« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

2014年5月31日 (土)

小津安二郎監督のニ作品をYou tubeで鑑賞!

太平洋戦争間近となる昭和12年の『淑女は何を忘れたか』と太平洋戦争直後の昭和22年の『長屋紳士録』になります。

“戦後”の作品は焼け野原となった東京にある長屋を舞台に戦災孤児をテーマに人間味豊かな人たちが繰り広げる物語。とてもよかったです。

一方、“戦前”の方は、昭和12年と言えば、すでに満州事変のあとであり、戦争の足音が聞こえてきそうな時期ですが、逆に軍需景気(すでに戦艦大和についは着工しており、翌年には第二号艦 戦艦武蔵も着工予定の時期。あの宮崎駿監督の「風立ちぬ」の時代、零戦(1940年(昭和15年)皇紀2600年に完成する) で経済は上向いていたからなのか、街は綺麗、舞台となる家も立派、毎週土曜日にはゴルフだそうです。そして、都会的な姪に振り回される大学教授の、とてもコミカルな物語でした。戦争の影は感じられませんでした。

また、ちょっとビックリしたのは、姪のせつ子を含めて、登場するすべての人がタバコを吸っているところ。そして、姪のせつ子演じる桑野通子さんは、抜群のスタイルで当時の流行ファッションを着こなし、とても綺麗だと思いました。ただし、終戦直後の194631歳の若さで亡くなられているそうです。ざんねんですね。

あと、映画の中、所々で、子どもたちがリズムに乗せて歌っています。

♪都合の悪いとっきゃしかたがないの、それでもあなたはトンがらがっちゃダメよ、ダメよ!

小津監督はその当時の日本の思い上がりを指摘されているような感じがしました。

 

『淑女は何を忘れたか』

S12(1937)年、戦前の作品になります。

出演:栗島すみ子、桑野通子、斎藤達雄、佐野周二、飯田蝶子、吉川満子、坂本武

※佐野周二さんは関口宏さんの父親ですネ。

娘盛りの姪せつ子(桑野通子)に振り回される大学教授(斎藤達雄)を主人公に、倦怠期の夫婦の戸惑いをコミカルに描く都会派コメディ。

http://www.youtube.com/watch?v=7wLPmGIHR-A

 

『長屋紳士録』

S22(1947)、戦後の作品になります。

出演:飯田蝶子、青木放屁、吉川満子、河村黎吉、坂本武、笠智衆

小津監督の戦後第一作。余儀なく戦災孤児を預かった女(飯田)と、同じ長屋に住む人々が紡ぐ珠玉の人情噺。劇中の「のぞきからくりの唄」は、実際の酒宴で笠が披露した小津のお気に入り。

http://www.youtube.com/watch?v=v4oQTpHKnns

 

こちらは、桑野通子さん、とても綺麗ですネ!
Kuwano_1

Img_0

Kawabe_3f

20090112

Iii0091

m(_ _)m

2014年5月25日 (日)

「プロジェクトマネジメント」と「プログラムマネジメント」

職場で、「プログラムマネジメント」を導入できないか、検討を始めました。

そこで、今回は「プログラムマネジメント」とは? を確認しておきたいと思います。

 

「プロジェクトマネジメント」との違い Wikipedia

 

ビジネスにおいて、「プログラム」は「プロジェクト」と以下の点で異なる。

 

「プロジェクト」は個別なもので固有の期間を持つ。「プログラム」は持続的であり、一定の成果を継続的に達成するために実施される。

 

「プログラムマネジメント」はビジネスプログラムの管理活動を含み、段階的にプログラムの効率レベルを高めるためのプロジェクト群の管理を含むこともある。複数のプロジェクトの管理としての「プログラムマネジメント」の一般的定義は、「プロジェクトマネジメント」の原則に対して“近視眼的”と考えられる。

必要とされる結果を達成するため、ビジネスプログラムは通常、関連するビジネス制約を理解し、割り当てられたリソースに基づいて結果を達成するのに必要なプロセスを決定する。プロセスの改善はプロジェクトとプログラムの大きな違いとなる継続的操作である。

プロジェクトマネージャは個々のプロジェクトを調整する。そしてプロジェクトマネージャを監督するのはプログラムマネージャとなり、プログラムマネージャはスポンサー(または取締役会)に対して責任を負う。

 

IT情報マネジメント編集部より

大規模で複合的な問題に取り組むに当たり、活動全体を複数プロジェクトの結合体ととらえ、そこに含まれる各プロジェクトの連携・調整・相互作用を通じて状況変化に対応し、戦略的目標の達成を図るマネジメント手法のこと。

