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2010年9月

2010年9月26日 (日)

「ストーリーとしての競争戦略」 著者 楠木 建 を読んで

とても読みやすかった。気がついた箇所を整理しておこう。

イケてない「戦略」のプレゼンテーションには、「X事業のV字回復戦略」とか、「新たなるビジネスモデルの創出」とか、元気満々のタイトルがついています。タイトルだけでなく、実にいろいろな要素が盛り込まれています。市場環境やトレンド。ターゲット・マーケットとしてどのセグメントをねらうか。どう言う仕様の製品もしくはサービスをどういうタイミングでリリースするか。プライシングはどうするか。どういうチャネルを使うか。どのようにプロモーションするか。どこを自社で行い、どこをアウトソーシングするのか。生産拠点をどこに置くのか。どう言う組織体制で実行するのか。業績予測はどのようなものか。実に詳細に検討されています。

しかし、これでは「項目ごとのアクションリスト」にすぎません。そうした戦略の構成要素が、どのようにつながって、全体としてどのように動き、その結果、何が起こるのか。戦略全体の「動き」と「流れ」が、さっぱりわからないのです。本来は「動画」であるはずの戦略が、無味乾燥な静止画の羅列になってしまう。戦略を創ると言う仕事が「項目ごとのアクションリスト」にすり替わってしまう。「ストーリーが無い」「ストーリーになっていない」というのはそういうことです。

う~む、耳が痛い・・・。

優れた戦略は、戦略を構成する要素がからみあって、全体としてゴールに向かって動いていくイメージが動画のように見えてくる。全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくる。これが「ストーリーがある」ということです。

現実の戦略の成功は理屈2割、8割方は「理屈では説明できないこと」で決まっています。ここには「野生の勘」があります。ビジネスは多かれ少なかれ「けもの道」。その道の経験を積んだ人しか分からない嗅覚が物を言います。

そこで、「どうすれば成功するのか教えてほしい」という実務家の問いに対して、経営学者は次のような答えを出す。「法則はないけれども、論理はある」と。優れた戦略ストーリーの論理を明らかにすることを目的としています。戦略の論理化は実務家にとってきわめて大切です。そこには3つの理由があります。

第一に、けもの道で身に付く嗅覚へ決定的に大切なのですが、その一方で、限界もあります。それは、日々けもの道を走っていると、視野が狭くなり、視界が固定すると言う問題です。走りながら考えている人は、どうしても視界が狭くなります。そこで、視点を転換し、視界を広げるために、他のさまざまな業界や企業や経営者に学ぶ必要が出てきます。

第二に、戦略はサイエンスというよりもアート二近い。優れた経営者は「アーティスト」です。その会社の事業の文脈に埋め込まれた特殊解として戦略を構想します。それが優れた戦略であるほど、文脈にどっぷりと埋め込まれています。一旦論理化して汎用的な知識に変換しておけば、実務家は、その論理を異なった文脈に利用できるわけです。

第三に、ありがたいことに論理はそう簡単には変わりません。目前の現象は日々変化します。だからこそ「変わらない何か」として論理が大切になるのです。

「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。

神戸大学の三品和広さんは、次のような3点の興味深い指摘をしています。いずれも戦略の「つながり」という本質にかかわる重要なポイントです。第一に、経営の問題の多くは、大きな事象を構成要素に分解し、その上で一つ一つの要素を別個に吟味しようとするアナリシスの発送に基づいている。だから企業の組織デザインにしても、マーケティング、アカウンティング、ファイナンスといった構成要素に分解される。第2に、しかし、戦略の神髄はシンセシス(綜合)にあり、アナリシス(分析)の発想と相いれない。だから、戦略に対応する部署は企業の中に見つからない。第3に、戦略は部署でなくて人が担う。サイエンスの本質が「人によらない」ことにあるとすれば、戦略はサイエンスよりもアートに近い。

ダグラスマクレガーさんの「セオリーX(性悪説)」、「セオリーY(性善説)」、「セオリーZ(当時の日本的経営の優位を、終身雇用に代表される従業員重視、労使の協調、社員の会社に対するロイヤリティーとコミットメント、共同体的な企業文化といった、アメリカの経営との違いに注目することによって説明しようとしたセオリー)」がある。これに対して、アーティストが描いた戦略論の名著「プロフェショナルマネジャー」の著者であり、名経営者でもあるハロルド・ジェニーンさんは、「セオリーG」を提示しています。それはこういうものです。「ビジネスはもちろん、他のどんなものでも、セオリーなんかで経営できるものはない。」

短絡的な因果論理だけで組み立てられた戦略は成功しません。

たとえば、「価格競争が激しくなってきた。コストを落とさなくてはならない。自社生産をやめて、中国へアウトソーシングしよう」、とれは筋の悪い話の典型です。ストーリーがあまりにも短絡的です。長い目で見たときに、これまでの強みを喪失することになりかねません。

う~ん、自分の会社も気をつける必要があるのかもしれません。

戦略ストーリーをつくるということは、現在地や目的地や地図情報を記した地図の上に、自分たちが進むべき道筋をつけるということです。到達すべき目的地を特定したり、地図情報を細かく書き込むことは、あくまでも下ごしらえであって、戦略ストーリーではありません。ストーリーという道筋を組織のすべての人々が共有し、道筋のついた地図をポケットに入れて、それを見ながら進んでいく。これが「戦略を実行する組織」のイメージです。

