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2016年11月

2016年11月27日 (日)

確定拠出年金1428億円(57万人分)塩漬け(朝日新聞より)

この塩漬けとなるお金が毎年約150200億円、右肩上がりで増え続けているとのこと。

もったいない話ですネ。

 

確定拠出年金(以下、DC)の「良さ」と「認知度」をまだまだ上げていく必要がありそうですネ!

 

DC法第1条にあります「個人が自己の責任において運用の指図を行い・・・」、少なくとも1428億円の持ち主達は、運用もできていなかったのでしょうね。

 

最近のデータでは、

確定拠出年金加入者数は 480万人。資産残高は約9兆円。

とすると、

金額ベースでは、1428÷9=1.6

人数ベースでは、57万人÷480万人=12

おそらく、少なくともこの占率分は認知も運用もされていなかったと考えることができます。

 

確定拠出年金法第83条に基づき、

企業型年金に個人別管理資産がある方が、その加入者の資格を喪失した場合、資格を喪失した日が属する月の翌月から起算して6カ月以内に、その資産を個人型または他の企業型の確定拠出年金に移換するか、脱退一時金の請求の手続きを行う必要があります。

 

もしそれを怠れば、

同法令解釈第7に基づき、

個人別管理資産は自動的に売却・現金化され「国民年金基金連合会」へ自動移換されます。

「自動移換」になってしまったら、その期間は、

・掛金拠出、運用指図、年金給付の請求等を行うことはできません。つまり、「塩漬け!」

・「自動移換」されている間は、通算加入期間に算入されません。つまり、受け取り開始の時期が遅くなる場合があります。

・管理手数料が毎月51円、ずっと受け取り開始時までかかります。更に、自動移換手数料と自動移換解消時の手数料として、約5,000円かかります。つまり、踏んだり蹴ったりです。

 

それ以上に受け取らない可能性が大と思います。

 

「自動移換」制度、どうしてこの様なルールにしてしまったのか!?

DCをより良く普及していくためには、改善すべき点の一つですネ!

 

「国民年金基金連合会」の決算収支も気になりますネ。

毎年約10億の収入と支出がありますが、収入の内「年金経理から業務経理への繰り入れ」が約9.5億。会費収入は僅かに0.5億。国民年金基金の年金経理への依存が高くないでしょうか。

更に、平成27年度末における責任準備金に対する積立度合は81%程度となっていました。

少なくとも「厚生年金基金」、「確定給付企業年金(DB)」の場合、責任準備金が積立金より大きい状況では年金経理から業務経理への繰り入れが許されておりません。

国民年金基金はイイの!?なんか心配になっちゃいますネ!

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

2016年11月23日 (水)

「はじめての課長の教科書」(酒井穣著) を読んで

以前、SNSで質問をさせていただき、コメントをいただいた酒井氏の本!

自分自身は管理職ではありませんが、ブックオフで、200円でゲット!

大事なところは、メモしておこう!

 

異なる価値観を持つ世代がまとまるために必要なのは、どの世代でも変わらない「価値観の共通点」を軸に、世代を超えた議論をすることです。

そうした「共通の価値観」として有効だと思われるのが「顧客第一主義」です。

 

「例外」への柔軟な対応能力が権威を正当化する。

こうした柔軟性のためには、大企業であっても「企業家精神」が必要とされているのです。ここでは、創造力をフルに働かせつつ、その解決を自らの頭で考える力が要求されます。

その中で、まずは理論(先人の知恵)を参照することもできることが必要になります。

 

ただし、経営者にとっても中間管理職にとっても、実際には日常業務の多くがルーティン・ワークであるということは、ここで強調しておかないとなりません。

経営の神様と呼ばれるピーター・ドラッカーは、かって「経営管理の96%は、ルーティン的な定例反復業務である」と喝破し、ルーティン・ワークを格下の退屈な仕事であるかのように考えることは間違いであると警告しました。

 

適度なストレスがある状態は人が良好なパフォーマンスを出すために必要です。

 

年功序列で成功する米サウスウエスト航空!

サウスウエスト航空の経営方針では、誠意の感じられるミスには一切制裁が課せられないことになっています。数字の評価などと関係なく、仲間を温かく励ます気持ちを大切にできる企業文化にもなっています。そして人事制度は、基本的に年功序列をベースにしています。

人事の基本は、従業員の才能を最大限に引き出すことにあります。人事評価などと言うものは、本当は二の次の話なのです。

 

自分がキーマンになることを目指す!

