「年金改革の原点」 久保知行著 を読んで
〔「山口新一郎追悼録刊行会編1986」、新川氏2005論文より〕
1985年改革によって、国民年金は、発足から四半世紀を経て「国民全体」をカバーする制度へと拡充されることになった。
被用者とそれ以外の就業者の定額年金が統合されただけでなく、それまで任意加入であった被用者の配偶者もまた「第三号被保険者」として強制加入となり、文字通り社会的=国民的連帯の枠組が生まれることになった。ただ制度的統一がなされたといっても、実際には国民年金と被用者保険の支給開始年齢の違いや徴収方法の違いなどはそのまま残り、「基礎年金」といっても、実は異なる制度間の財政調整の仕組みが生まれたというのが正確なところであった。
1985年改革の目玉は“基礎年金という新制度の導入”であり、その決定は第二臨調を通じて政治的になされたということができる。第二臨調は行財政改革という政治目標実現のために設置された、日常的な行政的決定手続きとは異なる「政治的」決定メカニズムである。しかし基礎年金導入そのものは、国民年金導入時と同じように、あるいはそれ以上に行政主導で行われた。
1985年改革を実際に指揮したのは厚生省、なかでも山口新一郎年金局長であった。「年金の鬼」、「年金の神様」とも呼ばれた山口は、改革に向けた勉強会を若手と積み重ね、省内の態勢固めを行うとともに、年金局長となってからは、マスコミ対策もこまめに展開した。世論の流れを創るうえで決定的な役割を果たした有識者に対するアンケート調査は、山口の決断による。
このように世論形成を含めて官僚が取り仕切ったのが、1985年改革の特徴であるが、それは政治ができるだけ自らの可視性を低下させようとした結果でもあった。
1985年改革では、従来のできるだけ保険料引上げを抑えて給付を引上げるという大盤振る舞いから保険料の引上げと給付抑制という拠出給付関係の見直し政策へと移行した。このことは年金政策が人気政策から不人気政策に変わったことを意味する。政治家にとって不人気政策にコミットするのはリスクが高い。したがって彼らは臨調や官僚に実権を委ねたのである。
保険料納入方法についても、何ら変更が加えられていない。改革を経路依存的にすることによって、既存の利益構造からの抵抗をできるだけ少なくしたのである。このような手法は「基礎年金」実現のためには有効であったが、「基礎年金」が社会的連帯システムであることを国民に理解してもらうという意味では問題があった。被保険者からみれば、旧制度との違いをほとんど実感できなかったであろう。
課題もありましたが、それを超える成果だと思います。この“行動”がなければ、いま「国民年金」は無かったかもしれませんしね。
それと、第二臨調が関わっていることでは、行財政改革を推進された、あのメザシの土光さんも関係していたんですね。1983年から1986年にかけて、政府純債務残高(いわゆる国の借金)を減少させた立役者ですね。
http://ecodb.net/country/JP/imf_ggxwd.html
※日本の政府債務残高推移
ここで、印象に残ったところを抜粋してみました。
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P3
「山口さんは、交渉で寝技を使うのではなく正論で押すタイプだった。理論的に正しいことは丁寧に説明すればどんな立場の人も必ず分かってくれるという信条を持っていた気がします。」と、宮城県知事の浅野史郎氏(当時、年金課長補佐)は振り返る。
不安や不信の根源は、物事が不透明なことである。山口は、そのことを認識し、事態をできるだけ国民に正確に伝えることが必要だと思ったのであろう。有識者調査も、そうした考え方の現れの一つであったに過ぎない。
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P8
1999年に抜本的な年金改革に踏み切ったスウェーデンでは、18歳以上の全加入者に対して保険料や給付に関する個人情報(オレンジレター)が年1回提供されることとなっている。また、米国においても、クリントン政権下の改革により1999年から、25歳以上の加入者全員に個人情報が年1回提供されるようになっている。
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P9
社会保障制度・人口問題の基本的な政策を審議するために設置されたのが、社会保障審議会である。しかし、社会保障問題は広範にわたることから、個別分野について「部会」を設置することができることとされており、「平成16年までに実施される次期財政再計算に向けた年金制度全般にわたる議論」を行うために設置されたのが年金部会である。学者、労使代表、年金専門家など17名で2002年1月16日にスタートした。
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P10
旧年金福祉事業団で行われていたグリーンピア(大規模年金保養施設)および年金加入者住宅等融資業務についても2005年度で廃止され、年金積立金は、年金給付のためにすべて使用するという本来の姿に戻ることとなった。
P213
グリーンピア、年金制度の被保険者向けに、旧年金福祉事業団が全国13カ所に建設した大規模年金保養地区の名称である。各施設ともに100万坪以上の敷地に保養所やスポーツ施設を設置しているが、巨額の累積赤字を抱えた。現在、すべて売却されている。
P162
グリーンピア問題や社会保険庁における数々の無駄遣いの状況を見ると、国は国民よりも賢いということテーゼは、もはや迷信に過ぎないと言わざるを得ない状況だろう。
P23
また、共済年金の資金はグリーンピアなどの政治支出には充てられず、関係の無い公務員OBが中心となって国民年金・厚生年金の資産を弄んでいるとしか言いようがない。
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P32
『生活保護は救貧、公的年金は防貧』
『生活保護は緊急避難、公的年金は構造対応』
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P47
スウェーデンが1999年の年金改革で導入した「保険料リンク方式」とは、
「払った掛金に見合った給付しか受けられない」ということにある。給付が保険料とは直接的な関係を持たない従来型の給付設計では、「保険料を引き上げずに給付を引き上げる」ことが可能だが、それは保険料リンク方式では不可能なのである。
また、高齢者の就労促進の上でも、保険料リンク方式は有効である。
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P122
「学生の国民年金加入の取扱い」
1985年改正での基礎年金創設時における学生の取扱いは、国民年金に任意加入できる、というものであった。⇒適切な判断であったと思いますヨ!