この本では、「競争戦略」の話をしています。「全社戦略(特定事業の競争戦略と別の次元にあるもの)」は対象外です。

「競争戦略」とは、競争がある中で、いかにして他社よりも優れた収益を持続的に達成するのか、その基本的な手立てを示すものである。

競争戦略論の有名な分析枠組みの一つに、マイケルポーターさんが確立した「ファイブフォース」があります。第一の圧力は「業界内部の対抗度」、例えば競争企業の数。第2の圧力は「新規参入の脅威」、参入障壁の高さ。第3の圧力は「代替品の脅威」、例えばフィルム業界に対するデジタルカメラの普及。第4と第5の圧力は「供給業者の交渉力」と「買い手の交渉力」。もし5つの圧力全てが小さければ、その業界は「五つ星業界」であり、そもそも利益を出しやすい構造にあると言えます。

レストランの例を考えましょう。

シェフのレシピに注目するのがポジショニング(SP: Strategic Positioning、他社と違ったことをする、何をやり、何をやらないかを決めること、What)の戦略論です。これをSPの戦略と呼びます。厨房の中に注目するのが組織能力(OC: Organization Capability、競争に勝つためには独自の強みを持ちましょうという考え方、長期的視野に立った、筋トレ、How)に注目した戦略で、これをOCの戦略と呼びます。

「ビジョナリー・カンパニー」のジェームズ・コリンズさんは、次のように主張しています。

革命や劇的な改革や、痛みを伴う大リストラに取り組む指導者は、ほぼ例外なく偉大な企業への飛躍を達成できない。偉大な企業への飛躍は、結果を見ればどれほど劇的なものであっても、一挙に達成されることはない。たった一つの決定的な行動もなければ、早大な計画もなければ、起死回生の技術革新もなければ、一回限りの幸運もなければ、奇跡の瞬間もない。逆に、巨大で重い弾み車を一つの方向に回し続けるのに似ている。ひたすら回し続けていると、少しずつ勢いがついていき、やがて考えられないほど回転が速くなる。

このような考え方は、SPよりもOCを持続的な競争優位の源泉として重視する立場です。経営トップによるSPのビッグディシジョンは決して「偉大な会社」を約束しないと主張しています。

SPが明確でOCも強い、これが最強の状態です。ただし、現実にはSPOCの間にはテンションがあり、企業の戦略思考はどちらかに偏るのが普通です。このテンションにどうやって対処するかが、企業経営につきつけられた本質的な挑戦課題となります。

戦略ストーリーを組み立てる(シュートの軸足を決めること)ときに柱となる5Cについて

1.      競争優位(Competitive Advantage

ストーリーの「結」、利益創出の最終的な論理。

成長戦略は「内向き」に考えること。外的な機会に飛びつくだけの「外向き」の成長戦略は成功しない確率が大です。目先の機会にやみくもに手を出していまえば、かえってこれまで作り上げてきた戦略ストーリーが破壊されかねません。

2.      コンセプト(Concept

ストーリーの「起」、本質的な顧客価値の定義

「本当のところ誰に何を売るのか」という問いに対する答えを突き詰めて生まれる。「誰が、なぜ喜ぶのか」をリアルにイメージすること。(誰に嫌われるかをはっきりさせることでもある)

3.      構成要素(Components

ストーリーの「承」、競合他社との違い

SPもしくはOC

4.      クリティカル・コア(Critical Core

ストーリーの「転」、独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素

「キラーパス」を組み込む。キラーパスは、「一見して非合理」、「賢者の盲点を衝く」です。

5.      一貫性(Consistency

ストーリーの評価基準、公正要素をつなぐ因果論理。ストーリーの「強さ」、「太さ」、「長さ」の三つがあります。強くて太くて長い話であるほど、「優れたストーリー」だと言えます。

ストーリーの最後にくるシュートは、あくまでも「なぜ儲かるのか」という論理にこだわるものでなくてはなりません。最後のところでの利益創出の論理があまくなると、ストーリー全体が台無しになってしまいます。

マブチとサウスウエストの事例では、初期の段階から完成されたストーリーを持っていたわけではありませんでした。戦略ストーリーをつくる大きなきっかけとなった打ち手に、フリーハンドでの合理的な選択の結果というよりも、当時の状況からして「仕方なかった」、「そうせざるを得なかった」という面がありました。最初から完璧なストーリーの全体像を準備万端に整えて、それを忠実に実行した結果成功したのではないということは明らかです。

戦略ストーリーの骨法10箇条

その一、エンディングから考える。戦略の目的は長期利益の実現です。エンディングを固めるためには、実現するべき「競争優位」と「コンセプト」の二つをはっきりとイメージしなくてはなりません。

その二、「普通の人々」の本性を直視する。「誰をどのように喜ばせるのか」、「誰に嫌われるか」という視点が大切です。

その三、悲観主義で論理を詰める。コンセプトは楽観主義であるべきです。しかし、一つ一つの因果論理を考えるときは悲観主義者の構えをとるべきです。きちんとした因果論理でストーリーを綴るためには、ちょうどよいのです。あらゆる戦略は利用可能な資源の制約を前提にしています。ヒト、モノ、カネの制約の中で考えるためです。

その四、物事が起こる順序にこだわる。

その五、過去から未来を構想する。ビジネスを継続的に成長させるためには、「長い」ストーリーが必要になります。ストーリーに拡張性や発展性が織り込まれていなければなりません。

ストーリーという戦略思考からすれば、事業の成長は、非連続的な「革命」というよりも、連続的な「進化」の結果です。「これから」は「これまで」と無関係には考えられません。

その六、失敗を避けようとしない。

その七、「賢者の盲点」を衝く

その八、競合他社に対してオープンに構える。戦略が本当に優れたストーリーになっていれば、実際のところ模倣の脅威はそれほど大きくはありません。

その九、抽象化で本質をつかむ。どんな情報に接するときでも、その背後にどういう論理があるのか、Whyを考える癖をつけることが大切です。簡単にアクセスできる情報には、肝心のWhyが欠落しています。「木を見て森を見ず」になりやすい。

