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2012年6月

2012年6月30日 (土)

4匹のおっさん!?

この4月から長男、長女が同じ大学の大学生となった3匹のおっさんに加えて、その大学のOBであられますM先輩を加えました4匹のおっさんで、近況報告会(単なる飲み会ともいうかもしれません)を開催。

 

大学生達は大学生活早3ヶ月、過ごし方が、男子と女子では異なるようです。

大学受験の開放感からか?男共は遊び呆けて、家にもなかなか寄りつかない始末、さすがに勉強はせずとも、アルバイトには精を出さざるを得なくなっているようです。一方で、女子は流石です。今からダブルスクールと資格取得に向けて勉強を始められているとのことでした。素晴らしい!

 

その大学OBM先輩からは「さすがに成績がよくないと、就職は大変だぞ!」と教えられて、うちの長男に言い聞かせましたが、どうでしょうか!?

まあしばらくはこんな調子でしょうかね。

 

今まで、なかなかこのような時間を得られずにいましたが、なんとか今は得られるようになって嬉しく感じます。一方で、いつまた保険業本業とは異なるプロジェクトなどで業務多忙な日々が来たら、と不安になったりもしますが、まあ、会社もあてにしていないと思いますので、大丈夫かな?でも、そうなってくると、窓際へと進んじゃうかな?まだまだ教育費もかかるしナ~、「悩み」は尽きませんね。「悩む力」ですね!

 

でも、いまは、この時間を大切にして、今までなかなか会えずにいた人とお会いしたいと思っています。( ̄▽ ̄)

 

今朝は少々したたかに飲み過ぎて、辛かった~、起きることができませんでした。花金でよかった。

 (^-^;

2012年6月27日 (水)

「職業としての学問」 著者 マックス・ウェーバー を読んで

最初に、社会学者のマックス・ウェーバー氏(1864-1920)氏の代表作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』について、これは1904年から翌年にかけて発表されたものとなります。

「悩む力」より、 

要点を言うと、修道院の中での修道士の禁欲的な生活のように、プロテスタント信者が私利私欲を離れて、規則正しく、一切の無駄無く、働く意味の詮索さえ忘れて社会の中で黙々と勤労に励み、結果として富が蓄積されても、それを享受するのではなく、ひたすら営利に再投資することで、ますます富が蓄積され、「(近代)資本主義」の大きな発展に寄与した、というものとのことです。

 

資本主義、とりわけ合理主義に基づく「近代資本主義」が、特に宗教改革後のプロテスタンティズムの盛んだった地域において特に発展しているという事実を重視し、これらプロテスタンティズム的教えと資本主義がいかに関連しているのかを考察された書物とのことです。

 

しかし、その後のウェーバー氏によれば、この「近代資本主義」を形成した宗教的意識は現代において枯渇してしまった、と言われています。

 

人間は今や、自らが作り出した合理的な仕組みの前に圧倒されるようになってしまった。営利活動は“宗教的・倫理的意味”を失い、職業の精神的意味はもはや問われることも無くなってしまった。「近代資本主義」が、今や人間にとって「鉄の檻」、「機械的化石」のようになってしまった。

「精神のない専門人」、「心情のない享楽人」の時代が到来することを示唆するところに、ウェーバーの現状に対する深刻な認識が見られる。

具体的には官僚制の浸透と読み替えられる。これこそ、「鉄の檻」にほかならない。

※「経済学をつくった巨人たち」(日経ビジネス文庫)より

 

そして、「職業としての学問」へ。

これは、19191月にミュンヘンで、主に学生(青年)達に向けて行われた講演の内容となります。

 

ドイツでは、第一次世界大戦の敗戦から、ナチスが台頭してくる頃ですね。

 

人々の心が大戦後の動揺へと既存の秩序に対する疑惑に満ちていたその当時、感受性に富む青年達の心は日々の仕事を捨てて先走りした。かれらは現実のかわりに「理想」を、事実の代わりに「世界観」を、認識のかわりに「体験」を、専門家のかわりに「全人」を、教師のかわりに「指導者」を欲した。

