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2011年1月

2011年1月31日 (月)

「カーライル」 その四 がんばれ!ウイルコム! 自分ももっとがんばらないと!

最後に、カーライルによるMBOを行いながらも、昨年20102月に会社更生法申請を行ったウイルコムについてのドラマは魅かれるところがあった。

PHSを含む携帯電話業界の熾烈な競争を垣間見るようであった。

KDDIが携帯電話に“選択と集中”を推進する中で、20046月、DDIポケットは、カーライルと京セラによるバイアウトが発表された。

200410月、KDDIの子会社であったDDIポケットがMBOにより独立した。買収総額は2200億円。20052月、新しい株主構成はカーライル60%、京セラ30%に加えてKDDI10%の株主となった。DDIポケットはウイルコムと社命を変え、本格的に再スタートを開始する。

最初にPHS業界衰退の理由の一つとして

PHS独自の「マイクロセル方式」という通信方式に起因する。携帯電話の場合は「マクロセル方式」といって、最大半径5キロまでをカバーできる巨大な基地局を建設して地域一体を圏内にする通信方式に基づいている。基地局一箇所の建設には億円単位の設備投資が必要だが、その一方で、基地局の数は少なくて済む。地権者との交渉などの手間を考えると、このようなマクロセル方式は資金さえ続けば、短期間に都市圏全域を圏内にすることが可能な方式だと言える。

一方でPHSの場合、半径500メートルをカバーする小さくて安価なアンテナをビルの屋上に設置しながらエリア全体を圏内にしていく。設備投資のコストは小さいが、アンテナの設置数は莫大である。携帯電話の基地局が一箇所ですむ同じ地域を、PHSの基地局は100カ所のアンテナをカバーすることになる。従ってエリア全体を圏内にするためのスピードは、ビルの所有者などアンテナ設置場所の地権者との交渉や契約にかかる時間がボトルネックになる。

この展開スピードの差がPHSのあだになった。

その中で、DDIポケットは地道に基地局の設置を続けており、2001年頃には都市部においては、ほぼどこでもすぐにつながる状況に達することができた。

さらに、この頃、インターネットビジネスが最初のブームを巻き起こしていたこともあり、ノートパソコンにPHSカードを差し込む形でモバイル通信の手段とするサービスが広がってきていた。このサービスを主に行っていたのが、DDIポケットであった。

しかもニッチセグメントにおけるデファクトスタンダードであった。

その後、ウィルコムは、更に音声定額の導入で劇的に加入者数を増やすことになる。

さらに、さらに、コアユーザーに支持されている通称アドエス(正式名Advanced/W-ZERO3)、宣伝では「縦ケータイ、横パソコン」と呼ばれるシャープ製の多機能PHS2005年に発売している。

普段たたんだ状態ではやや大きめの携帯だが、横にスライドさせるとパソコンのようなキーボードが出現する。しかも、OSにマイクロソフトのウインドウズモバイルを搭載しているため、メールで送られてきたオフィスファイルを開いて見ることもできる。

このようなノートパソコンよりもずっと小さいパームトップのモバイル機器として、アドエスは熱狂的なコアユーザーたちに支持されている。

カナダでは同様の「ブラックベリー」が人気を得ていたこともあり、親指だけではメールを打てない外国人、日本でも苦手な人は多かったのでしょう。人気を得ることができた。

200712月、総務省に対して次世代広帯域移動無線アクセスシステム構築の前提となる2.5ギガヘルツ帯の無線帯域使用の免許取得 

この免許の枠は2つ、「WiMAX方式」のauと「次世代PHS方式」のウイルコムのみにおりた。

ところで、「広帯域無線アクセスシステム」とは、どこに居ても使える無線LANだと思えばよい。

外出先で、ノートパソコンで仕事をする方が、インターネットに接続して情報をとろうとしたら方法は2つだろう。PHSカードを使うか無線LANを使うか。前者はどこでも使えるがスピードが遅い。後者はスピードは速いが、駅の一部や契約のあるカフェなどにある指定されたホットスポットに出向かないと使えない。

ところが広帯域無線アクセスが実現すると、どこにいても高速でインターネットにつながる時代が来るとある。

WiMAX方式」はマクロセル方式、「次世代PHS方式」はマイクロセル方式となる。

この次世代の趨勢が分かる時期、ウイルコムの予測では2015年であった。

ところが、それには多額の資金が必要であったこと。

そして、ウイルコムの優位性であった、音声定額がソフトバンクのホワイトプランで風穴を開けてきた。

さらに、ソフトバンクは、広告宣伝の投入規模、新規機種の発売ラインナップの充実ぶりでは、資金投入規模が巨大な戦略として遂行をしてきた。

この事実をカーライル・グループ、ウイルコムは冷静に受け止めて、忍耐強く前向きに戦線を立て直そうとしてきたが・・・

この本では、それでも希望を持って前向きに将来を切り開いていくというところで終っている。

ところが・・・

ウィルコムの契約者増減数は、ソフトバンクのサービス開始半年後の20076月に+2万、7月に+1万と明らかな鈍化を見せ、20078月には20042月以来3年半ぶりに純減になる。

その後、契約者数は20097月まで停滞することになった。

そして、

20099月、事業再生ADR(産業活力再生特別措置法所定の特定認証解決手続き)を申請した。

これは、ウィルコムが抱える債務の返済期限を延長してもらえるよう、関係各者と調整を図るための手続きだった。ウイルコムは「(高速無線通信方式の)XGPを展開する上で、開発投資や設備投資と既存サービスの両立に多少無理があった。ADRの申請がマーケットに影響し、会社更正手続きに至った」と説明する。

企業として事業の維持や再生を目指す手続きとなる。米投資ファンドのカーライル、京セラ、KDDIも保有株式を100%減資して、株主責任をとることとなった。

20102月、会社更生手続き開始

20108月、ソフトバンクとスポンサー契約

201010月、更生計画案提出

とてもストーリーのある戦略であったと思うのですが、現在はソフトバンクの資金力で対応をされているようです。でもこれからも考えに考え抜いてがんばって欲しいと思いました。

