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2010年6月

2010年6月20日 (日)

公的年金について考えること

 1年ほど前に出版された出口治明氏の「生命保険はだれのものか」の中に、現在、家計が抱えるリスクについて、次の内容の記載があった。

 【家計が抱えるリスク】                

   一家の大黒柱の死亡等により収入が減少するリスク

   病気・ケガの治療による支出増

   要介護状態や障害を負うことによる支出増

   老後の生活費(が公的年金では賄えなくなるリスク)

   保有資産の価値がインフレなどにより損なわれるリスク

   子供の教育費による家計の圧迫

   交通事故などで他人に損害を与えてしまうリスク

   火災や災害により住居が損害を受けるリスク

   会社の倒産などによる失業のリスク

上記に対して、政府の社会保障制度が存するものとして、②は公的医療保険制度(健康保険など)、③公的介護保険制度、④公的年金制度(国民年金、厚生年金など)、⑨雇用保険がある。

ただし、これらが、財政の悪化と経済の低迷などにより将来も間違いなく保障されるのかどうかが「不安要因」になってきている。

 この「不安」とは?

国民年金の未納率とは (アクチュアリージャーナル第67号 寄稿より)

 基礎年金全体の加入者数は7000万人。このうち、国民年金の第1号被保険者は2100万人であるが、国民年金保険料の未納率(納付率)は、この2100万人の中の免除者等を除いた1600万人に関する未納率(納付率)となる。

 よって、未納率(納付率)が基礎年金給付費全体に与える影響は小さいと言われている。

国民年金未納率の動向(実態) (日経新聞)

 1961年度の制度発足以降の制度普及と高度経済成長により、1976年度に未納率3.6%までに至ったが、それ以降は、バブル経済の一時期を除き未納率は上昇を続けている。2002年度は未納率27%、2008年度現在は未納率35%となっている。これは、基礎年金給付費全体に与える影響は小さいのかもしれないが、未納率の確実な継続的上昇という事実は真摯にとらえる必要があるように思う。

厚生年金の未加入事業所について

厚生年金も国民年金と同様に「厚生年金の空洞化」と呼ばれて、制度への加入を逃れている例が多いと言われてきているが、傾向は国民年金と少し違うようである。

確かに未加入の事業所は少なくなく、2003年(平成15年)まで、厚生年金適用事業所は減少を続けてきたが、2004年(平成16年)より増加に転じているようである。これは、平成16年の財政再計算の時期と関係しているように思う。

この財政再計算について、保険料を負担する立場より考えたときの大きな特徴としては、「保険料水準固定方式」の導入だと思う。「保険料水準固定方式」とは、最終的な保険料(率)の水準を法律で定め、その負担の範囲内で給付を行うことを基本に、少子化等の社会経済情勢の変動に応じて、給付水準が自動的に調整される仕組みを組み込んだものである。具体的には、国民年金は、毎年月額280円を平成29年まで増加して、16,900円で固定する。厚生年金は、毎年0.354%(本人0.177%)を平成29年まで増加して、18.3%(本人9.15%)で固定する。

この内容について、加入対象者から、厚生年金では、一定の理解が得られて受け入れられているのかもしれない。一方で、国民年金では、まだ「不安」を感じるということなのかもしれない。

しかし、これで厚生年金が楽観視できるかと言えば、そうでもなく、厚生年金よりも保険料率の安い雇用保険の加入事業所は200万を超えている中で、厚生年金は170万弱と言われている。それぞれの加入要件は相違するものの、被用者を抱える、その差30万の事業所では厚生年金に加入していないと言う事実は存在しているためである。

世代会計について  (平成13年度版の経済財政白書)

若い世代になるほど、保険料の負担を重く感じられているように思う。少子高齢化が進んでいる中で、毎年高くなる保険料を、例えば、新社会人は、その時点の保険料率より保険料を納めることになれば、自分たちよりも上の世代は、自分たちよりも少ない負担で済んだのではないか、と思うのは自然かもしれない。そこに、「世代会計」という考え方があるので、年金財政を考えていく上で、考慮していく必要があるよう思う。

世代会計(generational accounting)という概念は、アメリカの経済学者ローレンス・コトリコフ(Laurence J. Kotlikoff)が1992年に提唱したものだという。