そこで、ウェーバー氏は、その青年達にむかって「日々の仕事に帰れ」と叱咤した、といわれるのが「職業としての学問」であると言われています。

 

ナチスのようなところの台頭を求めるような状況もあったようです。

 

そこで、ウェーバー氏は青年達に対して、浮足立つことなく、日々の仕事を大切にして、一生懸命精進せよ、と言われているように思いました。

 

それでも、ウェーバー氏逝去後、ナチスの台頭が進んでいきます。とても残念です。

 

なかなか、十分な読み込みが難しいところですが、ここまでとさせていただきます。

 

失礼いたしました。

 m(_ _)m

2012年6月24日 (日)

「夢十夜」 著者 夏目漱石 を読んで

「悩む力」では、姜さんが「夢十夜」の第一夜と第七夜について触れられていました。

そして、成田さんもご自身のHP「成川淳の文書集へようこそ!」で、成田さん“お薦めの書”とされています。

 

成川さんは、「夢十夜」について、中には意図の汲み取りづらい話もある、としながらも、「何かを断片的かつ象徴的に表現した特異な作品であるからこそ、この作品には夏目漱石の陰の本質が潜んでいるようにも思える。そして、この陰が私を惹きつけている。」と言われています。

 

自分にも意図の汲み取れないところがありましたが、凡庸な自分には、それ以上の理解が難しく感じられました。

 

その中で「第七夜」は、姜さん、成田さん、双方のご説明もあり、「なるほどナ」、と思うことができました。

 

夏目漱石の時代といまの現代とが、同じような世相である中で、巨大な船(その時代)に乗せられて、日の沈む西に向かっていく。「西」というのは、決して明るいとは言えない時代に向かっていくことのようです。

巨大な船に乗せられたまま、“その時代”に流されるままではいやである。さりとて、その巨大な船の上で、何をすればよいのか、どうすればよいのか、何ができるのかを悩み苦しむ。

 

それでも、悩み、もがいていくしかないのでしょう、と思いました。

 

「夢十夜」、短編とはいえ難しいなと思える本でしたが、、今でも、新潮文庫、岩波文庫、集英社文庫から出されております(スゴイ)。多少文語調でも問題が無ければ、青空文庫でも読むことができます。

 

<http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html>

 

この後に、マックス・ウェーバーの本を読み始めたのですが、これもまた難しい。

ちょっと切り替えた方がよいかも?(汗)

 m(_ _)m

 

歯医者さん

正直、小さい頃より、「歯」に自信がありません。

もちろん「歯」だけではありませんが・・・( ̄Д ̄;;

小さい頃より、甘いものに目が無く、虫歯が絶えませんでした。

 

そこで、自業自得ではあるのですが、歯医者さんは苦手です。

 

今回は検診で、実は1ヶ月後に予約をしていたのですが、キャンセルが出たから「明日来るように!」と金曜日の夜に本人の意志関係なく帰宅前に連絡が残されていました。

“前日の夜”に連絡してきましたか。( ̄Д ̄;; 

はい、わかりました。行かせていただきます。( ̄Д ̄;;

苦手であっても、行くときには行かないとですよね。

そこで、週末は、自宅でア勉強会をがんばってみます!?

m(_ _)m

 

2012年6月21日 (木)

「悩む力」 著者 姜 尚中 を読んで

アマゾンの書評では賛否両論のようですが、自分としては、読めてよかったでした。

 

目次は、

序章「いまを生きる」悩み

第一章 「私」とは何者か

第二章 世の中すべて「金」なのか

第三章 「知ってるつもり」じゃないか

第四章 「青春」は美しいか

第五章 「信じる者」は救われるか

第六章 何のために「働く」のか

第七章 「変わらぬ愛」はあるか

第八章 なぜ死んではいけないか

終章 老いて「最強」たれ

 

本書は、文豪夏目漱石、ドイツの社会学者マックス・ウエーバーを多く例にあげて語られており、また、生と死のことでは、精神医学者のV.E.フランクルも登場してきます!

