生命保険の新商品開発-アメリカの状況
現在の社会保障制度の基盤を初めて実現させ、その考え方に大きな影響を与えた、プロイセン王国の宰相で、鉄血政策でドイツ帝国統一の立役者となったビスマルクの名言
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」
愚か者は、自分の経験から学ぶと信じている。私は最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶ事を好ましいと判断する。という意味です。
では、新商品についても、最初は歴史に学びたいと思います。
最初に「アメリカ」の動きを確認します。
1920年代前半に既に農作物を中心に余剰が生まれていたが、ヨーロッパに輸出として振り向けたため問題は発生しなかった。しかし農業の機械化による過剰生産とヨーロッパの復興、相次ぐ異常気象から農業恐慌が発生。また、第一次世界大戦の荒廃から回復していない各国の購買力も追いつかず、社会主義化によるソ連の世界市場からの離脱などによりアメリカ国内の他の生産も過剰になっていった。
※1924年のレーニンの死後、ソ連の最高権力者となったスターリンは再び強硬な社会主義(絶対的独裁者を確立した。
全体主義ともいわれる)路線となったため。レーニン(大量虐殺あり)とスターリン(恐怖政治を行う)は五十歩百歩?
また、農業不況に加えて鉄道や石炭産業部門も不振になっていたにもかかわらず投機熱があおられ適切な抑制措置をとらなかった。アメリカの株式市場は1924年中頃から投機を中心とした資金の流入によって長期上昇トレンドに入った。株式で儲けを得た話を聞いて好景気によってだぶついた資金が市場に流入、さらに投機熱は高まり、ダウ平均株価は5年間で5倍に高騰。1929年9月3日にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録した。市場は、この時から調整局面を迎えた。
そのような状況の下、株価は下落をはじめ、わずか1週間で、アメリカが第一次世界大戦に費やした総戦費をも遥かに上回った下落幅となった。
投資家はパニックに陥り、株の損失を埋めるため様々な地域・分野から資金を引き上げ始めていった。この日は火曜日だったため、後にこの日は「悲劇の火曜日(Tragedy Tuesday)」と呼ばれるようになった。そしてアメリカ経済への依存を深めていた脆弱な各国経済も連鎖的に破綻することになる。
過剰生産によりアメリカ工業セクターの設備投資縮小が始まったのが大きな要因であり、世界恐慌がさらに投資縮小を誘引したため、強烈な景気後退に見舞われることになった。
1929年のウォール街の暴落は米国経済に大きな打撃を与えた。しかし当時は株式市場の役割が小さかったために被害の多くはアメリカ国内にとどまっており、当時の米国経済は循環的不況に耐えてきた実績もあった。不況が大恐慌に繋がったのは、その後銀行倒産の連続による金融システムの停止に、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の『金融政策の誤り』が重なったためであった。
アメリカ経済の本格的な回復は、その後の第二次世界大戦参戦による莫大な軍需景気を待つこととなる。
M.フリードマンによると、大恐慌の原因はただ一つ、アメリカの連邦準備理事会(FRB)の『金融政策の失敗』にあるという。不況下で貨幣の供給を増やすべきところを逆に、引き締めた結果である、と力説した。※マネタリズム:金融政策とともに通貨政策を重要視する考え方
アメリカの金融制度の枠組みは、1930年代の金融大恐慌を再び繰り返さないという目的の下に作られており、基本的には預金者の保護、過当競争の防止を念頭に置きつつ、
① 預金金利の上限規制、並びに定期預金等に係る最低預入額の規制
② 銀行の業務分野に関する規制(具体的には証券業務兼営の禁止、業態別資産運用制限等)
③ 銀行の業務地域に関する規制(具体的には州際業務の禁止)等の諸規制を設けてきた。
1960年代、クリーピング・インフレーションと呼ばれた穏やかな消費者物価の上昇はベトナム戦争、70年代の第1次および第2次のオイルショックを経て上昇のテンポを速めた。この高インフレは、1982年半ば以降急速に鎮静化していったが、この時代、長短金利は激しく乱高下し歴史的高率を記録した。
♪1960年代~P4記載のプラザ合意までインフレ基調となるようだ。
1960年代末から70年代にかけて、主要国を中心とした世界的なマネーサプライ(通貨供給量)の増加による過剰流動性の下で『インフレ期待』が高進してきた。
経済の外延的拡大が継続したことから様々な生産資源の需給が逼迫してきたことである。すなわち、天然資源であれば、石油危機に象徴されるように石油その他多くの一次産品の価格は70年代に大幅に上昇した。また主要国では労働需給も逼迫し、賃金上昇率も期を追って高いものとなっていった。