 

 従来のプロジェクトマネジメントは、特定の具体的なゴール(要求)を所与の制約条件(資源・コスト・スケジュール)の下で達成・解決することを目指す活動であった。これを実現するために綿密なスケジュールを立案し、進ちょくに応じてそれを見直すという手法を取る。

それに対して、より大きなミッション――例えば「企業風土の改革」「新産業の創出」「発展途上国の開発援助」というような課題に取り組む場合、やってみなければ分からない面が多く、個別具体的な計画を事前に立てることが難しい。実際には、実行時に状況に応じて機敏に手段や対策を変更・中止・追加することが求められる。

 こうしたとき、具体的な実施活動であるプロジェクトの上位に、それを統合的に扱う概念としてプログラムを置き、複数のプロジェクトを集約して運用(計画・整合・監視・調整・選択・変更・中止)する方法が有効である。これをプログラムマネジメントという。

 

 いち早くプログラムの概念を取り入れた標準に、日本生まれのP2Mproject & program management for enterprise innovation / プロジェクト&プログラムマネジメント知識体系)がある。P2Mでは、プログラムを「全体使命を実現する複数のプロジェクトが有機的に結合された事業」と定義、プログラムマネジメントを「全体使命を達成するために、外部環境の変化に対応しながら、柔軟に組織の遂行能力を適合させる実践力である」と定義している。

 

プログラム・マネジメントとは  IT Proより

複数のプロジェクトを同時並行に開発することを「プログラム・マネジメント」といいます。

これまでの仕様書や設計書など成果物を後工程が引き継いで開発する「ウォーターフォール型」では間に合いません。複数のアプリケーションを同時並行に開発して期間を短縮する必要があります。

 

◆「プログラム・マネジメント」の効果

開発の遅延を防ぐ

 稼働させなければならない期日を守るためには、予算や各プロジェクトの進ちょく状況を把握することが欠かせません。そのために、定期的に各プロジェクトの責任者が集まって進ちょく状況を報告します。報告を受けた最高責任者(プログラム・マネジャー)は、それぞれが進めている統合作業やテストが予定通りできるのかといった進ちょく状況や、予算通りに進んでいるかを確認します。遅れているプロジェクトには人員を投入するなどの決断を下し、プロジェクト全体の遅延を防ぎます。

 ウォーターフォール型の開発は成果物で後工程へ引き継ぎをしていたので、成果物がいまどこまで進んでいるかで時間管理ができました。同時並行で進むプログラム・マネジメントの場合は、情報共有する場が必要となるのです。

 共通のテンプレートで管理

 

プログラム・マネジメント  IT mediaより

(前略)

 米国に本拠を置くプロジェクトマネジメント協会(PMI)でも2006年に「The Standard for Program Management」(プログラムマネジメント標準)を発表している。PMIの体系では何をすべきかを定める「ポートフォリオマネジメント」、どの手段を用いるかを定める「プログラムマネジメント」、決められた手段・手順を確実に行う「プロジェクトマネジメント」の三層構造になっている。このPMI標準ではプログラムマネジメントを「プログラムの戦略的利益や目標を達成するために、プログラムを調整、集中してマネジメントすること」とし、プロジェクトマネジメント標準(PMBOK)と同じ9つの知識エリアに、39のプロセスを定義している。

 

ポートフォリオマネジメントIT mediaより

資産運用や経営資源の配分を考えるとき、投資案件の11つを個別に評価するのではなく、その集合全体(ポートフォリオ)でのバランスを考慮に入れて分析・検討を行い、合理的な取捨選択・優先順位を導き出して、最適な投資の意思決定を図るマネジメント手法のこと。

 

 ポートフォリオ(portfolio)とは、イタリア語のportafoglio=書類を運ぶものに由来する英語で、紙ばさみや書類入れを意味する。金融・証券界では、投資家の有価証券を紙ばさみに入れて持ち運んでいたことから、投資家やファンドが保有している有価証券・金融資産の一覧表(あるいは、資産構成そのもの)をポートフォリオというようになった。さらに転じて、事業会社が保持している複数の事業や製品ライン、各種の経営資源、あるいはプロジェクトの集合をいう。

 

 投資・資産運用の世界でいうポートフォリオマネジメントとは、投資家のリスク選好度などに基づいて、分散投資(diversification)のために投資先・金融商品の組み合わせ=ポートフォリオを構築・メンテナンスすることをいう。特定の期待収益率/リスクと標準偏差(または分散)から数理的・統計的に最適ポートフォリオを導き出す、モダンポートフォリオ理論(MPT)を利用した手法を指すこともあるが、単に値動きの異なる資産を組み合わせること(例えば不動産・債券・株式、景気敏感株とディフェンシブ株など)をいう場合も多い。