 

優秀な部下に「協調性の大切さ」を教える

協調性がなく生意気でも許されるのは若いうちだけです。

人間として成熟することなしに昇進がありえるのはせいぜい係長までです。大人にならない限り、それ以上の昇進はないと理解させる必要があります。

日露戦勝の直前、当時は退役寸前であった東郷平八郎が連合艦隊の司令長官に抜擢されたのは、順位や功績で言えば、その地位に納まるはずであった日高壮之丞に少なからぬ命令違反の過去があったからだと言います。

 

英語力向上のためには、毎日一定の時間を取って、地道なトレーニングを欠かさないことがとにかく重要です。

♪何事にも言えそうですネ!

 

課長にまでなった人材が職を失うのは、多くの場合、スキルが足りなかったのではなく、業界の不況が原因です。そうしたときは、同業他社でも同時期にリストラが起こっていることが多く、相当優秀な人材でも、新しい職場を見つけるのが難しいものです。

 

知識と実行(行動)を結びつけること 

 

本の読み方の秘訣

これは大切だ!と印象に残るような記述に出会ったときは、ペンでアンダーライン、付箋を付ける、ページを折ってもよい。

 

「読書」。良い文章にたくさん触れることで「情報を解凍する能力」を磨き、良い文章に刺激されてブログなどで文章を書くトレーニングを積んでおけば、「情報を圧縮する技術」も学ぶことができます。

脳内に情報の圧縮、解凍ソフトウエアを組み込み、それを絶え間なくバージョンアップさせていくという作業が、読書のユニークな本質なのではないでしょうか。読書をすればするほど、脳という知識創造プロセッサの能力は高まると信じています。

 

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

 

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2016年11月22日 (火)

「出口のない海」 (横山秀夫著) を読んで

「半落ち」に続き、横山氏は“戦争”の本も書かれていると知り、手にとりました。

 

「挺身肉薄一撃必殺」(挺身は自分の身を投げ出して事に当たること。肉薄は敵に限りなく近づくこと。一撃必殺は文字通り一撃で敵を倒すこと)と言われた『特別攻撃隊(特攻)』の一つ、太平洋戦争末期の19447月に出てきた人間魚雷『回天』の物語でした。

 

 

空中からの特攻を『神風特別攻撃隊』と言いますが、海中からの特攻は『神潮特別攻撃隊』と言う。

 

天を回らし、戦局の逆転を図る。名付けて『回天』

弾頭に搭載する1.6トンの爆薬。全重量2.0トンのため、8割が爆薬と言うことになる。

1.6トンの爆薬があれば、戦艦、空母といえども一撃で轟沈可能な量とのこと。

 

そして、戦争末期においては、ベテランの兵士は亡くなっており、学徒出陣として回天の特攻隊員となった、元高校球児「並木浩二」を主人公とした物語。

 

そして、死を前にしたときの並木の言葉

 

「日本は降伏して一からやり直すべきだ!一億総玉砕などと言うことにならないうちに。今ならまだ間に合う!」

「他の国に喧嘩を売る為に特攻する人間なんていやしない。国を守ろう、家族を守ろう、そう思うからこそ、あの恐ろしい魚雷に乗り込める。けどな、回天で突っ込む俺たちはいい。それで特攻の任務は果たせる。神にもなれる。だが残された国民はどうなる?皆殺しになるまで戦うのか?俺の家族も、お前の家族もみんな死んでしまうのか?ならば俺たちが何本突っ込んだところで、俺たちが守りたいものは何もなくなってしまうじゃないか」

「だから俺たちで終わりにしてほしいんだ。」

 

(一つだけ聞かせてください。祖国防衛ではなく、ならば並木少尉はなんのために死ぬのですか)

 

「俺はな、回天を伝えるために死のうと思う。勝とうが負けようが、いずれ戦争は終わる。平和な時がきっとくる。その時になって回天を知ったら、みんなどう思うだろう。なんと非人間的な兵器だといきり立つか。祖国のために魚雷に乗り込んだ俺たちの心情を憐れむか。馬鹿馬鹿しいと笑うか。それはわからないが、俺は人間魚雷という兵器がこの世に存在したことを伝えたい。俺たちの死は、人間が兵器の一部になったことの動かしがたい事実としてのこる。それでいい。俺はそのために死ぬ。

「俺なりの理由付けだ。自分から死ぬためには理由がいるからな」

 

そして、恋人に宛てた最期の手紙。

 

美奈子へ

なにも本当のことを話さないうちに、さよならすることになってしまった。

ごめんよ。

謝る言葉しか浮かばない。

でも、敢えて言おうと思う。君にお願いがある。

しばらく、僕の分身になってくれないだろうか。

 

