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2012年2月

2012年2月29日 (水)

「サクリファイス」 近藤史恵著 を読んで

よかったです!

チーム・オッジのエース 石尾が、「サクリファイス」の中で、亡くなってしまったこと。

チーム最年長の赤城が、「サクリファイス」の中で、引退してしまったこと。

これらは、「サクリファイス」の外伝、Story Seller 1、2、3を読んできて、赤城や石尾が“いいな”とおもっていたところでは、残念でしたが、物語としてはよかったです。

ロードレースと言う、「エース」と「サクリファイス=犠牲=アシスト」で成り立つ“過酷なチームスポーツ”、当然、チームが一つにならなければ、勝利することのできないロードレース。その中で、自分のためだけに、自分がよりメジャーなチームへ移籍できるように、ドーピングまでして、チーム存続の危険にさらすことをする袴田を赦すことができず、下半身不随の怪我をさせた石尾。

チーム最年長の赤城も「やり過ぎだったと思う。」と言っているように、袴田の恨みを買うこととなり、石尾は、自ら命を落とすこととなる。

物語の中で、石尾のしたことは、赤城の言うように、「やり過ぎ」と思いました。

ここで、想い出したのが、ユダヤ教の教典であった旧約聖書にある「目には目を、歯には歯を」です。作家であり、キリスト教信者でもあった三浦綾子氏の解説によると、一つの事件を例にされています。自動車を蹴られた男が、その相手を引き殺すという事件。自動車を蹴られたのなら、自分もまた相手の持つ自動車を蹴るか、その人間を蹴って、帳尻が合う。だが、人間というものは、自動車を蹴られただけで、相手を殺したいほどに、恨みがエスカレートするときもある。

こうした“人間性”を見抜いた上で、<目には目を>のおきてが定められたのであろう、と。目を傷つけられた者は、激しい憎しみにかられ、相手の命まで取ろうとする。だからせめて、こうしたおきてを定めて、目を取られたら、自分もまた相手の目を取るだけで勘弁してやれという、「復讐規制」の掟なのだと、三浦氏は解説をされています。

新約聖書では、イエス・キリストの言葉となって、「右の頬を打たれたら、左の頬を向けよ」へと、高次元となるのですが、ここでは置いておきましょう。

石尾は、この旧約聖書にある「人間性」に気をつけていれば、亡くなることはなかったのかもしれません。

(「サクリファイス」は、大藪晴彦賞を受賞した作品。サスペンス、ミステリー小説としては、避けられないのかもしれませんが・・・・)

サクリファイスの主人公は新人の白石となるのですが、もっと赤城と石尾の続きが読みたいな、と思いました。

新人白石の続編として「エデン」があるようですが・・・・・・・・勉強にも勤しまねば!

ではでは。

m(_ _)m

2012年2月25日 (土)

Story Seller 3を読んで

満願(米澤穂信氏)

司法試験を目指す学生の藤井に対しての言葉、

「この世はままならぬものです。泥の中でもがくような苦しい日々に遭うこともあります。ですが、藤井さん、矜持を見失ってはなりません。“誇り”さえしっかと胸に抱いていれば、どんな不幸にも耐えられないということはありません。あなたはこれまでよく勉強をなさったではないですか。私はそれをみていました。天も見ていたに違いありません。」

なるほど、「矜持」、それは「自信」、「プライド」を意味しますが、何ごとにも、驕りとはならない、謙虚であることは大切ですが、いい意味で「自信」が無ければ、何ごとも前に進めることができないと思います。

555のコッペン(佐藤友哉氏)

今度は、ジョージワシントンが無類の犬好きであることを知りましたヨ。

ありがとうございました。

片恋(さだまさし氏)