 

 経営戦略の分野では、プロダクト・ポートフォリオマネジメント(PPM)、事業ポートフォリオマネジメントが知られる。米国では1960年代から企業のコングロマリット化が進んだが、その多角化(diversification)戦略を支援するために登場した経営分析手法である。1980年代になると米国では経営者主権から株主(機関投資家やファンド)主権に移行したこともあってPPMは下火になったが、以後も各種の無形資産(技術、人材、サービス、パテント、ブランド、知的財産)をポートフォリオの考え方で管理するアプローチが多数提案されている。

 

 プロジェクトマネジメントの世界では、複数の個別プロジェクトの状況や特性(進ちょく、リソース、将来性、技術リスクなど)を横断的に把握することで、プロジェクトの選定・着手順序・追加投資・改善・中止などの意思決定を行う「プロジェクト・ポートフォリオマネジメント」が叫ばれるようになっている。英国・プロジェクトマネジメント協会(APM)のPM知識体系「APMBoK」がトピックの1つに取り上げており、米国・プロジェクトマネジメント協会(PMI)も2006年に、「The Standard for Portfolio Management」(ポートフォリオマネジメント標準)をリリースしている。このPMI標準ではポートフォリオマネジメントを「特定の戦略的ビジネス目標を達成するために、1つまたは複数のポートフォリオを集中してマネジメントすること」としている。

 

 ITマネジメントにおいても、IT資産/ITプロジェクトにポートフォリオ・アプローチを適用する「ITポートフォリオマネジメント」「アプリケーション・ポートフォリオマネジメント」が提唱されている。これは目的や性格、特性が異なるIT資産/ITプロジェクトを、経営戦略との整合性、事業への貢献度、ROI、自社の適応能力、技術的実用性といった複数の評価軸を組み合わせて評価を行い、IT予算の最適配分を行うもの。経済産業省は20053月に「業績評価参照モデル(PRM)を用いたITポートフォリオモデル活用ガイド」を公表している。また、米国・ITガバナンス協会(ITGI)が2006年に出版したVAL ITフレームワークでは、IT投資をポートフォリオ(プログラム、プロジェクト、サービス、資産のグループ)としてマネジメントすることを推奨している。

 

「プログラム」とかプロジェクトといった用語・概念は、'60年代米国のアポロ計画のあたりから使われるようになった。アポロ計画自体は、プログラムである(=The Apollo Program)。プログラムの下に、アポロ1号、アポロ2号、などロケット打ち上げに関する個別ミッションがある。これが「プロジェクトProject」と呼ばれた。プロジェクトはさらに、設計・製作・飛行などの「フェーズPhase」(あるいはActivity)に分解される。このように、巨大な事業全体を、構造的に分解して、管理していくのは、米国的思考法の得意とするところだ。

 

                       

 

アポロ計画がスタートしたとき、最終目標は「10年以内に月面に人間を送る」だったが、それ以上の明確なスコープも詳細な予算も、まだ存在しなかった。つまり、オープン・エンドな事業だったのである。それを逐次的に具体化・詳細化していくために、複数のロケット打ち上げプロジェクトを積み重ねていく方法がとられた。つまり、アポロ・プログラムは複数プロジェクトを時系列的にたばねたものである。先行プロジェクトと後続プロジェクトの間には、直前に達成された成果にもとづくフィードバックがあった。全プロジェクトのスコープが最初からきっちりと確定していた訳ではなかった。

 

「プログラムとは複数のプロジェクトを束ねたものである」と定義するとき、それが同時的バンドルを意味するのか、時系列的バンドルを意味するかについては、実は相当な質的開きがあることに注意してほしい。プログラムが事業として、外部環境の変化、あるいは内部での能力・知識の成長とともに、適応的に発展していくためには、どこかにフレキシビリティーがなければならないはずである。時系列的なプロジェクトの集合で、かつプロジェクト間にフィードバックが存在するなら、たしかにそこに変化への柔軟性や進化が見られるだろう。

 

他方、巨大な事業を同時に複数のプロジェクトに分解する場合、そして各プロジェクトのスコープが皆確定している場合、どこにフレキシビリティーが保証されるのか? プロジェクト間の相互調整的なインタフェースだけでは、はなはだ限定的であることが分かるだろう。

 

ちなみに、日米欧の三国は、プログラムをどう定義しているか。米国Project Management Institute PMI)、英国Office of Government Commerce (OGC)、そして日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の標準書から、それぞれ引用してみよう:

 

米国PMI: The Standard for Program Management (2008)

A Program is a group of related projects managed in a coordinated way to obtain benefits and control not available from managing them individually.

