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2010年2月21日 (日)

「官僚川路聖謨の生涯」 著者 佐藤雅美 より歴史を感じて

「幕末」からの歴史は、れきじょと同様に、中高年にも大変興味のある時代です。

「川路聖謨」の時代は、幕末の少し前からの話となるが、幕末を理解する上では貴重だと思っている。ちなみに、現在の山川の教科書には、一箇所に記載があるのみでした。

そこには、「ペリー来航によって、幕臣からは永井尚志、岩瀬忠震、川路聖謨らを登用して対外交渉にあたらせた」、という一文でした。

永井尚志、岩瀬忠震、ともに、歴史に名を残していますが、一番貧乏からスタートしているのは、川路聖謨になります。

川路聖謨の官僚としての階段を上がるための“最初”を築いてくれたのは、聖謨の父親 内藤吉兵衛であり、母親であり、そして、必要な資金を提供してくれた、母親の父、日田代官所手付高橋小太夫がいたからだと思います。おそらく出世に対して、より貪欲であったのは、聖謨の父親であり、この父親が居なければ、聖謨自身だけでは、その実直な性格から、出世欲までは芽生えなかったのではないかと思います。

また、上司が部下の「生殺与奪の権利」を持っている時代であり、また、幕府落日に向かう時代でした。そのような中において、さまざまな上司が登場しますが、聖謨の頭脳明晰、人間性の高さ、実直さ、愚直さ、清廉潔白、則をわきまえた行動により、信頼を得てきたのだろうと思います。

官僚生活のスタートとなる法律を司る公事方の役人に推挙してくれた、勘定奉行石川主水正。また、そこで能力を発揮した聖謨を引き上げてもいきました。

布衣 久須美六郎座左衛門、寺社奉行 脇坂中務大輔、老中 大久保加賀守、老中の大久保加賀守氏は、政治的手腕は水野忠邦に一歩譲るとありますが、二宮金次郎を引き立てた人でもあります。友人、同僚としては、藤田東湖、横井小楠、渡辺崋山がいたとあります。

ここで、勝海舟は氷川清話の人物評において、西郷隆盛を自分よりも高く評価をしている中で、藤田東湖、川路聖謨らをあまり評価されていない。一方、西郷隆盛は藤田東湖を高く評価していたりする。人間関係の興味深さを感じたりもできます。

また、外交交渉では、プチャーチンに随行していたイワン・ゴンチャロフは次のように書いています。

「川路を私達はみな気に入っていた。(中略)川路は非常に聡明であった。彼は私たちを反駁する巧妙な弁論をもって知性を閃かせたものの、それでもこの人を尊敬しないわけにはゆかなかった。彼の一言一句、一瞥、それに物腰までが、すべて良識と、機知と、炯眼(けいがん)と、練達を顕していた。明知はどこへ行っても同じである。」

プチャーチンは帰国後に「日本の川路という官僚は、ヨーロッパでも珍しいほどのウィットと知性を備えた人物であった」と書いています。

著者である佐藤雅美評では、「群を抜いて優秀な官僚であった。官僚の鑑であり、接待は受けず、間違ってもただ酒は飲まなかった。」とあり、

もう1冊、川路聖謨について書かれている 吉村昭評では、「川路は、幕末に閃光のようにひときわ鋭い光彩を放って生きた人物である。軽輩の身から勘定奉行筆頭まで登りつめたことでもあきらかなように、頭脳、判断力、人格ともに卓越した幕吏であった・・・私が川路に魅せられたのは、幕末の功労者であるとともに、豊かな人間性にある」とあります。

幕末に向かい、そして、その後の日本を変えていった(好きな)歴史上の人物をブログで書いてみたいと思います。

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