月1度、NHKで放映されている、「今夜も生で さだまさし」を観ていますが、作家としての、さだまさし氏を知ることができました。

ありがとうございました。

実際に起きた事件を物語の背景に取り上げられていました。

2001年(平成13年)68日に、大阪府池田市で起こった附属池田小学校無差別殺傷事件と、

2008年(平成20年)68日に、東京都、神田の秋葉原で起こった「秋葉原無差別殺傷事件」。

絶対にあってはならない事件。

被害者のこと、被害者の気持ちを伝えていくことで、もう2度と起きないでほしいと、訴えられているように思いました。

主人公の男まさりの?ジャーナリスト石橋南の言葉。

最近の男はとにかく使えない、働かない。

近頃の男ったら、気は小さい。そのくせ目立ちたがる。すぐに手を抜く。何でも評価されたがる。

プライドだけは高い。

それでいて霞でも喰うような根拠のない自信を自分のプライドのつっかい棒にしている。

上手なのは言い訳と女を口説くことだけ。

いまの日本は男が駄目なんだよ。

日本の男は終わった。だから、馬鹿馬鹿しくて結婚もしない。

さだまさしさんらしい、男たちへの“激”なように思いますが、

自分を含め世の男たちは精進せねばなりませんネ~。

「ケビン・カーター・シンドローム」という言葉、初めて知りました。

「報道か、人命か」、それは常に報道を牽制することになるようです。

また、大きな圧力が加われば、重大ニュースといえどもお蔵入りする事がある。

人間同士の力関係の上に成り立つ世界では仕方がないことなのだ。

誰だって「圧力」には弱い、とも書かれていました。

これは、「報道」ではあってはならないこと、と思います。

第2次世界大戦が起きた原因の一つに、「報道」による“誤り”がありました。

それでも、縦社会が中心の日本で、生きてくると、難しいときがあることも理解できます。

この点、影響力をもつ人間は、人として誰からも尊敬できる人である必要があるのだと思います。

最後に、「ゴールよりももっと遠く」(近藤史恵氏)

ここでの主人公は、自転車ロードレース選手の赤城、35歳。現役選手としては、晩年を迎えている。

「生きること」、「もがきながらも生き続けること」の大切さを伝えてくれる、とてもいい物語でした。

これは、「サクリファイス」へと続く、その直前の物語のようです。

読みたくなりますね、「サクリファイス」を。

サクリファイスsacrifice、「犠牲」。

自転車ロードレースはチームスポーツといわれながら、勝者として表彰台に登れるのは1人だけになるそうです。

ラグビーでも、よく One for all, all for oneがあります。

それでも、レギュラーであれば、勝てば全員表彰台にあがれます。

その中で、ラグビーでも、さらにレギュラーを支える、レギュラーではない人たちがいます。

それも含めて、One for all, all for one と言うそうですが、自転車ロードレースでは、勝っても一人だけの表彰台となるそうです。

厳しいですね。

では、「サクリファイス」へ行ってみます。

勉強は?

勉強もします!

今年は、午前ができませんでしたので、ダメと思っているうちに?発表は過ぎていました。

来年に向けて、勉強、仕事とがんばります!

今日の新聞には、「厚生年金基金の年金資産、運用先の投資顧問会社で資産消失」とありました。

大変なことです。

ほかの投資顧問会社など運用会社を含めて、厚生年金基金資産だけでなく、厚生年金資産を含めて心配です。

厚生年金で、少なくとも4.1%。厚生年金基金では、少なくとも4.1%超で運用ノルマがあったとして、みんながバフェットのような人達であれば、そのハイリターンの運用ノルマでも稼げるかもしれませんが、普通に考えると難しいと思いますよね。

ハイリスク・ハイリターン志向にならざるをえないのでは。

損失2000億円で済むのでしょうか・・・。

当事者の企業としては、たまったものではありませんが、年金資産全体の額から言えば、2000億円で済めば、まだよかったと思ってしまいます・・・。

もっと検査を拡げ、深めていくと・・・

これについても、正しい報道を望むと共に、年金について、一国民としても、考えていきたいと思います。

ではでは。

m(_ _)m

2012年2月19日 (日)