自分ももっと自己研鑽をして社会貢献できるようにがんばりたいと思いました。

2011年1月30日 (日)

「カーライル」 その三 アクティビスト・ファンドについて

投資ファンドについては、アクチュアリーが関与する業務でもあることを知りました。

そこで、知識として蓄えられるようにしたいと思います。

投資ファンドのプライベート・エクイティ・ファンドの一つ「アクティビスト・ファンド」に狙われるような企業は、もともと株価が本来価値よりもかなり低い水準に落ち込んでいると同時に、生き残るために含み益を企業のバランスシートの中に溜めこんでいることが多いことがある。

アクティビスト側も、もともとそういった企業を再生するような力は無い。経営陣にプレッシャーを与え、手打ちとして配当の形で含み益を株主に還元させるか、戦いの途中で株価が上がり始めた段階で売り抜けをすることによって利益を狙いにいくのである。

ただし、アクティビストの行動に大きな社会的意義があるとは思えない。もちろん旧態然と漫然たる経営を続ける一部の能力のない経営陣の存在に警鐘を投げかけたり、場合によっては退場を願うための「必要悪」としての役割が無いとは言えない。しかしながら、アクティビストの提案によって新たな企業価値が生まれるというケースは、過去あまりなかったことなのである。

ここで、買い占める側の悪役を『グリーンメーラー』(乗っ取り屋、ドル紙幣の色である緑と、脅迫状を意味するブラックメールを合わせた造語である)と呼んだり、

経営陣側の味方になって株式を買い取ってくれる企業を『ホワイトナイト』(白馬の騎士)と呼んだりする。

また、防衛手法として買収を進める企業が不利になるような状況をあらかじめもぐりこませておく手法を『ポイズンピル(毒薬)』と呼ぶ。

『黄金株』のようにたった一株で買収企業の提案を否決できる権利のある株式を発行する手法。

逆に、買収後の現経営陣の経営からの勇退を促す『ゴールデンパラシュート』のような手法もある。

ここでは、いろいろと知らなかった言葉を覚えられた。

以前、「ハゲタカ」をテレビで見ていた時に、なんとなく聞いていた「言葉」の意味が明確になりました。

「カーライル」 その二

1993年、赤字転落したIBM2002年末まで在籍)を立て直し、それを「巨像も踊る」という本にも書かれたルイスガースナー氏が、2008年にカーライル・グループというプライベート・エクイティのトップの座に就いた。

ルイスガースナー氏、今はすでに退任をされていましたが、その「カーライル」とはどのような会社なのでしょうか?

本の内容は「カーライル」という会社の宣伝的な内容にも少し思えましたが、あまり知らなかった「投資ファンド」のこと、そして、今は残念ながら会社更生法を申請することとなってしまいましたが、PHSで有名なウイルコムの約10年の軌跡が分かり、大変興味深い内容でもありました。

最初にルイスガースナー氏が登場、ルイスガースナーの座右の銘が出ておりました。それは、

「机上は世界を議論するには最も危険な場所である」

ジョン・ル・カレ 「スクールボーイ閣下」より、英語では、次の通りです。

A desk is a dangerous place from which to watch the world.

-- from The Honourable Schoolboy (Le Carr 1977: p. 84).

自分自身も「現場主義」を大切にしたいと考えていますので、これもよい言葉だと思いました。

映画”踊る大捜査線”でも、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ~」ってありましたね。

更に、もう一つ

「人間には4つのタイプしかない。何かを起こす者。起きた何かに翻弄される者、起きたことを傍観する者。そして何が起きたかに気づかない者である」

これはどうでしょうか?

「何かを起こす者」と「起きた何かに翻弄される者」だけで“起きたこと”を全て対処できるのでしょうか?

少し疑問に感じました。

また、ルイスガースナーはIBMの立て直しにおいて、“大リストラ”を敢行されています。

ビジョナリーカンパニーで著名なコリンズ氏は、第5水準(最高水準)のリーダーは(ほとんど)リストラをしないと言われています。

話を、この本のメイン「プライベート・エクイティ」に戻します。

「プライベート・エクイティ」は、生命保険や年金などの機関投資家から資金を預かって、主として未上場株や不動産を始めとする非市場性の商品に投資を行うファンドである。

非公開商品に投資するファンドという意味である。

「プライベート・エクイティ」の投資する商品は短期で売却利益を得ることがほとんどの場合不可能である。そのため、プライベート・エクイティはファンドの中でも中長期投資のスタンスを持つ。

プライベート・エクイティのMBOへの参加目的は、経営陣を支援することによって企業価値が高まった株式を最終的に売却することにある。最終的にプライベート・エクイティは、その保有株式を長期投資の後に必ず売却し、回収資金を機関投資家を中心とする出資者に還元する。その長期とは、通常は3~5年程度の期間だと考えた方がいい。5年というのは経営にとっては長期であるから、併走期間の意思決定は長期的視点に立って行われるのだが、それでも最後にはパートナーシップが終わる日はやってくる。

では、双方の成功の後にいずれ訪れる株式の売却において、経営陣から見ればどのようなエグジットの形態が理想てきなのだろうか。

理想的なエグジットには、2つのケースがある。ひとつは、再上場を含む上場というエグジット、もうひとつは、新たな企業グループへの参加(資金供与のために傘下に入る)という結果であろう。

また、一般にファンドが出資を検討する際には、“デュー・デリジェンス”という会社事業価値の精査のプロセスが行われる。

“デュー・デリジェンス”のプロセス(客観的証明が求められ、仮説では投資しない)を経て、MBOを手段として資金調達が為される。

通常、MBOの最大のボトルネックとなるのは、経営陣と従業員の意欲である。 

経営陣と新たな株主とのギャップを粘り強く埋めていくこと。新株主はそのギャップを受け止め、業界固有の知識を柔軟に理解し、認識が間違っていたと理解すれば速やかに判断を変えていくこと。ガバナンスを司る取締役会は、こうして徐徐にチームとしての能力を向上させていったのである。