その十、思わず人に話たくなる話をする。

人間は多かれ少なかれ利己的な生き物です。誰も自分が一番かわいい。しかし、その一方で人間は割と良くできているもので、自分以外の誰かに必要とされたり、喜ばれたり、感謝されたり、そういう実感を得た時に、一番嬉しく、一番自分がかわいく思えるものです。それが人間の本性だと思います。

そう考えると、「切実さ」と「面白さ」とは、実際のところはほとんど重なっているのかもしれません。「好きこそものの上手なれ」です。

優れた戦略ストーリーを読解していると、必ずと言ってよいほど、その根底には、自分以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なものが流れていることに気づかされます。世の中は捨てたものじゃないな、とつくづく思うのです。

自分自身も、会社(社会)のための戦略ストーリーを組み立ててみたいと思いました。

2010年9月18日 (土)

生命保険の新商品開発-日本の場合

最初に戦後からの金融状況を俯瞰してみる。

日本では第二次大戦後、日本経済の復興を目指して、長らく厳格な金利規制が行われていた。
これは、各金融機関の金利を一定にすることにより、安定的な金融体制を作り上げるための政策であった。

金利自由化

復興がされて、経済構造の変化に伴い、規制はかえって金融の効率性を損なうと考えられるようになり、1970年代後半から金利自由化が推進された。

1980年代に、日本において個人金融資産の増加や、海外との相互依存関係の深まりなどによって、金融の自由化が進んだ。

金利自由化の流れ

1947金利規制の導入

政府は臨時金利調整法を定め、金利規制体制を築いた。米国は大恐慌に対処する為、1930年代からレギュレーションQFRBによる預金金利に関する規制。米国の預金金利規制の総称。1933年銀行法を受け、金利規制が定められた。1986年以降は金利の自由化により、実質的意義を失っている。)という預金金利上限規制を導入しており、これを手本とした。

1975国債の大量発行

第一次石油危機による不況から脱出する為に、政府は1975年に国債の大量発行を行った。国債を購入した民間金融機関は、国債を流通市場で売却する必要が生じ、転売価格が自由に形成されるようになった。こうして規制金利の一角が崩れた。

1978短期金融市場金利の自由化

日本銀行は市場レートの弾力化方針を発表し、コールレートと手形売買レートに、日銀の意向を反映させていた建値制度を廃止するなどの具体策を打ち出した。
譲渡性預金が1979年に導入され、無担保コール市場が1985年に創設されるなど、短期金融市場の自由化が進んだ。

1985定期性預金金利の自由化がはじまる金利自由化は、短期金融市場から預金金利にも波及した。

ü  1985
1,000
万円以上の大口定期預金金利の自由化の開始

ü  1989
1,000
万円未満の小口定期預金金利の自由化の開始

ü  1993
定期性預金金利の自由化の完了

1994無利子の当座預金を除く、全ての流動性預金金利の自由化

金融機関の業務分野規制の緩和

金融機関の業務の多様化が進展した。日本の金融制度は、金融機関の業務が業態ごとに分離されていたが、銀行法や証券取引法の改正など“金融制度の改革”により、銀行・信託・証券が、それぞれ業態別の子会社を設立することができるようになった。業務分野規制の緩和は、現在もさらに進展している。

国内外の資本取引の自由化

1980年の外為法の改正などを契機として、日本企業が海外から資金を調達したり、外国証券に投資をしたりすることが活発化した。

派生商品市場の拡大

日本の証券・金融市場の拡大と、その国際化を背景に、証券取引所で派生証券が扱われるようになった。

生命保険事業に関する参入規制の緩和について

1.      平成8年の保険業法改正から平成12年の日米保険協議を経て第三分野商品に対する生損保双方による相互参入が解禁となった。

    外国保険事業者等の中に、この分野への依存度が高い会社が多く存在することから、これらの会社の経営環境が激変することを避けるため、生損保本体による第三分野への乗り入れについては段階的に進むような措置が講じられることになった。そして、平成12年の『日米保険協議』の決着により2001年(平成13年)1月には子会社による相互参入が、続いて7月には本体による相互参入が解禁となった。

    『日米保険協議』とは、1993年9月から協議が始まり、翌年10月にいったん合意に達した。保険料の自由化は大企業向けを対象に段階的に進めるとされる一方、外資の強い第3分野への本体相互乗り入れを当面認めないなど、規制を強く残す内容だった。しかし、子会社による第3分野参入へアメリカが危機感を高めたことなどから協議が再開された。両国政府は96年12月、損害保険料率の完全自由化を98年7月までに実施したうえで、第3分野への乗り入れを2001年(平成13年)に全面解禁することで合意した。

2.      平成8年4月の保険業法改正において、保険ブローカー(保険仲介人)制度が導入された。

3.      保険会社間における「業務の代理・事務の代行」の範囲拡大では、平成12年に「業務の代理」に「保険募集の代理」が含まれることを明確化したことから保険会社が他保険会社と代理店契約を結んで他保険会社商品を販売することが可能となった。ここには、業務効率化、コスト削減への寄与への期待がある。

4.      金融システム改革法』とは、フリー・フェア・グローバルの理念をもとに日本の金融システムを自由で公正なものに改編することを目的として、1998年(H10) 6月に成立した金融・証券制度の改革を実施するための法律の通称。24の関係法律を一括して改正する内容であった。一部を除いて199812月に施行された。
正式名称は『金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律』。投資者の多様化するニーズに応え、より有利な資産運用を可能にするために、以下のような内容が盛り込まれている。
1.投資法人や私募投資信託の導入、銀行による投資信託商品の窓口販売の解禁、有価証券店頭デリバティブの解禁など、投資信託制度の改善がなされた
2.投資家が仲介業者から良質のサービスを受けることができるように、証券会社の専業義務が廃止された
3.証券業録制とすることで、競争を促進させた
4.子会社を通じた銀行・証券・保険業務への相互参入を以前よりも容易にした
5.企業が多様な資金調達を行えるように、取引所集中義務の徹廃や、私的取引システムの導入などの証券市場の整備が図られた
6.利用者が安心して取引を行うための枠組みとして、ディスクロージャーの整備(連結ベースでの開示など)、公正取引を確保するための規制強化(インサイダー取引規制の充実など)が図られた
7.仲介業者が破綻した場合に備えて、投資者保護基金保険契約者保護機構が設立された
8.委託売買手数料が廃止された

