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2012年1月

2012年1月29日 (日)

I still haven't found what I'm looking for   by U2

趣味は音楽と言えるほどのものではありません。

ただ、聴くジャンルは、洋楽のロック系が自分には合っているようです。

これは、音楽好きであった叔父の影響と少なからず思っています。

中学時代はビートルズのLPを随分と買いそろえました。

「2月」は、その叔父が亡くなられた月であり、父方の祖母が亡くなられた月でもあります。

叔父が亡くなられたとき、好きだった音楽をずっと流されていました。

とくにU2のメロディーが記憶にあります。

間もなく「2月」。

プロジェクトも1月本番移行後、障害モニタリングをしていますが、一方でプロジェクト収束に向けて進めています。

そして、昨年の2月に続き、今年の2月も「業務」が変わります。

I still haven't found what I'm looking for

自分の場合は、できることが僅かですので、業務が変わることで、

「できるのかな?」、

「自分がやりたいことは? やれることは?」、

「自分が社会に役立てることは?」、

という気持ちかもしれません。

でも、いまはとにかく目の前のことをまずやってみるしかありませんよね。

I still haven't found what I'm looking for」 いい曲だと思います。

↓こちら

http://www.youtube.com/watch?v=GSv-lKwOQvE

I have climbed the highest mountain

この世で最も高い山に登ったこともある

I have run through the fields

戦場を駆け抜けたこともある

Only to be with you

ただ、あなた(イエス)といるためだけに

Only to be with you

ただ、あなた(イエス)といるためだけに

I have run

逃げ出したこともある

I have crawled

地面を這いつくばったこともある

I have scaled these city walls

街の城壁をよじ登って超えたこともある

These city walls

Only to be with you

ただ、あなた(イエス)といるためだけに

Only to be with you

ただ、あなた(イエス)といるためだけに

(これほどの苦難を味わってきたのにも関わらず)

But I still haven't found what I'm looking for

でも、まだ、探しているものが見つからないんだ

But I still haven't found what I'm looking for

I have kissed honey lips

甘い口づけを交わしたこともある

Felt the healing in her fingertips

彼女の指先に癒された感じがした

It burned like fire

炎のように燃えた

This burning desire

この燃え盛る欲望

I have spoke with the tongue of angels

天使の言葉で話をしたこともある

I have held the hand of a devil

悪魔の手を握ったこともある

(そうしなければならないほどに)

It was warm in the night

寒い夜にはその手は暖かかったんだ

I was cold as a stone

俺は石のように冷えていたんだ

(こんなつらい状況で、いろいろな誘惑にかられても、なお)

But I still haven't found what I'm looking for

でも、まだ、探しているものが見つからないんだ

But I still haven't found what I'm looking for

(He will lift you up higher and higher)

(イエスはお前を高みへと高みへと導いてくれる)

(He will pick you and when you're down)

(イエスはお前が落ち込んでいても見捨てない)

(He will be the shelter from the storm)

(イエスは嵐のような困難からも守ってくれる)

I believe in the kingdom come

俺は、天国/理想の国はきっとあると信じている

Then all the colors will bleed into one

そこでは、すべての肌の色(人種)は一つに溶け合うんだ

Bleed into one

Well yes I'm still running

ああ、それでも、俺は探し求めて走り続けている

You broke the bonds

あなた(イエス)は足かせを壊してくれて

and you loosed the chains

鎖を緩め

Carried the cross

俺の恥辱の十字架を背負ってくれた

Of my shame

Of my shame

You know I believed it

そう、俺はそのことを信じた

But I still haven't found what I'm looking for

でも、まだ、探しているものが見つからないんだ

But I still haven't found what I'm looking for

But I still haven't found what I'm looking for

But I still haven't found what I'm looking for...

間もなく2月。

体調を整えていこう。

今日は早めに寝ます。おやすみなさい。

2012年1月22日 (日)

