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2011年2月

2011年2月26日 (土)

金融工学とアクチュアリー3

少し試験とは別に「LTCMの破綻」について

LTCM-Long Term Capital Managementは、マイロン・ショールズ(ブラック・ショールズモデルの生みの親)、R.C.マートン(ブラック・ショールズモデルの数学的正しさを証明し、金融工学を発展させた人)という金融工学の二大大家がパートナーとして参画。さらに、この二人はノーベル経済学賞を受賞もされています。

LTCMの失敗の原因は「裁定取引」。理論的には無リスクで儲かるはずだったのですが、その前提条件が崩れたために、大きな損失が出たのです。

「裁定取引」は「アービトラージ」とも呼ばれ、価格が同じあるいは価格が近似する商品の価格に、理論上説明のつかない価格差が生じている場合、その価格差を利用して高い商品を売り、安い方を買うことで、理論上リスクなく利益を上げることのできる売買手法のことをいいます。

世界中の債券の理論価格を算出し、それぞれの相関関係から来るわずかなスプレットを、大きなレバレッジを賭けることで取りに行くのがLTCMの基本的な戦略。

この各債券の相関関係や、スプレットの存在を見つけ出すことは広い海岸の砂浜で、5円玉を見つけ出すようなもので、まさに並大抵のことではなく、それが、天才といわれた所以ということのようです。

「裁定取引」で連戦連勝を続けたファンド・マネジャーたちは、自らの成功報酬を目当てに、ロングタームならぬ、ショートタームでヘッジ(損失回避)運用ならず、ギャンブル運用で大きな利益を得ようとして、分散投資ならぬ集中投資を行っていたのが裏目に出たと言われています。

当時において、ジャンク債(支払不能になる危険性が大きいかわりに、高い利息を払ってくれる債券)と、安全な国債の間に生じる理論値からの乖離を利用して利益を上げようとしたところに、1998年にロシアの金融危機が発生し、リスクを嫌った投資家が一斉にジャンク債を手放そうとしたため価格が暴落し、巨額の損失を被った結果と言われています。

通常の運用なら1000万ドルの損失で済んでいても、30倍のレバレッジをとっていれば、損害は3億ドルになる。

LTCMの場合、レバレッジのおかげで、損失は33倍に膨らみ、19989月、362500万ドルの巨額損失を抱えて破綻しました。

具体的には、イタリア国債ということです。

デリバティブによってイタリア国債を買うのと同じポジションをつくっていたところに、ロシア金融危機により、金融資産の下落を招き、信用力が弱いとされている国債の流動性を奪いました。イタリア国債も売り注文を浴び、LTCMはこの最中に大量のイタリア国債の買いポジションを解消(反対売買)できず、損失を膨らませていったと言われています。

ミルトン・フリードマンでなくとも、呆れるように思います。

さらに、飽き足らずにリーマンショックの原因となったCDSへも踏み込む、アメリカのビジネススクールが育てた、強欲で短期的利益偏重のMBA経営者たち。「金融工学」を汚すようなことになるのですね。

こういうことを許さない「アクチュアリー」は現れず!?・・・・・

2011年2月20日 (日)

平成22年度 生保1 を振り返る

結果は不合格。得点ランクは「Ⅱ」、つまり、第Ⅰ部最低ライン(24点)達成かつ第Ⅱ部最低ライン(16点)未達。

思っている以上にスコアが伸びません・・・とくに第Ⅱ部については、解答用紙全て(4枚)にほぼ一杯書きました。(読みやすさを考慮して、適宜改行を入れたりはしていますが、これは必要なことと考えています)

自分の予想との乖離を大きく感じています。

結論としては、求められている解答にミートしていないことが、明らかなのだとは考えています。

これは、この4年(回)感じていることですが、解消できません。この4年はⅡかⅢと言う状況から脱せません。

今年の予定利率に関する問題は予想通りであったにも関わらず、です。

自分の息子の受験は親顔負けの状況であったり、The actuaryさんがブログに書かれていた "Dont let exams rule your life."  試験が人生の全てじゃない、が救いかもしれません。

しかし、自分は自分として不撓不屈の精神でがんばらないと。攻め方を熟考してみます。

以上、Period!!