    平成103月施行の金融持株会社法によって、すでに保険持株会社(保険会社を子会社とする持株会社)の設立は可能となっている。

    論点とは異なるが同時に「生命保険契約者保護機構の発足」、「早期是正措置制度の導入」が講じられている。

5.      証券会社については、平成101998)年の証券取引法改正(現在の金融商品取引法)により、本業以外の業務範囲が大幅に拡大され、保険募集を業務とする事が認められた。

199812月に、証券取引法(旧43条)が改正され、証券会社による保険商品販売が解禁されたが、これを契機として、生命保険各社は変額年金保険の発売を開始した。

(つまり解禁はされたが、代理店形式ですね)

6.      銀行等による保険商品の販売について  

利用者利便の向上、販売チャネルの多様化、効率化、保険業における競争促進を通じた保険商品の多様化・高度化等に資することから基本的に認めることが適当である、と示された。

平成12年の保険業法改正により、“保険契約者等の保護に欠けるおそれが少ない場合”に保険募集を行うことが認められた。

その後、順次、販売対象商品が拡大され、2007H19)年12月より、全ての保険契約の募集が行うことができることとなった。

2002H14)年10月個人年金の銀行窓販が解禁されたとき、変額年金保険は市場を大きく拡大した。

生命保険事業に関する料率規制の緩和について

1.      標準責任準備金制度の導入

2.      保険料及び責任準備金の算出方法書の記載事項の一部削除(H18/4/1施行、H19.2(1)

3.      認可制から届出制への移行 

ü  新保険業法での基礎書類の変更は、原則として認可制を維持しつつも、契約者保護等の観点から問題が少ないと考えられる事項については、認可ではなく届出で良いこととされた。(法第123条)

ü  責任準備金については、標準責任準備金対象契約について、大蔵大臣が定めた積立方法・基礎率に基づく標準責任準備金以上の金額となる責任準備金を積み立てる場合、即ち追加の責任準備金を積み立てる場合は、届け出で良いこととなった。(規則83条第2号)

ü  危険準備金の取り崩しは「届出事項」である。

ü  施行規則第85条「届出事項等」 に定められている。

4.      生命保険会社の配当について

   保険業法施行規則第30条の6(積立割合)において、当期未処分剰余金のうち一定の比率を乗じる対象となる金額(施行規則第30条の4)の20%以上の額を社員配当準備金又は社員配当平衡積立金に積み立てる旨を「定款(剰余金の分配の方法)」に定めることと規定している。また、保険業法第55条の2では、20%を下回る場合は、内閣総理大臣の認可を受け、かつ、定款を変更する、とある。

   相互会社の内部留保をより充実させる観点からいわゆる80%ルール(当期剰余のうち契約者配当に充当すべき割合。1995年の保険業法の全面改正以前は90%以上と法令で定められていた)は、2002年に20%まで“緩和”された。

ここで、順次緩和された「20%」という数値は、生保各社へ裁量を与えていると考えているが、これは他の様々な規制緩和によって、会社経営の健全性を維持・高めるための措置とも捉えている。

このような戦後の金融の状況を踏まえて、少子高齢化の進む日本において、今後、どのような新商品が望まれるのか、考えてみたい。

続く・・・続けられるか・・・難しくなってきた。

2010年9月11日 (土)

生命保険の新商品開発-アメリカの状況

現在の社会保障制度の基盤を初めて実現させ、その考え方に大きな影響を与えた、プロイセン王国の宰相で、鉄血政策でドイツ帝国統一の立役者となったビスマルクの名言

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」

愚か者は、自分の経験から学ぶと信じている。私は最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶ事を好ましいと判断する。という意味です。

では、新商品についても、最初は歴史に学びたいと思います。

最初に「アメリカ」の動きを確認します。

1920年代前半に既に農作物を中心に余剰が生まれていたが、ヨーロッパに輸出として振り向けたため問題は発生しなかった。しかし農業の機械化による過剰生産とヨーロッパの復興、相次ぐ異常気象から農業恐慌が発生。また、第一次世界大戦の荒廃から回復していない各国の購買力も追いつかず、社会主義化によるソ連の世界市場からの離脱などによりアメリカ国内の他の生産も過剰になっていった。

1924年のレーニンの死後、ソ連の最高権力者となったスターリンは再び強硬な社会主義(絶対的独裁者を確立した。

全体主義ともいわれる)路線となったため。レーニン(大量虐殺あり)とスターリン(恐怖政治を行う)は五十歩百歩?