Story Seller 2を読んで

Story Seller 1に続けて、読ませていただきました。

気軽に、いろいろな物語を楽しむことができてよいですね。

Story Seller 1からは、

伊坂幸太郎氏、

近藤史恵氏、

有川 浩氏、

米澤穂信氏、

佐藤友哉氏、

本田孝好氏が続投されています。

また、近藤氏、佐藤氏のストーリーは「1」からの続きになっていました。

そして、Story Seller 2で、新たに、沢木耕太郎氏が加わっています。

Story Seller 1で、自分には合っていたナと思っていた、道尾秀介氏が居られないのが、少しざんねんでした。

Story Seller 2で、知り得たこと。

マリーとメアリー ポーカーフェイス 著者沢木耕太郎氏では、作家の吉行淳之介氏はモテ男であったということ。ウム、羨ましい!?

444のイッペン 佐藤友哉氏では、444匹の犬が、ほぼ一瞬(イッペン)で消えるミステリーでしたが、その中で、

・アドルフ・ヒトラーは無類の犬好きであったこと。

知りませんでした。自分自身も犬好きではありますが、ヒトラーは好きではありません。

この点は、どうも、ヒトラーは、人と対等な関係を築けないために、口答えをしない犬しか愛することができなかった、と言われているようですね。

・人間は、なぜ笑うのか。犬も猫も笑わないのに、なぜ人間だけが笑うのか?~人間は許すために笑うのだ、と。

よく、「笑うことは大切」、「幸せだから笑うんじゃなくて、笑うから幸せになれる」とも言われていますが、印象に残るフレーズでした。

まだ続きが読みたいな~、と思ったのは、リカーシブル―リブート 著者米澤穂信氏 でした。

それもそのはず?で、もともと長編であったものの一部を短編として出した、と米澤氏のブログにも書かれていました。 ↓コチラ

http://pandreamium.sblo.jp/article/28448487.html

実の両親を亡くしたハルカ(中学生)、後妻として来られた「ママ」、連れ子となる「ママ」の子どもで、ハルカの弟となるサトル(小学生)との衰退する田舎町での貧乏な三人の物語。でも、二人のやさしさが伝わってくるのが良かったです。

ここまで来たら、Story Seller 3までいきます。

ではでは。

m(_ _)m

おじさんの七回忌

本日、おじさんの七回忌がありました。2月ですので、寒さはありましたが、天気は青空、とてもいい一日でした。

七回忌ということは、亡くなられてから丸六年が過ぎたことになります。

久しぶりに親戚のみなと会うことができました。

会うたびに思うのは、大人は齢を重ねていきますが、それ程にはお変わりなく? でも、子供たちの成長の早さにはびっくりです。

少し大人びてきたり、少し赤ちゃんぽさが抜けてきたりと、

これからも、生きている間、大人はがんばって、次の世代の子供たちにとって少しでも良い社会を引き継ぐようにしないといけないですよね。

いまは、子供の教育費を稼ぐだけで、精一杯な状況ですが・・・・

ここで、おじさんの好きだったビートルズの一人、ジョン・レノンのイマジンを。

http://www.youtube.com/watch?v=TCBNF4_Zf9w

Imagine

Imagine there's no Heaven

It's easy if you try

No Hell below us

Above us only sky

Imagine all the people

Living for today...