2011年2月13日 (日)

人事考課について

『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』の著者、酒井氏へメールで質問をさせていただいたところ、返信をいただくことができましたので、紹介をさせていただきます。

質問をさせていただいたのは、

心理学者であるウイリアム・グラッサー教授の「グラッサー博士の選択理論」の中に、年次人事考課の記載がありました。


*****

年次人事考課から解決のサークルを使った話し合いへ
「人は他人を評価してはならない」、私はこの考えに完全に賛成である。マネジャーがどれほどリード・マネジャーになろうとしても、通常の年次人事考課を部下に対して行えば、ボス・マネジャーの役割を負わされることになる。

多くの会社は毎年、マネジャーにこの査定の任務を義務付けているが、マネジャーが年間を通してこれまでやってきたことをぶち壊してしまう。

このような評価を、ほとんどのマネジャーと同様、全従業員が嫌がっている。何も考えない上司だけが、評価するのがすきである。これが彼らに力の欲求を満たす機会となり、彼らにとって大きな意味があるからだ。このやり方は、職場で不信感を浸透させることになる。多くの従業員が査定は正確でないと思っており、従業員とマネジャーがお互いを信頼することは決してない。


業績評価に代わる話し合いは、結婚や家族の解決サークルと同じようなもので、職場の解決サークルと呼ぶことができるかもしれない。
そこで、リード・マネジメントが行われている会社では、マネジャーは従業員を呼んで、次のように言うだろう。「職場の状況を改善するのに、あなたはどんなことができそうか、そして、私が力になれるとしたら、私にどんなことができそうか、話してくれませんか。何か大きなことを考えつくのが重要ではなく、あなたが何をもとめているか、そのために私がどのように力になれるのか、そんなことをお互いに話し合う時にしたいのです。他の人がしていることについては、毎月のミーティングで一緒になった時に話せるので、それ以外のことを話し合いたい」と。

***** 

この考え方は大好きなのですが、人事考課はその人個人の給与を決めるものでもあるので、実務に適用できるものなのか、質問をさせていただきました。

次の返信をいただくことができました。ありがとうございました。

*****

人事考課、永遠の課題ですね。
グラッサー教授の指摘は、たしかに興味深いです。

しかし、この社会には、人材の実績やスキルによって給与が決まるという
「人材マーケット」が存在します。

特定の人材は、社内で評価されているだけでなく、現実として、社外で
も評価されているということです。

であれば、いくら社内で「理想郷」を作ったとしても、それが社外(世界)
に普及しない限りは、理想論だといわざるを得ません。

むしろ、人材マーケットの判断のほうが、社内の人事考課よりもフェアだと
すら、個人的には思います。

であれば、社内には「どうすれば、君のマーケットバリューが高まるのか」
という視点が持ち込まれるべきで、たとえそれが嫌なことでも、人事考課
は避けられないのではないかと思います。

*****

自己研鑽をしながら、All for one, one for allの精神(ラグビーの精神ですが、生命保険も一人は万人のため、万人は一人のため、と通じていますね)で、今後も仕事をしていきたいと思いました。

以上です。

2011年2月12日 (土)

金融工学とアクチュアリー2

以前にもブログに書きましたが、「金融工学」とは「将来の不確実なキャッシュフローの計算と制御」と言われています。

「アクチュアリー」とは「将来の出来事の発生確率を評価し、望まれない出来事の発生確率を減らすように知恵を絞り、起こってしまった出来事の影響を軽減することを考える専門家である。」と言われています。

そこで、アクチュアリーは金融工学を身につけていき、社会をよい方向へ導けるように活かさなければならないと考えています。

ここで、興味深い話として、経済学者であり、ノーベル賞学者でもあるミルトン・フリードマンは「金融工学」を認めていませんでした。「経済学ではない」、「人間的創意の単なる浪費」と言われていました。同じく、2度のノーベル賞を受賞されている、ポール・サミュエルソンも認めていないということです。