世代会計とは「現行の公共政策のもとで現在世代及び将来世代が現在から将来にかけて政府に支払うべき純納税額(支払い税額マイナス受取移転額)を直接計算するもの」と定義される。つまり、言い換えると、「人々がそれぞれ生涯を通じて、政府にどれだけの負担をなし、政府からどれだけの受益を得るのか」という視点から財政のあり方を評価する仕組みのことなのである(ここでいう受益とは、警察・消防や公衆衛生などの公共サービス、道路サービスなど社会資本の提供するサービス、公的年金の給付、医療等を指し、負担とは、税金、社会保険料、年金保険料等を指すものとされる)。

 世代会計の一番の特徴は、将来世代の負担に着目している点にある。
 政府債務残高は、その時点での債務をあらわしているにすぎないので、例えば、財政赤字の数値を変えずに現存世代に有利な政策を行うと、政府債務残高をみる限りでは、何の変化も生じない。しかし、世代会計でみると、こうした政策は、将来世代の負担が増大することになる。
 つまり、世代会計は、こうした形で、将来世代へのつけ回し政策の問題点を浮き彫りにすることが出来るのであって、この様に、将来に対する不確実性を払拭し、政府の財政状況を長期的に捉えなおすことが、世代会計の目的なのである。

(慶應義塾大学 麻生良文研究室 学生論文より)

人が生涯を通じ、政府に対してどれだけ負担をし、政府からどれだけ受益を得るか。
この視点から財政のあり方を評価する仕組と言える。

平成13年度の経済財政白書では、この世代会計について「各世代における受益と負担」と称して記載がなされている。

現在より8年前のデータとなるが、生涯純受益(生涯受益-生涯負担)プラスとなり、うち、(社会保障の受益-社会保障の負担)がプラスになるのは、60歳以上の世代のみである。また、世代が若くなるほど、生涯純受益のマイナスの度合が大きくなっている。残念ながら、平成14年度以降の経済財政白書には、この世代会計の記載が無いが、これから社会を担っていく世代に対して、公的年金制度に対する不安要因を少しでも減らしていくためには、世代間の負担のバランスを考慮した年金財政の考え方も必要であると思う。

社会保険に詳しい慶応大学教授、駒村先生は、基礎年金も厚生年金と同様に「(完全)所得比例年金」とし、十分な年金でない人にのみ最低保証年金を出すようにする、と考えられている。年金数理人であられる久保氏も「応能負担の貫徹」という同様の事を考えられている。このように出来ることが良いのだと思う。

所得比例でなく定額であり、応能負担とはなっていない国民年金における未納率の実態を改善できる方法の一つにもなると思う。

但し、課題もあるとのこと。

   第1号被保険者となる自営業者の20%は所得がゼロであるという。この所得捕捉の問題。

   第3号被保険者となる専業主婦の取り扱い。専業主婦は保険料を納めてはいないが、公的年金(基礎年金部分)の給付が得られるということ。これは第1号被保険者の保険料が定額である一方で、第2号被保険者は基礎年金部分を含めて報酬比例の保険料としている理由の一つでもある、とのことだが、全てを報酬比例の保険料とする場合に課題となってくる。

公的年金制度の更なる改善に向けて、継続的な協議・検討が必要に思う。

社会経済生産性本部では、過去に公的年金制度について、アンケートを実施されている。年金制度改革の議論について、「わかりやすい」と答えた人は10%に満たない。これは、残り90%以上の人は理解できていないことを意味している。よりオープンにして、かつ理解しやすい制度としていく必要もあると思う。

「理解しやすい公的年金制度」を考えたときに、現在、生命保険会社において個人保険のシステムを担当する者として、現在の公的年金制度の「システム」が相当に難解なシステムとなっているのではないかと想像をしている。

その理由として、公的年金制度発足以降の変遷を捉えていくと理解ができる。「システム」は、「今、現在の制度」だけでなく、基本的には、過去からの変更・変遷をすべてとらえておく事が求められるからである。公的年金加入者からのあらゆる照会に対して、正確に、確実に応えられる事が求められ、将来の年金給付を正確に、確実に行う必要があるためである。簡潔になるが、これまでの公的年金制度の変遷を辿ってみたい。

公的年金制度の変遷  (経済法令研究会ホームページより)