 

英国OGC: Managing Successful Programmes (2007)

A temporary flexible organization created to coordinate, direct and oversee the implementation of a set of related projects and activities in order to deliver outcomes and benefits to the organization's strategic objectives

 

日本PM協会: 新版P2M標準ガイドブック (2007)

使命(ミッション)を実現するために、複数のプロジェクトが有機的に結合された事業。 - 「大規模システム型プログラム」と「戦略型プログラム」(創出・変革型)とに分類される(定常業務はサービスプロジェクトとして位置づけられている)。

 

文言はある程度似通っているが、標準書全体の文脈を含めて読み取ると、米国ではプログラム=「巨大なプロジェクト」というとらえ方が強いが、日欧では「事業を創出する諸活動」との文脈でとらえる傾向があるように、わたしには思える。その違いは、すなわちオープンエンドな、変化への適応能力(Adaptive Solution)の差違である。複数のプロジェクトを同時的にバンドルしても、それが主体的な適応能力や、スコープ・バウンダリーの拡がりを支援するものでない限り、それは「プログラム」の名前には値しないと考えられる。

 

逆に言うならば、別段、複数プロジェクトの形に分割されていなくても、そこに適応能力とフレキシビリティーを支える仕組みがあれば、それはプログラム・マネジメントだと呼んで良いだろうと、わたしは思う。いいかえれば、生みだす成果物の価値に応じて、スコープや、納期や、必要予算の枠さえ拡大できるような主体性の強さである。ただし、そうなると、WBSとかPERT/CPMとかEVMSとか、明確なスコープ・バウンダリーを前提するプロジェクト・マネジメント技法はそのままでは適用しづらいだろう。だから、ある程度、“固いスコープ”の部分と、“柔らかでオープンエンド”な部分を有機的に組み合わせていかざるを得ないだろう。

 

いずれにせよ、「プログラム」であるかどうかは、実行する側の主体性の強さによって定義すべきだとわたしは思うのである。

 

※バンドル(英語: bundle)とは、ある製品に対し別の製品が付属している状態で販売等をすること。

※顧客から指定されるScope, Cost, Scheduleの制約条件=『鉄の三角形』jと言う。

※ジョン・コッターの定義を借りて、

マネジメント:現在のシステムを機能させ続けるために、複雑さに対処すること

リーダーシップ:現在のシステムをよりよくするために、変革を推し進めること

 

プロジェクトがトラブって、火を吹くことは無論ある。そのとき、PMOのメンバーが火消しに行ったりはしない。PMOは現業に手を出さないのが鉄則である。手を出したら、当事者が「仕事のオーナーシップ」=当事者意識を失うからだ。他の部署から腕利きのプロマネをリリーフ投入して助けたりもしない。

 

ではどうするか。それは、プロマネの上司が問題解決に踏み込むのである。上司はそのためにいる。わたしの業界では、トラブルは建設段階になって吹き出すことが多い。したがって、プロジェクト部門の部長やら役員やらが、問題を起こした海外の建設現場に1年も2年も駐在して、陣頭指揮をふるう例を何度も見てきた。その人はプロジェクト・スポンサーである場合も、そうでない場合もある。希にはプロマネが途中交代になることもあるが、原則は職制上の上司がカバーすることになっている(その間、同じ部門の他のプロジェクトは、別の管理職が管掌することになる)。

 

問題解決は、マネジメントの職能の一つである。必須の、重要な職能だ。これができなければ、プロマネ達のマネジメントはできない。つまり上司である意味がない。

「成功したら、全部お前の手柄だ。でも万が一失敗した時には、骨は拾ってやる」--これがプロマネに与えるべき、一番大事なメッセージではないか。

プロマネの悩みは、プロジェクト・マネジメントよりも上位のレベルでこそ対応すべきではないか。それはすなわち、通常の用語では「プログラム・マネジメント」レベルということになる。そして、その仕事は(PMOなどではなく)職制上のラインが引き受けるべき仕事である。プロマネよりも一段階上のマネジメント・レベルの重要性に、もう少し皆が気づけばいいのにと、その時以来、わたしは思い続けているのである。

 

IT Mediaより

「プログラムマネジメント」とは、分かりやすく言うと「共通の目標を持つさまざまな取り組みを統合管理することで、組織の戦略的目標の達成を図るマネジメント手法」である。プログラムマネジメントは、上記のストーリーのような新規事業開発をはじめ、組織・業務改革、地域開発、企業合併といった“多様な活動が相互に連携することで大きな成果につながる取り組み”の中で生み出された知見である。