お二人とも、数学に長けた方でもあります。なぜなのだろうか?少し考えてみました。

とくに、ミルトン・フリードマンは、1930年代、得意の数学を活かして「アクチュアリー」を目指して、貧しさから抜け出そうと考えていました。しかし、当時は大恐慌時代、失業率30%の大失業時代において、経済を復活させたいということから、経済学者になられたと言われています。

素晴らしいお考えと思います。

ミルトン・フリードマンは、通貨供給量を重視するマネタリストでした。

マネタリストとは、自由市場の尊重と財政均衡を主張し、経済成長に見合う通貨供給を行うことで経済の安定化を図るべきとする考え方です。 (Hatena Keywordより)

なんとなくで恐縮ですが、このマネタリストの考え方は、例えば、オプション料のみで、その何倍、何十倍へも資金を増やすことが可能となる「レバレッジ効果」を信用・信頼することは難しいのかもしれないと思いました。

LTCMLong Term Capital Management)の破綻も原因かもしれません。LTCM19989月に破綻している。

この時点で、金融工学におけるアクチュアリーは、まだあまり聞こえてきていないように思います。

時計の針を進めていきたいと思います。

・・・・アクチュアリーと「投資ファンド」につなげていきたいナ~

2011年2月 5日 (土)

投資ファンド-プライベートエクイティの登場について

負債を提供するのが役割である銀行が、これら企業へのリスクマネーの提供者の役割を果たせなくなってきた理由。

企業が順調に発展しているうちは問題がないが、企業が苦しくなったときには、メインバンクにとっては企業から資金を確実に返済させることが目的となるからだ。

バブル崩壊以降、日本企業が成長できなくなった根源的な問題の答えがある。

社会全体が苦境のときは次への投資のチャンスであるにもかかわらず、その時期には銀行は資金提供者ではなく資金の回収役にまわる。

それは銀行が資本ではなく負債の提供者であるがゆえにしかたのない行動である。

苦境の時期には負債を増やして投資を行うのは本来健全ではない。資本、言い換えればリスクマネーを調達して投資をおこなうというのが、本来の正しいスタンスである。このような経済環境が、銀行に代わるリスクマネーの提供者を必要とした。そこに「プライベート・エクイティ」の登場意義が存在したのである。

ところで、リスクマネーである資本を提供する金融機関は他にもある。

具体的に言えば「生命保険」、「信託銀行」などの機関投資家である。

なぜ彼ら機関投資家が時代の要請に沿ってリスクをとって成長を目指す企業への資金を提供できなかったのか。なぜ機関投資家の代わりに「プライベート・エクイティ」が登場しなければならなかったのか。

その最大の理由は、従来の機関投資家が「サイレントな投資家」として、自らの投資を果たしてきたからに他ならない。

上場企業の公開されている上位株主リストには大手生命保険会社、投資信託運用会社など機関投資家の名前がずらりと並んでいる。上場企業が成長する過程においては、彼らが企業にリスクマネーを提供することで、上場企業の設備投資計画を投資家として後押ししてきた事実がある。

にもかかわらず彼らが「サイレントな投資家」だったのは、代わりにガバナンスの担い手としてのメインバンクが存在していたからだ。企業経営のご意見番として横から口出す役割を、日本の機関投資家は銀行にある意味で委託してきたのである。

銀行、生命保険会社などの金融機関が担い手とならなくなった現代において、これからの企業の成長を実現するためには、より高いリスクを許容することができ、同時により強いガバナンスを発揮できるリスクキャピタルの担い手が必要となってきた。

そこに登場したのが、「プライベート・エクイティ」であった。

このとき、機関投資家の企業にいる“アクチュアリー”にとって、「脅威」と「チャンス」を提示しているように思います。新しいリスク管理専門職グループを受け入れるためにアクチュアリー専門職の職務範囲を拡大するチャンスである。

もう少し調べてみたい。

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