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2010年5月

2010年5月30日 (日)

愉快に働く法10箇条

昨日の朝日新聞の「磯田道史のこの人、その言葉」に憶えておきたい言葉があったので記しておきたい。昨日は、藤原銀次郎氏という明治から昭和の実業家の言葉であった。

「賃金は高く払ってよく働いてもらう。そしていい人を少数働かせる。これが根本的な原則だと思う。」

「安い人間を安く使うのは大変得のようだが、安い労働力は働きが見込めず、結局は大きな損。高い賃金で少なく人を使うと涙でもって人を使う事が徹底して結果が良い。」と言われた。

そして、『愉快に働く法10箇条』として。

1.仕事をかならず自分のものにせよ・・・なるほど(自分の声)

2.仕事を自分の学問にせよ・・・なるほど

3.仕事を自分の趣味にせよ・・・なるほど

4.卒業証書は無きものと思え・・・なるほど

5.月給の額を忘れよ・・・普通に生活ができるのであれば、忘れられるかな~。住宅ローンの返済、こどもの学費、そして不景気な中、中高年にとっては、なかなか忘れられないですよね~。

6.仕事に使われても人には使われるな・・・なるほど

7.ときどき必ず大息を抜け・・・自分は下手な方だな~

8.先輩の言行を学べ・・・そう思うな。

9.新しい発明発見に努めよ・・・今で言う「変革」、「改革」ですね。「改善」でなくてね。

10.仕事の報酬は仕事である・・・なるほど

以上でした。

2010年5月29日 (土)

フィリップ・コトラーについて、Webで調べてみた

会社では、昨年12月に異動があり、まだ慣れないところだが、その中で「マーケティング」的なことを考える必要が生じたためでもある。

正直、今まで知らなかった人物だが、マーケティングの世界では一般常識の存在であった。

まずは定石のWikipediaだが、あまり記載が無かった。次の内容までであった。

***

フィリップ・コトラー(Philip Kotler1931 - )は、アメリカ合衆国の経営学者。シカゴ大学で修士号を、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。ノースウェスタン大学ケロッグ・スクール教授。現代マーケティングの第一人者として知られ、日本でも数多くの著書が翻訳されるとともに、解説本なども出版されている。

顧客のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングを説くSTP理論や、マーケティングの4Ppeopleprocessesphysical evidenceを加えた7P理論などが有名。

またその研究活動は、営利事業の分野だけに留まらない。美術館や非営利事業の資金調達、あるいは政治活動のマーケティングの研究などその足跡は他分野に及んでいる。

***

そこで、言葉の意味を次に調べてみた。

STPとは、マーケティングの目的である、自社が誰に対してどのような価値を提供するのかを明確にするための要素、「Segmentation」「Targeting」「Positioning」の3つの頭文字をとっている。

Segmentation(セグメント化)

市場における顧客のニーズごとにグループ化する、市場をセグメントする。様々な角度から市場調査し、ユーザ層、購買層といった形であぶり出し、明確化していく。簡単に言うと切り口という意味。

Targeting(ターゲット選定)

セグメント化した結果、自社の参入すべきセグメントを選定する、ターゲットを明確にする。選定には、自社の強みを活かせたり、他社の競合のないセグメントを選択することで市場での優位性を得られる可能性が高くなる。

Positioning(ポジショニング)

顧客に対するベネフィット(利益)を検討する。自らのポジションを確立する。そのためには、顧客のニーズを満たし、機能やコスト面での独自性が受け入れられるかがポイントとなる。

次にマーケティングの『P』について

売り手の視点-Product Marketing

買い手の視点-Customer Satisfaction Marketing

Product(商品):本体価値と付加価値

Customer Value(顧客にとっての価値)

Price(価格)

Cost to the Customer(顧客の負担)

Place(流通チャネル)

Convenience(入手の容易性)

Promotion:「販売」のことであり、「販売促進」のこと。Productを販売しているPlaceまで誘導する役割と、購入を動機付ける役割がPromotionとのこと

Communication(双方向)

Service Marketing=7Pとして、次の3Pが加わる

PeopleService Marketing、サービスがテーマとなる上で、肝心なこと。Product Marketingでは、Productとなることに対応している。もし医者が白衣を着ていなかったら…?

