« お気に入りの「言葉(名言)」 | トップページ | 作家 城山三郎氏について »

2011年9月19日 (月)

第3号被保険者について

「第3号被保険者」に対する視線が厳しいようです。

これは年金制度における、「生活保護との住み分け」、「年金未加入者への対処」と同様に重要な課題として頭の中に入れておきたいと思います。

最初に「第3号被保険者とは」でググってみると・・・ *****

年金の第3号被保険者とは、第2号被保険者(会社員、公務員、私立学校の教師等)の配偶者で、第2号被保険者の収入によって生計を維持(年収130万円未満)する20歳以上60歳未満の人です。「配偶者」なので専業主夫でも可ですが、99%が夫第2号被保険者、妻第3号被保険者といわれていますので、説明は「専業主婦」が第3号被保険者といえるようです。

昭和613月までは第3号被保険者は存在しませんでした。

今で言う第3号被保険者は国民年金に任意加入であったために、多くの方が年金に未加入の状態だったのです。しかし、夫との婚姻関係が打ち切られた場合に、多くの妻は無年金となってしまうため、それが問題となりました。そこで、国民年金、厚生年金、共済年金共通の基礎年金制度が誕生した時に、今で言う第3号被保険者は“保険料負担が無くとも”国民年金に加入できるようにしたのです。

*************************

もともと「厚生年金(共済年金も)」は家族(夫婦)が単位の制度です。

昔は妻が収入のない専業主婦であることは当然な状況でしたので、サラリーマンの夫のみが保険料を支払って、年金を受け取り、妻はその夫の年金で扶養されるという仕組みでした。

  

また、最初は「積立方式」からスタートしているので、何ら問題は無かったと思います。

国民年金と厚生年金も、もともとは別制度でした。

ところが・・・・

戦後の敗戦から現在まで、「厚生年金制度」は、高齢者に対する年金の支給に要する費用をその時の現役世代の負担によって賄う「賦課方式」を基本としつつ、一定の積立金を保有しそれを運用することにより、将来の受給世代について一定水準の年金額を確保するという財政方式のもとで運営されるように変化をしてきました。

「国民年金」も1960年に制度が始まって、その時加入した20歳の人が実際に年金をもらうのは、早くて2000年。積立方式であれば、少なくとも、その間に年金をもらえる人は存在しないはずですが、そうはできませんでした。   

制度発足当初より、高齢であった者には、無拠出で老齢年金(老齢福祉年金)が支給されました。

 

そして、1980年に出された年金財政の見通しでは、サラリーマン社会が続いた結果、農家・自営業者人口が減少。国民年金は、高齢者の増加と現役世代の減少に歯止めがかからず、賦課方式での年金財政では維持できなくなっていました。   

そして、昭和61年の公的年金制度改正において、わが国のすべての公的年金制度が1階部分を全国民共通の「定額制」の基礎年金、2階部分を各制度独自の「報酬比例年金」とする2階建て年金に再編されています。

ここにきて、「第3号被保険者」という問題を自ら抱えてしまったようです。

ここで、一つの試算をしておきます。

厚生年金保険料率を仮に16%とした時に、内6%部分が基礎年金部分に充てられていると言われています。

基礎年金部分の保険料を仮に16,000円とした場合。

(厚生年金保険料)×6/1632,000となる(厚生年金保険料)は約86,000円以上の場合となり、内雇用主負担が半分のため、厚生年金保険料を月額換算で43,000円以上となっている人は、基礎年金保険料2人分以上支払っている計算になります。

賞与引き去り分があれば、月額給与引き去り分は下がることになります。

この位の保険料を支払っている専業主婦をもつ既婚者はそれなりにいるのでは?

すると、一番割を食っているのは、独身の会社員ということになるのかもしれない?

いや、そもそも定額保険料としている基礎年金と報酬比例の保険料としている厚生年金を混ぜてしまったことが、ややこしくしてしまったように思います。

なぜそうしてしまったのか?