次に、TOBによる株式の非公開化を宣言する

TOB

英語のtake-over bid の頭文字をとった略称で、「株式公開買付」のことです。すなわち、ある企業の株式を大量に取得したい場合に、新聞広告などを使って一定の価格で一定の期間に一定の株数を買い取ることを表明し、不特定多数の株主から一挙に株式を取得する方法のことです。
利点として、市場で大量に株を買うと価格が上昇してしまいますが、TOBは公表した買付価格で買うため、資金計画が容易になります。
又、期限までに買付予定数の株式が集まらなかった場合は、株券を返却してキャンセルすることができますので、買付に失敗した時のリスクを抱えません

MBOManagement Buyout、マネジメント・バイアウト):

現経営陣の主導により、会社の株式や資産を取得して独立すること。

経営陣の提案による株主交代である。

現経営陣と従業員がそのまま事業を継続するため、既存の資産や顧客基盤などが活用できる。

MBOはどのような場合に経営陣の選択肢になりうるのか

親会社の制約からの解放

○子会社の独立

○事業部門のスピンオフ

上場によるデメリットからの解放

○上場企業には中長期視点に立った大胆な改革を伴う非連続的成長の実現

M&A

・ガバナンス強化

・海外展開

オーナー企業における事業承継に対する抜本的対策

○創業一族の株式の散逸対策

○キャッシュアウト機会の提供

○資本構成の再構築

MBO180日が勝負と書かれている。

最後に、企業に投資するファンドのカテゴリーを整理しておこう。

カテゴリー

主な投資対象

コンセプト

主に上場株式に投資

投資信託

上場株式、債券等

概して、「物言わぬ」投資家として、値上がり益、利子・配当等によるリターンを追求

ヘッジ・ファンド

上場株式、債券等

物言わぬ投資家として金融市場での資金運用を通じて収益を上げるファンド

市場間または金融商品間のアービトラージ(ロング&ショート<空売り>)を多用

LTCMが該当

アクティビスト・ファンド

上場株式

投資リターンを確保するために、「物言う投資家」として、現金配当や自社株買いを投資先会社に要求

現株主が経営陣の言動を信用しなくなっている時に、このファンドがつけいる着眼点が存在する。つまり、経営環境が難しい時代になると勢いを持ち始める

※村上ファンド、スティール・パートナーズが該当 

プライベートエクイティファンド

バイアウト・ファンド

株式や事業部門取得を通じて「ビジネス」に投資

会社経営陣と共に潜在的な企業価値の具現化または新たな価値の創出によって投資価値の増大を目指す

ベンチャー・ファンド

創業間もない会社の株式

投資先会社の自発的成長のポテンシャルに賭ける

ディストレスト/事業再生ファンド

不良債権や倒産企業株式

倒産企業の債権または株式を安価で取得し、ターンアラウンドでリターンを確保

※ダイエーや鐘紡は国の再生ファンドによる再建の成功事例である

「カーライル」 その一

実は、「カーライル」という本の名前を見て、最初、イギリスの歴史家トマス・カーライルの本なのかなと思い、内容を見ずに借りた本でした。

トマス・カーライル氏に興味があったのは、現役の医師であり、今年で100歳になられる日野原重明先生が尊敬する一人ということだからでした。

先に、トマス・カーライル氏の名言を書きとめておきます

「将来のことをいたずらに思い惑わず、今日すべきことを精一杯やりなさい」

この言葉の原点は聖書になるそうです。よい言葉だと思います。

トマス・カーライル氏は、内村鑑三氏にも影響を与えており、そこで「一日一生」が書かれているようです。

さらに、内村鑑三氏の「一日一生」は作家の城山三郎氏の好きな言葉と言われています。

また、この言葉は、プロ野球選手松井秀喜の母校、星稜高校野球部で掲げられている言葉でもあるようです。

良い言葉は、過去から現在、そして将来に向けて語り継がれていくと良いと思います。

トマス・カーライル氏には、彼の名著「フランス革命史」にまつわるエピソードもあります。

カーライルは親友に頼まれ、書き上げたばかりの「フランス革命史」の原稿を貸したそうです。

そこで事件は起こりました。友人の家のお手伝いさんが、それを書き損じの原稿と勘違いし、ストーブで燃やしてしまったのです。

それを知ったカーライルはひどく落胆し、やはり「もう同じものは書けない」と気力を失ってしまったとのことでした。

ところが、彼の妻は立派でした。夫に同情しながらも、きっぱりこう言ったそうです。

「このまま書かないですむくらいなら、最初から書く必要がなかったものなのよ」

カーライルはこの言葉に奮起しました。なぜなら、それはカーライルにとってどんなことをしても書かなければならないテーマだったからです。彼は再び机に向かい、そして誕生した本は、160年以上の年月を経た今なお、世界の名著としてたたえられています。

その2(実際の本の内容)へ続く

2011年1月23日 (日)

「プロジェクトマネジメントオフィス」  を読んで

トーマス・R・ブロック+J・デビッドソン・フレーム共著、2002年の日本出版である。

原著は1998年となるので、少々古さは感じますが、そもそもの基本的な考え方、そしてプロジェクトマネジメントの歴史についても書かれており、参考とできる箇所は実務にも役立てられるように身につけておきたいと思います。

 

 

~プロジェクトマネジメントの歴史~

プロジェクトとよばれていたかどうかは別にして、古代エジプトのピラミッド建設や日本における神社仏閣の建造というようなものも当然「プロジェクト」である。

つまり、「プロジェクト」は人の営みとともに生まれ発達してきたと言っても過言ではない。しかし、世界的にこのプロジェクト、或いはプロジェクトというものが意識され始めたのは、1930年代のテネシー渓谷の開発、TVA(テネシー・バリー・アソシエーション)の頃であると言われており、近代的なPMの概念は、1940年代に入り遂行されたマンハッタンプロジェクト(第2次世界大戦時アメリカとドイツが原爆の開発を競った際のアメリカ側のプロジェクト)を起源に、アメリカにおいて固まったとされている。

第2次世界大戦終結後は、ケネディ時代のキューバ危機のころに、ポラリスミサイル開発等の国防関係で多くのプロジェクトが遂行され、その後1960年代の冷戦時代を迎えて、アメリカが宇宙開発に多額の資金をつぎ込み、アポロプロジェクトなど数々のプロジェクトを起こしていった。この宇宙開発計画はスペースプログラムと呼ばれ、

