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2016年1月

2016年1月31日 (日)

「お任せ!数学屋さん」 (向井湘吾著)を読んで

なかなか面白かったです!

 

数学の苦手な中学2年生の遥(はるか)の前に、不思議な転校生・宙(そら)がやってきた。宙は突然、どんな悩みでも、数学の力で解決する「数学屋」なる謎の店を教室内で開店するが・・・・

 

2回ポプラ社小説新人賞を受賞し、大反響を呼んだ感動の青春数学小説!

著者、向井湘吾氏は、1989年神奈川県生まれ、県立湘南高校時代、日本数学オリンピック予選でAランクを受賞するほど数学に秀でていながら、東京大学の文系科類に進まれたという異色の経歴の持ち主。数学をテーマに、少年少女の友情や心の成長を生き生きと描いたその作品には、理系と文系とをつなぐ翻訳者のような、向井氏ならではの視点が活かされています。

(あらすじより)

 

自分自身は理系の大学に進みながら、「数学」の部分については、忘れてしまったのか、初めから知らなかったのか、とても新鮮に読むことができましたヨ・・・

ここでは「物語」というよりも、でできた「数学」の部分について、復習のつもり?でやり直してみます!

 

「素数」とは、1とその数以外を約数に持たない正の整数。

 

その「素数」が無限にあることの証明。

いま、最大の素数があるとして、それをXとする。

Xは、X1以外で割り切ることができない。

X!は、1からXまで、全整数の倍数になる。1からX、どの整数でも割り切れる。

X!+1は、X以下のどの数字で割っても1余る。X以下の数では割り切れない。

もしXが最大の素数であるならば、矛盾することになる。

よって、「素数」は無限に存在する。

 

≪別解≫

素数が有限個しかないと仮定する。

その有限個の素数全体を p1p2pn とおく。
ここで、p=p1p2 pn1 という数を考えると、p はどの pi でも割り切れないので素数となる。

しかし、pはどの piよりも大きく、素数全体の集合に入っていないので矛盾する。

 

また、オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラー(1870-1937)のーの言葉も出てきましたヨ!

「不安は伝染する」(P263

もとは、「臆病は伝染する。そして、勇気も伝染する」。もっとも、「臆病は伝染する」は、起源をたどれば、ロバート・ルイス・スティーヴンスン『宝島』(1883年)に出てくる言葉で、「他方、議論は人を勇気づける」と続く。

They say cowardice is infectious; but then argument is, on the other hand, a great emboldener.

 

あと言葉だけではありましたが、『素数定理』、『リーマン予想』が出てきました。


『素数定理』とは

1から nまでの整数の中にある素数の数をπ(n) とおくと、

nが十分大きいとき、π(n)n/logn となる

 よって、limn∞)(π(n) logn/n=1


『リーマン予想』とは

ゼータ関数の非自明な零点の実部は1/2である



で・・・“ゼータ関数”って何~????

 

ありがとうございました~!

 

m(_ _)m

 

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ありがとうございました~!

 

m(_ _)m

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2016年1月23日 (土)

「それでも僕は夢を見る」(水野敬也・鉄拳著)を読んで

とてもよかったです!

漫画です。

ブックオフで半額でしたので、ゲットしました!

 

本より、抜粋!

☆★☆★☆★☆★☆★

生きていたい。

そして、

好きな物が食べたい。

高価なものじゃなくていい。

近所のスーパーで材料を買って作れるものでいい。

 

友人と酒を飲みたい。

酒を飲みながら笑いたい。

「つまらない人生だな(平凡な人生だな)」と

言いながら笑い合いたい。

 

ひとを好きになりたい。

振り向いてもらえなくてもいい。

傷つくだけで終わってもいい。

その人のことを考えているだけで幸せになれるあの時間を、もう一度味わいたい。

 

夢を見たい。

かなわなくてもいい。

恥ずかしい思いをするだけでもいい。

それでも、もう一度、夢を見たい。

 

私は、これまでずっと、夢をかなえることができたら、自分の人生が輝くと思っていました。

 

そして、夢をかなえていない私の人生は、なんの輝きもない、つまらない人生だと思っていました。

 

でも、それは間違っていました。

 

「生きること」が、輝きでした。

 

「生きること」、そのものが、輝きでした。

 

あなたは、今、生きている。

 

そのことが、私にはとてもまぶしいのです。

☆★☆★☆★☆★☆★

 

夢は必ずしも叶うとは限りませんが、それでも夢を持ち続けることが大事なのかもしれません。

努力は必ずしも報われるわけではありませんが、夢を持ち続けて努力を継続することが大事なのかもしれませんネ!

 

ありがとうございました!

 

m(_ _)m

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「三屋清左衛門残日録」(藤沢周平著)を読んで

最近、少し「時代小説」を読んでみています。

個人的嗜好は“ノンフィクション”なので、時代小説は間違いなくフィクションが多いと思っているので、読む機会は少ないのですが、時代小説作家の考え方に興味を持ち、読んでみました!

 

とてもよかったです!

 

「三屋清左衛門残日録」

いまの言葉でいえば、「三屋清左衛門、定年後の日記」でしょうか。

隠居生活の徒然に、「残日録」と題していますが、

これは「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」という意味で名付けたもの!隠居生活も日々忙しいということのようです。(文庫16頁)

 

今でいう“定年”を迎えて、隠居生活に入ったのが、なんと52歳!(文庫13頁)

その後、およそ23年間の物語!