基礎年金の財政負担方法と当時の政策(政治?)によるように思います。

まず、当時の政策(政治?)として、それまで被用者の被扶養配偶者は国民年金に任意加入とされていたが、基礎年金を全国民共通のものとする考え方に沿って、「第3号被保険者」として国民年金に適用され、本人の保険料負担はないが配偶者の加入する被用者年金制度が拠出金を負担することにより基礎年金の給付を受けることができることとした。

    

しかし、これは、当初からの厚生年金の「家族を単位とする年金」というコンセプトを視ていない政策のように思えます。

さらに、この保険料負担をしないという背景には、基礎年金制度の財政の仕組みに基づくようにも思います。

先に述べたように、1980年に出された年金財政の見通しで、国民年金は、高齢者の増加と現役世代の減少に歯止めがかからず、賦課方式では維持できなくなっていました。  

そこで、当年度の給付に要する費用(国庫負担分を除く)を、その年度の保険料納付総月数で按分して得た額を基礎年金拠出金として各公的年金制度が負担することとしています。

この場合において、厚生年金を含む被用者年金についてはそのすべて、ここには第3号被保険者を含めて保険料納付者として数えられ、国民年金については、保険料免除者については免除割合に応じて納付月数を減じることとされている。

こうした仕組みのため、基礎年金制度の財政は、国民年金において保険料の納付月数が減少すると国民年金の基礎年金拠出金が減少することとなり、逆に被用者年金の基礎年金拠出金が増加するという構造を持っています。

もちろん、長期的に見通すと、国民年金の納付月数の減少は、全体の基礎年金給付費の減少を招き、基礎年金拠出金は、財政見通しよりも低くなるはずではあります。

この基礎年金制度の財政の仕組みと政策(政治?)により、ややこしい「第3号被保険者」が誕生しているように思います。

当然、見直しをしていく必要はあると思いますが、まずは年金財政の入り繰りを論じるよりも、少しでも財政改善をして「後代負担」を軽減していくことから始めることが良いように思えています。

民主党は、最近「被用者年金の一元化」を取り上げているようですが、もちろん重要な課題ではありますが、長年議論をしていることであり、喫緊の課題ではないように思います。

現在、危機に瀕している年金財政の確度を少しでも高めて「後代負担」を少しでも軽減をしていくことが喫緊の課題のように思います。

« お気に入りの「言葉(名言)」 | トップページ | 作家 城山三郎氏について »

勉強・試験」カテゴリの記事

コメント

第3号被保険者って、意外に新しい制度だったのですね。20歳過ぎて国保に加入しても、学生の間は保険料を免除される制度がありましたが、そのようなものなのでしょうか。話は違いますが、私の国民年金の保険料納付書は世帯主のツレアイの名前で送られてきます。自分で払う時、ちょっと悔しいし、将来ちゃんと年金がもらえるか心配になります。「ねんきんお知らせ便」で確認しよう~。

その1.「扶養されていた20歳~59歳の配偶者が扶養からはずれると第3号被保険者ではなくなります。第1号被保険者への手続は、年金手帳・社会保険の喪失証明書等扶養からはずれた日がわかる書類・印かんを持参の上、区役所で手続きしてください。」とありました。であれば、自分名義になってもよいように思えますよね。区役所に確認してみましょう!

その2.年金保険料の免除手続きはしておくのが良いです。現在の国民年金は、その半分の支払財源を税金で賄っています。その分の権利が得られるからです。
免除手続きをしていなければ、その権利は得られません。
例えば、仮に免除期間が2年の場合(満額は40年納付)、手続きをしていなければ、単純に満額の38/40となりますが、免除手続きをしていれば、39/40程になるイメージです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1331845/41837616

この記事へのトラックバック一覧です: 第3号被保険者について:

« お気に入りの「言葉(名言)」 | トップページ | 作家 城山三郎氏について »

フォト
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

ウェブページ

ライフネット生命

無料ブログはココログ

Twitter

  • twitter