 

 本連載では、その中で特に新規事業開発の例、つまりソフトウェアベンダにおけるクラウド事業立ち上げを通じて、PMIR)のPGM標準の枠組みから、プログラムマネジメントのポイントを解説していく。ただ、標準にある学術的な定義や説明だけでは具体的な適用のイメージがわきにくい。そのため、PMIR)標準を金科玉条とするのではなく、研究会メンバーの実際の成功・失敗経験を入れ込むことで、プログラムマネジメントの重要性やノウハウを実感していただけるような展開を目指していく。

 

 市場競争が激化し、ビジネスの展開スピードも加速している今、なぜプログラムマネジメントが企業が勝ち残るための鍵となるのか?――では次のページから、さっそく本論に入ろう。

 

 “変革の成功“には、「変革後の姿が優れていること」と、「変革後へスムーズに移行すること」という2つの要素が必要だからだ。より具体的に言えば、「変革後の姿が優れていること」とは、「ビジネスモデル、マーケティングやビジネスプロセス等が、競合や既存のやり方に比べどのような優位性があるか」である。

 

 例としては、アスクルのSOHOをターゲットにした文房具翌日配達や、トヨタのカンバン方式導入などが挙げられる。アスクルは「細々した文具をいちいち買いに走るのは面倒」という庶務担当者の未発見のニーズをビジネスモデルに取り込み、トヨタは「後工程が必要な時に、必要なだけ生産をする」という考え方で、生産方式の在り方を大きく変えたのである。

 

 一方、「変革後へスムーズに移行すること」とは、「曲がりなりにも機能している現在の事業の在り方にとらわれず、変革に対する抵抗に負けずに、どう変革後の姿を構築するか」である。アスクルの例で言えば、「社内でアスクルの立ち上げを任されたリーダーが、どのように社内外の関係者を説得し、リソースを確保し、受注や配送といった事業の仕組みを築いて行ったのか」ということである。

 

  「変革後の優れた姿」については資料も多いが、「変革後への移行」については実践できるほど体系的に整理された資料は少ない。あっても「トップのリーダーシップが大切」といったような、属人的なエピソードにとどまるものが多い。後者は、言わば“改革の舞台裏”のことであるため、情報としてなかなか表には出てこないのだ。

 

 しかし現実には、何千万円もかけて作成した素晴らしい改革案や事業プランの多くが、実行途上や実行前に挫折している。この事実が、後者のノウハウが、前者に劣らないほど重要であることを示している。もちろん変革後の姿を正しく描くことがまず重要であるが、移行に失敗すれば、素晴らしいプランも「絵に描いた餅」になってしまうのだ。

 

 これを受けて、現在、多くのコンサルティングファームが、「戦略立案」から「実行支援」にサービスの重心を移しつつある。MBA取得者やコンサルタント出身者が増えたことで、企業側の戦略立案能力は高まってきた。しかし、「変革の実現」は立案とは異なるノウハウが求められる。そのため、コンサルティングファームを起用する理由として、彼らの有する“改革実現ノウハウ”がより重視されつつあるからだ。

 

 そして本連載で解説する「プログラムマネジメント」とは、まさしく後者の「変革後への移行」のノウハウとなるものである。具体的には、変革を実現するために、

 

  経営トップの期待を明文化し、期待に応えるために必要なミッションを定義する

 ミッションに沿って、組織や実行ステップ、必要な投資計画を立案する

 環境が変わり、当初の計画ではミッションの達成が危ぶまれる場合には、柔軟に計画を変更していく

 

 といった、“舞台裏に隠されたノウハウの集大成”である。

 

プログラムとプロジェクトの違い

 

 「変革実行の取り組み」は、従来「期限・予算の制約がある中で、要件・機能を実現する取り組み」である「プロジェクト」としてノウハウ化されてきた。しかし、建設やシステム開発など“アウトプットが明確な案件”を想定した「プロジェクト」と、変革実行という“より幅広い成果”を目指す「プログラム」では、案件の特性が大きく異なる。そのため、それぞれ異なるマネジメント方法が必要なのである。このため、プロジェクトマネジメントとは別の方法論として、日米欧各地域でプログラムマネジメント標準が開発されてきたのである。今、“競争力の源”として各地域で注目されているのだ。

 

