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2016年7月 2日 (土)

「ポーツマスの旗」(吉村昭著)を読んで その3

『日露戦争は、明治維新と太平洋戦争を結ぶ「分水嶺」』について

司馬遼太郎氏は、「このくにのかたち」の中で、

1905年から1945年を「大勢でこんなバカな40年を持った国があるだろうか。」と言っていた。

・・・・・

そこに、巨大な青みどろの不定形なモノが横たわっている。その粘着質にぬめったモノ、両眼が金色に光り、口中に牙もある。牙は、折れている。かたちは絶えず変化し、とらえようがない。

君はなにかね、ときいてみると、

驚いたことにその異胎は、声を発した。

「日本の近代だ」というのである。

ただし、そのモノがみずからを定義したのは、近代といっても、1905年(明治38年)以前のことではなく、また1945年(昭和20年)以後ということでもない。その間の40年間のことだと明晰にいうのである。つまりこの異胎は、日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗戦までの時間が、形になって、山中に捨てられているらしい。

「おれを40年とよんでくれ」と、そのモノはいった。

「君は、生きているのか」

「おれ自身は死んだと思っている。しかし見る人によっては、生きていると言うだろう」

もっとも人里へ降りて行って害をもたらすことはもうあるまいが、ともいった。

歴史もまた一個の人格として見られなくもない。日本史はその肉体も精神も、十分に美しい。ただ、途中、何かの変異がおこって、遺伝学的な連続性を失うことがあるとすれば、

「おれがそれだ」

と、その異胎はいうのである。

そのモノは気味悪く蠕動(ぜんどう)していて、うかつに踏んづければ、そのまま吸い込まれかねない感じもある。私は十分距離を置き、子どものような質問をした。

日本は、日露戦争の勝利以後、形相を一変させた。

「なぜ日本は、勝利後、にわかづくりの大海軍を半減して、みずからの防衛に適合した小さな海軍にもどさなかったのか」ということである。

日露戦争における海軍は、大規模な海軍たらざるを得なかったことは、「坂の上の雲」を書いたわたしとしては、十分わかっているつもりである。ロシアのウラジオストックにおける艦隊を討ち、かつ欧露から回航されてくる大艦隊を戦うには、やむなく大海軍であることを必要とした。その応急の必要にせまられて、日本は開戦前、78年の間に、世界有数の大海軍を建設した。

ロシア海軍はこれによってほぼ壊滅し、再建には半世紀以上かかるだろうと言われた。

「戦後、多数の海軍軍人が残った」

そのモノは、ただそれだけで答えた。

日本海海戦のような近代海戦史に類の無い勝利をおさめた栄光の海軍が、みずからの両手にかかえてしまった大海軍を減らすはずが無く、むしろ組織というのは、たとえ目的が無くても細胞のように自己増殖をのみ考えるものだ、という意味のことを言っているのだろうか。

 

参謀本部は、ロシアがかならず報復のための第二次日露戦争を仕掛けてくると思っていた」

日露戦争が終わり、明治41年(1908年)、参謀本部は、関係条例が大きく改正され、内閣どころか陸軍大臣からも独立する機関になった。やがて、参謀本部は“統帥権”という超憲法的な思想(明治憲法が三権分立である以上、統帥権は超憲法的である)を持つにいたるのだが、この時期にはまだこの思想はそこまでは成熟していない。だから、日韓合併の時期では、のちの満州事変のように、国政の中軸のあずかり知らぬうちに外国に対する侵略戦争が“参謀”たちの謀略によっておこされるという具合ではなかった。

しかし、将来の対露戦の必要から、韓国から国家であることを奪ったとすれば、そういう思想の卸元は参謀本部であったとしか言いようがない。

(中略)

要するに、日露戦争の勝利が、日本国と日本人を調子狂いにさせたとしか思えない。

調子狂いはここからはじまった。

大群衆の叫びは、平和の値段が安すぎるというものであった。

講和条約を破棄せよ、戦争を継続せよ、と叫んだ。

ついに日比谷公園で開かれた全国大会は、参集する者3万といわれた。かれらは暴徒化し、警察署2、交番219、教会13、民家53を焼き、一時は無政府状態におちいった。政府はついに戒厳令をしかざるを得なくなったほどであった。

私は、この大会と暴動こそ、むこう40年の間の季節への出発点ではなかったかと考えている。

この大群衆の熱気が多量に・・・たとえば参謀本部に・・・蓄電されて、以後の国家的妄動のエネルギーになったように思えてならない。

一人のヒトラーも出ずに、大勢でこんなバカな40年を持った国があるだろうか。

・・・・・

自分も国民の一人として、情報を正確に捉え、好戦家にはならず、非戦論者としてありたいと思いました!

 

ありがとうございました~

 

m(_ _)m

 

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