「アメリカに、また人類に利益をもたらすための宇宙開発計画」とされていたが、実際にはソ連と国力を競うアメリカが自国の優位性をみつけるために力をそそいだものであったことを知らない者はいない。このように、ある特定目的のために実施されるプロジェクトの塊を「プログラム」とする概念は、既にこのころには固まっていた。

その後、エネルギー開発のような民間事業に「プロジェクトマネジメント」が活用されるようになった。これは、それまでの国家プロジェクトと違いコストにも大きなフォーカスが当たることを意味した。民間では利益に貢献できる手法でなければならない。

しかし、だからこそ、「プロジェクトマネジメント」は民間に普及したのである。

 

~プロジェクトマネジメントオフィスとは~

「現在実施されているプロジェクトや新規に開始しようとしているプロジェクトが企業戦略に合致しているか」ということを常にモニタリングし、コントロールしていく機能。

大企業になればなるほど、企業戦略を立案する部門が現場から遠く、戦略をプロジェクトに分解していく力が弱くなる傾向にある。

この機能を受け持つのが、「プロジェクトマネジメントオフィス」である。

 

~プロジェクトマネジメントとは~

仕事をスケジュールどおりに、予算内で、要求に沿って成し遂げるためのマネジメントアプローチである。

「プロジェクトマネジメント」では、

PERTProgram Evaluation and Review Technique:プロジェクトのアクティビティをアローダイアグラムで表し、期間見積もりにおいて楽観値、悲観値、最可能値の3つを用いいるのが特徴)、

CPMネットワーク(Critical Path Method:最小の増加費用でプロジェクトにおけるクリティカルパスの短縮を図る手法)、

ガントチャート、WBS

マイルストンチャートのようなスケジューリングに特化したツールを使用する。

 

予算管理については、Sカーブ(計画コストと実績コストの推移を比較する手法。縦軸にコスト、横軸に時間をとり、一定期間ごとに計画コストおよび実績コストの累積値をプロットし、折れ線グラフで表す。このとき、計画と実績の各々の線が、アルファベットのSの字のように見えることからSカーブと呼ばれる)、

アーンド・バリュー分析(プロジェクト成果物をすべてコストに換算することにより、既に消費したコストと実際に出来上がった価値を比較する。実際にできあがった成果物の価値を出来高と呼び、それを分析することにより、プロジェクト完了時のコスト及びスケジュールを予測する。アーンド・バリューはプロジェクトの進捗状況を把握するための手法のひとつであり、コストとスケジュールを統合し、達成度(パフォーマンス)として把握する)、

コスト見積もり手法などのツール群をしようすることで可能となる。

 

要件管理については、必要/要件定義手法、変更管理手順が有効である。

 

リスクアセスメントについて、プロジェクトマネジメントオフィスは、プロジェクトで起きる可能性がある悪い事象のチェックリストを作成し、リストのメンテナンスをしなければならない。また、その悪い事象の影響を調査する方法を、指示しなければならない。リスクの回避とリスクの伝播といったような確立されたアプローチに焦点を当てた、リスク管理の手法を提案すべきである。

 

 

~プロジェクトマネジメントオフィスのアドミ業務~

ü プロジェクトの「スケジュールの維持管理」

ü チームメンバーのタイムシート登録、Weeklyなど定期的に行う。「タイムシートの維持管理」

ü 「レポートの作成と配布」、Monthlyでプレゼンテーションを行う

ü 「プロジェクトルームの維持管理」、物理的環境となる

ü 「ドキュメントの保管」、多くのデータを系統立てて保存する。プロジェクトの経験を反映させた有効なデータベースを作ることができる。このデータベースの情報を活用すれば将来の意思決定のガイドとして使うことも可能である

ü 「レポートの統合と配布」、プロジェクトマネジメントオフィスでは、メンバーの作成したドキュメント類の統合、保管、配布を支援する

ü 「プロジェクト実施書の維持」・・・今でいうプロジェクト計画書ですね。

ü ソフトウエアの処理作業、ソフトウエアツールの活用

 

最後に、プロジェクトのPMOは一時的なものか、それとも定常的なものか?とあります。

12年前の書籍ですが、ビジネス環境は変革の必要性が増しており、PMOの必要性は益々増してくるので、定常的方向を示唆しています。

その通りと思いました。

 

経営コンサルタントと言われる方々がこの辺りの知識・経験を豊富に持たれていますが、自分も身につけておきたいと考えています。

2011年1月22日 (土)

人材価値による経営の時代  大川修二 著 を読んで

具体的事例が分かりやすくて、とても読みやすい内容でした。

【目指す組織の状態=活力ある組織の姿】

企業:顧客や新たな顧客に対して新しい価値を創造し続けている。そのことを楽しんでいる

組織:創発的な場を成立させることができるような意思決定基準(価値・目的)が共有されている

協働(場):コミュニケーションを通じての創意・工夫と、その実践・検証が、あらゆる場で起こっている

個人:働く人が、活き活きと元気に、やりがい、自信、自負、誇り、気概をもって働いている

以上のような特徴をもった組織を一言で表現すると、

「経営から現場まで、組織のあらゆる領域において日々活発なエネルギーの交流が起こり、一人ひとりの社員が真に顧客の立場に立って『仮説-実行-検証』のサイクルを回し続けている企業」ということができる。

具体的成功事例は、酒類販売業者 株式会社カクヤスという企業を紹介されている。

もともとは親から継がれた小さな企業から話は始まる。

最初に、一軒だけ持っていたコンビニエンス・ストアをディスカウントショップにするというアイデアの実現

会長以下全社員の給与公開の実施

また、ディスカウントショップと言えば郊外型店舗が主流であったときに、首都圏への進出、サテライト・ステーションの設置、スピーディな宅配の実現

などの改革・変革を実現されてきた。

そこで、カクヤスの社長は、

「経営者が行う仕事とは、一つは戦略決断。もう一つは組織風土マネジメント。うちはこんな会社ですよ、うちはこんなことを大事にしたいんですよ、うちはこんかことはしませんよ、ということを組織に伝えていくのが経営者の仕事じゃないかとおもっているんです。」と言われている。