今の寿命でいえば、いくつ位なのでしょうネ!

 

定年(隠居)になってもいろいろな事件が起こり、一つ一つを解決していく、という一話完結型の物語で読みやすくなっています。

 

目次は以下の通りで、15編から成っています。

1 醜女

2 高札場

3 零落

4 白い顔

5 梅雨曇り

6 川の音

7 平八の汗

8 梅咲くころ

9 ならず者

10 草いきれ

11 霧の夜

12

13 立会い人

14 闇の談合

15 早春の光

 

この物語でのお気に入りは、(文庫436頁)

衰えて死がおとずれるそのときは、おのれをそれまで生かしめたすべてのものに「感謝」をささげ生を終わればよい。しかし、いよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ、そのことを教えてもらったと清左衛門は思っていた。

まさに、

"Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever."

ガンジーの「明日死ぬかのように生きろ、永劫永らえるかのように学べ」ですネ!

そして、まだまだ52歳の清左衛門、艶っぽい場面もありました!(文庫346頁)

吹雪の中で生き倒れとなりそうな時に、ようやくたどり着いたのが、行きつけの店「桶井」のおかみ“みさ”の処という場面。

“夜中に一度清左衛門は眼がさめた。つめたい風が顔の上を吹き過ぎたと思うと、襖がしまるかすかな音がして、やがて床の中にあたたかくて重いものが入り込んできた。あたたかくて重いものは、やわらかく清左衛門にからみつき、そのままひっそりと寄り添っている。とてもいい匂いがした。

と清左衛門は思い、また眠りに落ちた。(後略)“

 

なんとなく、とくに中高年に力を沸かしてくれる物語でした!

 

ありがとうございました!

 

m(_ _)m

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2016年1月11日 (月)

父親がタイヘン! 介護は大変!

20151221日(月)

奇しくも亡き祖母の誕生日、

弟より、父親が黄疸、高熱、そして震えから、救急車で搬送されたと電話連絡が入りました。CTMRI、造影剤による検査の結果、胆管炎、胆嚢炎、肺炎の併発とのこと、緊急で「内視鏡的胆道ドレナージ」の手術を受け、胆汁を十二指腸に流れるようにして頂きました。

 

1222日(火)、入院手続き

そして、先生からは、今後、内視鏡的手術を複数回行い、胆泥、胆砂、小さな石の除去をしながら、その後、胆嚢切除をする可能性が高いので、およそ“3週間”の入院になるとのことでした。

 

現在、父親は要介護2の状態でもあり、家族、親戚、友人に相談

相談の結果、入院が長引けばそれだけ認知症状、とくに“歩行”と“トイレ”ができなくなると判断して、100点の治療でなくてもよいので、1週間程度の入院にできないか、家族と先生に相談。

胆嚢を残すことで、胆嚢炎になる再発リスクは残るが、胆管は流れるようになるので再発しない可能性もあると言う事で、内視鏡的手術を1回にしていただき、胆嚢切除は行わないことで“1週間”の入院期間として頂きました。

 

相談のしやすい先生でよかったです。ありがとうございました!

 

この日から、“病気”は先生にお任せして、“認知症状”ができるだけ進まないように、母親が一番大変でしたが、家族交代等しながら、父親に付き添うようにしました。

それでも、「夜」は引き揚げるので、その間はどうしても“病院”は“介護施設”ではないので、自力でトイレに行くことが難しいと、オムツにならざるを得ません。

 

1223日(水)天皇誕生日は経過観察

1224日(木)“内視鏡的乳頭切開手術”、そして“バルーンクリーニング”による小さな石78個の採石を実施いただきました

1225日(金)、できる限り認知症状が進まないようにしてきましたが、退院後の、とくに母親の負担を考えて実家に「介護用ベッド」を設置

1226日(土)、27日(日)は術後の経過観察

1228日(月)、入院初日に挿管した胆道ドレナージを抜き、1本点滴をして頂いた後、午後に退院することができました。

 

ここからは実家で支援

1229日(火)、朝オネショ、布団がぁ~、一憂

1230日(水)、無事!一喜!

1231日(木)、朝オネショ、それでも“介護用ラバーシーツ”を利用していたので、被害は少なく、でも一憂

201611日(金)、無事!一喜!

12日(土)、無事!二喜!!

13日(日)、無事!三喜!!!

14日(月)、無事!四喜!!!!

その後は、弟も自分も会社があるため、母親に任せて、その後に一憂はあったものの、認知症状は快復に向かいました!

 

19日(土)、病院で問診検査。こちらもとくに問題はありませんでしたが、先生からは「100%の治療ではないので、再発した場合は、今度は胆嚢切除が必要になるでしょう。それでも、再発しないこともあるので、投薬をしながら様子を見ましょう」と言う事でした。

次回の検査は3ヶ月後の49日(土)で良いとのこと。

 

よかったです!

 

あらためて、“一日一日”を大事に過ごさないと! と感じました。

そして、「介護」について、まだまだ経験は少ないのですが、その大変さを少しでも勉強することができました。

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

 

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