また、農業不況に加えて鉄道石炭産業部門も不振になっていたにもかかわらず投機熱があおられ適切な抑制措置をとらなかった。アメリカ株式市場1924中頃から投機を中心とした資金の流入によって長期上昇トレンドに入った。株式で儲けを得た話を聞いて好景気によってだぶついた資金が市場に流入、さらに投機熱は高まり、ダウ平均株価5年間で5倍に高騰。192993にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録した。市場は、この時から調整局面を迎えた。

そのような状況の下、株価は下落をはじめ、わずか1週間で、アメリカが第一次世界大戦に費やした総戦費をも遥かに上回った下落幅となった。

投資家はパニックに陥り、株の損失を埋めるため様々な地域・分野から資金を引き上げ始めていった。この日は火曜日だったため、後にこの日は「悲劇の火曜日Tragedy Tuesday)」と呼ばれるようになった。そしてアメリカ経済への依存を深めていた脆弱な各国経済も連鎖的に破綻することになる。

過剰生産によりアメリカ工業セクターの設備投資縮小が始まったのが大きな要因であり、世界恐慌がさらに投資縮小を誘引したため、強烈な景気後退に見舞われることになった。

1929ウォール街の暴落は米国経済に大きな打撃を与えた。しかし当時は株式市場の役割が小さかったために被害の多くはアメリカ国内にとどまっており、当時の米国経済は循環的不況に耐えてきた実績もあった。不況が大恐慌に繋がったのは、その後銀行倒産の連続による金融システムの停止に、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の『金融政策の誤り』が重なったためであった。

アメリカ経済の本格的な回復は、その後の第二次世界大戦参戦による莫大な軍需景気を待つこととなる。

M.フリードマンによると、大恐慌の原因はただ一つ、アメリカの連邦準備理事会(FRB)の『金融政策の失敗』にあるという。不況下で貨幣の供給を増やすべきところを逆に、引き締めた結果である、と力説した。※マネタリズム:金融政策とともに通貨政策を重要視する考え方

アメリカの金融制度の枠組みは、1930年代の金融大恐慌を再び繰り返さないという目的の下に作られており、基本的には預金者の保護、過当競争の防止を念頭に置きつつ、

    預金金利の上限規制、並びに定期預金等に係る最低預入額の規制

    銀行の業務分野に関する規制(具体的には証券業務兼営の禁止、業態別資産運用制限等)

    銀行の業務地域に関する規制(具体的には州際業務の禁止)等の諸規制を設けてきた。

1960年代、クリーピング・インフレーションと呼ばれた穏やかな消費者物価の上昇はベトナム戦争、70年代の第1次および第2次のオイルショックを経て上昇のテンポを速めた。この高インフレは、1982年半ば以降急速に鎮静化していったが、この時代、長短金利は激しく乱高下し歴史的高率を記録した。

1960年代~P4記載のプラザ合意までインフレ基調となるようだ。

1960年代末から70年代にかけて、主要国を中心とした世界的なマネーサプライ(通貨供給量)の増加による過剰流動性の下で『インフレ期待』が高進してきた。

経済の外延的拡大が継続したことから様々な生産資源の需給が逼迫してきたことである。すなわち、天然資源であれば、石油危機に象徴されるように石油その他多くの一次産品の価格は70年代に大幅に上昇した。また主要国では労働需給も逼迫し、賃金上昇率も期を追って高いものとなっていった。

高インフレ・高金利により消費者(個人や企業)の金利選好意識が高まった。

1970年代に入り、2桁インフレを経験し、銀行預金や終身保険に対する信頼が薄れ、高金利商品へとシフトする傾向が強まった。

1970年代を通じて、生命保険会社は未曽有の解約・失効率を経験し、キャッシュ・バリューを担保とした契約者貸付の急増とあいまって、生命保険会社から資金が流出した。

ディスインターミディエーション・・・貸付利率と市中金利に大きな乖離が生じた場合に資金

が大量に流出し、資産側がこの状況に対応できない状態。資金の流動性リスクが顕在化したときを言

う。

伝統的な終身保険が次第に訴求力を失い、生命保険は定期保険のみとし、残りは高利の金融商品に投資しようとする動きが出てきた。

生保業界では「定期戦争」と呼ばれる定期保険の料率引下げ競争が激化し、低コストの定期保険ばかりが、新契約を伸ばすこととなった。

存亡の危機に直面した生保業界は、高い利回りを求める消費者の希望に応えるため、終身保険の改良に努めた。

さらに、キャッシュ・バリューに市場の実勢金利を付与する金利感応型商品ならびに投資パフォーマンスを直接契約者に帰属させる変額保険等、いわゆるニューウェーブ商品を相次いで市場に投入した。

具体的には、変額保険、ユニバーサル保険(1979年、E.F.ハットン・ライフ社)、変額ユニバーサル保険(1984年、プルコ・ライフ)、金利感応型終身保険、株価指数連動型年金(1980年代に銀行が導入した株価指数連動のCD(譲渡可能定期預金/Negotiable time Certificate of Deposit/譲渡可能定期預金証書)に対抗して開発された。)がある。

これらの保険の商品上の基本コンセプトは、

    実勢金利の商品への反映

    保険の対価-保険料(特に付加保険料)の明確さ

    保険設計または投資選択の自在性・弾力性

である。

ユニバーサル保険は、保険料をキャッシュ・バリューとして積み立て、このキャッシュ・バリューをTB(Treasury Bill 割引短期国債などと呼ぶ)CD(Certificates of Deposit 譲渡性預金)CP(Commercial Paper 企業が短期に発行する無担保の約束手形)といった短期自由金利商品に投資し、短期金利にスライドする形で利殖した中から死亡保障コストを控除する商品である。決済機能(現金を使わずに、銀行の口座振替で支払を行うことができる機能のこと。金融機関に口座があることが条件で、手続きをすれば預金口座にある残高の範囲内で公共料金や商品代金などの支払、送金をすることができる。)こそ持たないものの、死亡保障額に影響を与えることなくいつでもキャッシュ・バリューの引き出しが可能であり、また、保険料の払込みが自由であるなど自在性があることなどから、有力商品となった。

生命保険会社は、市場金利連動商品であるユニバーサル保険や、企業年金分野対応のためのGICGuaranteed Interest Contract)、SPDASingle Premium Deferred Annuity)等の高利率保証商品の開発を迫られることとなったが、このことにより金利の変動によるリスクの顕在化がさらに生じやすい仕組みを自ら取り込む結果を招くこととなった。