   昭和34年11月、国民年金施行(年齢・性別問わず保険料定額型)

   昭和36年4月、国民年金の全面施行により、国民皆年金となる。

   昭和40年、1万円年金(月額)の実現

   昭和48年、5万円年金(月額)の実現、物価スライド制の導入

   昭和60年、基礎年金の導入を基本にする新年金制度への移行。この時より、厚生年金等との「2階建て年金制度」によるリスタートがされる。この厚生年金部分も歴史が深く、昭和15年6月に施行された「船員保険」と昭和17年6月に施行された「労働者年金保険」が昭和29年に全面改定されて「厚生年金保険」となっているものである。また、昭和60年は、この厚生年金部分に加えて、国家公務員共済組合(昭和23年施行)、地方公務員等共済組合(昭和37年施行)、私立学校教職員共済(昭和29年施行)、農林漁業団体職員共済組合(昭和34年)も2階建て部分を構成するようになっている。

   平成元年、完全物価スライド制の導入等。

   平成6年、支給開始年齢の引き上げと個別給付の導入、可処分所得スライド制の導入等。

   平成9年、JR共済、JT共済、NTT共済の年金部門の厚生年金保険への統合。

   平成12年、年金給付の適正化、年金の完全65歳支給開始年齢の実施等

   平成14年、農林漁業団体職員共済組合は厚生年金保険に統合

   平成15年、総報酬制の導入

   平成16年、保険料水準固定方式、マクロ経済スライドの導入、国庫負担の引き上げなど。

   そして、この度、平成21年の財政検証を迎える。

上記、どの制度改定を捉えても、システム開発負荷は大きいと考えるが、とくに、⑤、⑧、⑩にある、複数制度の統合などは「システム」に与える影響は大きいと考える。理由としては、制度統合前の情報も必要なものは全て保持しておく必要があるからである。民間の企業では想像を超えるデータ量を保有しており、その一つ一つのデータに対する情報量も多くなれば、それを維持・管理していく事だけでも大変な費用になると考えている。そこに、「システム」の更なる課題として、「年金記録問題」がある。

年金記録問題について (社会保険庁hp

社会保険庁のホームページで「年金記録問題」を検索してみたところ、次の内容が検索された。

   平成9年の基礎年金番号導入依頼、以前の年金手帳番号を基礎年金番号に統合する作業を進めているが、未統合の記録が全加入記録3億件のうち、5千万件ある。

   1500万件はマイクロフィルムで管理しているが、その中に、コンピューターに収録されていない記録があること。

   オンラインシステム上の記録が、台帳や被保険者名簿等から、正確に入力されていないものがある。

   保険料を納めた旨の本人の申し立てがあるにもかかわらず、保険料の納付の記録が台帳等(含むオンラインシステム、マイクロフィルム)に記録されていないケースがあること。

この年金記録問題の事象を捉えてみると、国民一人一人の年金記録が一元的に管理されておらず、かつその記録内容に不備がある状態を認識することができる。

現在、オンラインシステムが全国に普及している中で、データが一元的に管理されていなければ、各種問い合わせ、照会等に迅速に対応できないばかりか、そこに人の手がいくつも介することとなり、間違いを引き起こす可能性が高くなる。

データ量が膨大であるため、一元的な管理は物理的に難しいことは考えられるが、データを分類(年金支払中のデータ、消滅契約データ、年金開始前データ、など)して、継続的に改善対応を図っていく事が必要と考える。

また、台帳やマイクロフィルムでの管理は、物理的に1箇所に存在しており、データのバックアップを行い正副管理しておくというリスク管理の範囲から漏れる可能性も高いため、できる限り早いコンピューターへの登録をしておくことが望まれる。通常、コンピューターはバックアップサイトを設定して、正副管理の対応が図られ自然災害等に備えることができるからである。

以上のようなデータ管理の状態であると、2008年、すべての年金受給者・加入者へ送付されたはずの「年金特別便」が、全ての対象者に届かなかった事は必然の結果であるように思う。一方で、「年金特別便」という行動自体は、データ不備の改善をより推進するきっかけとなり良かったのかもしれない。