 前のページで紹介した事例「A社のクラウド事業の立ち上げ」も、「達成すべき目標と時点が設定されていたこと」は「プロジェクト」と共通だが、「新たな事業の柱となることが期待されており、これを成功させるためには組織や業務のあり方に大きな変更を要すること」と、「クラウド事業はA社内にまだ知見が少なく、目標達成のために責任者には大きな裁量が与えられる――言い換えれば、柔軟かつ積極的な計画変更が期待されること」は、「プロジェクト」にはない「プログラム」特有の要素である。

 

 多くのプロジェクトは、“既存のビジネスの仕組み”――つまり組織やビジネスプロセス、ルールの中で行われる。受託開発プロジェクトであれば、営業が受注した後、要件定義、設計、開発、テストというステップで進んでいく。ある程度の規模の組織であれば、自社内で決められたルール、プロセスが存在し、それに従うことでスムーズにプロジェクトが遂行される。建設や新製品開発プロジェクトも同様である。

 

 しかし、新規事業開発や企業合併といったプログラムレベルの案件になると、これまでのビジネスの枠組み、つまりマーケティングや開発の方針をはじめ、組織、ビジネスプロセスを再構築する必要が出てくる。逆に、こういった再構築の必要がなければ「変革」とは言えないのである。

 

 また、マネジメント上の自由度についても違いがある。プロジェクトは原則として「計画通り」に進むことを良しとする。ベースラインの引き直しや、アプローチ自体を変更するのは「当初計画の失敗」を認めた上でのことになる。

 

 一方、プログラムレベルの案件は、重要度が高く、期間も比較的長いため、事業環境や自社の戦略の変化といった外的要因に影響される。例えば、営業戦略の再構築の場合、同業他社が合併をすることでシェア順位に変化があれば、自社ではあらためて市場分析を行い、必要に応じて方針見直しを提案することが期待される。これも当初計画をなるべく遵守することが望ましいプロジェクトとは異なる点である。

 

ポートフォリオマネジメント

ポートフォリオとは、「戦略的なビジネス目標を達成するための仕事を効果的にマネジメントすることを目的にグループとしてまとめられた、プロジェクト、プログラム、および関連業務の集合である」と定義されています。

ポートフォリオマネジメントとは「1つ以上のポートフォリオを一元化してマネジメントすること」と定義されています。

つまり、ポートフォリオマネジメントは、特定の目標を達成するために、プロジェクトやプログラムを特定し、優先順位を付けて実施の認可やマネジメント、コントロールを行うことを言います。

 

プログラムマネジメント

プログラムとは、「プロジェクトを個々にマネジメントすることでは得られない成果価値とコントロールを実現するために、調和のとれた方法でマネジメントされる相互に関連するプロジェクトのグループである」と定義されています。

プログラムマネジメントとは、「プログラムの戦略目標と成果価値を達成するために、調和を保ちつつ一元的にプログラムをマネジメントすること」と定義されています。

プログラムは、複数のプロジェクトを統合することで、より高い成果が期待できるプロジェクトをプログラムとしてマネジメントします。

そのため、各プロジェクトの関係が、単に顧客や納入社、技術、資源などを共有しているだけの場合は、プログラムとしてではなく、プロジェクトのポートフォリオとしてマネジメントすべきです。

 

プログラムのように複数のプロジェクトをマネジメントするためには、以下の点が重要になります。

 

 複数のプロジェクトに影響する資源の制約条件やコンフリクトを解決すること

 目的と目標に影響する組織的および戦略的な方向性を一致させる

 共通したガバナンスに従って課題解決、変更管理を行う

 

言葉の意味するところはイメージできるのですが、具体的な「行動」をできるようにするには、どうするとよいか・・・

つづく・・・To be continued!!!  m(_ _)m

 

2014年5月19日 (月)

Kindleを購入しました!

s-iwkさんが、約3年前にブログで紹介をされていました。

当時より、「利用コンセプト」は変わっていないように思いました。

 

「持ち運びしやすく、読みやすいPDFビューワー」

「読書しかするつもりがなければKindle、それ以外はiPad」と。

 

その通りと思い、現在、アク研のツールは、法令等を中心に紙では持ち運びにくいものがPDFで用意されています。試験対策における「持ち運びしやすく、読みやすいPDFビューワー」として、活用してみます!

 

また、読書好きでもあるので、「読書しかするつもりがなければKindle、それ以外はiPad」のコンセプトに従っても活用してみます!

3Gにも魅力を感じましたが、ダウンロードは自宅ですればよいかな、と思い、一番廉価なKindle paperwhite 1万円)にしました。

下り坂中高年の懐にもやさしいですネ~。(^0^) 

がんばろ~。(^^)/\(^^)団結!

m(_ _)m

Kpslate01sm

2014年5月 6日 (火)

「江の島」、パワースポットへ!

