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2012年5月 6日 (日)

或る「小倉日記」伝 松本清張著 を読んで

松本清張氏の本は、歴史を知る上で、恐縮ですが“拾い読み”をさせていただくまでで、文体が重いこともあり、通しで読んだことがありませんでした。

今回、或る「小倉日記」伝 を読ませていただきました。

やっぱり重厚な文体ではあるのですが、短編であったこともあり、読みとおすことができました。

ありがとうございました!

これは、昭和27年に発表され、第28回芥川賞を受賞された著者の出世作でもあります。北九州、小倉の出身である著者が、作家(夏目漱石と並ぶ文豪と言われている)であり、医者(当時、軍医のトップにまでなられている)でもあった「森鴎外」について、実在の人物である田上耕作氏を通じて、小倉に赴任をしていた時代の「森鴎外」を調べていく、史実に基づく小説となります。

「森鴎外」の著書は、個人的には、ほとんど読んだことがありません。

なぜか?

「舞姫」、「ヰタ・セクスアリス(ラテン語で性欲的生活)」は、あまりよい印象がありませんでした。

※晩年の作品、「阿部一族」など素晴らしいと賞される方は多いようです。松岡正剛さんもその一人と思います。

あと、

日本は、日清戦争および日露戦争で、陸軍では、脚気による病死者を多数出しています。その時の陸軍の軍医としてNo2の立場におられたのが「森鴎外」です。

「ビタミン」というものが認識されていない時代ではありましたが、麦飯を食していた海軍、それに対して白米を食していた陸軍、歴然とした差で陸軍では、ビタミン不足から脚気による病死者を多数出しています。

Wikipediaでも次のことが書かれています】

脚気惨害をめぐる議論、陸軍の脚気惨害をめぐって、鷗外の責任に関しての議論はたえない。そのうち鷗外への批判として、(副食物が貧弱な)米食を麦食に変えると脚気が激減する現象が多く見られたにもかかわらず、麦食を排除しつづけた姿勢について激しい非難がある。実際に日露戦争で陸軍兵士の3万人近くが脚気で苦しみ戦死でなく病死した事実、同じ時期に海軍兵士の脚気患者がほぼ皆無であったにも拘らず海軍の食事を取り入れずに通達や要望などを握りつぶしたことが近年ようやく明らかになり、著名な小説家としての名誉もかなり低くなっている。

※ちなみに、日清戦争、日露戦争共において、生命保険会社は死亡保険金の支払を行っています。

或る「小倉日記」伝は、最初の日清戦争後、「森鴎外」が、一時(3年間)、小倉に左遷をされていて、その間の「森鴎外」の記録が失われていた昭和15年という時代を舞台に、小倉における「森鴎外」を調査しようとした内容です。

そこで、陸軍軍医としての「森鴎外」についての「何か」を書こうとされているのかな、と思ったりもしたのですが、そういう内容ではありませんでした。

ただし、或る「小倉日記」伝の中で、「森鴎外」という人物を記載したところがあります。

『公私の別は非常にやかましかった。いったん軍服同士のつきあいとなると厳格でした。一度私が親戚のもので薬剤官をしている者が遊びにきたので心安だてに先生のところへ連れて行ったのです。その男、そのとき、大尉か何かの軍服でいったのですが、いやもう、大変な扱い、見ていてかわいそうなくらいでした。

軍服を着て小倉駅に人を迎えにでておられたときなど、汽車の着くまでプラットホームに椅子を出させて腰をかけ、傲然とでもいいたげに控えていて、答礼もロクにはしませんでした。

先生はまた時間にやかましい人でな、会合などでも遅れてきた者は絶対に、どんな有力者でも部屋には入れなかった。』

相当、上下関係に厳しい方であり、こういう方は、自分に相当な自信もある方と思いますので、周りの人の言うことは聴かないでしょう。麦飯の効用について理解しようとせず、白飯を強行して用いたことは想像ができるかもしれませんね。

それでも、松本清張氏は、晩年に遺作となった「両像 森鴎外」を遺されています。松本清張氏が、これほど貪欲に「森鴎外」について、研究をされた理由はよく分かりません。

もしかしたら、夏目漱石と並ぶ文豪と呼ばれ、さらに医者としても軍医としてトップにまでなられ、さらにさらに語学も堪能で、20代の若い頃より才能を開花させた「森鴎外」に対して、44歳で芥川賞を受賞するまでは、下積み生活が長かったように思える松本清張にとっては“憧れ”があったのかもしれませんね。

また、或る「小倉日記」伝 が書かれた前年の昭和26年に、「森鴎外」の空白となっていた小倉時代の日記が発見されます。それが、「森鴎外」の小倉時代の調査を結実させることなく亡くなった実在の田上耕作氏を主人公として、そこに松本清張自身を映して書きたかったのかもしれません。

或る「小倉日記」伝は、ほか複数の短編を含む短編集となっています。どれも、人の心の見えにくいところを含めて映しだそうとしている内容となっていました。

読んでみて、よかったでした!

ではでは、また。

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