「いま、知らないと絶対損する年金50問50答」  太田啓之著 を読んで

総論賛成ですが各論で「専業主婦の3号制度は不公平」とされている点では、少し不十分では?と思いました。

なぜ第3号被保険者が生まれたのかを書かれると良いのにな、と思いました。

昭和61年の年金改革で「国民皆年金」とすることもありましたが、当時の国民年金財政を立て直すために必要であったことについて。

例えば、

国民年金の年金受給者が10人いたとした場合。

10人×年金月額6万円=60万円の資金が必要になる。

その支払を支える国民年金加入者が10人の場合。

10人×月額保険料1.5万円=15万円

これでは年金支払のための60万円には、45万円も足りません。そこでまだ収支が黒字の他の年金制度とくっつけることにします。

そこで、わが国の全ての公的年金制度の一階部分を全国民共通の定額制の基礎年金としました。

ここで、厚生年金の加入者が5人、厚生年金保険料を月6万円(労使折半で企業負担3万、自己負担3万)支払っていた場合。

通常、基礎年金のためには、5人×1.5万円=7.5万円を拠出することになると想定できますが、それでは基礎年金の財政がまだ不十分。

実は加入者の5人は、既婚者であった。

厚生年金は元々「世帯単位」、「家族のための年金」であったのですが、配偶者を「第3号被保険者」としてカウントすることとして、5人×1.5万円=7.5万円を更に拠出してもらうこととした。

これで、合計15万円を厚生年金から、国民年金支払のために拠出してもらうこととした。

そこで、先の15万円と合わせて、合計30万円になった。

60万-30=30万円が、まだ不足するので、それは「税金」で賄うこととした。

配偶者は保険料を負担していないと言われていますが、第3号被保険者として“カウント”されて、国民年金の財政負担がされるようにしているわけです。

「第3号被保険者」は、個人単位、定額保険料、原則定額給付の“国民年金”と、世帯単位、報酬比例保険料、原則報酬比例給付の“厚生年金”をくっつけたことによる歪み、及び国民年金の財政を立て直さなければならなったことにより生まれたものだと思っています。

ここで、年収約430万円の家庭で、厚生年金保険料が約月6万(労使折半で企業負担3万、自己負担3万)となり、自己負担分3万が基礎年金財政充当分となり、国民年金加入者夫婦の負担分3万円となり、給付とも見合うようです。

よって、年収約430万円未満の既婚者で、配偶者が働かれていない場合に、第3号被保険者分の保険料が割安になっていると想定できることになります。

2011年の平均年収が約450万円と言うことです。それよりも低い金額となります。

想像となりますが、もし家族があり、子供がいて、育児、教育のことを考えると、健康であれば共働きをするのでは、と思いました。

だとすれば、実質的に負担をしていない第3号被保険者はかなり少ないのでは、と思いました。

もちろん今のままでよいということではありませんが、先にやるべきこと。

後代負担をこれ以上増やさない、公的年金財政の立て直し(見直し)が先に来るように思います。

「いま、知らないと絶対損する年金5050答」、とても勉強になりました。

『年金文庫本3部作』ですね。

「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った? 細野真宏著

「年金は本当にもらえるのか?」 鈴木亘著

そして、「いま、知らないと絶対損する年金5050答」 太田啓之著

ありがとうございました。

以前のブログ「第3号被保険者について」

http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d586.html

2012年1月21日 (土)

「打たれ強く生きる」 城山 三郎著 を読んで

昭和58年(1983年、著者55歳の頃、当時は55歳定年が多く、著者の友人達が定年を迎える頃のようです)に、日経流通新聞で毎日連載されたエッセイを集めた本になります。

当時の日本は、自動車生産台数がアメリカを抜いて世界一へ。各公社が民営化。国民年金が厚生年金とくっつく頃ですね。

バブル前で、今よりも景気は良いように思えますが、どの時代でも中高年は「悩み多き年頃?」なのかもしれません。

※日経流通新聞は、普通のサラリーマンが読まれるのかなと、少し“?”を感じる現代の中高年でした。

うちは朝日一誌のみだし・・・・・

「ぼちぼちが一番」

人生あわてても仕方がない。

まわりはどうあろうと、自分は自分で、たったひとつしかない人生を大事に見つめて歩いていく。

それも、家康さんのように、「重荷を負うて遠き道を歩む」などと気負うこともない。人生それほど、大したものではない。ごく素直に、ぼちぼちと歩けばいい。また、ぼちぼちだからこそ、歩きつづけられるのではないか。