最初に「江の島伝説」、かながわのむかしばなし50選より

千四百年も遠いむかしになろうか。

そのころ鎌倉の深沢に、まわりが四十里という湖があり、主の五頭竜がすんでいた。

悪い龍でナ。

山くずれや洪水を起こし、田畑を埋めたり、押し流したりして、村人をくるしめておった。

ある日、五頭竜は津村の水門のところにあらわれて、はじめて村の子を食った。

津村の長者には16人の子がいたが、一人残らず五頭竜にのまれてしまったと。

おそれおののいた長者は、死んだ子を恋したいながら西の里に屋敷をうつしていった。

それで、深沢から西の里へ行く道を子死恋(こしごい)とよぶようになり、それが腰越(こしごえ)になったのだと。

そうしたとき、天地をゆるがすたいへんなことが起こった。

欽明天皇13412日だったと。

まっ黒い雲が天をおおい、深い霧がたちこめ、大地震が起こった。

山はさけ、沖合からは高波が村をねらっておそいかかってきた。おどろおどろと地鳴りがして、地震は十日のあいだつづいたが、23日の辰の刻(とき)に、うそのようにとまったと。

村人がホッとしたとき、こんどは海底から大爆発が起こり、まっかな火柱とともに岩が天までふきあげられて、小さな島ができた。

これが「江の島」なのだと。

 

五頭竜は、このありさまを湖の中から目をむいて見まもっていた。

すると、天から美しい姫が紫の雲にのり、二人の童女をつれてしずしずと島におりてきた。

「うーむ、なんと美しい姫じゃ。よ~し、わが妻にむかえるぞ」

五頭竜は、波をかきわけて江の島へ行くと、「わしはこのあたりをおさめる五頭竜。姫を妻にむかえよう」といった。

「なんと申す五頭竜。おまえは田畑をおし流し、なんのとがなきおさな子までのみ、あらんかぎりの罪をおかしてきた。天女はそのような者の妻にはなりませね」

五頭竜は、すごすごと帰っていったが、つぎの日にまた江の島へやってきた。

「天女さま、どうかゆるしてくだされ。これからは心をあらため村をまもります。どうか信じてくだされ。五頭竜は生まれかわります」

天女は、五頭竜のかたい心を信じて、しずかに手をさしのべた。

それからの五頭竜は、ひでりの年には雨をふらせ、みのりの秋には台風をはねかえし、津波がおそったときには波にぶち当たっておし返していた。しかし、そのたびに、五頭竜のからだはおとろえていった。

ある日、五頭竜はなみだながらに、「わたしの命もやがておわるでしょう。これからは山となって村をお守りいたします」と、海をわたって帰ると一つの山になった。

これが、五頭竜の木彫りの御神体がある、現在の「龍口明神社」。

そして、60年に一度の「巳年式年祭」のときには、木彫りの五頭竜をみこしにのせ、江の島へつれていって天女の弁財天とあわせている。

その弁財天が現在の「江島神社」、ここの辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)に、天女三姉妹がそれぞれ奉られている。

 

ということで、江の島では、

「龍口明神社」(江の島から湘南モノレールで西鎌倉駅下車、徒歩5分。鎌倉最古の神社)

「辺津宮」

「中津宮」

「奥津宮」

とすべて御参りするのが、嫉妬がなく仲睦まじくなるそうです。

 

さらにパワースポットとして、あのスピリチュアルChieちゃんご推薦が、

江の島は四方を海で囲まれているので、とっても清浄な聖地、赤い「弁天橋」が最初のパワースポット。

パワーがある橋には二つの条件あるとのこと。

1.神社に向かう橋

2.富士山が見える橋

「弁天橋」はその二つの条件を備えていて、金運アップ間違いなし、だそうです。

残念ながら、行った日は富士山をみることはできませんでしたが、いいでしょう!

そして、江の島内にある、

「亀石」と「稚児が淵」だそうです。

 

すべて行って来ました!

江の島に着いて、「龍口明神社」に行ってから江の島一周しても、半日!

すべて行った後でお昼近くになりましたので、お昼ごはんは、

江の島入口にある「とびっちょ」(食べログ3.53)に入ってみたかったのですが、滅茶苦茶混んでいましたので、その近くの「かいしま」(食べログ3.05)さんへ。

「かいしま」さん、接客、とてもよかったです。生しらすもいただくことができました!
ごちそうさまでした! m(_ _)m

 

最後に、このブログからもパワーを出せるように、写真を付けておきます!