V.E.フランクル氏は、好きで自分のブログネームに、大変申し訳ないのですが、使わせていただいております。

本書より、とくに印象に残ったこと

*****

漱石(1867-1916)やウエーバー(1864-1920)が生きたのは19世紀末から20世紀にかけてであり、われわれは20世紀末から21世紀にかけてを生きています。つまり、100年の開きを挟んだ「2つの世紀末」ということになりますが、私がいまあらためて漱石とウエーバーに注目するのは、2つの世紀末がいろいろな意味で似通っているのではないかと思うからです。

 

たとえば、19世紀末、長期不況と内乱状態に見舞われていたヨーロッパ諸国は、事態の打開を求めて盛んに他国へ進出しました。そして日本も、右へ倣えで満州などへ出て行きました。いわゆる「帝国主義」です。

帝国主義はその後、第二次世界大戦によって“リセット”されましたが、いま世界を見渡すと、国境を越えた「グローバルマネー」が世界を縦横無尽に徘徊し、その暴走に歯止めがかからない状態が続いています。世の中を見まわしてみれば、ニートやフリーター、非正規雇用の人々があふれ、深刻な社会問題になっています。機能不全の社会となり、多くの人々が打ち捨てられようとしているのです。100年前の日本でも「神経衰弱」と言う名の心の病が社会問題となりました。漱石の小説によく登場するのですが、それに類似したものを感じます。

 

現代、既にできあがってしまっている時代の中で生まれた者には、世の中の矛盾ばかりが目につき、それを創った世代に対して不満を感じます。そして、「頑張っても何も変わらないさ」的に、どこか虚無的になりがちです。これを「末流意識」(逆に、戦後から高度経済成長を活きた人達や、明治新国家誕生にかかわった人達を「創始者意識」といいます)とでも呼ぶことができるでしょう。

漱石もまた、明治新国家の誕生にかかわった当事者ではなく、その後の時代を生きた人間でした。だから、漱石は「末流意識」を持って時代の中を生きる人々を描いた、と言うことができると思います。

漱石の小説の主人公を見ると、共通しているのは、みな時代に対してなにがしかの不満を持ち、不満を持ちながら、どこかあきらめているということです。そして、彼らはみな、世の中で幅を利かせている資本主義というものに疑問の眼を向けながら、同時にどこか達観したところがあります。つまり、「金次第の世の中というのは汚いものだ、いやなものだ」と思いながら、同時に「そう言っても、時代の趨勢であり、やむをえない」とも思っているわけです。

『三四郎』の中には、『それから』の代助のようにニヒルに時代を批評する人物はいませんが、多かれ少なかれ、それと同じような思いを抱いた人々が登場します。すなわち、

「時代は不幸な方向に向かっている。その流れを変えることは出来ない。自分も所詮はこの中で生きていくしかない。そうは言っても、どうしたらいいのかわからない」といった思いです。私は、漱石文学の登場人物の中に、不満と不安のようなものを抱えて、何か非常に「さまよっている」イメージを感じるのです。

ウエーバーが『それから』の代助を地で行ったような人だったこともあるでしょうが、ウエーバーの本を読み込んでいくうちに、生きづらい世界の中で人間はどう生きていくのかを、ウエーバーがもがきながら必死に問いかけているのが伝わってきました。私は彼の知への渇望のようなものに共感したのです。

ウエーバーも漱石も、その青春時代の生きざまを見ると、答えの出ない問いに苦しみつづける「青白い苦悩」といったようなものを感じます。報われることは無いとうすうすわかっている青春を、多少の空しさとともに生き、それでもどうしても意味を問わずにはいられない欲求に揺り動かされていた。そのことに、当時の私は「私だけではない、この人たちもそうなのだ」と、励まされるような思いを抱いたのです。

私は青春のことから自分へ問いかけを続けてきて、「結局、解は見つからない」とわかりました。と言うより、「解は見つからないけれども、自分が行けるところまで行くしかないのだ」という解が見つかりました。そして、気が楽になりました。何が何だか分からなくても、行けるところまで行くしかない。今も相変わらずそう思っています。

*****

 

「悩む力」、“悩むこと”は大事なこと、と思います。

 

ところで、

日本の夏目漱石氏が逝去されたのは、1916年。ドイツのウエーバー氏が逝去されたのは、1920年。

お二人とも、その後も良くない方向に進み続けた「ドイツ」、「日本」共に悲惨な出来事、第二次世界大戦を前に逝去をされています。

姜氏は、この悲惨な出来事により“リセット”されたと言われています。

 

次は一体何なのでしょうか?

