「ふつうの医者たち」 (南木佳士著) を読んで
「阿弥陀堂だより」、「ダイヤモンドダスト」、「からだのままに」につづき、南木氏の4冊目の本となります。
これは、南木氏と同業となります医者の方々との対談集になります。
1997年の夏、お互いに都合のよい土曜日の午後に行われたとありました。
最初に、南木氏自身のことを紹介されています。以下はその内容となります。
平成元年(1989年)に芥川賞を受賞。
芥川賞の騒ぎは1年ばかり首をすくめている間に頭の上を通りすぎて行ってくれた。何とかなりそうに思えた。ふつうの医者でありながら芥川賞作家でもある至難の役を上手く演じきれそうだと、たかをくくりだした頃、平成2年(1990年)9月27日の朝、私は発病した。
いつものように8時に病棟に行き、重症患者さんの容態について夜勤の看護婦さんから報告を受け、病室に顔を出して外来に向かうべく廊下を歩いていたら急に胸苦しくなり、額に冷や汗がにじみ、ふらついて立っていられなくなった。すぐにナースセンター前にある読影室の当直用のベッドに横になった。しかし、動悸はおさまらず、呼吸は速くなり、視野が狭くなってきた。
このままでは死ぬか狂うかだとの強烈な不安感に襲われていた。自分がなにかとんでもない異界に落ち込んでしまったような、存在していることそのものへの不安とでも言えばいいのか、とにかく、発狂への恐怖は計り知れないものだった。
(中略)
ついに、芥川賞騒動のなかでも一日も休まなかった外来診療の休診を病棟から連絡してもらった。
家で一日中布団の中に入っていたのだが、焦燥感にあおられてまったく眠れず、寝返りばかりうっていた。
(中略)
夜もほとんど眠れなかった。そして、次第に、こんな苦しい日々が続くならいっそ死んだほうがましではないかと思いはじめた。
それまで私は自殺者を何人も見てきたが、彼らは単に意志が弱く、死の誘惑に負けた敗者なのだと勝手に内部処理をしていた。だが、うつ病の自殺念虜はそんな単純なものではなく、頭に浮かぶすべての思考が凸レンズで集められた光のように死に向かって焦点を結んでしまうのである。しかも、そんな自分から逃れようとすれば、己の存在を消してしまうしかないとの二重の罠にはまるのだ。
発病から3カ月、ここに至って私は精神科を受診し、うつ病と診断された。同時に、上司に頼んで末期肺癌患者さんを診る病棟勤務をはずしてもらった。
(中略)
周囲の理解に助けられて私は軽い勤務に回してもらったが、症状は抗うつ剤を飲んでも一進一退をくり返していた。
(中略)
発病から7年経ったいまも、私は末期肺癌患者さんを診る職場に復帰できていない。一人で電車にも乗れない。とことんだめな医者になってしまった。
それでも細々と己の癒しのために小説を書き、それによって癒される人たちの声に支えられて、明日死ぬかもしれないと毎日思いながらなんとか今日まで生きてきた。どうしようもない自分をありのままにさらけ出し、以前の元気な姿に戻ろうとあせらなくなった頃からいくらか症状も軽くなってきた。
(中略)
最近になってくだらない小説を読むと腹が立ったり、嫌いなやつを嫌い通せるくらいの元気は出てきたので、私は人と話がしたくなった。
そこで、前からじっくり話したいと思っていた人たちとの対談を思いついた。その相手になってもらうのは様々な分野で活躍している「ふつうの医者たち」である。
≪それから、5年後の2003年、「文庫版あとがき」より≫
5年前、いまにも死にそうなことばかり書いたり話したりしていましたが、恥ずかしげもなく生き残っています。しかも、この対談をやっていたころには考えることすら恐ろしかった「八ヶ岳登山」や「水泳」などにものめり込んでいます。(中略)
医者という業の深い仕事を続けてゆく自身を失いかけた病人のわたしが、ねえ、みなさんはどうしてこの仕事を続けてきた、あるいは続けていこうと思っているのですか、と素直に問いかけてみたかった、そういう対談集だったのだと5年後にようやく分かりました。
このときでなければできなかった本であることだけは確かです。
♪南木氏の作風の原点を知るために、南木氏自身のことを書き留めておきたいと思いました。
最後に、「ふつうの医者たち」とは、生きた人間相手であるがゆえに、さまざまな矛盾に満ちた「医学」、「医療」の分野で奇をてらわず(地に足をつけて、地道に、まじめに)、独善に陥らず、誠実に自分の仕事を為している医師たちのことを呼ばせていただいている、とのことでした。
そんな「ふつうの医者たち」の多いことに感謝!
m(_ _)m
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