もし警察官が制服を着ていなかったら…?…違和感を覚えるだけでなく、少々不安になるのではないでしょうか、とのこと

Physical Evidence:次に、制服はもちろんのこと、使用する機器・道具類、建物設備・室内装飾、ポスター・資料など、あらゆる 「モノ」 が対象とのこと。もし1万円のディナーを食べるのに、紙皿で出てきたらどうでしょうか…?やはり演出も含めて、それなりのことをするなら、それなりのモノで…と いうことです。

Process:顧客の「参加割合」…で、どれだけ自分が参加するのか、とのこと

手軽さ・便利さ・気軽さ 面倒・不便・気兼ね、これらのバランスと 「価格」 との兼ね合いで、Process】が決まる。当たり前の事だが、自分でやった方が ○○ だ…という部分はどんどん 「セルフサービス」化し、人に頼んだ方が ○○ だ…という部分はしっかり 「サービス」提供する。言い換えると「セルフサービス」の割合。

それと、「提供過程」とのこと。

それは…

サービス品質① 「信頼性」

サービス品質② 「反応性」

サービス品質③ 「確信性」

サービス品質④ 「共感性」

この ①~④が「サービス」の工程ごとに必要だから。

声を掛けられたら…答える⇒応える

注文を受けたら…復唱して確認する

お会計を頂戴したら…声に出して数えて確認する

この手順をひとつでも間違えると、とても気持の悪いものになりますし、下手をすると注文と違うことをしかねない。だから「モノづくり」と同じように、「サービス」にも提供する 「作業工程」 が必要です。

本日はここまで。アラフォーというよりは、アラフィフという世代になるが、まだまだ知らないことが多く、一方、忘れることも多くなり、どうしたものか・・・

2010年5月22日 (土)

20年前の新聞の切り抜きより

早大学院高の入学式で西原早大総長(当時)が「高校時代に、これをやったと一生誇れるような事を一つものにしてください」と述べた。この祝辞に感ずるところがあったのか、ラグビー部に40人の新人が入った。同校ラグビー部長の伴一憲先生が同窓会誌に以上のようなことに始まるチームの成長ぶりを書いている。

彼らは三年生の今年、全国大会出場を果たし、大健闘した。入学当時、ラグビー経験者が一人だった素人集団の成長は確かに素晴らしい。しかし最も印象に残ったのは、40人中38人が現在も部に残っていることであった。大半は試合に出ることがなかったはず。三年間、日の当らぬ場所にいた部員の心境はどんなものか。そんなことを筆者は直接訪ねてみた。

「一番心を痛めるのがそれなんです」と伴先生は語っていた。全国大会出場を決める一戦の前日は雨だった。それなのに、試合に出られぬ三年部員は猛練習を繰り返していたという。「やめろと言ったのですが」。彼らの心中は複雑というほかはない。「何年もたって、悔しかった思い出を笑顔で語ってもらえる時に指導者はようやくほっとするものだ」と先生は言う。

表舞台に立てないのに続ける練習が「一生誇れること」だったと気づくまでには時間がかかる。スポーツ教育の効果は気長に待たねばならないのだろう。だからこそ指導者はつらい。「努力こそが美しい」などと、きれいごとを言うだけではすまない。しかし、ラグビー、サッカーの全国大会を最後に今期の高校スポーツが終了したいま、将来の豊かな実りを感じ取る指導者もまた多いに違いない。

この記事より、20年、古さを感じさせない内容だと思っています。

2010年5月15日 (土)

「リーダーシップ論」 ジョン・P・コッター著 を読んで

10年以上前の書籍となるが、人事研修における「推薦図書」にあったので、借りて読ませていただいた。忘れないように整理しておく。基本は、『8段階のプロセス』に収斂されるように思う。では早速整理しておく。