僕が見ることのできなくなってしまったものを、君に見てほしい。

 

たとえば、今日の夕暮れの美しさを

 

たとえば、夏の海のきらめきを

 

たとえば、色づいた柿の赤さを

 

たとえば、雪で覆われた高円寺の街並みを

 

僕の代わりに見てほしい。

そうして、美しいものを見ながら一年が過ぎたら、僕を忘れてほしい。

僕を消し去ってほしい。

誰かよい人を見つけて、溢れるような幸せを掴んでほしい。

と。

 

人間魚雷『回天』

昭和19年(1944年)11月から終戦までの出撃回数31回。出撃隊員、事故による殉職者、搭乗整備員ら145名が回天と運命を共にした。その戦果ははっきりしない。回天特攻によって沈没したはずの輸送船が、米軍の発表では沈没はおろか、攻撃すら受けていないことになっていたりした。日本側もすべての戦果を掴み切れなかった。戦果を挙げた隊員が戻ることのない特攻作戦だから、確かな資料が作れるはずもなかった。

 

歴史を忘れずに、決して繰り返してはならないと深く心に刻むことができました!

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

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2006年に映画化もされていたんですネ。知らんかった。
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2016年11月13日 (日)

11月11日は何の日!?

E生命情報システム部同窓会(“こじんまり会”ともいいます)でした。

今年76歳になられたK先輩は、体調を少し崩されたということで急遽出席いただけなかったことは残念でしたが、今年古希を迎えられたN先輩、還暦を迎えられたM先輩、そして、本会幹事であり、来年還暦を迎えられるS先輩、そして、あとはみんな50代と、錚々たる“中高年”が集まりました!

 

それでも、みなさん、無病息災とはいかなくても、数病息災でお元気でいただけることは、よかったと思います。

N先輩は、今も毎日2キロの水泳を欠かさずに続けているとのこと。スゴイ!

( Д) ゚ ゚

 

場所は、サラリーマンの聖地「新橋」にある、美登利寿司(銀座店)!

味は最高!お腹も十二分に満たされました!

ただ、滅茶苦茶混んでいて、ちょっと落ち着かなかったのは、ちょっぴり残念でした。そして、ピッタリ2時間で出されてしまいました・・・

(゚0゚)

 

二次会は、いつもの?せんべろメンバーでH先輩引率のもと新橋の立ち飲み屋さん「竜馬」へ!

そして、1111日は、ポッキーの日でなくて「立ち呑みの日」でもあります!

「竜馬」は焼酎の種類がとても豊富でビックリでした。

“富乃宝山”の水割りと“○○宝山(忘れた)”のロックをいただき、お腹と酔いと目一杯になりました!

 

今週は、永年勤続休暇明けでフルフルの一週間のお仕事で少々疲れていましたが、とてもいい時間を過ごすことができました!

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

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2016年11月 5日 (土)

「半落ち」 (横山秀夫著) を読んで

経済学者の金子勝氏が、「勇気をくれる小説」として紹介をされていましたので、読ませていただきました!

最後のクライマックスは、泣けます!とてもよかったです!

 

そこで、金子氏の記事をご紹介!

 

これ以上ない孤独に陥った人間が、最後に生きる決意を固める物語です。

 

梶聡一郎(49歳)は、両親を早くに失い、息子の俊哉は13歳で、急性骨髄性白血病で亡くなったうえに、妻の啓子もアルツハイマー病を患い、症状がひどくなっていきます。妻は、息子の俊哉の命日まで忘れてしまい、「もう人間じゃない。死にたい」と泣き叫び、「せめて母親のままで死にたい。俊哉のことを覚えているうちに死にたい。殺してほしい」と懇願。

現役の警部でありながら妻を絞殺してしまった梶は自死しようと試みますが、2日間さまよい歩いたうえで自首しました。

捜査1課強行犯指導官の志木和正(48歳)はこの「空白の2日間」に何があったかを追いかけます。

 

梶は自分がドナーとなったことで息子と同じ骨髄性白血病を克服することができた少年を探しだし、ひそかに会いに行っていたのです。

志木は俊哉とちょうど同じ年頃の少年を連れて、梶に会いに刑務所へ向かいます。少年はそこでうなだれている梶に「お父さん」と呼びかけ、「僕にはお父さんが二人いる」と家では言っていると明かし、梶の両手を強く握ります。それは梶に生きる意欲が与えられた瞬間でした。そして事件の真実を知った周囲の人々が、彼を絶対に死なせまいと動いた結果でした。

