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2011年12月

2011年12月25日 (日)

平成23年度 年金2 第Ⅱ部の論文について

“厚生年金”での出題は、

『厚生年金、国民年金の給付と負担の関係について

厚生労働省で公表している「世代ごとの給付と負担の関係について」

図表を見て、どのようなことが分かるのか、その原因は何かを簡潔に記載するとともに、

世代ごとの給付と負担の関係について所見を述べよ』

でした。

これ以上「後代負担」を増やさないように考えないといけないこととして思っていたこともあり、予想はほぼほぼ当たっていたようです。

平成9年にも同様の出題がされていました。

↓以前のブログ

http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-4356.html

残念ながら、ほとんど書けておりませんが・・・( ̄Д ̄;;

まずは、第Ⅰ部をもっともっとできるようにしなければなりません。

また、第Ⅱ部も、予想というよりも、何が出題されても、それなりの所見が言えるようにしておく必要がありますよね。

来年は、仕事、勉強、オフにメリハリをつけて、時間を創りだして、Mahさんの研究会へも参加するなど、積極的に取り組めるようにしていきたいと思います。

メリハリできるかな・・・・否、がんばろ

2011年12月24日 (土)

「蒼氓」  石川達三著 を読んで

明川哲也氏の『俺が聞いちゃる』の中で、薦められていた本でした。

自己啓発本の中には、読者に対して「幸福のために、あなたは変わらなければいけない」といったスタンスで語るものがあります。

しかし、無理に“自分を変える”必要はない。人は皆同じ価値観を持って生きているわけではありません。才能も性格も違います。ですから、ボクらにとって幸福な人生があるとすれば、それは持って生まれた才覚を生かし、その人らしく生きることだと思うのです。

つまり、自分は何が好きなのか、どんな性格なのか、何ができるのかということを日々の「奮闘」のなかで理解し、つかんでいく感覚を得ること。

啓発とはまさにそのことであって、怠け者を無理やり勤勉者に変えようとしたり、夜型の生活から朝型の生活へシフトさせることではないと思うのです。

性格を変えなさいと言われても、読者は苦しむだけです。持って生まれた器を変えようとして、変わらない自分を責めてしまう。

ボクはそんなことよりも、誰もが自分の固有の価値に気付くだけでいいと思っています。

そこで、多様な人間の価値観や生き方を知ってもらうためにも、あなたには自己啓発本でなく、少し古く、評価の高い「純文学」を読むことをお薦めします。

少し古いというのが大事で、それは話題性や流行に関係なく、ある程度の時間にわたって人の批判や忘却に耐えてきた作品だと言えるからです。

昨年ボクが読んだ中では、石川達三の『蒼氓(そうぼう)』、丸山健二の『水の家族』。人間の存在の極北を描いたこの2冊が、大きな力を与えてくれました。

毎日、職を得るために頑張る。でも、数時間は一切をシャットアウトして傑作に耽(ふけ)る。こんな“メリハリ2作りで、あなたの日々の色合いは変わってくることしょう。読む時はとにかく没頭することです。

※極北(きょくほく)とは、「1 世界の果て.2 最北端.3 a 極限,極点.b はるかなる目標[理想]」と書かれていました。

少なくともその間、あなたは本の中を旅することができる。そして、その読書体験から、あなたはより複眼的に、より俯瞰(ふかん)的に自分と世界を見ることができるようになるかもしれません。視野が広がれば、きっとチャンスも生まれますよ。

*****

と・・・・・

そこで、「蒼氓」を手に取ってみました。

ちなみに、この本も「48歳の抵抗」と同じく絶版となっていますが、「蒼氓」はWeb上で読むことが可能です。

ご参考まで。

<http://www.geocities.jp/web_hon/01/ishikawa.htm>

そもそも「蒼氓」(そうぼう)の意味とは、「無名の民。生い茂った草のごとく蒼きさすらう民」とあります。

本の内容は一言でいえば、

“昭和ヒトケタ”の昭和5年という、とても貧しい時代。ここでは、貧困のために、祖国日本を出て、ブラジルへ移民しようとする地方の農民達を、それでも力強く生きていこうとする姿を描いているように思いました。

第一回芥川賞作品でもあるのですが、その中で、1点、「政治批判」もされているところにも興味を持ちました。

とくに石川達三氏は、その時代時代の多数者の生活的体験に根ざして、かつ常識的な範囲で語られて、それが常に、その時々において広範な読者層を獲得した、と解説にありました。

