なぜ社会保障制度の財政負担が高くなってしまったのか?
いくつか原因はあるように考えています。まずは洗い上げてみたいと思います。
原因その1
ワンデル報告書
社会保障制度はGHQ(連合軍総司令部/General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers)の深い関心事のひとつであった。
そこで、昭和22年にアメリカから招聘した、ワンデル博士たちによる「アメリカ社会保障制度調査団」が当時のわが国の社会保険や生活保護の実態を調査し、現状分析と勧告からなる報告書が、その年12月にマッカーサー元帥に提出されている。
そこでは、公的年金についていくつかの重要な勧告を行っている。
財政方式としては「賦課方式」を採るべきことや、給付額に最低保証額を設けるべきこと、給付額の物価水準に応じた調整をおこなうべきこと、男子の支給開始年齢を60歳とすべきこと、等が勧告されている。
当時、GHQから国民の窮状を考慮して保険料負担を下げるようにと言う指示が出された。
これにより、昭和23年の改正においては、それまで準拠してきた平準保険料率による保険料設定の考え方が変更され、一般男子・女子の保険料率が3.0%、坑内夫3.5%という暫定料率が設定されたのである。因みに、当時の平準保険料率は一般男子9.4%、女子5.5%、坑内夫12.3%であった。
また、暫定料率は、当面受給者の発生しない養老年金及び遺族年金の基礎となる標準報酬を下限の300円として給付額の推計を行った場合の平準保険料率として設定された。
この暫定措置はその後の厚生年金保険制度の財政方式に大きな影響を与えることとなった、とされている。
果たして、これが根本原因なのだろうか?と、疑問に思いました。原因の一つにはなると思いますが、これだけではないように思いました。
戦後、(一時的に)賦課方式とすることは、当時の超不況、そして先の見通せないインフレへの懸念を考えれば、選択肢の一つとして「あり」のように思います。
他にも2つ見つけてみました。
原因その2
厚生年金が導入された『時期』です。
S17(1942).1 労働者年金保険制度誕生
当初は10人以上の労働者を使用する事業所の労働者のみを適用対象
その仕組みは「積立方式」で、給料の約10%の保険料を徴収し、55歳から年金を給付するというものであった。
S19(1944) 「労働者年金保険法」は、「厚生年金保険法」という現行法の名称へ
5人以上の労働者、職員を使用する事業所に使用される(男女を問わない)労働者、職員を強制適用の対象とした
厚生省年金局・社会保険庁『改訂厚生年金法解説』(1972年、社会保険法研究会)によれば、
「戦時下において生産力を極度に拡充し労働力の増強確保を図る必要があり、そのための措置として要望されたこと、一方で時局下における国民の購買力の封鎖という見地から、この制度による強制貯蓄的機能が期待された」とある。
次に『事典・昭和戦前期の日本』によれば、「太平洋戦争の戦費に費やされた」、
この年金は積み立て方式だったため、給付はほとんどなく積立金は膨れ上がった。問題はその積立金の行方である。戦争中はあらゆる国民的資源が戦争に費やされたから“強制貯蓄”された年金資産が戦争に流用されたとしてもおかしくない、とあるようである。
そこで、敗戦による戦後の時点で、それまでの積立金は無くなっていたと推察することも可能です。
原因その3
1973年に田中内閣が「福祉元年」と銘打って、年金受給額を大幅に引き上げて行ったのです。
年金だけではなく、「福祉元年」には老人医療費無料化も実施されています。
福祉元年 (社会保障 Wikiより)
高度経済成長の中で、医療保険の給付率の改善、年金水準の引き上げ、生活保護基準の引き上げ等、社会保障分野での制度の充実・給付改善が行われた。さらに、革新自治体の誕生や参議院での保革伯仲などの当時の政治状況への危機感から、田中角栄内閣は1973年を福祉元年と位置づけ、社会保障の大幅な制度拡充を実施した。具体的には、老人医療費無料制度の創設(70歳以上の高齢者の自己負担無料化)、健康保険の被扶養者の給付率の引き上げ、高額療養費制度の導入、年金の給付水準の大幅な引き上げ、物価スライド・賃金スライドの導入などが挙げられる。
また、1973年は第二次ベビーブームがピークを迎えた年です。(これ以降、急速に下降していきます)
この理由として、「大貧困社会」の著者であられる駒村氏によれば、
当時は団塊の世代が次々と働き手になり、家庭を築いていった時期に重なるからである。加えて、60~70年代の経済成長は年平均8%程度と大変高く、給料も毎年上がっていった。一方、高齢者は少なく、多少年金給付を充実させても、現役世代の保険料や税金の負担は少なくて済んだ。
こうした社会では、「高福祉・低負担」が可能となり、そのため当時は与党も野党もこぞって、「高福祉・低負担」を選挙の看板に掲げ、選挙のたびに年金は1万円、2万円・・・5万円と上げていった。
ところが、1973年秋にはオイルショックが発生。日本経済は混乱し、経済成長率は低下する。さらに、ここを境にして、少子化のスピードが加速していくことになる。
こうして、1980年に出された年金財政の見通しは、将来の厚生年金保険料率は30%以上まで上がるというものであった。
「年金は本当にもらえるのか?」の著者であられる鈴木氏も辛辣に記されている。
政治家や官僚が年金積立金を無計画に使ってしまったからに他なりません。
とくに、田中角栄が首相であった1970年代前半に始まった大盤振る舞いは大規模であったこと。
加えて、グリーンピア、サンピアといった巨大保養施設、休暇センターの建設費も挙げられています。
※グリーンピアとは、田中角栄内閣の日本列島改造論のもとで、当時の厚生省が被保険者と年金受給者等のための保養施設として、1980-1988まで13カ所設置された。
計画性が乏しかったことから、現在まで、すべて廃止・民間等への払い下げとなっている。
サンピアも払い下げをされている。
こうした大盤振る舞いと無駄遣いの結果、巨額の積立金が失われました。厚生年金の場合、本来、2008年度において670兆円の積立金が存在するはずですが、実際には130兆円しかありません。差し引き、540兆円もの積立金がこれまで浪費されてきたのです。
こうやって俯瞰をしてみると、定量的な見方ではありませんが、残念ながら?日本の国家の場合、いつの時代もお金(積立金)があると使ってしまうようなので、「積立方式」は合わないように感じました。
そこで、現在の年金制度で行われている「有限均衡方式」は、日本に合っているようにも感じました。
つづく・・・
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