そこに、リクルートが入り、ロジカルに分析を行っている。

持続成長の5条件として

1.      常に顧客の立場に立って考えようとする姿勢が明確で、顧客の声によく耳を傾けている

2.      意思決定の基準が確立され一貫している

3.      相当に困難なことであっても、良いと思えることや必要なことはまず実践。その上で結果を検証し、当初の仮説を修正・補強していこうとする姿勢が浸透している

S-PDSの活性化。S-PDSとは、基準値(Standard)に基づいた仮説(Plan)-実行(Do)-検証(See)を行うこと

4.      「やりたい」という思いに突き動かされた提案・実践がなされている

モチベーションが活性化している

5.      階層や役割に縛られない本音のコミュニケーションが交わされており、そのことによって上の4つの特性が顕在化している

ここで言う「モチベーション」とは、単なる元気・活力・意欲のことではなく、「顧客を起点とした『仮説-実行-検証』のサイクルを、その企業独自の意思決定基準に照らして回し続けていくこと」にかかわるモチベーションにあった。

ということは、組織に求められるコミュニケーションも「顧客を起点とした『仮説-実行-検証』のサイクルを、その企業独自の意思決定基準に照らして回し続けていくことに喜びを感じ、そこにやりがいを見いだせるようなコミュニケーション」と言い換えることができる。

つまり、ここまでに挙げた4つの条件を巡るコミュニケーションが活発に交わされていることが、企業の持続成長の第5条件ということになる。

最後に著者は、次のように締めくくる。

あなたは全ての人が、

「このままでは終わりたくない」

「もっと成長したい」

「もっとじぶんを生かしたい」

という成長意欲をもっていると、心の底から、掛け値なしで信じることができるだろうか。

研修の現場でさまざまな企業のさまざまな階層の社員と接してきた。

その経験から言うと、人材の能力という点で他社を圧倒しているような企業には正直お目にかかったことが無い。

もちろん個人レベルで見ると差はあるのだろうが、組織レベルで見ると、どんな組織にも能力的に優秀な人はいるし、ごく普通レベルという人もいる。むしろわれわれトレーナーが強く感じるのは、能力の差よりも意欲の差である。

活気のない企業、精神的にも肉体的にも極限状態にまで追い込んでしまうような組織では、人も疲れ切り、意欲を低下させることになる。

しかし、これも経験から成長の意欲がまるで無いという人は居ないと言う。

「普通の人々」がもてる能力をフルに発揮し、働く中で日々成長していける組織、肉体的には確かにきついけれども、精神面では元気いっぱいという組織が、これからは勝ち残るはずだ。

そして、そのための鍵となるのが、経営者の人に賭ける姿勢であり、その姿勢に支えられた「人に賭ける組織風土」ではないか。

感想として、やはり、

「人」、

「コミュニケーション」、

「風通しの良い職場」

が大事なように思います。また、そこの鍵を握るのはトップマネジメントになると思います。

企業が大きくなると、なかなか難しくなるように思いますが、社員全員が一つのチームとして変革を推進していくためには、心が一つ「金太郎飴」のようである必要があると思いました。

先日、カクヤスに行ってきました。価格について、格安かどうかは、ほかのディスカウントショップとあまり変わらないように感じましたが、お酒の種類は多いように感じました。卸店舗のような雰囲気はあるものの小奇麗なお店という感じでした。

印象は良かったです。また行こうと思います。

2011年1月16日 (日)

日本の生命保険会社の契約者配当について

生保2、平成3年のⅡ-2に「2年目配当方式、3年目配当方式について、それぞれの特長、問題点を述べよ」という問題があります。

普段、身近においては、無配当商品ばかりとなり、配当を意識することは、少ないのですが、そもそも、どのような経緯(歴史)で、2年目配当方式と3年目配当方式が生まれたのかを確認をしてみました。

いくつか書籍を確認してみましたが、生保2の第3章 契約者配当に一番よく書かれているようです。

我が国の生命保険会社は、明治14年の明治生命創業より始まるとされているが、開業当初は、有配当付契約と無配当契約を併売し、開業満4年後の明治187月には定款により第一回の決算が行われ、配当付契約者に対し契約者配当が支払われた。

明治227月創立の日本生命では、8年毎に決算を行い、契約者配当を行うことを同社の定款及び保険規則に明記し、実際にそれを責任準備金比例で分配した。

このように、第2次世界大戦前は、配当開始期について様々であった。

戦後は、2年目配当会社から4年目配当会社まであり、まちまちであった。

現在、我が国では団体保険と一部の特殊な個人保険を除き3年目配当が採用せれている。

それ以前は、2年目配当の会社、4年目配当の会社とさまざまであったが昭和33年の低料新種から3年目配当に統一された。

この頃は、政府による国家補償を返済した上で、支払が開始され、戦後傷跡を解消した時期でもある。

つまり、最初、ばらばらに始まり、2年目、3年目に収斂されてきたようです。

併せて、2年目配当方式、3年目配当方式について、それぞれの特長、問題点も覚えておこう。

契約者配当は特定会計年度に剰余金に計上したものを分配すると言うことを厳格に解すれば理論的には3年目配当が妥当であるとする(保険年度との関連では多めに剰余が確保される)見解になるのであるが、現行約款からしてその場合は配当準備金に若干のたまりを容認し、将来契約が満期を迎えるときに2年分の配当財源を確保できるようにする必要がある。

昭和50年度以前、生命保険会社の法人税制で契約者配当に関する控除対象として翌期所要分と翌々期所要分との和半まで認められていた。

※通常配当で捉えた場合となりますが、現在、税法上の社員配当準備金繰入額の損金算入限度は翌期配当所要額まで。

このような剰余の発生年度に合わせる会計処理と言う見地からは妥当な取扱であった。

しかし、団体保険等の2年目配当の契約については剰余の発生年度との関係から見ると所要額が他の契約の負担となっていることは否めない。

当該保険年度の終了前にその保険年度に対応する配当金を割り当てなければならず、財源との対応を考えると不完全な点がある。

このような会計上の問題とは別に、貯蓄性指向の商品については他業界の商品との対比と言う観点からすると3年目配当は配当金の分配が1年おくれるので早期解約契約に厳しいという考え方もありうる。