「システム」の開発、及び維持・管理費用は高く、生命保険会社においても事業費に占める割合が高く、常に生産性、効率性を高める的となるが、公的年金制度の見直しに際しても、システムコストというものも考慮する必要があるように思う。

浅谷 輝夫氏が以前、ご自身のブログにおいて、公的年金は、年金数理とは別に、政治的な要素が強く、なかなかアクチュアリー(年金数理人)だけで決められる事ではない、と書かれておりましたが、是非とも、アクチュアリーが中心となり、国民に分かりやすくかつオープンにして、議論、検討をして頂きたい。その際には、できる限り世代間において公平な年金制度であり、また、システム開発、人件費など、かかる事業費も考慮し、税金による負担を減らしていく検討もして頂きたい。

最後に、公的年金制度をもう少し広い視点から捉えたとき、少子・高齢化社会を生き延びる施策として、日本経済新聞に次のような記載があった。

   生産性の向上。

国民一人一人が自らの生活に“可能な限り”自身で責任を負い、そして、国民一人一人が自己の向上を目指すようにしていくことが必要であると言うことだと思う。

   女性の職場進出。

女性であれば、出産・育児と就業との両立ができるような社会環境を築いていくこと。また、障害者の社会参加も同様と思う。人々が等しく活動しやすい社会の仕組みを考えて、改善をしていく必要があると思う。

   引退年齢の引き上げと生涯学習の強化

高齢者が知恵や経験を生かし、楽しく働き続けることができる社会を築いていくこと。また、生涯を通じた学習の継続

   移民の受け入れ

少子高齢化の進む日本において、日本という枠組みだけに囚われず、国際的な交流を活発にして、若返りを図ることも必要なのだと考えられる。

以上です。

2010年6月19日 (土)

アクセス数1000件突破!

ありがとうございます!

アクセス数が1000件を超えました。ありがとうございますヽ(´▽`)/

本ブログは、知り合いにはほとんど伝えておらず(なかなか伝えるタイミングも無く)、社会人となった時に大変お世話になり、今は悠々自適?の毎日をお過ごしのB野さんのみですので、ほとんどは会ったことのない方によるアクセスになると思います。

まだまだ大したアクセスではありませんが、ブログを通じて知り合いが増えたように思えるのは不思議な効用と思います。

アクチュアリーのiwkさんとは、お会いしたことはありませんが、メールでお話をすることができました。嬉しいことです (v^ー゜)

これからも一歩一歩にはなりますが、書き続けていきたいと思います。

B野さんも引き続きよろしくお願い致します m(_ _)m!!

2010年6月13日 (日)

論述試験対策について

なんの試験かは書きませんが(すぐに分かると思いますが)、s_iwkさん、mathさん、まいすさんがブログで書いていただけているので、それらのアドバイスに基づき、自分自身のために、論述試験対策を整理をしてみました。

「♪」は自分のコメントとなります。

2010530 ()   s_iwkさんのブログより

濃い鉛筆を使う

なお言うまでもないが、「鉛筆」と書いているが「シャープペンシルではダメ」という意味ではない。

♪「B」を使っています。受験最初の頃は、普通のシャープペンでしたが、その後、鉛筆1ダース、そして、今は産学協同の疲れないシャープペンを使ってみていますが、どれも試験終了時に手が痛い状況は変わらず、ハードに関しての決めては得られていませんが、芯は同じく濃い方が良いと思っています。

考えているものをはっきりさせる

「第三分野保険」と聞いて、どのような保険を思い浮かべるか。おそらく、人によって違うだろう。三大疾病保険を想像する人もいれば、医療保険を考える人もいるだろうし、介護保険をイメージするかもしれない。

だから、「第三分野保険の商品開発について」のような問題が出たときに「どのような保険を想定して解答しているのか」をはっきりさせないと、自分では三大疾病保険を思い浮かべながら書いたにもかかわらず、採点者は医療保険を念頭においており、うまく解答が伝わってない、といったことが起こることが考えられる。

最近はそういった漠然としたテーマでの出題はあまりないが、意識はしておいたほうがいいように思う。

例えば「標準より死亡率が低い被保険者を対象とした保険を複数列挙し、それぞれの違いを書く」というのをやってみるといいかもしれない。

答案を見る以上、「おもしろい論述」が読みたい。少なくともつまらないものは読みたくない。といっても、別に抱腹絶倒のネタとか、斬新なアイデアを期待していない。普通に考えを述べたものであれば、「おお、そういう考え方もあるのか!」と、十分興味深いものになる。

