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2010年4月

2010年4月24日 (土)

日本の生命保険の歴史6

【1916年】大正5年

簡易生命保険事業が国営の独占事業として創設された。

当時、既に数多くの民間生命保険会社が経営を行っていたが、営業政策上、有診査、年払の大口契約が中心であったため、その対象は主として中産階級以上の人々に限られ、一般勤労階級の人々は保険によって生活の保障を確保することが難しかった。このような背景の下、低廉かつ確実な小口月払保険を広く大衆の間に普及させ、もって、国民生活の安定を図ると言う社会政策的配慮から国営による簡易保険事業が始められるに至った。なお、簡易保険を独占事業とする理由として、当時内閣に設置された小口保険制度調査委員会(顧問には藤沢利喜太郎氏であり、簡易保険契約者第一号も藤沢利喜太郎氏であった)では、①基礎の強固、②非営利、③経費の節約、④事業の普及の4項目をあげている。

制度創設後、簡易保険は姉妹事業である郵便年金制度の創設(大正1510月、顧問にはやはり藤沢利喜太郎氏がいた。簡易保険のうち年金保険型商品を別制度としていた。平成34月より簡易保険制度と郵便年金制度を統合した結果、現在、郵便年金という呼称は無くなっている。)とも併せ、民間生命保険を補完する形で、順調な発展を遂げたが、民間生命保険が戦後の所得階層の平均化により旧来の対象分野が狭まった上、インフレにより事業経営が悪化したことを背景に、昭和2110月には無診査・月掛・集金に対する簡易保険の独占が廃止された後は、簡易保険の民間生命保険とは、補完的関係というよりもむしろ競合的関係となっている。

国営事業である簡易保険の業務範囲は簡易生命保険法で定められており、その加入限度額や販売保険種類は制限されているが、法人税免除、国家による支払保証など民間生保に比べ競合上の特典が大きかった。

しかし、2007(H19) 10月、郵政民営化が実施され、「ゆうちょ銀行」、「かんぽ生命保険」がスタートした。民間金融機関となった ゆうちょ銀行・かんぽ生命保険については、金融庁で監督することになる。これにより、完全なイコールフッティング(適切、平等な競争条件)、レベルプレイングフィールドが確保されるべきことは必要と考えられます。少し気になるのは、これまでの過去の不公平まで解消されたとするべきなでしょうか?

第7回へ続く

2010年4月17日 (土)

日本の生命保険の歴史5

【1914年】大正3年

第一次世界大戦:日本は直接に戦禍を受けず、むしろ物資補給国として、経済は活況を呈した

第一次世界大戦ではおよそ1000万人の戦没者がでておりますが、日本の戦没者は約1000人と言われている。

城山三郎氏の『もう、きみには頼まない』の主人公石原泰三氏が第一生命に逓信省から転職した頃でもある。

矢野氏と親しかった東大教授岡野敬次郎氏は、石原泰三氏の恩師でもあり、また、石坂泰三氏の当時の上司であった、貯金局長下村宏氏(のちにジャーナリスト、評論家として大成される)は、簡易保険の創設を巡って、矢野氏と対立はしていたが、もともとは親しい間柄であったことより、石坂氏を紹介され採用をされている。

時に、石坂氏29歳、矢野氏は石坂氏より21歳年長ということなので、当時50歳と言う事になる。当時第一生命の社員は営業職員を含めて70人程にすぎなかった。

矢野氏の事業への熱意や学識、東大岡野教授や逓信省下村局長らの人脈。それに加えて、統計学の大家柳澤保惠伯爵を初代社長に担いだことから、錚々たる社外重役が揃っており、その中で、石坂氏も成長をしていくことになる。

また、この年、矢野氏は2代目社長となり、その後、昭和13年に石坂氏が社長となり、終戦までを社長として経営を担われていた。ここに「サラリーマンの神様」と言われた稲宮氏、「セールスの神様」と言われた渡幸吉氏と、それぞれの領域を尊重しての任し任される関係で、社業は成長、社内の風通しは良かったとある。第一生命と言えば、あの日比谷の本社ビルがあるが、建築されたのもこの時代になる。

石坂氏は、第一生命を退職後も、第2の人生が続き、東芝の社長、経団連会長、大阪万国博覧会会長と、亡くなられる直前まで、ご活躍をされている。

矢野氏、石坂氏は共に日本を代表する経営者と思えるが、第一生命のHpには、石坂氏があまり紹介をされていないことは残念に思えている。

第6回へ続く

2010年4月10日 (土)