自分自身も「調子はどう?」と聞かれると、「まあ、ぼちぼちです。」と答えることがあります。

それは、元気なわけでもなく、それでいて、あまり落ち込んでいるように思われるのも恥ずかしいからなのですが、それでもいいのかな、と思ったりしました。

アメリカ人は「Fine!」って、言うんですよね。「So, so」ではよろしくないと・・・

「ざっくばらんの強み」

本田宗一郎氏の著書「ざっくばらん」より、「僕の特徴は、ざっくばらんに人に聞くことができるということではないかと思う。」

だれに対しても、こだわらずに、ざっくばらんに聞くことができ、ひとつにはそのおかげで今日あるというのである。

「左遷の中から」

主流の仕事でなく、日の当らぬ不本意なポストに回されたとき、どう生きるか。

どこへ行けといわれても、「ノー」と言わず、与えられたところで何かを身につけていくのがボクの生き方だったから、いっこうに平気だった。・・・・・中山素平氏

地位に対しても綿々とした未練を持たない。

「自分はしょせんサラリーマン。サラリーマンを辞めて自分に何ができるのか」

「おでん酒、すでに左遷の 地を愛す」

「熱燗や あえて職場の 苦はいわず」・・・・・岩田弐夫氏

「災難に遇う時期には遇うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」・・・・良寛

「配転ははじまり」

そこで絶望して、落ち込んでしまったり、やけになっては、そのときこそ、本当の終わりがくる。

恰好の充電期間とすること。

人はそれぞれ才能や能力のちがいがある。仕事への適不適ということが出てくる。それに、たてえ適した仕事であっても、勘が狂うこともあれば、気力や体調が整わぬときもある。神でもスーパーマンでもない以上、それは避けられないことだ。

そのときには、一休みさせてもらうか、場を変えてもらった方がいい。降格や配転は、その意味では、むしろ救いではないのか。

「月見て歩け」

視線を15度上げる。

都市生活者は少なくとも一日に一度は空を見上げるべきだと。そうすれば、それだけで、

「心が明るくなり、みるみる自信が湧いてくる」し、「全身から無駄な力みを取り去って」「まったくちがったアイデアを教えてくれる」ともいう。

空を見上げることは、浮世の思いをしばし忘れることでもある。

もともと忘れるというのは、「人間の自己防衛の機能」なのに、現代人は「忘れることを忘れたのではないか」

空には仕切りがない。心の中にも仕切りのないのがいい。

「俺たちは歩こう」

いま日本中の者が乗り遅れまいと先を争ってバスに乗ろうとする。無理して乗るほどのこともあるまい。俺たちは歩こう。

だれもがバスに乗る世なら、むしろ歩いた方がいい。

むやみにあがき嘆くのではなく、頭を切りかえ、いまの身でできる最良の生き方を考えることである。

「俺たちは歩こう」・・・・・宮崎康平氏、火野葦平氏

良書でした。ありがとうございました。

2012年1月14日 (土)

「しあわせになる禅」   ひろ さちや著  を読んで

五つの「禅」の根本原理として。

一.余計なことはかんがえるな

 ・気にしない

 ・ただ今日なすべきことを熱心にせよ。今日を楽しめ。明日のことまで思い悩むな。

 ・腹が減ればめしを食い、眠くなったら眠る

 ・ケ・セラ・セラ

二.なんだっていい

 ・世間の物差しを捨てる

三.人のことはほっとけ

 ・欲望の奴隷になるな。「少欲知足」 欲を少なくして、足るを知る心を持て。

仏教は「無欲になれ」とは言っていません。あくまでも「少欲」なんです。

 ・仏教では「慢」を戒めています。「慢」とは、他と比較して心の高ぶることを言います。

四.常識を捨てろ

 ・餓鬼(自己が所有するもので満足できない存在)になるな。

エコノミックアニマルと呼ばれた日本人は餓鬼になるそうです。

五.がんばるな (自分を肯定した上での努力を否定はしていない。)

 ・「日々是好日」、どんなときでも、そう思いなさいと。大変な日もあるかもしれないが、「なんだっていい」んです。好日と思えばいい。

俗世間で汚れた?自分には、なかなか出来ないところがありますが、ひろさちや氏の考え方は好きです。

最後に、ひろ さちや氏は、次のように述べられています。

世界の数多くの宗教は、「人間というものは、弱くて、愚かで、不完全な生き物である」と考えています。

日本人は総じて無宗教です。裏を返せば、人間が弱くて、無力で、愚かで、不完全な存在だと思っていないのです。むしろ逆に、人間は賢く、完全な存在でなければならないと思っています。無宗教ということは、そういう信念を持っていることになります。

だから、日本の世の中全体が不寛容な社会、他人の過ちを赦せない、まことに狭量となったのです。

仏教の教えとは、完全な人間になるように努力せよと説くことではありません。そうではなくて、人間はみんな弱くて、愚かで、不完全な存在なんだよ。欠点だらけの人間なんだ。だから、みんな互いに赦し合って生きねばならない。あなただって不完全な人間だから、多くの他人に迷惑をかけているのだ。それを他人は赦してくれている。我慢してくれている。だから、あなたも、他人から受ける迷惑をしっかり耐え忍びなさい。そう教えるのが、真の仏教の教えです。と。

心に留めておきたいと思います。

2012年1月 8日 (日)