天国はないって想像してごらん、その気になれば、たやすいことだよ。

ぼくらの足元には地獄なんて無いし、僕たちの上には ただ空があるだけ。

想像してごらん、(天国がないと思えば、いまをどうしなければ、ならないかが見えてくるかもしれないよ)、みんなが今日のために生きているって。

Imagine there's no countries

It isn't hard to do

国なんかない(国境がない)と想像してごらん

難しいことではないよ

Nothing to kill or die for

And no religion too

国や宗教のために殺し合ったり、死ぬこともなくなるよ

Imagine all the people

Living life in peace

想像してごらん、みんなが平和の中で生きているって

You may say I'm a dreamer

But I'm not the only one

I hope someday you'll join us

And the world will be as one

君は、ぼくが夢追い人だと思っているだろう

でも、ぼくはひとりじゃない

いつか君たちも一緒になって、世界が一つになって欲しい

Imagine no possessions

財産なんていらないって想像してごらん

I wonder if you can

君にはできるかい

No need for greed or hunger

A brotherhood of man

Imagine all the people

Sharing all the world

欲張ったり、飢えたりする必要はない

誰もが兄弟なんだから

想像してごらん、みんなが世界のすべてを分かち合っていることを

You may say I'm a dreamer

君はぼくが夢追い人だというかもしれない

But I'm not the only one

I hope someday you'll join us

And the world will live as one

君は、ぼくが夢追い人だと思っているだろう

でも、ぼくはひとりじゃない

いつか君たちも一緒になって、世界が一つになって欲しい

ありがとうございました。

m(_ _)m

2012年2月14日 (火)

厚生年金基金の不思議 その2

これは基金についてというよりも、「平成21年財政検証結果レポート」における“長期の経済前提における運用利回り”についてとなります。

公的年金における積立金の運用は、厚生年金保険法等の規定により、長期的な観点から「安全」かつ「効率的」に行うこととされています。

この基本的な考え方に照らすと、

「安全」という観点からリスクを低く抑えるために、国内債券といったリスクの低い資産への投資が中心となる一方で、

「効率的」と言う観点から、国内外の債券や株式等を一定程度組み入れた分散投資を行っているところであり、一定のリスクのもとで、期待収益率を出来る限り高めることが求められています。

そこで、

(長期の運用利回り)=(将来の実質長期金利)+(分散投資効果)+(物価上昇率)で算出されます。

ちなみに、「国内債券の利回り」=(将来の実質長期金利)+(物価上昇率)となるそうです。

「平成21年財政検証結果レポート」における、長期の経済前提における運用利回りは、

(将来の実質長期金利):2.7%

(分散投資効果):0.4%

(物価上昇率):1.0%

よって、(長期の運用利回り)は合計して「4.1%」で想定されています。

財政検証では、(長期の運用利回り)1.5%(←これは妥当に思います)よりスタートして、年々上昇し、平成32年(2020年)以降、4.1%で推移する前提で、将来100年間の検証が行われています。

この設定について、

「年金は本当にもらえるのか?」の著者鈴木亘さんは、“想定が甘い”と言われています。

「いま、知らないと絶対損する年金50問50答」の著者太田啓之さんは、4.1%の内訳について、

実質賃金上昇率1.5%、物価上昇率1.0%、実質的な運用利回り(対賃金上昇率)1.6%の合計4.1%で捉えれば、概ね妥当と評価されています。

どうなのでしょうか?

また、単純和でよいのでしょうか。「実質」としているので、独立だから単純和でよいのでしょうか?

この利回りを利用して、代行保険料率/免除保険料率も算出しています。

年金財政が困難を極める中で、相対的に高めに思える利率を設定できれば、保険料は相対的に小さく算出され、年金財政的には楽になる要因となります。

「国内債券の利回り」=(将来の実質長期金利)+(物価上昇率)ということですが、

「国内債券の利回り」(40年の超長期国債)は、平成21年財政検証時で、2.4%。

その後、毎年0.1%ずつ下がり、平成24年現在は2.1%に至っております。

財政検証時の想定を逆進しているようです。

長期の経済前提は、現実的にはもっと厳しい状況として設定すべきでは?でも、そうすると、ちょっと?怖い検証結果になるのでは・・・( ̄Д ̄;;(汗)

次回財政検証を迎えるまで・・・・・否それでは遅すぎるのでしょう。

公的年金は、なんとかしなければならないでしょう。政治は混沌としておりますが・・・・・

m(_ _)m

2012年2月11日 (土)