高インフレ・高金利により消費者(個人や企業)の金利選好意識が高まった。
1970年代に入り、2桁インフレを経験し、銀行預金や終身保険に対する信頼が薄れ、高金利商品へとシフトする傾向が強まった。
1970年代を通じて、生命保険会社は未曽有の解約・失効率を経験し、キャッシュ・バリューを担保とした契約者貸付の急増とあいまって、生命保険会社から資金が流出した。
※ディスインターミディエーション・・・貸付利率と市中金利に大きな乖離が生じた場合に資金
が大量に流出し、資産側がこの状況に対応できない状態。資金の流動性リスクが顕在化したときを言
う。
伝統的な終身保険が次第に訴求力を失い、生命保険は定期保険のみとし、残りは高利の金融商品に投資しようとする動きが出てきた。
生保業界では「定期戦争」と呼ばれる定期保険の料率引下げ競争が激化し、低コストの定期保険ばかりが、新契約を伸ばすこととなった。
存亡の危機に直面した生保業界は、高い利回りを求める消費者の希望に応えるため、終身保険の改良に努めた。
さらに、キャッシュ・バリューに市場の実勢金利を付与する金利感応型商品ならびに投資パフォーマンスを直接契約者に帰属させる変額保険等、いわゆるニューウェーブ商品を相次いで市場に投入した。
具体的には、変額保険、ユニバーサル保険(1979年、E.F.ハットン・ライフ社)、変額ユニバーサル保険(1984年、プルコ・ライフ)、金利感応型終身保険、株価指数連動型年金(1980年代に銀行が導入した株価指数連動のCD(譲渡可能定期預金/Negotiable time Certificate of Deposit/譲渡可能定期預金証書)に対抗して開発された。)がある。
これらの保険の商品上の基本コンセプトは、
① 実勢金利の商品への反映
② 保険の対価-保険料(特に付加保険料)の明確さ
③ 保険設計または投資選択の自在性・弾力性
である。
ユニバーサル保険は、保険料をキャッシュ・バリューとして積み立て、このキャッシュ・バリューをTB(Treasury Bill 割引短期国債などと呼ぶ)、CD(Certificates of Deposit 譲渡性預金)、CP(Commercial Paper 企業が短期に発行する無担保の約束手形)といった短期自由金利商品に投資し、短期金利にスライドする形で利殖した中から死亡保障コストを控除する商品である。決済機能(現金を使わずに、銀行の口座振替で支払を行うことができる機能のこと。金融機関に口座があることが条件で、手続きをすれば預金口座にある残高の範囲内で公共料金や商品代金などの支払、送金をすることができる。)こそ持たないものの、死亡保障額に影響を与えることなくいつでもキャッシュ・バリューの引き出しが可能であり、また、保険料の払込みが自由であるなど自在性があることなどから、有力商品となった。
生命保険会社は、市場金利連動商品であるユニバーサル保険や、企業年金分野対応のためのGIC(Guaranteed Interest Contract)、SPDA(Single Premium Deferred Annuity)等の高利率保証商品の開発を迫られることとなったが、このことにより金利の変動によるリスクの顕在化がさらに生じやすい仕組みを自ら取り込む結果を招くこととなった。
さらにもう一つ、この高金利環境に対応して責任準備金評価方法を改定している。「ダイナミック評価利率」すなわち評価利率(の上限)を法律で固定するのではなく市場金利に連動して決定する方法が、NAIC(National Association of Insurance Commissioners:全米保険監督官協会)のモデル法において、80年に採用され、結果として負債の圧縮が図られることとなった。(この方法で決められる評価利率も市場金利に対してはかなり低く設定されている。)
このようにして米国生命保険会社はソルベンシー確保に不安を持つ時代に入っていった。その中で、米国アクチュアリー会は、生命保険会社を取り巻くリスクの分類と整理に着手した。1979年3月にその結果は報告されたが、これが有名な「トローブリッジ委員会報告」となる。
※トローブリッジ委員会では、生命保険会社を取り巻くリスクの分類と整理が行われた。その報告の中では、生命保険会
社を取り巻くリスクは
C1:資産価値喪失(Asset Depreciation)リスク
C2:保険料不適合(Pricing Inadequacy)リスク
C3:金利変動(Interest Rate Change)リスク
