「蒲公英草紙(常野物語)」 恩田 陸著 を読んで
前回の恩田氏の「光の帝国」に続く、常野物語第2弾。
前回の「光の帝国」の感想はコチラ。
http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-d038.html
「光の帝国」は、太平洋戦争時となりますが、この「蒲公英草紙」は日清戦争(1894-1895年)の頃、決して明るい時代とは言えないように思いますが、小学生であった峰子には、結果としてよい想い出のときだったようです。常野の人たちも出てきます。住んでいた村にまとまりがあり、愛があったからだと思います。その頃を1945年の終戦のときから回想する物語となります。
主人公は中島峰子。日清戦争時は12歳くらいですので、終戦時は62歳ほどと思われます。
峰子が孫のいるお祖母さんとして語られる“最後”に、次のことがありました。
力のない赤ん坊の泣き声が聞こえてきます。
下の娘が奥の部屋であやしているのですが、食べるものも無く、お乳もほとんど出ないのです。夫が戦死したと言う知らせを聞いて、娘はもう生きていく希望を無くしてしまっているのです。日に日にやせ衰え、子供を抱くのもままならないのですが、やはり弱っている私が慰めても、どうすることもできません。それに、私自身が娘を慰める言葉を失っていたのです。
日本はロシアと戦争をし、中国と戦争をし、アメリカと戦争をしたのです。長い長い戦争の日々でした。いつもどこかで誰かが誰かを殺していました。いっぺんにたくさんのひとが死ぬようになり、そのことにすら慣れてゆきました。
働き盛りの息子たちは、皆遠くの戦地へ送られました。上の息子がビルマで死に、下の息子は全く消息がつかめていません。
技術者だった夫は、大和に乗ったまま敵艦隊とまみえることなく海に沈みました。文字どおり、海の藻屑となったのです。
赤ん坊が泣いています。
数日前に、広島と長崎に立て続けに落とされた新型爆弾は、町を根こそぎ無くしてしまったそうです。市民のほとんどが死に絶え、毒がばらまかれて、今後の50年は草も生えないだろうと噂されていました。
今日、私は、そしてみんなも、初めて陛下のお声を聴きました。みんなじっと地面を見つめて、身動きもせずにそのお声を聴いたのです。
今でも新しい世紀、海の向こうの“にゅう・せんちゅりぃー”に胸を躍らせていた多くの人々を。私たちの国は、輝かしい未来に向かって漕ぎだしたはずだったのです。けれど、日本は負けました。夫も、息子も、孫の父親も死にました。残っているのは飢えた女子供ばかりです。これからも日本は続くのでしょうか。この国は明日も続いていくのでしょうか。これからは新しい、素晴らしい国になるのでしょうか。私たちが作っていくはずの国が本当にあるのでしょうか。
それだけの価値のある国なのかどうか・・・・
恩田氏は、この「蒲公英草紙」をちょうど100年後の2000年~2001年に連載、にゅう・せんちゅりぃーに書かれています。
物語は、「戦争」がありますので、ハッピーエンドとはなっておりません。
きっと恩田氏も「非戦」のお考えをお持ちの方で、それを伝えたいのではと思いました。
前回、「光の帝国」も昨年8月に読んでいますが、恩田氏の著書は8月に読みたくなるのでしょうか?
2013年、終戦の夏、8月を迎えて。
ご先祖供養にも行って参りました。すこし遅くなってごめんなさい。
m(_ _)m
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