藤澤利喜太郎氏(1861-1933、73歳没)とその長男の藤澤親雄(1893-1962、69歳没)について

これまで、藤澤利喜太郎氏について、知っていたことは、日本の生命保険・年金理論の草分けであり、解析概論で著名な高木貞二氏の恩師。また、日本生命、簡易生命保険の生みの親であり、育ての親である。また、藤澤氏は、簡易生命保険設立に際して、第一生命創業者の矢野恒太氏からは、反対活動を受けていること、くらいでした。

昨年の12/23に慶應大学で開催された「保険フォーラム」へ行ってきました。

ア試験後すぐのお休みであり、無料も魅力的。

ただし、年末まで、家の掃除の手伝いなどサボっていたため?講義の後は、帰りました。ざんねん。

後日、actuary jpさんも保険フォーラムのことを書かれていましたが、ブログをされている方が参加をされていたようで、次回はご挨拶などできればな、と思いました。

ビスマルク時代のドイツ留学で学んだ藤澤利喜太郎氏の考え方

「政体の変革、一揆、徒党等、内訌(内乱)の禍害」の原因はしばしば貧富の差にある。

「人に智愚の差ある以上は、世の進歩するに従い、社会中財産分有上に於いて不平均を生じ、富者はいよいよ富み、貧者はますます貧に陥るのは、優勝劣敗の競争原理の支配する資本主義では致し方無い面もある。とにかく貧者は国民の務めである税金も滞納するようになり、少しでも賃金を上げてもらいたいとストライキを起こすようになるだろう。

特権富裕層への暴力的反撃がついには起こるだろう。

社会主義(当時は、マルクス、エンゲルス)や無政府主義(当時は、ロシアのバクーニン)がはびこるのも時間の問題だろう。

労働者階級が増えてゆけば、自ずとそうなる。

そのとき、天皇を中心とする日本の国家制度は危機に瀕するだろう。」

と言われています。

当時、ビスマルクも「飴と鞭」と言われているように、

「飴」は社会保障制度の父とも言われている通り、社会保障制度の普及に努め、

「鞭」は社会主義者、無政府主義者の弾圧を行っています。

ビスマルクとしては、ドイツ統一を進める一方で、社会主義国家よりも自分の育ったプロイセン王国の流れを汲みたかったようですね。

そこで、国民の生活を保障する。大切なのは「食い扶持」であると。

「一国中知識に於いて上流の位置を占め、国運の進歩にあずかりて、最も力あり、その国の知識精神を代表するものは財産分有上、中等以下の位置にある、俗にいわゆる“月給取”」、

すなわちサラリーマン階級である。ところが働き盛りのサラリーマンが不幸にして病気や事故で逝ってしまったらどうなるだろうか。遺された家族は路頭に迷うだろう。

「子供の如き、富貴というにはあらねど、物に事を欠かぬ中に生育しけるに、父の死に遇うて、貧困を極むるとなれば、その辛苦は元々の貧困の辛苦に増さるべし。」

それなりの生活をしていた中産階級の子供が突然にどん底に落ちる。不条理なものを感じる。

生まれたときから貧困でそれを当たり前として育った人間よりも、最初によい暮らしの記憶があるのに不幸にもそれを断ち切られた人間の方が、大人になってから社会主義者や無政府主義者になって世の中に反抗しがちなのではないか。

このような事例を、日本の社会から少しでも減らさなくてはならない。

そのための「生命保険

そこで、今の「日本生命」の創立者の一人となられている。1889年9月のことです。

次に藤澤氏は、民間の生命保険会社が事業を拡張し隆盛して大きな資本力を身につければ、被保険者層もどんどん広がり、たとえば貧民のための掛け金の安価な保険制度の実現も視野に入ってくるはずと考えたようだ。また、保険業の発展によって国家が保険の効能に気づけば、政府主導の貧民保険も実現されやすくなると思っていたらしい。

生命保険の普及を呼び水にして、さまざまな保険と保障の制度を日本に張り巡らす。そうやって、国民の大多数がいついかなる時も安心して暮らせる状況を作り出す。そうすれば明治維新で生まれた天皇中心のこの国のかたちを、社会主義や無政府主義から防衛できる。不満分子の増殖を妨げられる。