【組織を動かすための10の教訓より】 1998-P14

1.      重要な組織変革を成功に導くのはそれがどのような手法であれ、息の長い仕事であり、複雑な八段階のプロセスからなるものである。変革がトントン拍子に手際よく進むことはあり得ない。

成果に結びつく変革はたいてい、次の8段階の複雑なプロセスを経ている。

     危機感を醸成する。

変革への準備ができている組織というのは、大きな変革プログラムが指導するときだけではなく、どんなときでも危機感を高め、慢心をさけようと努力するようになるに違いない。こうした組織はチームワークを重視するため、必要とあればすぐに変革の推進に向けて組織を統合することができる。それだけでなく、あらゆる階層が常にビジョンを抱き、必要に応じてその内容を修正し、多くの人に絶えず伝達する。そこで働く社員は、新しい目標に挑むように、いつでも権限を与えられている。このような組織であれば、いまの時点で5年かかっている変革も1、2年で達成できるかもしれない。そうすれば急速に「変化する競争環境に取り残されずにすむ。 P36

     変革プロセスを主導できるだけの強力なチームをつくる

     ふさわしいビジョンを構築する

     構築したビジョンを組織内に伝達する

     社員がビジョン実現に向けて行動するように、エンパワーメントを実施する

     信頼を勝ち取り、批判を鎮めるために、短期間に十分な成果を上げる。

     活動に弾みをつけ、その余勢を駆って、変革を成し遂げるうえでのより困難な課題に挑む

     新しい行動様式を組織文化の一部として根付かせる

(以上、この8段階について、次は表になって、繰り返し記述されている)

No

企業変革の8段階 P167, 147

1

緊急課題であるという認識の徹底

・市場分析を行い、競合状態を把握する

・現在の危機的状況、今後表面化しうる問題、大きなチャンスを認識し、議論する

△(落とし穴)緊急課題であるという認識が不徹底

2

強力な推進チームの結成

・変革プログラムを率いる力のあるグループを結成する

・一つのチームとして活動するように促す

△推進チームの指導力不足

3

ビジョンの策定

・変革プログラムの方向性を示すビジョンを策定する

・策定したビジョン実現のための戦略を立てる

△ビジョンの欠落

4

ビジョンの伝達

・あらゆる手段を利用し、新しいビジョンや戦略を伝達する

・推進チームが手本となり新しい行動様式を伝授する

△社内コミュニケーションが絶対的に不足

5

社員のビジョン実現へのサポート

・変革に立ちはだかる障害物を排除する

・ビジョンの根本を揺るがすような制度や組織を変更する

・リスクを恐れず、伝統にとらわれない考え方や行動を奨励する

△ビジョン実現の生涯を放置

6

短期的成果を上げるための計画策定・実行

・見に見える業績改善計画を策定する

・改善を実現する

・改善に貢献した社員を表彰し、報奨を支給する

△計画的な短期的成果の欠如

7

改善成果の定着とさらなる変革の実現

・勝ち得た信頼を利用し、ビジョンに沿わない制度、組織、政策を改める

・ビジョンを実現できる社員を採用し、昇進させ、育成する

・新しいプロジェクト、テーマやメンバーにより改革プロセスを再活性化する

△早すぎる勝利宣言

8

新しいアプローチを根付かせる

・新しい行動様式と企業全体の成功の因果関係を明確にする

・新しいリーダーシップの育成と引き継ぎの方法を確立する

△変革の成果が浸透不足

2.      リーダーシップとマネジメントは別物である。そして、意義ある変革を成功に導く原動力は、リーダーシップであってマネジメントではない。十分なリーダーシップが発揮されなければ、失敗の可能性は高く、成功の可能性は低くなる。新戦略、リエンジニアリング、企業買収、品質プログラム、体質改善など、どのような変革であろうと、それは同じである。 1990-P13

マネジメントは複雑さに対処し、リーダーシップは変革を推し進めるというそれぞれの役割から、両者の違いが明確になってくる。マネジメントとリーダーシップにはともに、①課題の特定、②課題達成を可能にする人的ネットワークの構築、③実際に課題を達成させる、という共通する3つの仕事があるのだが、そのために用いる具体的手法にこそ、両者の違いがある。