しかし、ときどき事実だけを延々と書いている答案を見る。考えが書いていなければ、興味の持ちようがないし、講評のしようもない。ソルベンシーについての所見を問う問題で現行ソルベンシー・マージン比率の計算方法について長々と書かれても、おもしろいとは感じられない。

♪肝に銘じます!ソルベンシーに関するポイントは、mathさんも書いていただけているので、参考にします。また、mathさんも書かれていましたが、ソルベンシーについては、昨年の大問題で出題されて、「経済価値ベースの評価」が模範解答で記載されていました。Mathさんの論点と模範解答の論点は合っていたと言えます。自分も他の問題で「論点を外さないようにしなければ」と思いました。今年の生保では、昨年ソルベンシーが大問題で出題されたので、別の問題を予想して、まずは対応してみようと思います。

20106 2 ()

アクチュアリー2次試験について何か書いてみる(2)

前エントリに対して、むしまん(@mushiman2)さん(この方も正会員)からTwitterでコメントをいただいた。

お二方の二次試験ブログ拝見しました。面白い所見が読みたいや、能動的に情報を集める、はミスリードな気がしました。私の勉強範囲はテキスト等の試験範囲のみ、所見は無難にプラスアルファ程度で十分、と考えています。

こういうコメントは歓迎したい。勉強の仕方はいろいろなので、たまたまブログを書いているアクチュアリーというだけで、たかだか23人の言っている勉強法を鵜呑みにしてはいけない。

♪むしまんさんのご意見もなるほどと思います。自分の場合、まいすさんは暗記が重要と言われる中で、その前後の流れや歴史を理解できないと、なかなか覚えられないタイプでもあるので、人それぞれに勉強の方法があるようにも思いました。でも、覚えないと!!

***

【まいすさん】

actuary_mathさんが書かれているように、最低限の知識がなければそもそも論述は書けないと思います。

前半の知識問題が出来ている人は、ほとんどがそれなりの論文を書くし、逆に前半の知識問題が出来ない人が、合格点に達するような論文を書くことはできない」という話を聞かされました。

おそらく論文は自分が思っている以上に得点はとれていないと思います。

ちなみに私の昨年の損保1の自己採点では前半の知識問題で

大問1:20/25点(4問完答)

大問2:20強/35点(3問完答+α)

と、40点強は得点していたものと思われます。

なお、論述については商品部ではありませんが料率改定等には多少関わっていたので、その知識をもとに記述しています。しかし、地域による料率格差の制限など、重要な法令上の規制の記載などをしておらず、十分な内容とは思えません。(使用した解答用紙は(1)(2)ともに2枚でした)

2.知識について

最低限の知識として、教科書の内容については(損保1の範囲は)ほぼ丸暗記のレベルまで覚えました。特に4章(再保険)や付録A(リスクモデル)などは実務とあまりにかけ離れているため苦労しましたが、教科書の内容から出題されれば、教科書の内容をそのまま書けるレベルで暗記を行いました。

このように足りない業務知識については、かなり力技ではありますが丸暗記で補うことにしました。

近年の損保1では監督指針からも毎年出題されており、これについても基本的には丸暗記です。なお、検査マニュアルは過去に出題されていなかったためノーマークでした。

(一応何かしら書いていますが、ほとんど点数はないと思います)

論述については当然業務知識が少ないというハンディキャップはあるのですが、最低限教科書に書かれている事実は記載するようにすること。その上で設問に対して「アクチュアリーとしてどうするか」という観点を意識して記載するように心がけていました。

昨年であれば

(1)の損害率法は教科書にかなりの記述がある

(2)は数字が与えられているので、その数字を基に考える

ことなどを考えつつ、数理的な観点を特に意識しました。

3.論述(知識以外)

お二人共に書かれているように、試験中は3時間文字を書き続けることになります。試験時間の後半になると腕が攣りそうになりますが、それでも時間はギリギリでしょう。私自身の反省点でもありますが、試験に近付くにつれて暗記が中心になります。その際にも書いて覚えるなど、とにかく手を動かして腕力をつけておかないと試験時に苦労することになります。