したがって、契約者配当の問題は商品の究極的価格を決定づけるものであるから、配当開始期についても会計上の問題のほか、商品の市場競争力ということも含め総合的に判断すべき課題であろう。

生保2は、覚えておくことも多いですが、上手くストーリー性をもたせて、記憶できないものかな・・・

2011年1月15日 (土)

ムダのないソフトウエア開発 アジャイル開発を実践する22の方法

Agile(アジャイル)とは「すばやい」、「機敏に」という意味ですが、「アジャイル開発」という時には、それ以前によく言われる、「プロトタイプによる開発」、「スパイラルによる開発」に加えて、さらにムダを排除したような方法と捉えています。

プロジェクトチームにチームワークがあり、コミュニケーションが円滑にできる場合には、適していると思いました。

7つの原則を7つの章として、そこに22の実践方法を紹介されている。

その中で、「人」に関するところをメモしておきたい。

原則1-ムダを排除する

付加価値を生まないプロセスは不要である

誰も読もうとしないペーパーワークは、価値を付加しない

原則2-学習効果を高める

フィードバック、イテレーション(くり返し、反復)、同期を活用する

原則3-決定をできるだけ遅らせる

コンカレント開発は、通常、反復型の開発形式をとる。

コンカレント開発によって、コミットメントを最終責任時点まで遅らせることができるようになる。

意思決定

問題の解決には、二つの戦略がある。広さ優先か、深さ優先かだ。

本著では“広さ優先”を推奨しているようです。

広さ優先手法では、詳細がどうなりそうかを理解するための「専門知識」と、確定すべきタイミングを知る手腕のある「人」が欠かせない。しかし、広さ優先手法では、問題領域は安定していなくてもいい。むしろ、そのビジネス分野が発展し続けると考えられる場合に向く手法なのだ。ただし、広さ優先手法は、問題領域が安定している場合にも、効果的な手法である。

原則4-できるだけ速く提供する

原則5-チームに権限をあたえる

リーダーシップ

プロジェクトリーダーの仕事とは

まず、ムダを認識し、

現在の開発プロセスのバリューストリームマップを描き、最も大きなボトルネックに取り組む。

そして、イテレーション計画ミーティングや毎日の状況報告ミーティングを調整し、情報発信器を提供し、チームがコミットメントを果たすために必要とするリソースを調達する。

また、複数チーム間で同期がきちんと定期的にとれていることを確認し、複数のチームの調整をする。

開発環境に、ソース管理や自動テストなどの標準的なツールが揃っていることを確認し、リファクタリングや統合化された受入れテストが実施されていることを確かめる。

「会計係り」といっしょに収益モデルを作成し、チームが的確なトレードオフをおこなえるようにする。

モチベーションを高める環境を提供し、懐疑主義者を寄せ付けず、成功や作業の節目に喜びあい、夜にはチームメンバーを家に帰す。

アジャイルプロジェクトでは、プロジェクトリーダーが重要な役割を果たす。その役割は、小刻みなマイルストーンを付けたり、リリースプランを作って、イテレーション毎のコミットメントを満たすことに焦点を当てる。

スコープが徐々に膨らむことに気をもむ代わりに、エレガントさが徐々に失われることに気を配る。

変更承認プロセスを気にするのではなく、変更に強い設計プラクティスを気にかける。

プロジェクトリーダーは、テストと統合を、分離された後工程としてではなく、開発の一部として確実に行わせる。

また、導入やトレーニング、顧客サポートに関わる人たちが、プロジェクトの最初から十分に参加しているようにする。

原則6-統一性を作りこむ

原則7-全体を見る

部分最適ではない、全体最適を目指す

以上です。

2011年1月 9日 (日)

「春宵十話」-岡 潔 著  を読んで

教育関係にたずさわれている酒井穣氏(お気に入りにある“NED-WLT”のブログ管理人でもあります)が紹介をされており、また著者が数学者ということもあり、少しは数学をやってきた者としても興味が湧き読んでみました。

いろいろと多くのことが書かれており、自分自身には少し難しく感じましたが、「数学」について書かれていたところは、何となく気になりましたので、そこの辺りを中心に書いてみます。

・人の中心は「情緒」である。

・数学とはどういうものかというと、自らの「情緒」を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字盤に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。

・私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えてきた。

・職業に例えれば、数学に最も近いのは百姓だといえる。種をまいて育てるのが仕事で、そのオリジナリティーは「ないもの」から「あるもの」を作ることである。

数学者は種子を選べば、あとは大きくなるのを見ているだけのことで、大きくなる力はむしろ種子の方にある。

・数学の本質は調和の精神である。数学の本質をよく見ようとするのであれば、もっと調和が良く分かるようにしなければなりません。それにはよい芸術を見せるのがよいのです。

・数学の教え方としては「よく見極めて迷うところなく行い、十分よく調べて結果が正しいことを信じて疑わぬ」ようにさせるのがよい。

・これから数学をやりたいと思っておられる方に何よりもまず味わっていただきたいと思うのはアンリ・ポアンカレーの「数学の本体は調和の精神である」という言葉です。ポアンカレーは1912年に亡くなりましたが、彼が数学界を代表した頃になって初めて数学自身は、自分というものはこういうものだという自覚に達したといえましょう。

情緒ある調和のとれた方であると思いましたし、天才であるとも思いました。

例えば、フェルマーの最終定理はシンプル(もちろん証明内容は分かりません・・・)で分かりやすいですが、本著には出てくるポアンカレーが予想した問題も有名ですが、これは証明しようとする問題そのものが何を言っているか、正直よくわかりません。

この本では、数学以外にも、「教育について」、「将来の日本への心配」、「世界への不安について」、が書かれています。著者、約半世紀前の1962年、62歳のときになります。戦後の復興期であり、これから高度経済成長を迎えて躍動していこうとする時に、その当時の日本を「動物的」であると心配されている。もし著者が今の日本を見られたならば、どのように思うのでしょうか・・・卒倒するかもしれませんね。