込み入った環境をうまく泳ぎきるために、計画の立案と予算策定から着手するのが、マネジメントの流儀である。つまり、将来の目標(一般には、翌月や翌年の目標)を定め、その達成に向けて詳細な実行ステップを決め、計画を完遂するために経営資源を割り当てるのだ。これとは対照的に、リーダーシップを発揮して、発展的な組織変革の端緒を開くには、まず針路を設定しなくてはならない。将来ビジョン(通常は、かなり先までを視野に入れたビジョン)と、そのビジョンを実現するための変革の戦略をまず用意するのだ。

マネジメントの手法では、計画立案の次には、組織化と人材配置によって、その計画を抜かりなく達成することを目指す。具体的には、計画達成に照準を合わせた組織構造を構築し、ポストを創設すること、適切な人材を充当すること、関連スタッフへ計画を伝達すること、計画実行権限を委譲すること、実行状況を把握する仕組みを作ることなどである。

同じ目的を達成するのにリーダーシップはどうするのか。一つの目標に向けて組織メンバーの心を統合するのである。互いに手を取り合って、ビジョンを理解しその実現に尽力できる人々に、新しい方向性を伝えるのだ。 P50

ビジョンと戦略があれば、それを指針に適度な期間と労力で計画立案を完了させることができる。 P55

マネジャーは、現状と計画を比べて、両者の間に乖離が見つかった場合には必要なアクションをとる。たとえばマネジメントが徹底した工場では、「計画」段階では適切な品質目標を定め、「組織化」プロセスではその目標を実現できる組織づくりをし、実績が目標に達していいない事態でもあれば、「コントロール」機能がすぐにそれに気づく(2か月も3カ月も放っておくようなことはない)

「コントロール」こそが、マネジメントの本質となる。

だが、リーダーシップは違う。壮大なビジョンを夢でなく現実のものにするには、強烈なエネルギーが必要だ。コントロールすることで組織の構成員を正しい方向に導くのではなく、動機づけと啓発によって、人々の内なるエネルギーを燃え立たせるのだ。コツは、達成感、帰属感、認められたいと言う気持ち、自尊心、自分の人生を自分で切り開いているという実感、理想に従って生きているという思いなど、人間としての基本的な欲求を満足させることである。根源的な欲求が満たされるのは、人間にとってこたえられないものであり、それが大きなエネルギー源となる。

有能なリーダーは、人々を動機づける術に長けている。なによりも、相手の価値観に訴えながら、組織のビジョンをはっきり伝えようとするため、仕事に対するロイヤルティーを高める。また、皆と一緒になってビジョン(あるいはその一部)の実現方法を決めようとするため、組織を動かしているという実感を社員に与える。ビジョンを実現しようと努力する社員を手助けするのも、重要な動機づけの手法だ。具体的には、コーチング、フィードバック、ロール・モデリングなどによって、職業人としての成長を助け、自信をつけさせるのだ。最後に、成功を認め、褒めたたえることだ。褒められた社員は、達成感に浸り、組織が自分たちを気にかけてくれていると感じる。こうした様々な方法による動機づけの結果、いつしか仕事そのものによって、動機づけられるようになる。  P55