4.その他

とにかく尋常でない暗記量があるため、自分にあった暗記方法を見つけることも必要です。私の場合は基本的ですが、チェックペンで教科書を塗りつぶして繰り返し暗記をしました。

あとは理系にありがちで文章が非常に苦手でしたので、「文章の書き方」の本を読んだり、とかいう地味なこともしています。これも意外に役に立ったかもしれません。

♪暗記法を考えてみます。マインドマップを行ってみよかナ。文章の書き方では、齋藤孝氏の「原稿用紙10枚を書く力」を読みました。

2010/05 31(Mon) 22:23:50 アクチュアリー

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Mathさん】 2010/5/31 (損保の)アクチュアリー2次試験について

■1.論述までの準備(知識面)

2次試験は上腕三頭筋が痛くなったりした記憶がある*1ほどの記述量があるのは確かで、どうしても「論述」に光があたってしまいがちですが、実は論述以前に知識面を充実すべきと考えます。

いくら論述問題ができても知識問題ができなければアウトということになります。もっとも、これはほとんどナンセンスな話で、以下で述べるように、知識の裏付けがあってはじめていい論述ができると考えます。したがって、問題は知識をどう身につけるのかということになります。

2次試験で必要とされる知識は日々進化・拡大しており(近年進化のスピードが更に加速)、過去問・教科書の記述が文字通り過去のものになり、ときには間違いにすらなる可能性もあるからです。

そのような意味で、日々の知識のアップデートが必要になってきます。当然(損害)保険会社に所属していればいろいろな情報が流れてくる(回覧等)のですが、それだけでは必ずしも十分とはいえず、例えば以下のようなサイトや書籍を能動的に訪問・購読することが望ましいと考えます。

URLMathさんのブログを参照下さい。

(1)論述の時間と得点について

しばしば忘れがちなこととして論述にかけられる時間の問題があります。

御存じのとおり、試験時間は3時間ですが、上記のとおり知識問題(といっても単なる語句の穴埋めだけではなく、計算や短文記述などバラエティーに富む)もあるので、論述にかけられる時間はせいぜい70~80分がいいところです。

この時間内で題意の把握→論理の構成→実際の書き込み→推敲まで行わなければならず、実際に鉛筆(シャープペンシル含む。以下同じ)をつかって書ける時間はせいぜい1時間がいいところです。

一旦書き始めたら大きく構成を変更できないのはもちろんですが、そもそも、これだけの短時間で真に斬新なアイデアを生み出すことが極めて困難です。

つまり、ごく穏当な論述になってしまうことが少なくありません(あまりに独自のものをと考え過ぎると、独りよがりの論述になり試験官の心証を大いに損ねる危険性が極めて高いです)。

よくできる方は別として、論述では穏当な内容でせいぜい5割(20点/40点)程度で、そのかわり知識問題では7割(42点/60点)以上得点し、合計で60点を少し上回るというのが、合格者の平均的な姿ではないかと考えます。(もちろん「普通」といってもそれほど簡単ではないのですが…)

(2)「論」を述べる前に論述問題は、「評論」が求められているわけではないことに注意する必要があります。

ブログ(書籍も?)ではときどき、保険に関してあまり造詣が深くないと思しき方が、十分な知識の裏付けのない「評論」を展開されているのを見かけます。

これと同じことをアクチュアリー試験でやるのはまずいと考えます。

つまり、正確でできれば豊富な*8な知識の裏付けを試験官に示してから論を進めるべきだし、当事者としてその問題に取り組むつもりで(実現可能な)「解」を提示する必要があると考えます。

いわきさんが上記のブログエントリーで述べられている

「ソルベンシーについての所見を問う問題」

を例にとると、もちろん「現行ソルベンシー・マージン比率の計算方法について長々と書かれ」るのは論外ですが、かといってそういう知識を飛ばして、いきなり「(日本の)ソルベンシー・マージンについてはかくあるべし…」といった実現性の乏しい「評論」を並びたてられても試験官は困惑すると考えます。

この問題だと、例えば

(a)知識面

○ソルベンシーとは何か

○日本におけるソルベンシー・マージン規制制定(平成8年の保険業法改正)の経緯

○現行ソルベンシー・マージン基準の概要と課題

○ソルベンシー・マージン規制の改正の概要

○欧州のソルベンシーIIの概要

等を踏まえた(書いた)上で、

(b)論述

◎保険計理人の関与(上記の改正により平成24年3月期より保険計理人の確認対象)