さらにもう一つ、この高金利環境に対応して責任準備金評価方法を改定している。「ダイナミック評価利率」すなわち評価利率(の上限)を法律で固定するのではなく市場金利に連動して決定する方法が、NAICNational Association of Insurance Commissioners:全米保険監督官協会)のモデル法において、80年に採用され、結果として負債の圧縮が図られることとなった。(この方法で決められる評価利率も市場金利に対してはかなり低く設定されている。)

このようにして米国生命保険会社はソルベンシー確保に不安を持つ時代に入っていった。その中で、米国アクチュアリー会は、生命保険会社を取り巻くリスクの分類と整理に着手した。19793月にその結果は報告されたが、これが有名な「トローブリッジ委員会報告」となる。

※トローブリッジ委員会では、生命保険会社を取り巻くリスクの分類と整理が行われた。その報告の中では、生命保険会

社を取り巻くリスクは

C1:資産価値喪失(Asset Depreciation)リスク

C2:保険料不適合(Pricing Inadequacy)リスク

C3:金利変動(Interest Rate Change)リスク

に分類されており、それぞれのリスクの、定量化手法の確立の必要性と重要性が訴えられている。なお、その後の検討において一般事業会社と共通する様々な経営リスクとして、C4Mismanagement)が定義・追加されている。この報告が、その後のリスク管理、責任準備金評価理論・技術の発展に大きく貢献したことはよく知られている。

198110月、ニューヨーク州法の全面的な見直しが進められた。この、いわゆる「ハインマン委員会報告書」の結果、責任準備金、不没収価格の評価基準として変動利率の採用、契約者貸付利率に対する変動制の採用、ユニバーサル保険の販売認可、投資規制の緩和、子会社規則の緩和がなされた。

この「ハインマン委員会報告書」は、金融制度全体の変貌という環境のもとで、相互会社にとって資金調達を株式の発行により行うことができず、資本市場を利用できないことは、企業体としての維持発展の制約要因になっていることも提言している。

預金金利の完全自由化が7080年代に成し遂げられた。

その後、州際業務規制(州を超えた支店禁止)が94年、銀行証券の分離(グラム・リーチ・ブライリー法によって、規定されていた銀行・証券の垣根が66年ぶりに撤廃され、銀行、証券、保険の相互参入に関する法的枠組みが整った)が99年に自由化されている。

8485年初までの流れをまとめると、様々な減税プログラム及び財政(赤字)拡大(例えば、国防費を中心に支出を拡大)は主に需要刺激的に作用した。連邦財政収支赤字の拡大と共に、景気は大きく回復・拡大したが、アメリカ経済をスタグフレーション(景気が下がり物価が上昇すること)の方向へ向かわせる推進力となった。連邦財政収支赤字の拡大は、一方では、需要の拡大と金利の再上昇、ひいてはドル高の長期継続を通じて、アメリカの国際収支の赤字拡大の一つの大きな要因となった。

1985922日、過度なドル高(円安、アメリカ商品は高くとらえられるため、アメリカは輸出がし難いくなっていた)の是正のために米国の呼びかけで、米国ニューヨークのプラザホテルに先進国5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁が集まり、会議が開催された。

この会議でドル高是正に向けたG5各国の協調行動への合意、いわゆる「プラザ合意」が発表された。具体的な内容として「基軸通貨であるドルに対して、参加各国の通貨を一律1012%幅で切り上げ、そのための方法として参加各国は外国為替市場で協調介入をおこなう」というものであった。プラザ合意の狙いは、ドル安によって米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を減らすことにあった。

一方、日本ではドル高の修正により急速に円高(1986年は円高不況の年と言われている)が進行し、輸出が減少したため、国内景気は低迷することとなった。19872月に開催されたG7G5+加、伊)は、過度なドル安の進行を防止するべく、パリで「ルーブル合意」を成立させた。「ルーブル合意」以降、為替相場は総じて安定することとなったものの、円高不況に対する懸念から、日本銀行は低金利政策を継続し、そして企業が円高メリットを享受し始めたこともあり、国内景気は回復に転じた。しかしその後、低金利局面と金融機関による過度の貸出が過剰流動性を招き、不動産・株式などの資産価格が高騰し、いわゆるバブル景気が起こることとなった。

米国においては、IRS(内国歳入庁)が生命保険・年金契約に対する連邦所得税等の税制優遇措置を認めているが、生命保険については、原則として既払込保険料に関わらず死亡保険金全額が所得税計算上非課税とされる。ただし、死亡保険金に対するキャッシュ・バリューの比率が高すぎる場合は、純粋な生命保険とはみなされず、危険保険金部分のみが非課税とされ、キャッシュ・バリュー部分は投資商品として課税される。

90年代後半の世界的な金利低下トレンドと特に米国において比較的堅調な株式相場が長期に続いたこと等を背景に投資信託と生命保険の融合商品とも言える変額年金保険が登場した。変額年金保険は米国でヒットした。

サブプライム問題に端の発し、2008年度に本格化した世界的金融危機は、デリバティブの価格(インプライド・ボラティリティー:予想変動率)を歴史的水準に高騰させており、これが長期化するようであれば、原資産(投資信託)のボラティリティーの制御等の変額年金保険の商品性の大きな見直しが必要になるかもしれない。