【人を動かすパワーをどう獲得し行使するか】 1977-P100

直接的な方法

影響を与えられる対象

利点

欠点

恩義をかけて得たパワーを行使する

相手が、受けた恩義を考えれば断れないと思える範囲内の行動

時間がかからない。有形資源を使う必要がない

要求が許容範囲外であれば成功しない。許容範囲から離れすぎると、相手は理不尽な要求うだと思うかもしれない

経験・知識があると認められて獲得したパワーを行使する

その経験・知識の範囲内での態度と行動

時間がかからない。有形資源を使う必要がない

要求が許容範囲外であれば成功しない。許容範囲から離れすぎると、相手は理不尽な要求うだと思うかもしれない

マネジャーとの一体感~生まれたパワーを行使する

共感できる理想と矛盾しない態度や行動

時間がかからない。有形資源を使う必要がない

共感できる理想と矛盾しない範囲でしか影響を与えられない

(マネジャーへの)依存関係に基づいたパワーを行使する

監視できる様々な行動

時間がかからない。他の方法では上手くいかない場合に成功することが多い

この方法を何度も使うと、影響を受ける側が影響を与える者に対してパワーを持とうと思うようになる。

説得する

様々な態度や行動

内的動機づけができ、行動を監視する必要がない。パワーは不要。乏しい資源を使う必要がない

時間がかなりかかる場合がある。相手が耳を貸さなければ成功しない

上記の方法を組み合わせる

組み合わせ次第で変わる

単一の方法を用いた場合より影響力が大きく、リスクは小さくなる

単一の方法を用いた場合よりコストがかかる

有能なマネジャーは熟慮し自制しながら、パワー志向の行動をとる。衝動的にパワーを行使したり、自分に地位や名誉のためにパワーを利用することはまずない。

さらに、こうした方法を使って、他人の行動や生活に、目に見える形で影響を与えることを至極当然なことと考えている。

【変革への抵抗にどう対応するか】 1979

「陰に陽に強制する」 P189

力で反対運動(変革への抵抗)を抑えつけようとするケースについて触れる。相手を陰に陽に脅したり(解雇や、昇進機会の剥奪などをちらつかせる)、実際にクビを切ったり、意に沿わぬ異動をさせたりすることで、有無を言わせずに変革を受け入れさせるのだ。懐柔と同じく、これもまた危険な方法である。変革を強制すれば、深い恨みをかうのは避けられないからだ。そういったリスクをとってでも、スピーディーな変革が必要で、しかもどのようなやり方をしようが変革が不評の場合には、窮余の策として強権を発動するしかないのではないか。 (個人的にはAgreeできないところである)

他にも次の『抵抗への対策』がある。

「教育とコミュニケーション」

「参加促進」

「手助け」

「交渉と合意」

「策略と懐柔」(丸めこまれていると思われるリスクがある。そうなると先々問題が生じる恐れがある)

【有能なゼネラル・マネジャーの行動】 1983-P203

ゼネラル・マネジャ-が大部分の時間を人と過ごすのは、仕事全般に対する取り組み方や、人的ネットワークが果たす重要な役割を考えれば当然のことであろう。有能なゼネラル・マネジャーのほとんどは、「毎日、細切れの時間に、断片的な事柄が不規則に続く中、その一つ一つをきちんと把握し、有効に活かすことができる」。有能なゼネラル・マネジャーほどこの傾向が強く「人的ネットワーク」と「検討課題」がこれを支えている。検討課題を設定しておけば、ゼネラル・マネジャーは自分の周囲で次々と生じる事態に臨機応変に(しかもきわめて効率的に)対応できる。そしてゼネラル・マネジャー自身も、広範囲に及ぶ合理的な検討課題に基づいて対応していることを自覚している。

あとがきで、著者は、「本書をご自分の経験を振り返りながら読まれることをお薦めする。そうすると、叡智を吸収しやすくなるのではないかと思う。」と言われている。

2010年5月 9日 (日)

日本の生命保険の歴史10

【1940年】 昭和15年

日本生命は「利源配当付保険」を9月より発売した。これは死差益、利差益、費差益の3利源別に計算し配当の割当をおこなうもので、配当開始期も従来の5年目から3年目にあらため、いわゆる戦後わが国の主流をなす3利源配当のモデルとなった商品である。

【1942年】 昭和17年

生命保険会社の巨大な長期資金に目を付けた政府は、戦争遂行のため、国家の手ですべての金融機関の資金を一元管理する観点から、いわゆる1940年体制の中に、生命保険会社を組み込んでいく。