(最初の短編時の)「アルジャーノンに花束を」(1959年) ダニエル・キイス著 を読んで

「アルジャーノンに花束を」、最初は短編で書かれており、それを1966年までに長編化をされていました。

その最初の短編が、ダニエル・キイス文庫「心の鏡」の中に収められていました。

短編となる分、骨子をしっかりと書くようにされているように思いました。

例えば、手術をする前から、「りこうになってもほんの“一時的”」と最初から言われています。

また、短編と長編のちがい

短編では、急激に天才となったチャーリー、そこに精神が追いつけないところで、知的障害のチャーリーが幻覚となって、あらわれてこないこと。

そして、天才となったチャーリーと知的障害のときのチャーリーの学校の教師キニアンとの恋がほとんど書かれていないこと。

ここは、「物語」として、しっかり描ける長編の良さかもしれませんね。

あと、チャーリーは短編では37歳、長編では32歳と、若返り!?をしていました。

また、以下の文は、短編、長編共通なのですが、短編の方が印象に残りました。

おそらく短編の場合、物語も必要ですが、骨子を印象付けることも求められるからかもしれませんね。

チャーリーと手術する前からの友人ファニーとの会話。

チャーリー:

「人間が賢くなって知識を得、自分の周りの世界を理解しようと思うのが、どうして悪いんだ!」

ファニー:

「イブが蛇の言葉に耳をかして、“知恵”の木の実をたべたときに、そもそも悪は始まったのよ。自分が裸であることに気がついたのがいけなかったんだわ。あの事がなければ、あたしたちは年をとって、病気になって、死んだりしなくてもよかったのに」

おれがかつて知り、愛した人たちと、おれとの間に、「知識」がくさびを打ち込んだのだ。

以前のみんなは、おれの無知と愚鈍さのために、おれを笑いおれを軽蔑した。いまは、おれの知識と理解のために、おれを憎んでいるのだ。いったいこのおれに、どうしろと言うのだ!

個人的には長編が好きかもしれません。

天才となって、キニアンを含めて周りのみんなと話が合わなくなっても、キニアンとの恋に純粋なチャーリーが物語として描かれているからでしょうか。

PS。コメント大歓迎ですが、直前にいただいていたコメントは消させていただきました。

本ブログに関するコメントでお願いしますネ。

最後に一曲!?

「笑顔は大切です」と言うことで、I’ve Never Been Short Of A Smile (笑顔を忘れたりしないんだよ(どんな時でも))。

http://www.youtube.com/watch?v=byUVXhvr_Cg

これは、GILBERT O`SULLIVAN(ギルバートオザリバン)の曲になります。

ギルバートオザリバンと言えば、Alone againがとても有名ですが、この曲も好きです。

ではでは。m(_ _)m

2012年2月 7日 (火)

厚生年金基金の不思議 その1

厚生年金基金制度は昭和4061日に成立し、同日付で公布され実現されている。

     厚生年金保険の報酬比例部分の給付に相当する部分と同等またはそれ以上の給付を行う年金制度を新しく設け、厚生年金保険の報酬比例部分給付に相当する部分については、その年金制度から支給する。

     調整の対象は厚生年金保険の報酬比例部分とする。

従って、定額給付部分については、従来どおり厚生年金保険の適用を受ける。

厚生年金基金制度では、厚生年金保険の老齢厚生年金の一部を代行する(代行部分)とともに独自の上乗せ部分を給付する制度となる。

ここで「代行保険料率」と「免除保険料(率)」というものがある。

平成8年4月より(それまでは男女別に全基金一律)基金ごとに免除保険料率は、各基金における「代行給付に必要な保険料率」を基準として、厚生労働大臣が決定することとなっており、この「代行給付に必要な保険料率」を「代行保険料率」と言う。

そこで、「免除保険料」とは、厚生年金の保険料のうち国に納付することを免除される保険料となる。

免除保険料率には範囲(上限、下限)があり、法改正により見直されている。

現在は、24‰~50‰となっている。(厚生年金保険料率164.12‰(H23)に対して)

これは、それぞれの基金ごとに代行部分の給付を賄うために必要な保険料率(代行保険料率)を基準として、免除保険料率がその基金の実態に合わせて個別に決定することとなったため。

ところで、報酬比例部分が小さく感じられるのは、自分だけなのでしょうか?