次に日本を確認してみる。

「職場スイッチ」 著者 鈴木義幸(コーチ・エイ取締役社長) を読んで

とてもシンプルな考え方で分かりやすく、読みやすい本でした。ありがとうございました。

少し書き留めておきたいと思います。

「チームのエネルギーを少しでも上げるため、自分はどんな働きかけができるか」

「このムードを変えるのは他ならぬ自分だ」

行動の質を変えるには、思考の質を変える必要があります。思考の質を変えるとは、「セルフトーク」を変えることに他なりません。

どんなに醜い中味であってもしっかりと認識することです。“第三者の視点”で自分の中をのぞき、セルフトークの観察者になってみる。そこには観察と上書きが大切になります。

また、疲れた体、強張った体にはネガティブなセルフトークが挿入されやすいものです。だから体をほぐすのです。とりあえず背筋を伸ばす。上を見る。顔の表情筋を引き上げる。高い声を出す。運動をする。ある程度まで心がすっきりしたら、「だから、いいじゃないか!」と自分に言ってみる。そのうち思考もほぐされていくはずです。

未来肯定型を増やす方へスイッチを切り替える必要があります。

脳内映像のコントロール方法

心が休まるような、もしくはわくわくするような映像にいつも接することです。頭の中だけでなく、現実の視界でもポシティブな映像を流す。例えば、パソコンのスクリーンセーバーをを爽やかなものにするでも良いのです。

人は深くビジョンを描くほど、現状とのギャップを感じます。すると、外界の様々な情報のうち、ギャップを埋めるのに必要なものを強く意識するようになります。

これは「選択的知覚」とも呼ばれています。

ビジョンを何度も描いて深めることが「選択的知覚」を引き起こし、ビジョンの実現可能性を高めるわけです。

高ストレス下では、どうしても意識が内向化します。しかし、ストレスが高いときほど、「周りの人の存在を承認しよう」という心構えが大切になってきます。周りの人の存在を承認する側に回る方が、じつは自分のストレス解消につながるのです。もちろん、承認を受けた相手のストレスも減り、エネルギーが高まります。これがうまく循環すれば、職場全体のエネルギーが高まり、新しい風が吹き始めます。

人を認めると元気になる。

「2倍矢印の挨拶」で気持ちを込めれば、周りの人の心もちを変えていくことができます。

「話すこと」

話すことを、少しだけ楽にする方法。「パコをとる」とよくいいます。「パーミッション&コンセンサス」の略で、すなわち「許可と同意」のことです。「ひとつ言ってもいい?」、「大事なことだから聞いてくれる?」パコを投げかけられた相手は、自然と話し役になれます。心を開こうとする人は好かれても、嫌われることはありません。

K-19』という映画の中で、極限状態において人は命令をきかなくなることを言っています。

Don’t order them Captain. Ask them!! 命令は無駄です、艦長。頼むんです!」

上から威圧的に言うのでもなく、下から遠慮気味に懇願するのでもなく、ありのままの自分になってリクエストすることが必要なのです。

人に行動を起こしてもらう方法に「ABCモデル」があります。

A  Antecedents  誘発要因

B  Behavior  行動

C  Consequence  行動結果

「より強いきっかけとなる誘発要因で行動を引き起こす。それに対する結果を決定的にポシティブに感じさせる。」これが王道です。

人がもらうと嬉しいのは、自分のためにかけられた手間(例えば、メールでなく「手紙」)なのです。老若男女を問わず、分かっている人は淡々と実践し続けている仕事術です。

重たい会議は「メタ」で仕切り直す。

「メタ」には、「上から」や「離れて」といった意味があります。メタ・コミュニケーションは、そこで交わされているやりとりを離れた視点から眺めて、気づいたことをその場で話題にするようなコミュニケーションのことです。

職場のチームに脇役は一人もいない。みんなが主役なのです。

さりげない小さな気づかいが職場の風通しをよくします。さあ、ちょっと気分転換がてら、甘いものでも買いに出ませんか。

社員の不満1位は「自分の役割が見えない」。組織づくりの上手いマネジャーはメンバーの役割をつくり出すのが上手です。

「勇気づけ」とは、自尊心と自己信頼を築くのを支援するために、個人の持ち味と潜在力に焦点を当てるプロセスである。(アルフレッド・アドラー、ドン・ディクマイヤー)

部内メールを禁止したら雰囲気がよくなった。

仕切りのないガラス張りのオフィス。練りに練ったオフィス環境づくりの中で、最も「やって良かったな」と思えるのは、執務スペースを「独りで黙々と作業する場」でなく、「コミュニケーションを交わす場」と位置付けたことです。仕切りを極力少なくしたことも効果的でした。

不意に異動の辞令を受ける。最初はショックでも、次の日に「会社に勤めていればこういうことはある。新しい視点から仕事を学ぶチャンスじゃないか」と捉えることができれば、もはやそれは「どくろマーク」ではなくなります。「どくろマーク」に意味づけをすることです。未来を活きる糧にすることです。

<上手に意味づけるための3つの方法>

1.未来のビジョンを明確に持つこと

2.どくろマークは現れるものだと最悪を想定しておくこと

3.どくろマークが出たら、すぐ肯定的な意味合いを考える癖を持つこと

  禍福は予測できないものよ、と達観する前に、災禍も結果オーライだと解釈したって良いでしょう。

心地いい会社に共通すること

そこに「物語」が描かれているということが、企業風土を良くする一つの条件ではないだろうか。心地いい雰囲気の企業は、過去から現在への様々な出来事が、きっちりと線でつながっているのです。紡ぐことができているのです。

マイナスの出来事をも「物語」の一部として取り込むことは可能です。

「物語」は人に勇気を与えることができる。

また、風通しの悪い会社であるならば、その責任はトップマネジメントにあるのです。

あなたの会社には、過去の点がつながっていることを示そうとする姿勢や取り組みはありますか。物語は語られていますか。

点はいつ、つながったように見えるかわからないけれど、いつか必ずつながったと思える日がくるから、絶対につながるから、勇気を持って様々な挑戦をしよう!

