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2012年10月13日 (土)

芥川龍之介の「人生は一行のボオドレエルにも若かない」とはどういう意味か?

「人生は一行のボオドレエルにもしかない」

 

ボードレールはフランスの有名な詩人。

 

人生などというものは、ボードレールの書いた、たった一行の詩の価値もない、ということを言っているそうです。

 

『或阿呆の一生』の中に出てくる芥川龍之介の有名な警句(アフォリズム)

全編に不気味で、鬼気迫る雰囲気を漂わせる「名作」とのこと。

 

主人公が本屋の書棚にかけられた梯子の上から、本の間から覗かれる店員や客を見下ろしたとき、ふと、彼らが小さくみすぼらしく感じられたために発した警句。人生は、所詮、ボードレールの詩の一行(芸術の一片)にも及ばないという意味だそうです。

『或阿呆の一生』は、芥川が自殺する約一か月前に書かれた遺稿の一つであり、芥川の芸術至上主義的な厭世主義的な人生観が感じられるらしいです。

 

芥川は、人生の、そして時代の「漠然たる不安」にさいなまれ続け、昭和2年(1927年)、自殺。

『或阿呆の一生』は、その昭和2年(1927年)の芥川自殺後に見つかった文章で、自分の人生を書き残したといわれているそうです。

 

「人生は一行のボオドレエルにも若かない。」  この一行は、後の世の多くの若者に影響を与え続けた。良い意味でも、悪い意味でも、と・・・・・

 

~ 残念ながら、まだ読んだことはありませんが、どう思いますか?

 

イギリスの作家、サマセットモームも著書「人間の絆」の中で同様のことを言われています。

とてもよかった本ですが、その中で「人生は無意味である」と書かれています。

 

オーストリアの心理学者であり、作家のヴィクトール・E・フランクルは、まったく逆のことを言われています。「それども人生にイエスと言う」の中では、「人生には意味がある。生きる意味がある。」ということを明確に書かれていますね。

 

どちらも「真理」のように思いますが、心のもち方は後者が心身によいように思っています。

 

ではでは、また。m(_ _)m

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