に分類されており、それぞれのリスクの、定量化手法の確立の必要性と重要性が訴えられている。なお、その後の検討において一般事業会社と共通する様々な経営リスクとして、C4(Mismanagement)が定義・追加されている。この報告が、その後のリスク管理、責任準備金評価理論・技術の発展に大きく貢献したことはよく知られている。
1981年10月、ニューヨーク州法の全面的な見直しが進められた。この、いわゆる「ハインマン委員会報告書」の結果、責任準備金、不没収価格の評価基準として変動利率の採用、契約者貸付利率に対する変動制の採用、ユニバーサル保険の販売認可、投資規制の緩和、子会社規則の緩和がなされた。
この「ハインマン委員会報告書」は、金融制度全体の変貌という環境のもとで、相互会社にとって資金調達を株式の発行により行うことができず、資本市場を利用できないことは、企業体としての維持発展の制約要因になっていることも提言している。
預金金利の完全自由化が70~80年代に成し遂げられた。
その後、州際業務規制(州を超えた支店禁止)が94年、銀行証券の分離(グラム・リーチ・ブライリー法によって、規定されていた銀行・証券の垣根が66年ぶりに撤廃され、銀行、証券、保険の相互参入に関する法的枠組みが整った)が99年に自由化されている。
84~85年初までの流れをまとめると、様々な減税プログラム及び財政(赤字)拡大(例えば、国防費を中心に支出を拡大)は主に需要刺激的に作用した。連邦財政収支赤字の拡大と共に、景気は大きく回復・拡大したが、アメリカ経済をスタグフレーション(景気が下がり物価が上昇すること)の方向へ向かわせる推進力となった。連邦財政収支赤字の拡大は、一方では、需要の拡大と金利の再上昇、ひいてはドル高の長期継続を通じて、アメリカの国際収支の赤字拡大の一つの大きな要因となった。
1985年9月22日、過度なドル高(円安、アメリカ商品は高くとらえられるため、アメリカは輸出がし難いくなっていた)の是正のために米国の呼びかけで、米国ニューヨークのプラザホテルに先進国5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁が集まり、会議が開催された。
この会議でドル高是正に向けたG5各国の協調行動への合意、いわゆる「プラザ合意」が発表された。具体的な内容として「基軸通貨であるドルに対して、参加各国の通貨を一律10~12%幅で切り上げ、そのための方法として参加各国は外国為替市場で協調介入をおこなう」というものであった。プラザ合意の狙いは、ドル安によって米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を減らすことにあった。
一方、日本ではドル高の修正により急速に円高(1986年は円高不況の年と言われている)が進行し、輸出が減少したため、国内景気は低迷することとなった。1987年2月に開催されたG7(G5+加、伊)は、過度なドル安の進行を防止するべく、パリで「ルーブル合意」を成立させた。「ルーブル合意」以降、為替相場は総じて安定することとなったものの、円高不況に対する懸念から、日本銀行は低金利政策を継続し、そして企業が円高メリットを享受し始めたこともあり、国内景気は回復に転じた。しかしその後、低金利局面と金融機関による過度の貸出が過剰流動性を招き、不動産・株式などの資産価格が高騰し、いわゆるバブル景気が起こることとなった。
米国においては、IRS(内国歳入庁)が生命保険・年金契約に対する連邦所得税等の税制優遇措置を認めているが、生命保険については、原則として既払込保険料に関わらず死亡保険金全額が所得税計算上非課税とされる。ただし、死亡保険金に対するキャッシュ・バリューの比率が高すぎる場合は、純粋な生命保険とはみなされず、危険保険金部分のみが非課税とされ、キャッシュ・バリュー部分は投資商品として課税される。
90年代後半の世界的な金利低下トレンドと特に米国において比較的堅調な株式相場が長期に続いたこと等を背景に投資信託と生命保険の融合商品とも言える変額年金保険が登場した。変額年金保険は米国でヒットした。
サブプライム問題に端の発し、2008年度に本格化した世界的金融危機は、デリバティブの価格(インプライド・ボラティリティー:予想変動率)を歴史的水準に高騰させており、これが長期化するようであれば、原資産(投資信託)のボラティリティーの制御等の変額年金保険の商品性の大きな見直しが必要になるかもしれない。
次に日本を確認してみる。
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コメント
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とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
投稿: 生命保険の選び方 | 2010年10月 5日 (火) 15時46分