「からだのままに」 (南木佳士著) を読んで
「阿弥陀堂だより」、「ダイヤモンドダスト」につづき、南木氏の3冊目の本となります。
いきなり「あとがき」(2006年冬に書かれています)より
医者になり、信州の田舎町に住み始めたのは25歳の春でした。他者の生と死に深くかかわらざるを得ない業の深い仕事に手をそめ、週末になると心身の疲労から扁桃腺を腫らして熱を出してばかりいた研修医は、その後、肺炎、パニック障害、うつ病、肺の手術を経て、55歳になり、まだ何とか生き延びている。
55年の頼りない足跡は、これまでの人生がまさに“からだ”が生き延びるためのものであったことを明確に教えてくれる。
それでも、岐路に立ったときくらいは主体的に判断したのではなかったか、とみずから問うてみても、問いそのものが空しく身内に響くだけだ。
夏の週末の夕方、家の軒下に坐り込んで広い夕空を眺めている時間が一番好きだが、ふと目を地面に向けると、ダンゴ虫が芝生の切れ端を乗り越えようとしている。触角で障害物の厚みを測りながら、うまく回り込んで薄いところを見つけ、なにげなく越えてゆく。55年の歩みとは結局こういうことだったのではないかとしみじみ納得してしまう。
この小さな本に収録したエッセイはここ3年間(52歳~55歳)に発表したもの。
毎日、家と勤務先の病院を自転車で往復し、休日にはプールに行くか山を歩くしかない初老男の周辺のことを書くほかないのだ。
♪そのなにげない日々のエッセイより、からだに書き留めておければと思います。
第100回芥川賞を受賞し、プロの作家として締め切りを決められた小説を書きながら、それまでどおりの医業をこなす暮らしに疲れ、それ以上に、死者を看取り続ける毎日に疲弊しきっていた。そして、38歳の秋にパニック障害を発病し、うつ病に移行していまに至っている。
焦燥感に駆られ、希死念慮(死にたいと思うこと)を追い払うのにすべてのエネルギーを使い果たし、かといって昼寝もできず、という状態が数年続いた。食べ物の味がしなくなっていて、空腹も覚えず、ただ生き延びるため、死なないためだけに、まさに砂のような味の味噌汁や飯を書きこんでいた日々。
いくらか体調が戻ってからも「時の薬」が必要であった。
やがて、“中島義道”や“大森荘蔵”の本に出合い、若い頃に読んで分かったつもりになっていた岩波文庫の古典を読み直し、何も分かっていなかったことに驚き、妙なすがすがしさすら覚え、よく考えてみたら、自分の“からだ”の動かし方さえよく分かっていなかったのではないかと思い至り、山を歩くようになった。
前半生で“からだ”をないがしろにし、頭だけで物事を解決できると思い上がってきたことに対する天罰なのだな、と素直に受け止め、なるべく(いまは)“からだ”を動かすべく努めるようになった。
ひどく心身を病んだりして変容を続けた「わたし」の骨格があらわになってきた気がする。
いまは「人がただ在ること」の奇妙な図太さに惹かれる。虚構を書いて生き延びられた現実を、“からだ”に感じるまま素直に表出している。
先日、三浦雄一郎さんのお話を聴きました。
今年の10月に80歳になられています。そして、またエベレスト登頂に挑戦をされるそうです。
三浦さんは、54歳のときに、世界七大陸最高峰全峰からの滑降をすべて成功させてから目標を失い、その後、不摂生をして“からだ”を壊されたそうですが、65歳からエベレスト登頂を目指す目標を見いだすことで、“からだ”をまた動かしはじめて、70歳、そして75歳と2度のエベレスト登頂を成功されています。
「あとがき」にある、児玉清さんのコメントです。
「こころのままに、ではなく、からだのままに、なんですね。」
本著の勘所をおさえているコメントとなります。
「心身一如」とも言いますが、からだが先に来て、こころが癒されることもあっていいと思いました。
m(_ _)m
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硬軟とりまぜた話題、いつも楽しく拝読しております。
南木佳士さん、色々紹介していただき、ありがとうございます。エッセイも読んでみたい気がします。
今日は、真山仁さんの禿鷹を図書館で予約してきました(^^♪
ところで、ちょっと個人年金のことで御相談があります。お時間があるときに、メールをいただければ幸いです。
投稿: 山陽のキキ | 2012年11月20日 (火) 14時44分
いつもコメントありがとうございます!
遅れましたが、メールもさせていただきました。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
投稿: Adler | 2012年11月23日 (金) 11時49分