ変わります。創齢学とはゆるやかに美しく年を創っていく学問です。年を重ねることをけして恐れない、しっかりと受け入れて、社会と共生していくためにこれからの一人ひとりに必要なものです。

生命保険会社でも考えていかなければならないことの一つと思います。

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