 

決して“リセット”ではなくて、一人一人が、悩み続けることで一つ一つ解いていくことが必要なのかな、と思いました。

 

失礼しました。

m(_ _)m

2012年6月17日 (日)

AIJ問題 その2 ~ 「厚生年金基金誕生から、そして今・・・」

厚生年金保険が昭和39年に第2回目の財政再計算を迎えるにあたり、社会保障審議会において厚生年金の給付内容の大幅な改善の検討が行われた。

事業主側からは、老後の保証という機能上の重複および負担の重複を理由に、厚生年金の大幅な給付改善の前提条件として、厚生年金と企業年金の調整を図ることで提案された。

この提案に対し、被保険者側は、社会保障の充実をさせるという観点から言えば、公的年金制度それ自体を充実拡充させるべきであり、また5人未満の事業所の強制適用等を考慮にいれると、これらの中小企業では、退職金制度すらもっていないので、調整措置といった関連を持つものは大企業だけにしか意味が無く、このような調整を行うことは厚生年金制度の後退であるとして反対の立場に立っていた。

このように「調整年金構想」については、意見の相違はあったものの厚生年金保険法の一部を改正する法律が昭和4061日に衆議院本会議にて成立し、交付された。同法により、当時としては画期的ともいえる給付改善(いわゆる1万円年金(月額))が実現することとなった。

そして、調整年金、どうして代行制度というものができたのか

昭和40年の厚生年金保険法の改正は給付改善を行うという改正でしたが、その際の保険料の引き上げに反対する事業主側が、国に納める保険料の一部に退職金原資を加えて、自主的に運用する仕組みを提案。

当時は「調整年金」というようなことが言われていましたが、これがそもそもの発端。この「調整年金」というのが現在の「厚生年金基金」という形で誕生して制度化をされたということです。

               

その結果、厚生年金基金は、昭和41年に発足。

制度発足当初より、5:3:3:2規制などの措置が講じられてきましたが、その後、経済界からの要望、日米構造協議におけるアメリカの要請、行政改革委員会、規制緩和小委員会いおける指摘、金融の自由化、規制緩和の流れなどを受けて、平成9、5:3:3:2規制が廃止され、各基金が自己責任の下で自主的に運用を行うことが原則となりました。

平成2年には投資顧問が基金の運用の委託先として参入。

資産運用規制の撤廃をしました平成9年に年金局長通達ということで、ガイドラインが示されている。

※「5332規制」とは、199712月に撤廃された年金資産の運用における資産配分規制のことです。安全性の高い資産5割以上、株式3割以下、外貨建て資産3割以下、不動産等2割以下の数字をとって「5332規制」といわれました。撤廃後はすべての基金で自己責任に基づく自由な資産配分が可能となりました。

そして今、厚生年金基金等の企業年金の現状 (平成22年度末時点)

現在加入者数

件数

資産残高

厚生年金基金

450

595基金

28兆円

確定給付企業年金

730

1万件

42兆円

確定拠出年金

500

3705

5.5兆円

合計

1700

◎上記595基金のうち、中小企業が集まって作る総合型が8を占めている

◎上記595基金のうち、最低責任準備金未達(代行割れ)が4213基金。さらに指定基金81基金

◎上記595基金のうち、上乗せ部分の予定利率は5.5%のままが9を占めている

全体として、こうした企業年金への加入者数は、10年前は約2000万人程度でしたが、直近では、1700万人ということで、概ね厚生年金被保険者の4割ぐらいが加入している状況です。

今回のAIJ問題を発端として、「厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する有識者会議」では、次の方向性が打ち出されています。これは時代の流れなのでしょうか?
*****

厚生年金基金制度の将来的な廃止”、“解散要件の緩和”、“中小企業への影響緩和”、“基金の合同運用及び合併”、“検査態勢の強化”、“情報開示”、“役員公募の徹底”、“受託者責任の強化”と、こういった方向性での中間報告、取りまとめをされるべく対応がなされてます。