この構想は、ついに政府を動かし、諸官庁の相乗りによる小口保険調査委員会の設置につながる。

藤澤氏は委員として活躍し、そこから掛金の極めて安価な、郵便局の簡易生命保険のアイデアが生まれ、大正前期に実現した。1916年、大正5年のことである。

また、藤澤氏は、1889年に「生命保険論」を刊行されている。

その中には、現代の保険数学の教科書にある記号がほとんど網羅されている。すごいですね。

ところで、その藤澤氏のしたことに「限界」があるとして、

その長男、藤澤親雄氏は天皇中心の国とするには「個人主義」ではない「全体主義」、「全体主義指導者国家制度」をとなえた。

ドイツのヒットラー、イタリアのムッソリーニというところでしょうか・・・

藤澤親雄氏は、当時の一高から東大法学部卒、満鉄に勤め、ベルリン大学へも行き、大学教授までされている。

一方で、ヒットラーに感化された近衛さんの大政翼賛会に入られたり、戦後は公職追放をされていたりと・・・・ちょっと?常人からは偏ってしまった方のようです。

そうなってしまった要因として・・・

父親のしたことを認めているようには思いました。それでも、日本はなかなか天皇を中心とする危険因子の無い国家にならなかった。

それは、

大正9年、1920年の経済大恐慌による混乱から立ち直り切ることができずにいた日本経済に対して、

大正12年、1923年に「関東大震災」が発生。

その後の昭和2年、1927年の世界大恐慌と相まって、日本資本主義は長く慢性的不況に悩まされることとなった。

さらに、大正期は内閣も1年足らずで交代が続いていた。

ここで、日本史の勉強不足が露呈してしまうのですが、

「関東大震災」では、日本人による「朝鮮人の虐殺」が行われています。

確かに、関東大震災で刑務所も破壊され、囚人が街に逃れてしまった。身を守るためには、相手と戦うことも必要になるのかもしれない。

でも、朝鮮人を「虐殺」する必要があるのでしょうか。「虐殺」です。常人ではないと思います。

この辺りも、藤澤親雄氏が天皇中心の“全体主義”に偏らざるを得なかったところがあるのかもしれません。

※作家、吉村昭氏の「関東大震災」に朝鮮人の虐殺について、書かれていました。立ち読みで我慢しました??

現代の日本で、ここまでのことは無いように思いますが、「慢性的不況」、「内閣の短期交代」は当時と酷似していないでしょうか??

「保険フォーラム」、勉強になりました。ありがとうございました。

m(_ _)m

2012年1月 7日 (土)

Story Sellerを読んで

コメントで薦めていただき、新年2012年の初読み終え本となりました。

おもしろかったです!

実は先に読み始めた本がありましたが、こちらが先に読み終えてしまいました。

このようなジャンルを“面白本”として、「面白本を読みなさい!」と俳優の児玉清さんが話されていたテレビを想い出しました。

*****

読み出したら止まらない。これらの小説を児玉さんは「面白本」と呼び愛した。

奥の書棚はまるで書店のように作家別に分類され、その名前を見ているだけでも興味が様々なジャンルに及んでいたことが分かる。大好きな作家の小説なら、翻訳されるのを待ち切れず、原書を読みふけることも多かったという。それほど面白本にこだわるわけは、その答は生前の貴重な映像に残されていた。

生前、児玉清さんが番組スタッフに自分の書庫の中を案内している映像が出てきた。

「ここはですね、日本の作家の面白本が置いてあります。本の世界では僕が行けないようなところでも、主人公に心を寄せれば大変な冒険ができるわけですよね。ですから本によって私のいろんな冒険心とか、好奇心とかそういうものを、本によって知って補っているというのかな。そういう感じで本の虜(とりこ)になっていると」

*****

ストーリー・セラーのジャンルをファンタジーと呼ぶのかな、と思ったら、すでにファンタジー・セラーとい名の本も出ていました。ストーリー・セラーもパート3まで出されていることを知りました。

ストーリー・セラーはファンタジーに限定しない、いろいろなジャンルを混ぜた小説群なのだと思います。

なかでも自分は単純な人間なので、シンプルなストーリーであった、有川浩さんの純愛?小説的な「ストーリー・セラー」、道尾秀介さんのハッピーエンドの「光の箱」が合うように思いました。

また、この本を読んで、次男が有川浩さんの「図書館戦争」を読んでいることを知り、なにげなく解説のところを開いたら、有川浩さんと児玉清さんの対談が載っていました。

そこで、初めて有川浩さんが「アリカワ ヒロさん」で女性作家であることを知りました。

知っていました?

ブックオフで、半額以下で入手可能です。

気持ちを転換するのにお薦めですね。

さて、2012年が始まりました。

いいことが少しでも多く感じられるように、自分の出来ることを少し背伸びする感じで精進していきたいと思います。

本年もよろしくお願いいたします。

ではでは。m(_ _)m

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