著者は、当時 アインシュタインが来日するということなどの影響で、当初は物理学科に入ったが、数学の問題が解けたときの喜び、たのしさ、そして恩師との出会いにより数学科へ移られたと書かれていました。ここだけは、自分が数学を志向した理由と同じでした。m(_ _)m

自己研鑽を継続し、少しでも多く社会に貢献できるようにしていきたいと思いました。(*^.^*)

2011年1月 4日 (火)

『史記「人間関係力」の教科書 臨機応変のリーダーシップ論』 守屋洋 著 を読んで

お正月は、とくに出かけることはなく、寝正月。読書をしました。3冊目の感想です。

「論語」は読んだことはあったのですが、「史記」は読んだことがありません。

はっきり言って中国の歴史は分かっていないに等しい(例えば、項羽と劉邦の名前は知っていますが、どういう人物であったのかは知らなかった)ということで恐縮ですが、この本を読む機会を得ました。「史記」に基づく“リーダーシップ論”の教科書です。

「史記」自体は全部で130巻の著作とのこと、それを人物評価から“リーダーシップ論”として1冊にまとめられています。

とくに気になった人物は晏嬰(あんえい)でした。

「晏子(あんし)」という言葉や本は聞いたことがあったが、“晏子”は、斉の名宰相、晏嬰(あんえい)とその父親晏弱(あんじゃく)を描いた長編ということである。

君主に仕える宰相(文武百官のトップ)、現代の中間管理職に近いが、部下の統率に気を使うのはもちろんであるが、それ以上に、上にいる君主の対応に神経を研ぎ澄まさざるを得ない。その点で、見事な手綱さばきを見せたのか“晏嬰”という。

俗人は立派なことをすると、それを自慢し、相手に対して驕りたかぶった態度をとる。ところが晏嬰は、人を災難から救っても、かえってその相手にへりくだった。俗人とは雲泥の違いである。晏嬰のやり方こそ功を完う(まっとう)する道だ。

「樽俎折衝(そんそせっしょう)」という言葉は、晏嬰から来ているという。

意味は、酒席の談笑の中で平和的に交渉を進め、相手方の気勢を躱(か)わして有利に交渉すること。外交上の談判(だんぱん)。

晏嬰は、曲線的諫言がとてもうまかった。

晏嬰は、きわめて質素な生活に甘んじた。

謙虚な態度と旺盛な責任感をミックスさせたのが、晏嬰の政治姿勢であった。

晏嬰の政治は、いつも「民」、すなわち人民の利益を基本に据えていた。

「あくまでも人民のために尽くせば、おのずから道義はついてくる。人民を見捨てれば、もはや正道はない。」

晏嬰の語録として

「刃を突きつけられて志を変えるのは勇とは申せません。利で誘われて主君を裏切るのは義とは申せません。」

「人倫の基本をなす第一義的な徳に関しては、いささかの逸脱もあってはならない。だが第二義的な徳については、実行のうえで弾力性があってよろしい。」

自分自身を社稷の臣(しゃしょくのしん)と言っており、「“社稷の臣”とは、“国家を安泰ならしめること”、“上下の名分を正すこと”、“百官をしてその所を得しめること”、“外交折衝よろしきを得ること”、この4つの条件を満たす人物をいいます。」と言われた。

孔子の論語にも、晏嬰を語る内容があり、

「樽俎の間を出でずして、千里の外に折衝するとは、それ晏子の謂いなり。」といって、晏嬰の外交交渉を称揚している。

「晏平仲よく人と交わる。久しくしてしかもこれを敬せり(晏嬰の交際ぶりは見上げたものだ。どんな相手と親しくなっても、相手に対する敬意を忘れない)」と称賛もしている。

また、論語に「四方に使いして君命を辱めず」という言葉は、晏嬰の目指したものであるという。

司馬遷も「いま晏嬰が生きていたら、私はその御者としてでも仕えたい」と並々でない敬慕ぶりを吐露している。

リーダーシップ論を知るというよりも、中国の歴史を少し理解できて良かったと思います。

さあ、明日は仕事始め。がんばっていきましょう!(^-^;

「グラッサー博士の選択理論」 ウイリアム・グラッサー著 を読んで

「“選択理論(チョイス・セオリー)”によると、自分たちの行動のすべてを自ら選んでいるのである」

「“選択理論”は“自分次第”、そこに、何かをしようとするならば、期限をつけた方が良い。そして、あなたがそれを決めるのです。」 と言われている。

以下、少し抜粋をしてみると

私たちが他人から得るもの、他人に与えるものはすべて情報であり、情報はそれ自体で私たちに何かをさせることも、何かを感じさせることもできない。情報は私たちの頭脳の中に入ってくる。この頭脳の中で、その情報を処理し、何をするかを決める。

私たちは自分の行為と思考のすべてを選択している。間接的ながら感情のほとんどすべてと生理反応の多くも選択している。

ハーブ・ケレハーはサウスウエスト航空の卓越した最高責任者であった。彼は会社経営に“選択理論”を実践していたのである。

邦訳「破天荒!サウスウエスト航空驚愕の経営」の中で、ケレハーはリーダーシップについてこう言っている。「人々が価値ある共通の目標に向かって仲良く取り組めるように、模範を示し、かつ説得することはとても大切なことだ。」そして、縮小を経営の失敗と呼び、こうも言っている。

「サウスウエスト社ではレイオフをとらなかった。不況時にその制度を採用していれば、確かに利益率は上がっていたことは確かであるが、採用していたら、不満、苦悩を引き起こす。一度でもそれをしたら、従業員は長い間それを忘れない。」

サウスウエスト社では収支決算ではなく、人が神聖なのだ。

人間は生涯遊ぶ唯一の生き物である。遊ぶから、一生学ぶのである。遊ぶのをやめた時が、学びをやめる日である。楽しみは笑いによって一番良く定義される。

他人と仲良く関わっていくにはかなりの努力を要する。そして、良い関係を持つ最善の方法は、一緒に学習する楽しみを持つことである。笑いと学習は、成功したあらゆる長期的な人間関係の基盤である。