残念ながら今回の事件で企業年金、特に厚生年金基金への信頼は非常に傷んだので、加入者・受給者の信頼を取り戻すためには、ガイドラインの修正とか、研修をしっかりやりましょうといった小手先の対応では不十分で、基金の実務体制の変更に踏み込んだ対策が必要ではと考えます。
*****

ではでは、また。m(_ _)m

2012年6月16日 (土)

AIJ問題について その1

以前、アク研HPの中で、今年はAIJがらみで大騒ぎしていますし、その辺もテーマとして、考えておくとよい、とアドバイスがございました。(例)「資産の評価方法」、「任意脱退」etc
ありがとうございます。o(_ _)oペコッ

まずは、ネット上の記事より、現状把握をしておきたいと思います。

*****

AIJ投資顧問株式会社(東京)は、顧客に対し、240%の運用利回りを確保していると説明してきたが、20121月下旬の証券取引等監視委員会の検査により、運用資産の大部分が消失していることが明らかとなった。

厚生労働省は、AIJ投資顧問に年金資産の運用を委託していた厚生年金基金などに対し、2011年度決算で委託額を全額損失として処理するよう通知していたことが46日分かった。

さらに、

厚生労働省は46日、AIJ投資顧問の年金消失問題を受け、企業年金の給付減額や厚生年金基金解散の要件を緩和する方向で検討に入った。辻泰弘副大臣が同日の記者会見で明らかにした。有識者会議を413日に発足させ、6月をめどに見直し案をまとめる。 

↓厚生労働省Hp内のコチラ

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000an1v.html#shingi16

*****

厚生労働省では、平成2431日現在、581基金にアンケート調査、558年金基金有効回答

資産規模では、全体の約6割が200億円未満。

その内、AIJ投資顧問に投資残高がある基金は84基金

年金基金数

資産残高

加入者・受給者総数

厚生年金基金

74基金

NA

NA

確定給付型企業年金

10基金

NA

NA

合計

84基金

2000億円

90万人

AIJ投資顧問は、「裸売り(空売り)」という損失を限定しないリスクの高い金融派生商品(デリバティブ)取引で運用を繰り返し、集めた年金資産の大半を失ったとのこと。これにより、

033月期に1億円未満だった損失額は、

043月期16億円

05年同34億円

06年同270億円

07年同40億円

08年同186億円

09年同37億円

10年同501億円

11年同7億円--と毎年億単位で計上。

AIJは厚生年金基金から受託をしていた約2000億円を、ずさんな運用の結果などで残ったのは、そのうち僅かに200億円程になったと言われています。ほとんど失われたことになります。 (「AIJ問題とは」でググる)

なぜ発見が遅れたのか?

会社ぐるみでグルになっていると、どうしようもないとか・・・・・

AIJの受託資産は信託銀行などを経由し英領ケイマン籍のファンドで運用されていたが、本来は独立して運用利回りなどを確認する管理会社や証券会社はAIJと一体化していた。これが問題発覚を遅らせたとされています。

この問題を一言でいう場合、「エージェンシー問題」とも言うらしいです。ググってみると、

*****

「ミクロ経済学」には契約理論と呼ばれる分類がある。これは、事前に決めた契約が、事後的に守られない状況において、どのような契約が最も効率的になるかを分析するものだ。
最も身近な例が賃金だ。従業員は業務に努力すると約束して入社するが、固定給にすると従業員が努力しない。そこで賞与を動員し、業績をあげた従業員に余分に給与を与える事で、従業員の努力水準を改善する。
平易に言えば、事後的に守らす強制力が無い契約を不完備契約と言う。依頼人(Princeple, 例では雇用主)と代理人(Agent, 例では従業員)の間の問題なので、経済学ではエージェンシー問題と呼ぶ。

*****

会計監査は機能しなかったのか?