◎自然災害リスクの管理

◎経済価値(時価)ベースの評価

◎内部モデルの使用

等について

○それぞれの(簡単な)説明

○必要性やメリット

○実現にあたっての課題

○アクチュアリーとして何ができるか何をすべきか

を述べるといった流れになるのではないかと思います。

(3)論述の具体的な対策

(a)論述テーマの予想と論点の整理

知識の習得の過程において、最近の法令の改正動向その他については自ずとキャッチしているはずなので、論述テーマについては、ある程度予想がつくと思います。

それら予想されたテーマについて自分で論点を考えてみて実際に論述してみることをお勧めします。

もちろん上記のように前提となる知識を踏まえなければならないため、それなりに準備が必要になります。

例えば上記のソルベンシーについては本番でも出題が予測される内容の一つで、それぞれの項目を列挙するのは簡単ですが、細かい中身については、いろいろと調べる必要が出てくると思います。

(b)論点の複数人での検討

以上のような項目の検討については、可能であれば複数の受験生で行うとよいと思います。私も他社の人とそういう論点検討を行い、自分の思ってもみなかった論点を気づかされたことが多々ありました。

(c)実際に書いてみる練習

以上の個人(&グループでの)論点整理を踏まえ、答案を自分の手で書いてみる(PCのキーボードを打鍵するのではなく)必要があります。

上記のようにいくら出題内容が予測でき、論点が整理できたとしても70~80分で書ける量は限られている(模範解答を「そのまま」書くと絶対に時間が足りない!)ので、どこまでの内容が書けるのかを自分の手で把握することが必要だと考えます。

また、(自分も含めてですが…)普段鉛筆で文字を書く機会はほとんどなくなっていると思うので、忘れている漢字等を思い出すいい機会でもあります

(d)その他

表記面についてはいわきさんのブログでも述べられていますが、その他、九州大学の田口雄一郎先生が書かれている「採点について

***採点について***

期末試験などの採点に於いて、今後は 「芸術点」も考慮することにしました。

答案を見てゐると、単にきちんと書けてゐないとか読みづらいとかいふレヴェルを越えて、

やる気が無いのでは?

とか、

他人に見てもらふために書いてゐるといふことを全くわかつてゐないのでは?

とか、思ひたくなるものが散見されます。典型的な特徴は

 薄い (筆圧が弱い)

 くにゃくにゃしてゐる、

 何やら式は書いてあるが文章になつてゐない、

など。

これでは採点者を惑はして部分点をもらふための「戦略」と取られても仕方ないでせう。

入学試験ならいざしらず、一つぐらい単位を落としたとしても

(大抵の場合は) 人生の一大事でもないでせう。

この半年なり一年なり 勉強して来たことの達成度を計る試験で

その様な態度に出るのは 卑怯でござらう。

よつて、採点に当たつては、見た目の快・不快も十分に考慮させてもらふことにします。

もちろん 「文字が美しいか」 とかはこの際 問いません。

しかし 「読み易いか」  本人の努力でどうにでもなることですし、

何よりも 「数学的によくわかつてゐるか」 と密接に関係すると思ひますので、「採点」 します。

余計なことをごちやごちや書くなどして「数学的美観」 を損ねてゐるものも減点の対象です。

http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~taguchi/nihongo/gakusei/grading.html より

4.文章を「作る」訓練

あと前回書き忘れたのですが、文章を書く訓練と共に文章を「作る」訓練をされるとよいかも知れません。

鉛筆(シャープペンシル)を使って書く訓練の必要性は前回のとおりですが、これだけでは文章を「作る」量が不足しがちです。

「作る」訓練は、鉛筆を使う必要はなくPCのキーボードをたたけば十分です。

具体的な訓練の場としては、例えば、社内外の研究会等の報告書、ブログ等が考えられます。

♪いろいろと考えさせられます。ブログは継続していきたいと思います。

2010年6月12日 (土)