定額給付部分とは、その大半は老齢基礎年金(国民年金)のところと思うのですが、例えば、2011年の平均年収450万円で、厚生年金保険料が約月6万円(労使折半)くらい。配偶者が第3号被保険者であれば、保険料のうち約半額の約3万円が国民年金部分と想定出来ると思いますが、この場合、残る約半額(H23の厚生年金保険料率164.12‰の半分=82.06‰)が報酬比例部分と予想されます。

この場合で、免除保険料率の上限に到達してしまっています。

ここの年収層で家族がある場合は、共働きも少なくないと思っています。

そうなれば、報酬比例部分はさらに増えることになります。

そして、これ以上の年収層の場合、保険料実額が高くなるため、第3号被保険者のいる家庭、共働きの家庭、独身、どのケースであれ、報酬比例部分が増えることになると思います。

「年金は本当にもらえるのか? (鈴木 亘著)」においても、

「現在の厚生年金の約16%の保険料率は、基礎年金部分が約6%分、報酬比例部分が10%という内訳になっています。」、と書かれています。

免除保険料率の上限と報酬比例部分がアンバランス?不思議に思えています。

この時間に自分が家に居ることも不思議???

2012年2月 5日 (日)

「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス著 を読んで

今回のプロジェクトに“コンサルタント”として入られていた20代の方がいました。 (若い!)

コンサルタントになるのに、学校では何を専攻されていたの?と言う話からだったと思います。

「心理学」ということでした。

コンサルタントの専攻として「心理学」は珍しいのでは?と思い、「どうして心理学を専攻されたの?」と思わず聴いたところ、

高校時代に「アルジャーノンに花束を」を読んで感動し、心理学を専攻されたということでした。

著者ダニエル・キイス氏は心理学専攻。 物語の中でも、心理学部の教授としてニーマー先生が登場しています。

また、この物語自身も「心理学」を取り入れた内容だと思います。

物語は、知的障害のあるチャーリー・ゴードン32歳)が主人公。

そのチャーリーが、ビークマン大学の精神科で脳外科手術を受けて、完璧な天才になり、そして、また元に戻っていく。その間、僅か六ヶ月程度。

急に大人になった知能、さらに完璧な天才の知能となったチャーリーが、大人になれていない“精神”の方は追いついていけずに巻き起こるいろいろな出来事に焦り、悩み、葛藤することとなる「心」の物語だと思います。

また、どちらのチャーリーが幸せだったのか、とも投げかけてきます。

神に授かったままの元のチャーリーがよかったのか。それとも、誰も追いつけなくなる程の完璧な天才のチャーリーがよかったのかと。

以前も酒井穣氏のブログより引用をさせていただきましたが、

*****

人間は、反論の余地のない「完璧な人」に対しては、嫉妬や警戒心は抱いても、親しみを感じることはありません。

逆に、この社会では、周囲に多くの味方をつけられる「欠点だらけの凡人」が、完璧な人に勝ることがしばしば起こります。

他者が笑って許してくれる自分の「欠点」は、複雑な人間関係でできている社会を上手に生きていく「武器」になります。さらに一歩進めるなら、自分の「弱点や失敗」は(もちろん、その深刻さの度合いにもよりますが)積極的に他者の笑いに変えようとするメンタリティーを養うべきだと思います。

人に軽蔑されるのは嫌ですが、自分が人に笑われること、自分が人を笑わせることは、周囲を明るく元気にします。また、誰かが人を笑わせようとしているときは、その心意気を「ありがたいもの」としながら、積極的に楽しもうとする態度を示せることが「社交性」のエッセンスでしょう。

*****

はじめて読んだ時には、読み流していたのですが、物語に入る前の序文で、著者ダニエル・キースはプラトンの「国家」より、次の文章を引用されています。

『目の混乱には二通りあり、そして二つの原因から生じることを思い出すであろう。すなわち明るいところから暗いところへ入ったためにしょうじるか、または暗いところから明るいところへ入ったために生じるかである。