会社法上、大会社である場合、会計監査人を設置して、監査を受ける必要があります(会社法328)

ここで、大会社とは、資本金として計上した額が五億円以上または、負債合計額が200億円以上の会社を意味します(会社法第2条第6)

ところが、AIJは、大会社ではないとのこと。

AIJは資本金が23千万円であり、5億円に届かず、負債も200億円に満たないため、会社法上の「大会社」に該当しません。

ということで、AIJは、会社法上、会計監査人の監査も受ける必要がない会社であるということになります。

ところで、被害にあった基金には、大阪の基金が一つもないといわれています。関西の年金基金では、ガイドライン(厚生年金基金の資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン)に基づき理事会での説明を要請されていたとのこと。

そこで、今のガイドラインはしっかりできているといわれています。

厚生労働省の「厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する有識者会議」の内容に基づき、引き続き勉強したいと思います。

ではでは。

m(_ _)m

2012年6月 9日 (土)

「山本五十六」 阿川弘之著 を読んで その2

アメリカでの山本五十六氏の評価として、次の記載がネット上にありました。

*****

戦時の米国での山本五十六観といえば、「パールハーバーへのだまし討ちの総責任者」として敵意に満ちたものだったという。

その後の評価として、連合艦隊の山本五十六司令長官だった。「例外的な天然のカリスマを有し、国と部下を愛した豪胆な人物」と褒めていた。だがその一方、山本長官をミッドウェー海戦での決定的な敗北の責任者とも評する。彼がギャンブルや恋愛を楽しみながらも、米国との戦争に反対し続けたことを英知として強調する。

*****

 

阿川さんの「山本五十六」を読むと、この評価に似ているな、と思いました。

 

真珠湾攻撃 1941年(昭和16年)128日。

 

本書では、その前の1011日に、海軍同期に宛てた手紙のことが書かれています。

 

*****

「大局より考慮すれば日米衝突は避けられるものなれば此れを避け、此の際隠忍自戒臥薪嘗胆すべきは勿論なるもそれには非常の勇気と力を要し、今日の事態にまで追い込まれたる日本が果たして左様に転機し得べきか申すも畏(かしこ)き事ながらただ残されたるは尊き聖断の一途のみと恐懼する次第に御座候」

山本は、陛下が終戦の時に示された非常の決断を、ひそかに期待していたように思われるのである。

******

 

それでも、山本氏が戦争をとめることまではできるわけもなく、真珠湾攻撃の日は訪れる・・・

 

この真珠湾攻撃は山本氏の作戦として成功するわけですが、宣戦布告が間に合っていないのでは、と言うことがありました。

この点を著者阿川氏も「事前にアメリカは知らなかった」と。

そして、山本五十六は「だまし討ち」と言われるのを終始気にし続けて死んだ自分を、少しお人よしだったと思って苦笑できる日は、今後も訪れて来ないだろう、と言われています。

 

また、第2次ハワイ攻撃発令(第1次では、米国の修理施設、燃料施設は攻撃されていなかったため)を山本がしりぞけているのも、これが原因の一つかもしれないと思えます。

それでも真珠湾攻撃は、第二次世界大戦の始まる前の昭和15年の4月頃から考えていたと言われています。頭の中には、昭和2年頃よりあったのでは、とも書かれています。

バルチック艦隊を対馬沖に迎えて全滅させた日本海海戦から考えたときには、日本の海軍の方から、ハワイまで出撃するというのは、とても考えられないことだったそうです。

 

しかもリハーサルまで、実施しています。

鹿児島湾一帯をパールハーバーに見立てて、連日の飛行訓練を実施されています。

 

それだけに十分な準備を行っていたのでしょう。

宣戦布告が間に合わなかったところを置いておけば、戦術としては成功なのだと思います。

 

では、次にミッドウエー(MI)作戦についてですが、これは失敗するわけです。

 

ところで、ミッドウェー島の位置ですが、

たくさんの日本人観光客が訪れるハワイ。その北西2,100kmにわたって、人の住むことのなかった小さな珊瑚礁の島々。

ミッドウェイ環礁は、そのほぼ北西の端、日付変更線近く北緯28°西経177°に位置する周囲30kmの小さな環礁です。環礁内にサンド島、イースタン島、スピット島があります。現在、人が常駐しているのは、サンド島のみです。