金融団体統制令その他の法令に基づき、新たに生命保険統制会が設置され、業界はこれによって強力な戦時統制下に置かれることになったのである。

【1945年】 昭和20年

第二次世界大戦(1941-45)の戦没者数(戦争で亡くなった兵士の数、非戦闘員は含まない)は、世界全体で2000万人以上、日本は240万人ほどいたことになっています。

各保険会社の建て直しが急務であった記載はあるが、保険金が支払われたと言う記載は見当たらなかった。

焼け野原となった日本は、ポツダム宣言を受諾して連合国に無条件降伏し、生保も壊滅した。

生保業界も台湾、朝鮮などにおける巨額の在外資産の喪失、インフレによる事業費の増大や保有契約価値の減少、戦時補償の打ち切りなどで大きな痛手を受けた。

【1946年】 昭和21年

「金融機関再建整備法」により、生命保険会社の資産、負債が新・旧勘定が分離され、旧勘定を整理の対象とするとともに、新勘定で再建整備を行うこととなった。この際、多くの会社が新旧勘定を吸収するための第二会社を設立し、再出発を図ることとした。第二会社設立に際し、多くの会社が株式会社から相互会社へと組織変更した。生保経営の窮状を救うため、保険料が全面的に引き上げられた(既契約にも遡及)。新契約の増加と事業費の合理化を図って、会社再建が進められた。

【1947年】 昭和22年

第2会社設立。生命保険の月(11月)創設。

【1950年】 昭和25年

朝鮮動乱による「特需ブーム」を契機として、日本経済は復興の道を歩み始めた。生命保険会社の本格的再建はこの朝鮮戦争以降のこととなる。

これ以降、バブルが弾けるまでに「ザ・セイホ」と呼ばれるまでになっていく。この辺りのことは、いくつかの書籍が出ているので、そこへ譲ることにしよう。

2010年5月 5日 (水)

日本の生命保険の歴史9

【1939年】 昭和14年

第2次世界大戦が勃発した年に、保険業法は抜本的に改正され、1995年に再び全面改正されるまで、50年以上の長さにわたって、その命脈を保った。

この改正は、1931年までの昭和恐慌の経験を踏まえた配慮と、浅谷氏書籍に記載されている。

この保険業法改定時においては、責任準備金の積立方式について、安全性に重点を置いた考え方が採り入れられていたようである。

しかし、実際には戦争による混乱などもあって、安全性を重視した積立を行った会社はなかった。旧規則第31条第2項に基づき、特別な事情ある場合は大蔵大臣の認可を得て、その他の方式による積立を行っていた。

主務省の奈倉技師によれば、施行規則では、責任準備金を営業保険料式により積み立てる事を根本方針としていたが、一方では、その第31条第1項「純保険料式を最低水準とするが、契約成立後5年以内はその他の方法を認める」が従来通りのまま残されたとしている。そして、営業保険料式が5年経過後に平準純保険料式以下になるものは、5年経過後に平準純保険料式によらねばならないと同時にそうでないものは、より以上を要求されるべきものも存在するとし、施行規則第31条第12項の「下回る事を得ず」に重大な使命があることが、この改正で幾分明らかになったとしている。さらに、責任準備金の解釈として、

①保険金支払のみを対象とする解釈

②契約に対する収支の全体を対象とする解釈

という2つがあるが、事業の経営においては②の解釈による方が適正な計算であるとし、そのために、用いるべき方式が営業保険料式であるとしている。

大正15年の施行規則で純保険料式と5年以内のチルメル式による積立を認めていたが、昭和14年の業法改正時に、営業保険料式(この中に全期チルメル式も含まれていると解される)その他の方式が認められるようになった。そして、第2次世界大戦後は、各社とも全期チルメル式から始めて、経営基盤の回復に努めてきたと言われている。

ほか、その後平成8年(1996年)に改正される内容との主な相違点について

平成8年(1996年)以前は、保険会社の破綻時における保険契約者の保護のため「支払保証制度」は存在しておらず、代わりに、生命保険については、保険契約債権に関し先取特権および優先弁済権が認められていた(旧保険業法第32条および第33条)。旧保険業法は非常に多くの規制を含んでおり、現実には破綻を起こさせず事前に救済する等の監督行政が行われていたこともあって、必ずしも「支払保証制度」の必要性が認識されていなかったのかもしれない。 