江の島から湘南モノレールで西鎌倉へ!
Cimg0199
さすがモノレール、線路はありませんでした!
Cimg0200

「龍口明神社」です
Cimg0201
江の島へ戻り「弁天橋」を渡ります
Cimg0204

「弁天橋」の横を水上バイクが気持ちよさそうです
Cimg0216


「辺津宮」です
Cimg0206

「中津宮」です
Cimg0207

「奥津宮」です
Cimg0208

「亀石」です
Cimg0214

「稚児が淵」です
Cimg0210


「稚児が淵」を海側から眺めると、波で削られていますネ
Cimg0212
Cimg0213

最後に
「稚児が淵」の石碑で昼寝をしているネコ、気持ちよさそうです
Cimg0211

ありがとうございました! m(_ _)m

 

2014年5月 5日 (月)

企業年金本、3部作!?

総解説 新企業年金(第2版)」 坪野 剛司著、ブックオフでゲットしました!

絶版本(2005年の本)のため、アマゾンで中古を手に入れるか、ブックオフかということになりますが、ブックオフでいい状態のものをゲットできました!

しかも、GW中のブックオフはいつもよりお得な時期、通常の販売価格のさらに2割引、約1,000円の支払でした。定価3,200円(税抜き)ですから、よしとしましょう!

 

まだまだ読み込めておりませんが、ザッと俯瞰してみると、“今”で言えば「リスク回避の企業年金設計」に代わるのかな、と思いました。

こちらは主にDBDCCB、退職給付会計が中心となりますが、それに、公的年金、厚生年金基金、適格退職金制度、および諸外国の年金制度が加わった内容と思いました。

年金全般を網羅的に知るためには、もう一つ、久保先生の「わかりやすい企業年金(第2版)」もありますが、その中で、企業年金をより“深く”知りたい人のための推薦図書にもなっていました。

その通りと思いました。

 

企業年金本3部作、ということで

 

『総解説 新企業年金(第2版)』

 

『わかりやすい企業年金(第2版)』、そして、

 

『リスク回避の企業年金設計』

 

自分のロートルな脳みそでどこまで理解できるか・・・、あきらめずに行きましょう!!!

 

m(_ _)m

517tjchz59l_sl500_aa300_

41ezjo7nnyl_sl500_aa300_

4502478504

2014年5月 3日 (土)

映画「テルマエ・ロマエⅡ」を観ました!

よい風呂の日、426日から封切られて3日目で観てきました!

最初のテルマエ・ロマエを観たのが、ちょうど2年前、そのときはとても久しぶりの映画鑑賞でしたが、今回は昨年末の「永遠のゼロ」から、約4ヶ月ぶりの映画鑑賞!

 

笑うことは大事です!ということで、行ってきました!!

笑うことへの期待が高すぎたのか、もっと笑いたかったナ、と思うのは少し欲張りでしょうか!?

 

ところで、429日の朝日新聞に“「テルマエ」 「相棒」と平和” と題して次の記事がありました。

*****

ゴールデンウイークという言葉は、観客のかきいれ時となる映画界で生まれた。今年も、大手配給会社がドル箱シリーズの新作を封切った。東邦の「テルマエ・ロマエⅡ」は古代ローマの浴場技師(阿部寛)が、現代日本にタイムスリップする喜劇。東映の「相棒 劇場版Ⅲ」は警視庁の杉下右京(水谷豊)が難事件に挑むミステリーだ。

(中略)

「テルマエ」では、軍事力強化で他民族を威圧しようとする元老院に対し、ハドリアヌス帝(市村正親)は風呂の癒し効果で戦争の無い理想社会の建設を目指す。

「相棒」では、民間の軍事組織を率いる容疑者が「あなた方は平和ボケという名の重い病に侵されている」と警察を批判すると、右京がこう切り返す。「あなたの方こそ侵されていますよ、国防という名の『はやり病』に」

考えてみれば、日本の恒久平和の精神は「ゴジラ」や「ウルトラマン」などのエンターテイメントによって広く国民に浸透していった。「テルマエ」や「相棒」がシネコンでヒットしている光景を頼もしく思う。

*****

 

「テルマエ・ロマエⅡ」

元老院の侵略推進派の場面では、コロッセオでの戦うシーンが出てきて、笑えない場面もありましたが、それを踏まえての「平和」を推進しようとするストーリーであると思いました。

 

ずっと笑顔でいたかったナ、と欲張りなことを言って、申し訳ありません。

 

そうは言っても心を癒すのに笑いは必要と思います。ありがとうございました!

m(_ _)m

 Slooproimg_20140428170958

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

フォト
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

ウェブページ

ライフネット生命

無料ブログはココログ

Twitter

  • twitter