現地時間は、ハワイより1時間遅れ。日本時間-20時間、日本の深夜0時が前日の朝4時になります。

 

そこでの目的は、本書に次のように書かれています。

ミッドウエーからできれば再びハワイを突き、同時にアリューシャン列島(アメリカのアラスカ半島からロシアのカムチャツカ半島にかけて約1,930キロメートルにわたって延びる列島)の要地を攻略して、日本の海と空との防衛圏を東に2,000海里拡大し、アメリカの太平洋艦隊を洋上に誘い出して、撃破するという、案としては、これが一番雄大な案である。

 

欲がでてしまったのでしょうか・・・強欲は失敗の元ですよね。

 

また、当時においても

山本長官は、ミッドウエーを基地とする飛行哨戒(敵の襲撃を警戒して、軍艦や飛行機で見張りをすること。一定の区域を受け持って、敵襲の警戒、味方部隊の援護、潜水艦など敵艦船の探知・攻撃、情報の収集などを行う飛行)の効果の少ないことを、どの程度に理解されたのか。あの孤島での大きな消耗と補給難、これを続けるための多方面の航空兵力の減少とか、艦隊の作戦行動に及ぼす影響などを果たしてよくよく勘案されたものだろうか」と書かれています。

 

開戦以来、この時点で、山本は自分の眼で、未だ敵の艦隊も飛行機も見たことがなかったとあります。

 

それと、「この時機には山本自身、東郷と並ぶ日本海軍の英傑、作戦の“神様”になりかかっていた。山本の主張することなら、仕方ないし、多分間違いもないだろうという思いが、結局、軍令部作戦部を含む海軍全体を支配したように思われる。」とあります。

 

真珠湾攻撃のとき程に熟慮をしている時間は無かったと思います。

この時、山本五十六、58歳。

 

1941年(昭和16年)、57歳のとき、当時の食糧不足について、気づいていなかった。部下からの報告を受けて「一驚を喫した」と言われており、物資豊富な連合艦隊司令部にいては、感覚のずれが生じていたと書かれています。

 

神様と言われて、現場の声が聞こえないところにいってしまっていたのかもしれませんね。

寂しい気がします。

 

あの聖将東郷平八郎の晩年(80歳の頃となります)においては、

山本五十六や井上成美が一種の”反感”を持っていたのは、ワシントン軍縮会議以後東郷が、強硬派加藤寛治、末次信正に利用され、次第に強硬派と同じ言動を見せることが多くなっていたからである、とあります。

 

中高年の一人として、考えさせられます。

 

みんなで、がんばろ~(* ̄0 ̄)ノ

 

2012年6月 5日 (火)

予定利率見直しの可能性について その2

本日、6月の10年国債応募者利回りが 0.856%と出ましたね。

これで残り3ヶ月で、平均1.084%以上とならなければ、来年4月の予定利率改定となりますね。

状況を眺めてみると、

                            H21        H22        H23

                            2009      2010      2011

              10      1.257%  0.839%  0.995%

              11      1.441%  0.968%  1.025%

              12      1.246%  1.189%  1.085%

              1        1.339%  1.214%  0.965%

              2        1.348%  1.236%  0.963%

              3        1.329%  1.310%  0.973%

              4        1.397%  1.303%  1.007%

              5        1.321%  1.128%  0.863%

              6        1.283%  1.173%  0.856%

              7        1.116%  1.169%  1.084%

              8        1.060%  1.043%  1.084%

              9        1.049%  1.084%  1.084% 

と、あと3カ月が平均1.084%以上となれば、

3年間の平均は、1.134%となり、

この1.134%が「対象利率」となり、これを用いて以下のステップで「基準利率」を求めてみると、

0%を超え1.0%以下の部分の9                 0.900%

1.0%を超え2.0%以下の部分の7.5割          0.101%

2.0%を超え6.0%以下の部分の5割            0.000%

基準利率(①+②+③)                             1.001%

現在の予定利率1.5%との乖離                        0.499%

0.5%以上の乖離が無いということで、ぎりぎりセーフとなります。しかし、その可能性は極めて低いように思います。

まさか予定利率1%時代が来ることが予想できたでしょうか???