日本の生命保険の歴史4

【1902年】 明治35年

矢野恒太氏、わが国最初の相互会社として第一生命創立に参画、以後専務取締役、社長、会長を歴任。

その定款では、剰余金から法定準備金(20分の1)、役員賞与金(20分の1)を控除した残額を社員配当することを明定している。

また、矢野恒太氏は、第一生命の経営をしながら、東横、目蒲両電鉄社長、第一相互貯蓄銀行頭取、生命保険協会理事などの要職も兼任した。また「日本国勢図会」「国民数表」などを刊行、統計知識の普及、農民教育の刷新などにも尽力された。

【1904年】 明治37年

千代田生命(現 AIGスター生命)が相互会社として設立。

【1905年】 明治38年

日露戦争では、保険金支払を実施した。日清を含めた2回の戦争における保険金支払において、生命保険の必要性が高まることとなった。

日露戦争(1904-05)での日本の全戦没者の数は靖国神社忠魂史によれば、8万7983人となっている。

生命保険協会(前身)が設立された。

【1911年】 明治44年

明治、帝国、日本の生命保険会社がこれまでの被保険者の死亡率を基にした死亡表「日本三会社生命表」を作成した。

【1912年】 明治45年

保険業法改正。この時、「再保険契約」に対する取り扱いが明文化された。

第5回へ続く

2010年4月 4日 (日)

日本の生命保険の歴史3

【1898年 明治31年】

第一徴兵保険(現AIGエジソン生命)の設立。

普通の生命保険会社とは別に、徴兵保険と呼ばれる保険を扱う徴兵保険会社があった。現存する保険会社の中でも、現 富国生命(富国徴兵保険、1923(T12)設立、旧 東邦生命(第一徴兵保険、AIGエジソン生命保険に継承)、旧 第百生命(第百徴兵保険、マニュライフ生命に継承、1914(T3)設立)、旧 大和生命(日本徴兵保険、プルデンシャルジブラルタファイナンシャル生命に継承)などがそうである。

「徴兵保険」とは、養老保険の一種で子供が小さいうちに加入しておくと、その子供が徴兵などのときに保険金が給付されるというものであったようだ。現代で言えば学資保険のような商品といえる。こうしたことからも戦前までは養老保険などの貯蓄性の高い商品がその主流であり、遺族補償の重要性は現代ほどウエイトが高くなかったと言える。

この年、商法が施行されるまでは、生命保険会社の設立は各府県の長官の認可によっていた。その当時は保険事業を規制する監督法規がなかったため、保険料並びに責任準備金(責任準備金という用語は明治31年8月公布された農商務省令において始めて使用されている。

それ以前は各社まちまちで明治生命は「繰越積立金」、日本生命では「保険準備積立金」が使われていた)の算出方法は全く経営者の自由裁量にゆだねられていた。従って、その積立に関し明治、帝国、日本の3社は純保険料式により厳密な積立を行っていたが、その他の会社ではその算出方法を全然知らない会社もあったようである。1898年1月商法が施行されるに及んで、同年8月農商務省令第5号で生命保険事業に対し、 1.純保険料、責任準備金及び解約価格の算出方式 2.責任準備金、資本金及びその他の積立金の利用の方法 3.営業保険料、純保険料及び付加保険料の対照表 その他の書類を農商務省に提出して認可を受けるべき事を規定したために多くの会社はその対応に困惑した。

ここでも矢野恒太氏が登場する。

1897年ドイツから帰朝した矢野恒太氏は、1898年農商務省の嘱託となり、当時、帝国大学教授であった岡野敬次郎博士が日本の保険業法の起草に携わる過程で、保険学の分野にかんしてこれに参画した。この草案編纂にあたっては、当時新たに公布されたドイツ保険業法がモデルとなり、この中で相互会社の規定についてはゴーダ生命の組織に倣うところが多かったとされる。

ドイツの相互会社は、1827年エルンスト・ウイルヘルム・アーノルディーによるドイツ生命保険銀行(1902年に、ゴーダ生命保険相互会社に改称)の設立に始まるとされている。アーノルディーは自助、自治及び自決を特徴とする、共同組合的な考え方としていた。相互会社の設立の第一の目的は、保険相互会社は利益獲得の目的で営業を行うのではなく、社員に対し可能な限り保険料の有利な保険保護を提供すること、第二の目的は、保険相互会社は営利目的の保険会社の市場支配をうちやぶらなければならない、とされていた。彼はそのいずれにも成功したと言われる。

【1899年】 明治32年

日本アクチュアリー会が設立された。初代代表は矢野恒太氏である。

【1900年】 明治33年

保険業法が公布・施行された。我が国で最初の模範普通保険約款を制定。 保険業法では、責任準備金に関して、「保険会社は保険契約の種類に従い各事業年度の終わりに於いて存する契約に付き責任準備金を計算し且つ之を特に設けたる帳簿に記載するを要する。」とあり、さらにチルメル式を認知している。

第4回へ続く

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