自分自身は明確なビジョンを持つようにしようと思いました。次に、自分の会社に「物語」はあるだろうか?を考えたいと思いました。

2010年9月 5日 (日)

「PMO導入フレームワーク」 高橋信也著、峯本展夫監修 を読んで

とても分かりやすく書かれている本だと思いました。整理をしておきます。

 

「プロジェクトマネジメント・オフィス(PMO)とは、管轄するプロジェクトを集中的にまとめて調整するマネジメント活動のさまざまな責任が割り当てられた「組織体」。PMOの責任は、プロジェクトマネジメントを支援することからプロジェクトを直接マネジメントするまでの広範囲にわたる」と定義されている。 

 

PMOはプロジェクトマネジメントを支援する組織として、プロジェクト状況の可視化、コミュニケーションの促進とコミュニケーションコストの削減、マネジメントの意志決定支援を担うことが求められる。そのために必要なプロジェクトの管理機能の導入・定着・改善を行うが、管理機能そのものは目的ではない。管理機能はマネジメントの成果を上げるための手段である。  

 

PMOは専門家ではない。PMOはマネジメントに関わる。

ドラッガーは、「専門家にはマネジャーが必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ、専門家にとって最大の問題である。」と言っている。

 

PMOの役割・機能・型式】

 

型式

全社的PMO

・意志決定支援役である。

・最も重要なタスクはリスクマネジメントである 

個別PMO

・先手を打つ

・一歩引くことにより見えてくるもの

・遊軍になる

    ↓

役割

機能

タスク例

参謀型

コンサルティング

意志決定支援

駆け込み寺

リスクの検知と事前予防策実施

マネジメントレポーティング

組織間の調整 など

管理実行型

プロジェクト標準の策定と導入定着

プロジェクトの可視化

管理実行支援

進捗管理、課題管理、リスク管理、変更管理のプロセス策定と導入の定着化

上記プロセスにおける分析れぽーとなど

事務局型

基本情報整備

作業環境整備

自社の管理業務

メンバー管理(セキュリティー、入退出など)

PCなどの環境整備

成果物管理、予算管理 など

 

参謀型PMOに重要な役割は、プロジェクトマネジャーとの信頼関係を構築し、時には背中を押し、時には間違いを正すことである。プロジェクトマネジャーからの厚い信頼を勝ち得た状況において、参謀型PMOは本来の力を発揮する。  

 

PMOの進化系として】  

目標達成タイプ

インフラ関連はこのタイプであり、目標が明確。

調整タイプ

最も多いシステム開発プロジェクト

   ↓

価値創造タイプ

進化系となり、新規事業立ち上げなど、試行錯誤を伴うプロジェクト

 

PMOスキルマップ】

計画策定

タスク定義書・一覧・フロー作成

成果物一覧・体系図作成

役割分担表の作成

WBSの作成

進捗管理プロセス策定

進捗管理方法の策定と導入

進捗報告書作成

進捗集計

進捗レポート作成(進捗率、遅延原因、対策など)

進捗会議

コーディネート

議事録作成

進捗の把握/対策

対策立案(PM意志決定支援)

遅延による後続作業への影響度調査

 

【人材の適性】   

ü プロジェクト成功のために必要なことを考えている

ü 管理は手段と割り切っており、管理情報だけでは全て見えないと知っている

ü 「現場」に対する理解がある

 

【リスクマネジメントスキル】  

ü リスクの前提となる前提条件をプロジェクト検証やスコープ記述書および計画書などから洗い出す。

ü モニタリングする前提事項の決定

ü 定期的なモニタリング

ü リスクの識別

ü リスクの分類

ü リスクの順位付け

ü リスク予防策

ü リスク監視

ü リスク情報の蓄積

 

「リスク」とは、プロジェクトスコープに影響を与える可能性のあるもの

「課題」とは、影響を与えることが明白であるが、プロジェクトとして受け入れるか、また受け入れたとしてもどのチームが対応するかなどの事象

「インシデント(または案件)」とは、上記どちらとも取れないプロジェクトに対する質問、要望など

 

【プロジェクト品質マネジメント】

ü PMOにて開発方法論をベースにして、タスク・成果物を定義

ü 説明会を実施し、各リーダーと意見交換を行いながら、タスク・成果物・スケジュールを作成

ü 効果として、開発プロセス・タスク・成果物のプロジェクト間整合性が取れ、品質が向上。後続フェーズでの手戻り防止

 

ü 品質のチェックは全体レビュー会議を開催し、ユーザー指摘事項等に対応できているか事前チェック

ü 会議にはリーダークラスが一人以上参加することで品質を向上

ü 効果として、ユーザーレビューを複数回実施することがなくなり、スケジュール通りに納品

 

PMBOK9の知識エリアより、ソフトウエアに備わる機能】

分類

機能

統合マネジメント

プログラム管理

課題管理

過去事例検索

スコープマネジメント

ドキュメント管理

変更管理

タイムマネジメント

進捗管理

報告書

ガントチャート

WBS

タスク管理

クリティカルパス管理

EVMEarned Value Management

To Do管理

カレンダー管理

コストマネジメント

予算管理

PPM(プロジェクトポートフォリオマネージメント)

品質マネジメント

品質管理・障害管理

人的資源マネジメント

リソース管理

アクセス権限

コミュニケーションマネジメント

進捗報告

議事録作成・管理

会議管理

インシデント管理

メール機能・連携

掲示板

リスクマネジメント

リスク分析

モニタリング

その他

検索機能

レポート機能

グラフ

印刷機能

Un do, Re do

MS-Projectとの連携

エクスポート

インポート

他国語対応

 

全社的PMOと個別PMOを上手く使い分けていく必要があるように考えている。

経験を積み上げていく必要もあるだろう。頑張ってみよう。

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