その人の魂がより明るい生活から暗い生活へ入り、それで暗さになれていないゆえに見えないのか、あるいは暗闇から白日のもとへ出たので、あまりの明るさのために目がくらんでいるのか・・・』

「暗いところ」、「明るいところ」は、「知的障害のあるチャーリー」、「手術を受けて完璧な天才となった時のチャーリー」なのでしょう。

チャーリーは知的障害の状態から完璧な天才になり、また元に戻っていく、その間、僅か六ヶ月程度と言う間での急激な変化において、目の混乱のような出来事がいろいろと起こったわけです。

普通の人間の場合も、「一生」の間を通じて、両方を経験することになるのかもしれませんね。

それは、“徐々に”であるために、目の混乱のようなことまでは起こらない。

けれども、中高年になると、若い時のようなわけにはいかなくなる部分が生じてくる。

それでも、その年代年代に応じた役割をしていくこと、そして、明るさと社交性を持って前向きに生きていくことが必要なのだと思います。

「アルジャーノンに花束を」、不思議な魅力のある本だと思います。

すごく好きです。

自分は英語力をつけたかったため? ペーパーバックも持っていますヨ。

今回は再読でしたが、前に読んだ時よりも、少し理解を深められたように思います。日本語版で・・・

ありがとうございました。

さてと、勉強もしないと・・・( ̄Д ̄;;  (汗)

2012年2月 3日 (金)

「君たちに明日はない」 垣根涼介著 を読んで

2月に入りました。

業務が変わる中、荷物の整理などができたところで、本日はお休みをいただきました。

少しリフレッシュ?をさせていただき、メリハリをつけて、「次へ」と思います。

久しぶりのお休み、どこへ出かけたと言えば、ア会の図書室へ出かけてみました。

今、どんな本が揃っているのかな、とくに「年金」について、どのような本が参考になるのかな~、と思いましたが、なかなか自分には見極められませんでした・・・ざんねん。

そこで、帰り道のブックオフで買ったのが「君たちに明日はない」でした。

以前、NHKで坂口憲二主演、恋人役に田中美佐子さん、昔の恋人役に麻生祐未さんのドラマでも放映されたときに、何回か観ていて興味がありました。

物語は、人事部に代わって、退職勧告をするリストラ業務請負会社『日本ヒューマンリアクト(株)』に勤める村上真介が主人公となり、次から次へとリストラをするわけですが、リストラされる人達に必要な一歩を踏み出す勇気を与える物語なのだと思いました。

一気に読めました。 (自分に重ね合わせてか??)

リストラされる人は、いまの自分と同世代か、それ以下の人達でした・・・

企業の合併では、三友銀行と安井銀行との合併によるリストラの話もありました。

生命保険会社の合併はまだ続くのでしょうか?

ア会の図書室には、「生命保険昭和史」という本がありました。

大正から昭和初期(太平洋戦争前)において、生命保険業界は破綻と合併を繰り返していたようです。いまに似ているように思いました。

一点、ちがうところ。それは、当時の生命保険業界はそれでも保有契約を伸ばしていたということです。

いまは、生命保険業界の保有契約が年々減少しています。さらによくない状況なのではないでしょうか。

本の中で、気になった言葉として。

人間というのは、もし自分が不本意な状況にはまり、そしてその現状が長くつづきすぎると、ついには性根まで腐ってしまうものなのだろうか。

自分を大事に思えない人が、自分の目に見えている周囲の世界を大切にするとは思えない。

やりたい仕事をやっているのなら、ある程度は我慢ができると思う。たとえ出世できなくても、きつい労働条件に置かれても、自分自身で納得できる部分はある。自分のやっていることに誇りみたいなものを持つことは出来るんじゃないかな。

バイクの話もありました。

主人公村上が学生時代から大学卒業後数年間、プロのライダーを目指したのですが、なることができずに「挫折」したことの話でしたが、自分もバイクの免許を取ったことがあり、バイクを乗ることの感動には共感できました。

物語の最初に、次の言葉が書かれています。

「明日への鐘は、その階段を登る者が、鳴らすことができる。」

ありがとうございました。

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