自分自身のポテンシャルも不安ですが(゚ー゚; 日本経済も大丈夫なのでしょうか??公的年金も大丈夫なのでしょうか??大袈裟でしょうか?

失礼しました。
m(_ _)m

                  

2012年6月 3日 (日)

平成23年度資格試験問題集を入手!

“自分の”書棚は、一つの本棚の“半分”の領土?なのですが、この資格試験問題集とテキスなどでほぼ一杯の状態。文庫本が入るところは少なく、溜まってくるとブックオフへという循環ですね。

それでも本は増えていきます・・・( ̄◆ ̄;)

さすがに資格試験問題集も昭和616263年については、ア会のHpからpdfで入手可能となっていますので、処分をするようにしました。

(「経営」部分はpdfが無いようなので、切り取って残しました・・・せこい!?・・・)

昨年も同じ時期に平成22年度のものを入手しております。

昨年は、現行の平成18年度3月改定のテキストに記載の無い問題が多いことに驚いておりましたが、この点、今年は、これまでいろいろと教えていただいた皆様のおかげで、分かってきております。

                                        

ありがとうございます!m(_ _)m

ところで、問題集のなかに次の記載(青字箇所)がありました。

厚生年金基金、とくに総合設立の基金の財政運営に対する所見を求める解答例の最後です。

総合設立の基金が、引き続き、中小企業を中心とした企業年金制度として、公的年金を補完する老後の所得保障としての役割を果たしていくためには、各基金においてこれまで以上の努力が求められるだけでなく、同時に法整備などの見直しも行っていく必要がある。

このような難しい局面において、アクチュアリーは年金数理の専門家として、基金の主体性を尊重しつつも、基金の財政運営について“これまで以上”に積極的に助言を行うことが求められており、各基金が財政健全化に向けて具体的改善措置を検討し、実際に具体的改善措置を実施していく中で重要な役割を果たしていく必要がある。

総合設立の基金だけでなく、「厚生年金基金」全般にも通じるし、「厚生年金保険」全般、「公的年金」全般にまで通じて言えることでは、と思いました。

厚生年金加入事業所数、加入者数は、厚生労働省の最新情報では下表の通りでした。

なんとか加入事業所数では減少回避している中、踏ん張り時のように思います。

雇用保険加入事業所数が200万件以上ある中で、厚生年金加入事業所数は約175万件、まだまだ適切に推進をしていく必要があるように思います。

さらに「代行割れ」という問題を抱えている「厚生年金基金」についても・・・

<厚生年金保険の適用状況の推移>

平成17年度165万件 3,302万人

平成18年度168万件 3,379万人

平成19年度172万件 3,457万人

平成20年度174万件 3,444万人

平成21年度175万件 3,425万人

その僅かでも貢献できるように精進していきたいと思いました。

(^-^;

2012年6月 2日 (土)

予想的中!?

アクチュアリーの試験問題ではありません・・・・・

「永遠のゼロ」(百田尚樹著)の映画化が決定されていたんですね!

映画の公式サイトはコチラ↓ サイトの充実はこれからのように思います。

http://www.eienno-zero.jp/

映画「テルマエ・ロマエ」を観たあと、次は「永遠のゼロ」、あるいは「3匹のおっさん」の映画化がないかな、と思いましたが、まずは「永遠のゼロ」が映画化実現!楽しみができました。

3匹のおっさん」は、もしかしたら一話完結型のテレビ化向きかもしれませんね・・・と素人が勝手なことを言っております。すいません。

(その時のブログ)

http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-8c00.html

「永遠のゼロ」への好きが高じて、オリジナルで予告篇を作られている方がいましたが、こちらは、キャスティングはちがっても出演者で“三浦春馬さん”を見事的中! すごいですね~

http://www.youtube.com/watch?v=zi5nO8JuoZQ

天国では「永遠のゼロ」を絶賛されていた児玉清さんも喜ばれているように思います。

「永遠のゼロ」を読んだときの感想はご参考まで。

http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-912d.html

次はアクチュアリー試験を予想的中したい!?

きちんとオールラウンドに勉強しないといけないですね。失礼しました。

m(_ _)m

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