逆に、旧保険業法にあって、平成8年(1996年)改正時に削除された規定について

旧保険業法第10条第3項で、「基礎書類変更の認可をする際」に「必要とかんがえられるならば、その変更の効力を“新契約”だけでなく“既契約”へも遡及適用させる旨」の行政命令の発動が可能とされていた。

2次大戦直後の昭和21年に行われた保険料増額の行政処分の根拠とされており、その合憲性について最高裁まで争われたこともあって「不利益変更の既契約遡及変更」ととらえられがちである。しかし、理由について法律上は「契約者、被保険者又は保険金額を受け取るべき者の利益を保護するため」と規定されているだけであり、また、保険会社から変更申請があった場合の認可の際に限定されていることを考慮すると、有利・不利の、どちらの変更の既契約遡及適用を意図しているか、必ずしも明らかでない。実際、昭和14年の当該条項の追加・改正の際には、保険技術の進歩等により新規契約者に対して(基礎書類の変更によって新たに)適用されるであろう「利益」を、現在の契約者にもあたえることが契約者間の公平性に資する、と改正理由が説明された、とする資料もあるらしい。

旧保険業法第46条は、相互会社の社員について、剰余金が発生したときはそれを社員配当金として享受できることの代わりに、損失となったときの補填は社員自らが負う、という、株式会社において株主に対し減資が求められる場合と同様の、相互組織の社員権に係る規定であり、第2次大戦後の適用例は無いようである。

平成8年改正の新保険業法においては両方共に削除されている。

その理由としては、「会社の財政基盤については、業法改正にあって他の方法(資本の充実、責任準備金その他準備金の規定の整備、ソルベンシー・マージン規制の創設、経営危機対応制度の整備等)での充実を図っていること」、「相互会社の社員といっても現在の実態からは、保険給付の履行を求める点については、株式会社の保険契約者となんら変わらなくなっている」ということが挙げられている。

2次大戦直後の「保険料増額」の行政処分は旧憲法下で行われている。現憲法下では、「私的な」契約について行政命令で「不利益変更の既契約遡及」を行うことは(内閣法制局見解の「公共の福祉」がある、と言う事ではない限り)一般には不可能と考えられている。つまり、旧保険業法第10条第3項の存在意義はないように思われる。

旧保険業法第46条は、保険契約上の権利義務に関しては、できるだけ、保険株式会社の保険契約者と同等にすべきとの考え方や、この規定の目的である、会社の倒産防止については、内部留保の充実やソルベンシー・マージン基準の導入などにより間接的に担保することなどから、削除された。 

平成8年に削除後、平成15年に、「会社の自主的な判断による申し出」、「契約条件の変更の既契約への遡及適用を可能とする」と、形を変えて復活する。これは、保険業法第10条第3項のような「行政命令」による方法でなく、旧保険業法第46条は、契約の当事者(保険会社と保険契約者)間の合意に基づく決定を監督官庁が承認する、という方法で、相互会社、株式会社に相違は無い。

相互会社の株式会社化は、平成8年の改正により、新たに規定された。

1898年でも書いているが、旧保険業法では、矢野恒太氏は、ドイツの保険業法をモデルとしており、「相互主義」、「公開主義」を2大原則とし、「相互主義」は「非営利」、「非利己」としていたことより、この当時に株式会社化を規定することは考えにくかったと思う。

また、第二次大戦後、生命保険会社の多くは、第二会社として生命保険相互会社を設立している。 

第10回へ続く

2010年5月 3日 (月)

日本の生命保険の歴史8

【1927年】昭和2年

昭和金融恐慌が発生し、瓦解した1次若槻内閣に代わって組閣した田中に請われ、高橋是清が自身3度目の蔵相に就任した。高橋は日銀総裁となった井上準之助と協力し、支払猶予措置(モラトリアム)を行うと共に、片面だけ印刷した急造の200円札を大量に発行して銀行の店頭に積み上げて見せて、預金者を安心させて金融恐慌を沈静化させた。有名な話と思います。