つまり、多数派の想いとして、

当時、どちらかと言えば「民政党」を批判して、「政友会」を支持されたような、「民政内閣はあまりよくない」という一文がありました。

昭和5年と言えば、民政党は、「男子の本懐」で好きになった浜口雄幸氏が総理大臣であった時です。

そして、政友会と言えば、浜口雄幸氏の前の総理大臣で田中義一氏となります。

浜口雄幸氏は、緊縮財政を実施したための批判と思いますが、それは軍事費拡大を引き起こさないため、と言われています。

また、“現代”において、田中義一氏と言えば、「田中外交」と言われて、満州事変への道を進めてしまった人、

また、松本清張氏の「昭和史発掘」でも、「陸軍機密費問題」を取り上げており、その使い込みをされた人と言われています。

それでも、当時においては、浜口雄幸氏の方に批判が多くなっていたことが多数派だったのだな~、

とざんねんに感じました。

「蒼氓」は、本の中の時代は1930年(昭和5年)3月、「蒼氓」が発表されたのは1935年(昭和10年)。

その間に、1930年(昭和5年)1114日、浜口氏は銃弾に倒れて、翌昭和6年に死去。1932年に5.15事件が起こる。

そして、1936年には、2.26事件と、間違った方向の太平洋戦争へ向かっていくことになります。

これからの日本でも、自分を含め一人一人が間違った情報に惑わされないように気をつけなければいけないように思います。

最後に、山下達郎氏もこの「蒼氓」に影響を受けられて、曲まで作られています。

ご参考まで。

http://www.youtube.com/watch?v=lPG9gEXYMtI

「蒼氓」  山下達郎

遠く翳(かげ)る空から たそがれが舞い降りる

ちっぽけな街に生まれ 人混みの中を生きる

数知れぬ人々の 魂に届くように

凍りついた夜には ささやかな愛の歌を

吹きすさんだ風に怯え くじけそうな心へと

泣かないでこの道は 未来へと続いている

限りない命のすきまを やさしさは流れていくもの

生き続ける事の意味 誰よりも待ち望んでいたい

さみしさは琥珀となり ひそやかに輝き出す

憧れや名誉はいらない 華やかな夢も欲しくない

生き続ける事の意味 それだけを待ち望んでいたい

to find out the truth of life

たそがれが降りて来る 歌声が聴こえて来る 

では、では。m(_ _)m

*****

2011年12月21日 (水)

ア試験、お疲れさまでした

12月に入り、土日を休むことができるようになり、試験勉強を追い込むようにしてきましたが、時すでに遅し。(´Д`υ)アセアセ

年々、仕事、ア試験とも、思うような成果が得られなくなってきており、もがいておりますが、もがいてやろうと思います。

本日、ア試験も終わりました。仕事のプロジェクトのゴールは年始となりますが、大きな山は過ぎて、ゴールに向けて万全を期しておく状況となっております。

来年は仕事、ア試験、オフのメリハリをもう少しつけるようにしたいと思います。ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

2011年12月11日 (日)

「四十八歳の抵抗」 (石川達三著)  を読んで

今の時代に、この本の名前を読むと、今の中高年の厳しい状況/環境に対する、「四十八歳の抵抗」なのかな、と思いました。

「捲土重来」を期すために!?

自分も、四十代後半からの生き方として、思うことはありました。

http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/40-b12c.html

同じような視点の本なのかなと思い、興味を持って手に取りました。

これは、昭和三十年に書かれ、その昭和三十年を舞台とした小説でした。

戦後、まだ十年の時代です。

ところが、今よりも経済(景気)に活気があるように感じたのは自分だけでしょうか・・・・

主人公は、昭和火災海上、火災部の次長、西村耕太郎 四十八歳

明治生命、大正生命、大正海上火災はあったけれど、昭和のつく保険会社は確かになかったですね。上手い設定だと思いました。

昭和三十年当時、土曜日は半ドン、週休一日だったようですが、平日は定時少し過ぎには終業できたようです。

週に2日は自費のかからない宴会あり。

熱海への社員旅行(当時は慰安旅行というようですが)や熱海での麻雀大会など、主人公の西村氏は、これまでに会社の行事等で30回以上も熱海に来ていると書かれていました。

そして、中高年である西村氏は、若い女性に可能な範囲とはいえ、積極的に投資して、まだまだ若い者には負けたくないゾ、という「抵抗」の話でした・・・・・

この本、当時ベストセラーとなり、映画化までされているということは、当時の世相をよく表していて、国民の共感を得られているように思います。

同じ世代として理解できるところはあります。

羨ましいとも思えるかもしれませんが、現代では、「終身雇用」、「年功序列」が崩れ去り、給与ダウン、リストラ、企業破綻、吸収合併などが繰り返される時代において、中高年により切実なことは、違ってきているように思います。

残念ながらこの本、現在は「絶版」となっていることは、時代を表しているのかもしれません・・・

また、この本の中で、西村氏のこととして、

大学を出て保険会社へはいった当時は、いささか社会主義にかぶれていた。保険事業というものに社会保障制度の理想を描いて、保険の発達がすなわち社会生活の安定と幸福をもたらすものだと信じていた。原則的な保険の意義は今も昔もかわってはいないが、保険会社は一つの資本企業にすぎないものであって、決せて慈善事業ではないことも分かってきた。その会社のサラリーマンであるところの彼自身も、いつの間にか資本家の利潤追求の奴隷となりおおせたのだった。

昭和三十年以降、共済年金の発足、国民年金制度の施行、公的年金給付の拡大など、いろいろと考えるべきことは多かったと思うのですが、西村氏は、保険会社に限らない、普通?のサラリーマンと言う設定になるようです。

これからの時代、中高年は、まだまだ「保険事業というものに社会保障制度の理想を描いて、保険の発達がすなわち社会生活の安定と幸福をもたらすものだと信じる」必要があるように思いました。

社会保障制度を、これ以上、後代の負担とならないように、真剣に考えて、取り組んでいかなければならないでしょう。

最後に、戦後僅か10年でここまで、復興していたのだということには驚きでした。

一般に、朝鮮戦争(1950年(昭和25年)~1953年(昭和28))による「特需ブーム」を契機として、日本経済は復興の道を歩み始めたといわれていますが、昭和三十年で、ここまでとは思いませんでした。

生命保険会社は、その後、バブルが弾けるまでに「ザ・セイホ」と呼ばれるまでになっていくわけですが、活気のあることは、「いいな」と思いました。

それとも、活気が無いのは自分だけなのでしょうか?・・・・・

( ̄Д ̄;;

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