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2012年9月 2日 (日)

『坐禅和讃』

坐禅、通算3回目!2度あることは3度あるということで。

(続けることがより大事だとは思いますが・・・)

 

坐禅の最後に『坐禅和讃』を唱えるのですが、意味が分かりませんでしたので、少し調べてみました。

 

とてもシンプルでわかりやすく、優しい内容と思いました。以下、ご参考まで。

 

『坐禅和讃』

衆生本来(しゅじょうほんらい)仏なり 私たちは本来仏なのである。

水と氷の如くにて それは水と氷の関係のようなもので

水を離れて氷なく 水がないと氷ができないように

衆生の外(ほか)に仏なし 私たち以外に仏はありえないのである。

衆生近きを知らずして ところが、私たちが仏であるにもかかわらず

遠く求むるはかなさよ 自分の外に仏があると思ってあちこち探しまわっている。

譬(たと)えば水の中に居て それは水の中にいて

渇(かつ)を叫ぶが如くなり のどが渇いたと叫んでいるようなものである。

長者の家の子となりて また、裕福な家の子に生まれたのに

貧里(ひんり)に迷うに異ならず 貧しい里をさまよい歩いているのと同じである。

六趣輪廻(ろくしゅりんね)の因縁は いつまでも迷いの世界から抜け出すことができないのは

己が愚痴の闇路なり 真実を知らぬからである。

闇路に闇路を踏みそえて 迷いに迷っていて

いつか生死(しょうじ)を離るべき いつ苦しみを離れることができようか。

それ摩訶衍(まかえん)の禅定(ぜんじょう)は 大乗の禅は

称嘆するに余りあり 私たちの大きな支えとなる。

布施や持戒の諸波羅蜜(しょはらみつ)⇒他人への施しや自分自身への戒め

念仏懺悔修行等(とう)⇒お念仏や懺悔(反省)、他力の信心、自力の修行など

その品多き諸善行(しょぜんぎょう)⇒数々の善行があるが

皆この中(うち)に帰するなり それらは皆「禅定」の中に包括されるのである。

一坐の功を成す人も ひととき、心を落ち着け坐った人は

積みし無量の罪ほろぶ 今までの迷いや不安は無くなり

悪趣(あくしゅ)いずくに有りぬべき 悪い出来事などどこにもありはしない。

浄土即ち遠からず 浄土は今ここにあるのである。

辱(かたじけ)なくも此の法(のり)を ありがたいことに、この法(おしえ)を

一たび耳に触るる時 一たび耳にしたとき

讃嘆随喜(さんたんずいき)する人は 讃え、喜び、信じ、受け入れる人は

福を得ること限りなし 必ず幸福を手に入れるであろう。

いわんや自ら回向(えこう)して ましてや自ら修行して

直に自性を証ずれば 本来の自分が分かれば

自性即ち無性にて 迷いや不安などはなく

すでに戯論(けろん)を離れたり それはもう、すでに煩悩から離れたのだ。

因果一如の門ひらけ 私たちは今、仏と一体となり

無二無三の道直し そこに、真実の道が真直ぐに通っている。

無相(むそう)の相(そう)を相として 無常の相を実相とし

往(ゆ)くも帰るも余所(よそ)ならず どこに行っても、こころの安らぎを見いだそう。

無念の念を念として 雑念を起こさなければ

謡うも舞うも法(のり)の声 謡うことや舞うことなども仏の法(おしえ)であり、仏の声である。

三昧無礙(ざんまいむげ)の空ひろく こだわりのない心は、大空のように自由に果てしなく広がり

四智円明(しちえんみょう)の月さえん 悟りとういう美しく清らかな月が輝く。

この時何をか求むべき この時何の求むべきものがあろう。

寂滅現前(じゃくめつげんぜん)するゆえに 迷いや不安がなくなり心の安らぎが得られた今

当処即ち蓮華国(れんげこく)⇒ここが浄土で

此の身即ち仏なり この身がそのまま仏なのである。

 

『坐禅和讃』は、白隠禅師によって作られたとのことですが、その白隠禅師(16851768)は、静岡県生まれ。のちに、「駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠」とも歌われたそうです。

白隠禅師は今から250年ほど前の、江戸中期の禅僧とのこと、当時、曹洞宗・黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ、臨済宗中興の祖と仰がれている高僧と言われているようです。釈迦、観音、達磨などの禅画をたしなみ、生涯、百姓や町人の中にあって平易な禅を説き続けました。

この和讃は「この身がそのまま仏である」ということを子どもが聞いても理解できるように作られたものだそうです。

ありがとうございました!

m(_ _)m

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