この年の金融恐慌では、一部財務体質の弱い会社は大きな打撃を受けたが、大多数の生命保険会社は昭和12年日中戦争が始まるまではその配当率を継続した。

【1934年】昭和9年

日本団体生命が開業。団体保険を独占。

【1936年】昭和11年

二・二六事件。太平洋戦争に向かい、どこから日本がおかしくなり始めたかは、議論のあるところですが、二・二六事件以後の日本は、軍部が絶えず二・二六の再発(テロのこと)をちらちらさせて政・財・言論界を脅迫したのは確かなのであろう。かくて軍需産業を中心とする重工業財閥を軍が抱きかかえ国民をひきずり戦争体制へ大股に歩きだすのである。この変化は、太平洋戦争が現実に突如として勃発するまで、国民の眼にはわからない上層部において、静かに、確実に進行していった。(「昭和史」 半藤一利氏より)

あの戦艦大和の太平洋戦争に向けて、起工されたのは、この翌年1937年には始まっているわけである。

【1937年】昭和12年

日本の生命保険事業は一つのピークを迎えた。金融機関の資力、すなわち資金量で見ると、生保は37年に10.7%までシェアを向上させている。(ちなみに生保がこの水準を再び回復するのは約60年後の1994年である。しかし、ピークは一瞬で95年には早くも10.6%に戻り、再び低下局面にはいった。これだけ資力の回復が遅れたのは、第二次世界大戦後、生命保険商品の定期化を推進したことにより、積立保険料が少なくなった事が主因である)

この生保の巨大な長期資金に目を付けた政府は、戦争遂行のため、国家の手で全ての金融機関の資金を一元管理する観点から、1940年体制の中に生保を組み込んでいく。

この年7月の日中戦争の勃発後は、生命保険会社は大量の国債の保有の増大が義務づけられ、総資産利回りの低下は不可避となり、また戦争死亡保険金の増大も見込まれたので、昭和1210月には生保会社各社は一斉に一割減配した。その後戦争は拡大するばかりで経済環境の好転する見込みは立たず、昭和139月には再度引き下げざるを得ない状況となった。

第9回へ続く

2010年5月 1日 (土)

日本の生命保険の歴史7

【1918-1920年】大正7-9年

スペインかぜが大流行し22万人を超える犠牲者が出た。生命保険会社は保険金を支払うことでその使命を果たした。

【1923年】大正12年

関東大震災では死者10万人に及んだ。生命保険会社は保険金を支払うことでその使命を果たした。

所得税の生命保険料控除制度が新設された。

【1926年】大正15年

省令改正(省令とは、各省の大臣が制定する命令です。省令は、税法上は、主に「・・・施行規則」という名前で出てきます(例えば、今で言えば、保険業法施行規則と考えている))。当時の商工大臣 片岡直温氏(元日本生命社長として、1903年より1919年までの17年に渡り2代目社長を務めた)から提案された案に基づいてなされたもので、その目的は生命保険会社の資産の充実、軍事費の節約、競争の緩和及び契約者利益の擁護をはかることにあった。

その提案がなされた1925年末当時は、生保会社44社中純保険料式積立を行っていた会社はわずか4社で、大多数の会社は全期チルメル式積立を行っていた。

そこで、19264月に改正がなされている。これは、責任準備金の積立方式の問題は単なる数理の問題というより事業経営上、或いは社会政策上の問題として捉えているところが注目できる。

とても崇高な政策と考えましたが、一方で片岡直温氏は、1927314日の衆議院予算委員会にて、大蔵大臣として「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」と実際には破綻していなかったにも関わらず失言する。これが昭和金融恐慌の引き金となり、これを機に取り付け騒ぎが発生。若槻内閣は総辞職に追い込まれている。「人生いろいろ」、「禍福はあざなえる縄のごとし」、「人間万事塞翁が馬」を思わせる。

第8回へ続く

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