“選択理論”とは逆に“外的コントロール心理学”がある。

この2つを「職場」でとらえてみると、次のようになると書かれていた。

ボス・マネジメント-職場で使う「外的コントロール心理学」

1.      ボスが仕事と、その仕事の基準を決定する。従業員の意見を聞くことはめったにない。ボスは妥協しない。従業員は、ボスが決める仕事に自分を合わせ、その結果が悪ければ被害を受ける。組合が無い場合は、仕事を失う可能性もある。ボスは、ボスのように押し付ける権利を邪魔されないように、しっかりと守る。しかしながら、ボスのようにふるまうほど、仕事の質はそれだけ低くなる。

2.      たいてい、ボスは、従業員に仕事のやり方を話すだけで、見せることをしない。そして、どのようにしたらもっと良い仕事ができるかについて、従業者の意見を聞くことは滅多にない。

3.      ボスは脅迫や罰を用いて望み通りにやらせようとする。そうすることで、トップから下部組織に至るまで、マネジャーと従業員は敵対関係となり、恐怖が支配する職場をボスは作り上げることになる。ボスは、敵対関係ことあるべき姿であり、従業員との協力関係は、破壊的であると考える。

リード・マネジメント-職場で使う「選択理論」

協力的なシステムづくりと次の信条に焦点を合わせている。人にやさしく対応し、どんなものが求められているかを説明すれば、良い仕事をしてくれるはずである。「私たちはあなたのことを気にかけていますよ」というメッセージがこの努力の中心にある。リード・マネジャーは、気くばりにお金がかからないこと、そして大きなおつりが返ってくることを知っている。

リード・マネジメントの四つの要素

1.      リード・マネジャーは、会社が成功するために必要な仕事の質と経費について、絶えず正直な話し合いを全従業員にしてもらう。リード・マネジャーは話を聞くだけでなく、品質の改善や経費削減に役立つ提案を何でもするように、たえず従業員を励ます。

2.      リード・マネジャー、あるいはその役割を任された人は、マネジャーが期待しているものが従業員に正確にわかるように、仕事のやり方の模範を示す。リード・マネジャーがそれをしている時でさえ、従業員は、仕事がどのようにしたら改善できるかの考えを述べるよう励まされる。このようにして、マネジャーは、従業員が自分の仕事に対してコントロールできるものが大きくなるようにする。

3.      従業員は、高品質な仕事がどんなものかを一番よく知っているし、できるだけ経費をかけないで高品質なものを産み出す方法を知っている。従業員は、この知識をもって、自分の仕事を点検する責任がある。しかし、マネジャーは品質が経費よりも優先することを明白にしている。実際には、従業員がこのような安心感を抱いていると、品質は向上し、経費は低くなる。高品質は従業員とマネジャーとの間の信頼のレベルに依存している。ボスのように押し付けて達成されるものではない。

4.      リード・マネジャーは、あらゆる機会を使って、上質の本質は絶えざる改善であることを教える。スクリーニングと違って、どんな仕事であれ取り組んだことはすべて、改善できるし、もっと経費をかけないですることができる。マネジャーの仕事は、従業員に道具、訓練、そして仕事のしやすい友好的な場を提供することによって、改善を促進することであることを明白にする。会社が品質を改善したために利益率が増大したときに、リード・マネジャーは、従業員の努力がうみだしたものの分け前にあずかるようなシステムを作る。

少々ボリュームのある本でしたが、「アドラー心理学」にも共通するところのある内容だと思いました。

全ての“人間関係”、“職場”、“地域”において、「アドラー心理学」、「選択理論」による環境となるように、少しでも働きかけることができればと思いました。

2011年1月 3日 (月)

「132億円集めたビジネスプラン」を読んで  著者 岩瀬大輔

とても読みやすかった。自分より随分と若い方なのに、とてもいろいろなことを学ばれていると思いました。

本の題名とは、少し違うところとなりますが、とくに印象に残ったところについて。

仕事が上手くいくことだけが人生の「成功」につながっているわけではないことについて示唆にあふれる話を、『イノベーションのジレンマ』で知られるクレイトン・クリステンセン教授から聞かれたことを書かれていた。

教授の友人が、亡くなっていく経営者のカウンセラーという仕事をしていたそうですが、亡くなる間際には誰一人として「もっと仕事をしておけばよかった」とは言わないそうです。皆が口をそろえて、「もっと家族と時間を過ごせばよかった」「もっと自分のために時間を使えばよかった」と後悔するそうです。

社会的に成功者と見なされた人たちが、もう一度人生をやり直すとしたら、違うライフスタイルを選びたいと語っている。これから猛烈に働こうと意欲ある若い人達に、長期的な視座を迫ります。もちろん、若いうちはがむしゃらに働き、自分に負担をかけなければ、ビジネスパーソンとして大きく成長することはできません。ただ、その先に何を求めているかということを、常に明確に意識しながら走ることが大切、ということです。

『最終的なゴールを見据えているか』

「経営とは、小説を最後のページから読むようなものだ」というのは、ユニクロの柳井正社長の言葉。先に、“どうありたいか”を具体的に設定して、そこまでたどる道のりを逆算する、という趣旨とのことです。

・・・さて、自分はどうしたいのか・・・

60歳になったとしても、「保険」について“チーム”で楽しく携わっていたい。社会保障制度、そして、それを補完する(民間)生命保険。これらに関する仕事を、チームで社会に役立つようにしていきたい。

う~ん、まだ明確でなく、具体的でもないな~・・・

( ̄Д ̄;;

2011年1月 1日 (土)

新年、明けましておめでとうございます

昨年は、業務の関係でWebに慣れようと思い「ブログ」を始めてみましたが、業務だけでなく、自分にとっても、とても良かったと思っています。

ブログを通じて、知り合いができて、いい意味で沢山の刺激を得ることができました。ありがとうございました。

今年は、自分がもっと刺激を提供できるように、自分自身に、より研きをかけられればと思っています。

また、昨年(毎年?)の最後は試験での締めくくりと言えるかもしれませんが、やるだけのことはやったと思います。常に前向きでいられればと思っています。

本年もよろしくお願い致します。o(_ _)oペコッ

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