アドラーの言う「ライフスタイル」について

アドラーは、犯罪について、犯罪を引き起こすのが経済的状況であることを否定しており、むしろ犯罪者の「ライフスタイル」の問題、と言われている。

そこで、アドラーの言う「ライフスタイル」について、岸見一郎氏の著書を中心に調べてみた。

アドラーは、この世界、人生、またこの自分についての意味づけを「ライフスタイル」と呼んだ。

人はいわば生まれた瞬間から自叙伝を書き始める。それは死で完結する。「ライフスタイル」という時のスタイルは、この自叙伝における文章のスタイル、作者に特有の文章表現、文体のことである。

「ライフスタイル」は、現代アドラー心理学においては、次のように定義される。

1.      自己概念:自分がどんな風であるかについての意味づけ

2.      世界像:自分のまわりの世界が自分にとってどんな風であるかについての意味づけ

3.      自己理想:自分はどうあるべきかと言うことについてのイメージである。 

「ライフスタイル」を通じてこの世界を見ていて、しかもかなりバイアスがかかった仕方でこの世界を見ていることを知ることによって、「ライフスタイル」を意識化することが、「ライフスタイル」を変えるための出発点である。

人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、“自分が意味づけした世界”で生きている。

「ライフスタイル」は自分で選んだとはいえ、ライフスタイルの決定に影響を及ぼす因子(影響因)は確かにあったのである。しかし、最終的にはそれらを素材にして自分でライフスタイルを決めるのだが、ライフスタイルを選ぶときに、影響因にどんなものがあるかを知り、それがライフスタイルの決定にどんなふうに影響を与えるかを知ることには意味がある。

ライフスタイルは変えられる。

ライフスタイルは自分で決めている。(自分への)責任の所在をはっきりさせている。アドラーは、何か“外的な要因”によって今の自分が決定されたという考えを徹底的に斥けている。

アドラーは、対人関係を回避しようとするライフスタイルも斥けている。

本人がこれまでの「ライフスタイル」では生きてはいけないのだ、という自覚をするまでは、どんな働きかけも、功を奏しないことは残念ながらある。 

そこで、人生の課題に立ち向かえるように援助することをアドラー心理学では「勇気づけ」という。

健康なライフスタイルとは、

1.      自立すること

2.      社会と調和して暮らせること

そして、これを支える心理面の目標を提示している。

1.      私は能力がある

2.      人々は私の仲間である

「性格」とは一致しない、この「ライフスタイル」、なかなか理解が難しいのだが、良いことを言われているように思っている。

2010年6月 6日 (日)

「アドラー心理学 シンプルな幸福論」 岸見一郎著 を読んで

とくに第4章「老い、病気、死との向き合い方」での、老いの自覚がもたらすものの内容は、今の自分に当てはまる所があり、ドキッとしました。自分を評価できないことになり、そのことは強い劣等感を生む。今も払拭できたかと言えば、出来ていないと思っています。

本書の中に、内村鑑三氏の「後世への最大遺物」について、引用をされた所がありました。自分も内村鑑三氏が残された「一日一生」という言葉が好きです。自分なりに少し加えて「一日一生、一日一笑」で毎日を過ごせるようにと考えています。

また、北条民雄氏の「いのちの初夜」が紹介されていました。これは、フランクル氏の「夜と霧」、石原吉郎氏の「望郷と海」と共に“強く生きる”と言う事に関して、共通するところがあると感じています。

鶴見俊輔氏は存じなかったのですが、「九条の会」を発起されたお一人と知りました。九条は守る方が良いと考えています。以前にも書きましたが、理由は、どんな天才であっても失敗を経験しないと理解できない事はあると考えているためです。アインシュタイン氏は最初、原爆の製造、利用を認めていましたが、広島、長崎の惨状を見て後悔したと聞きます。日本でも福澤諭吉氏は日清、日露戦争を否定はしていませんでした。非戦論者でも著名な内村鑑三氏も、日清戦争当時は戦争を否定していませんでした。そこで、九条で非戦を明確にしておく事は良いと考えています。

本書を読み、感じることは多かったのですが、実際の自分の生活では、本に書かれているようには、よく生きていない事もある、と言う事実がありました。この点では、まだまだなのだと感じております。

それでも、あまり悲観的にはならず、与えられた自分の中で、よく生きるように、少しずつでも実践をしていきたいと考えています。

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