『海と毒薬』 遠藤周作著 を読んで
今夏の「新潮文庫の100冊」の中で、タレントの眞鍋かをり氏が書かれていました。
(P28より)
今、戸をあけてはいってきた父親もやはり戦争中には人間の一人や二人は殺したのかもしれない。
【この一行を選んだ理由】
どきっとする。小説の序盤、何気ない日常の描写の中に、戦争という非日常を経験した人がふっと現れる。私たちの世代からすると砂ぼこり舞う異世界のような、でも今と地続きの日本。良心の呵責なく人が人を殺すとはどういうことなのか。そもそも良心とは何なのか。そして、私たち日本人の善悪というのはいったいどうやって出来あがっているのか。改めて考えてみたくなる作品です。
と言うことで、読んでみました。
この本でも、戦争は絶対にあってはならない事、その戦争によって生じた日本人の心の“歪み”による事件を語られているように思いました。
太平洋戦争末期に実際にあった“戦争医学”のために米軍捕虜の生体解剖という忌まわしい事件を小説化したものとなります。
具体的には、次のことが行われたそうです。
第一捕虜に対しては血液に生理的食塩水を注入し、その死亡までの極限可能量を調査す。
第二捕虜に対しては血管に空気を注入し、その死亡までの空気量を調査す。
第三捕虜に対しては肺を切除し、その死亡までの気管支断端の限界を調査す。
絶対にあってはならない事です。
そして、「解説」より、
日本人とはいかなる人間か、作家遠藤周作の念頭から絶えて離れることのない問いはこれである。
『海と毒薬』の主題は、つまりは『罪と罰』という問題である。日本人にとって、『罪と罰』とは、何を意味するのか?僕らの中には、世間や社会の罰しか知らぬ「不気味な心」がひそんでいるのではなかろうか?
日本人の弱み、欠陥を冷徹に見据えながら、これを救い上げる道はないかと遠藤氏は問いはじめたように思われる。ヨーロッパを、またキリスト教を基準として日本人を分析し裁くのではなく、日本人の宗教意識そのものを捉え直そうとしはじめた。その後の『沈黙』から『母なるもの』にいたる道ゆきは、明らかにその方向を示している。
遠藤周作氏はキリスト教信者でもあります。
小説の中には、昭和初期に活動し24歳で急逝した詩人、立原道造氏(1914-1939)の詩がでてきます。
生体解剖に助手として立ち会った医師の一人、勝呂が海を眺め、碧く光っている時に心に浮かぶ詩ということでした。
「雲の祭日」より
羊の雲の過ぎるとき
蒸気の雲が飛ぶ毎に
空よ、おまへの散らすのは
白い、しいろい綿の列
とても優しい感じのする詩だと思いました。
ネット上には次のことが書かれていました。
<羊の雲>がキリストの(神の仔羊)を意味し、<白い、しいろい綿の列>はミサ聖祭の聖体をあらわす無胞子パンを暗示しているそうです。勝呂のこの行為は、<祈り>であり、カトリック信者のミサに代わるものとなるそうです。無宗教な(日本)人であっても就眠儀礼を行うことがあるという心理学者の観察結果がある以上、信仰のない勝呂がこういう無意識的祭儀を行ったとしても、何の不思議もない。しかし、生体解剖のあと、この作の終わりで、勝呂が海を眺めたときに、この詩を口ずさむことが「できなかった」のは、この気弱い青年の奥に罪意識が発生したことを暗示している。遠藤周作氏はその意図に於いて文学の規矩を崩さず、罪意識の所在を暗示にとどめたのであった。
医師の勝呂は、本当はやさしい心の持ち主でありながら、忌まわしい「戦争」のために、心が狂わされ、してはいけなかったことに関わってしまった。
なにを言っても言い訳となってしまうのかもしれませんが、遠藤周作氏は日本人に対する“希望”も決して失ってはいないように思いました。
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コメント
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この小説の一番最後の「勝呂にはできなかった。できなかった…」の解釈をあれこれと考えていましたが、このブログでの解釈はストンと腑に落ちました
投稿: | 2019年12月12日 (木) 01時06分
コメント、ありがとうございます!
6年前のブログ、本の内容の詳細について記憶は薄れてきていますが、「戦争は絶対にあってはならないこと」を教えてくれた1冊と思っています!
ありがとうございました!
m(_ _)m
投稿: adler | 2019年12月14日 (土) 18時17分