これに対し、国会審議では、満額の基礎年金と障害基礎年金の受給を確保するという観点から、強制加入にしてはどうかという意見があったそうである。しかし、収入のない学生に保険料を払ってもらえるかということから、旧国民年金制度から継続しての任意加入に落ちついたわけである。ただし、衆議院では、「学生の保険料負担能力等を考慮して、今後検討」ということが明記された。
続く1989年改正において、学生は1992年4月より強制加入に変更となった。
⇒誰が決めたんだ~!山口さん、土光さんが聞かれたら、怒りますよネ!
その背景には、未加入であるが故に障害基礎年金を受給できないという問題があったことは確かであるが、収入のない学生が保険料を払えるかという問題は、十分に詰められたとは言えず、結果的には見切り発車の状態であったと思われる。障害年金では、先に述べたように、本人の自尊心と自立心に配慮して、給付制限の際に本人の所得しか考慮しなかったのにもかかわらず、学生からの保険料徴収にあたっては、自尊心や自立心を無視して、世帯収入を基準として強制徴収に踏み切ったわけである。何よりも問題なのは、そのような無収入の者にまで拠出を強いる制度に対して、学生をはじめとする若者に不信感を抱かせたことであろう。
次いで、2000年改正において、2000年4月から、学生納付特例制度として、本人の所得が一定以下の学生の場合には申請することにより、在学中は保険料納付が猶予され、卒豪語に納付する仕組みが導入された。これは、学生からの保険料強制徴収の行き詰まりにより措置されたものである。もし、1989年改正の強制適用への切り替えにおいて、この措置が同時に実施されていたなら、無用な若者の年金不信は避けられたのにと思えてならない。
そして、2004年改革では、2005年4月から、若年者納付猶予制度として、20歳代の所得(本人分および配偶者分)の低い若者について、保険料納付を猶予する制度も導入された。この対象には、フリーターなどのほか、進学や就職で浪人中の人もふくまれる。
こうした学生納付特例制度や若年者納付猶予制度の適用を受けている期間は、保険料免除期間と同様に保険料滞納期間とはならず、障害基礎年金の受給につながることになる。
Actuaryjpさんも、「年金改革の原点」について、以前ブログに書かれております。
とくに山口新一郎氏について
http://blog.livedoor.jp/actuaryjp/archives/6004421.html
Tonnyさんも書かれております。
「経過措置を重ねるため複雑化してしまう年金制度において、過去(歴史)を知らずして現在や未来を語ることは浅薄である」と言われています。その通りですネ。
http://dbdc.seesaa.net/article/10823000.html
また、
本著では、「第3号被保険者」について、平成13年におこなわれた「女性と年金検討会」の報告書に基づき再検討がされてもいます。(P68)
自分も以前に、この年金改革で誕生した「第3号被保険者」についてですが、少し書いていましたネ。
http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-5813.html
同様に、「公的年金の負担と給付の構造」として、actuaryjpさんも書かれています。
http://blog.livedoor.jp/actuaryjp/archives/7756384.html
最後に、
actuaryjpさんには、この名著をずっとお借りしております。申し訳ございません。
少しは読みこめただろうか?( ̄Д ̄;;
それにしても、試験にはまったく受かる兆しが見えないし・・・( ̄◆ ̄;)
はあ~、もっともっともっとですね~
m(_ _)m
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