 

梶聡一郎が少年を探してさまよった「空白の二日間」に、生きるヒントがあります。

 

人間は孤独に陥れば陥るほど、つながりを求めてさまよいます。人は一人では生きていけないからです。

 

梶は、他人との血のつながりを作ろうとしましたが、さまざまな理由から苦しんでいる人たちにそっと手を差し伸べれば、その人たちから生きる勇気をもらえるはずです。

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

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2016年11月 3日 (木)

永年勤続休暇2016の過ごし方

永年勤続休暇は、勤続10年目以降、何度かいただいた記憶がありますが、きちんと利用させていただいたのは、今回が初めて!

そんな企業に変遷してきたということでしょうか!?それとも、自分が、以前ほど忙しくなくなったから!?まっ、いいか!

1015日(土)~同月31日(月)までの正味17日間、永年勤続休暇(サバティカル)を頂きました!

ありがとうございました!

m(_ _)m

 

中高年世代にとって、高齢となった親、とくに要介護2の父親を母親が一人でお世話をしている中で、親とのよい時間を過ごせたと思います!

 

1015日(土)

翌日に控えた「情報処理資格試験(ITストラテジスト)」に向けて、あがきました!

 

1016日(日)

「情報処理資格試験(ITストラテジスト)」本番! 一日もがきました~!

あとは、結果が出るまで忘れましょう!

試験後、実家へ寄り、この休みの期間に父親を外へ連れ出すことを母親、弟達と話をして、その方向で進めてみることとしました!

 

1017日(月)

試験会場に「筆箱」を忘れてきたことを気づき、取りに行く・・・。アチャー!

二度手間なことをやっちゃいました。その足で、旅行会社へ行き、要介護2の高齢者が居ても、旅行計画が可能なことを確認!

 

1018日(火)

21日(金)の「年金所見勉強会」向けに準備!

夜は中学時代からの友人と立ち焼き肉へ、日本酒も飲んできました!

 

1019日(水)

実家で、また旅行計画の確認を行い、「1026日~27日で海の見える所へ行こう!」と言うことで「海の見える横浜辺りで!」を前提にプランする!

 

1020日(木)

再び旅行会社へ行き、旅行計画を決めて予約まで全て完了!

あとは、明日予定の「年金所見勉強会」に向けての準備も一通り終える!

 

1021日(金)

本日予定の「年金所見勉強会」で添削頂くための所見(レポート)も必要部数コピーして、いざ有楽町へ・・?・・あれっ?・・・誰も来ない・・・

Mahさんへ連絡してみると、日にちを間違えていたことに気がつく!

 

あ~、筆箱忘れたり、「年金所見勉強会」の日程間違えたり、中高年ヨ、大丈夫か~~~!

 

1022日(土)

本日は「アク研勉強会」!この日は間違えず!

そして、模試をするということでしたので、全般的に試験範囲を見渡すようにして臨みましたが、なかなか、なかなか難しいゾ!!!

 

この日の夜に事件発生!

夜歯磨きをしてデンタルフロスをしていたら、歯の詰め物が取れる~!!マジか~!なんで~!ハア~虫歯が進んでいたらどうしよう・・・

詰め物は壊れなかったので、そのまま自分で糊なしの暫定的な詰め直しをして、翌日、歯医者に予約を入れるも、なかなか予約が取れず、28日(金)となる・・・

 

1023日(日)

午前中は昨日の「アク研勉強会」の復習をして、それから「実家」へ!

旅行計画に向けて、父親の体調は最優先!なんとか行けそうな感じで、よかった!

 

1024日(月)

この日も年金の勉強をしながら、夕方は“シンゴジラ”を鑑賞!!

 

1025日(火)

B野さんとマリー・アントワネット展へ!美術鑑賞~!!そして、浅草へ!楽しかったです!!

 

1026日(水)~27日(木)

いざ横浜へ~!

よかったです!!

 

1028日(金)

午前中は歯医者へ!

ナント!虫歯は無いということで、そのまま詰め直しで済みました~!!

日頃の歯科衛生士さんによる定期検査の賜物ダ!! よかった~!

お休みも終盤となり、振り返りをしてブログアップの準備~!

 

1029日(土)

お休みも終盤のため、一度「広島」へ行ってみたいと思っていましたので、ひとり旅計画~!

 

1030日(日)~31日(月)

いざ広島へ~!オバマさんも行かれた広島、平和記念公園へ!

 

会社からいただいた休暇。ワーカホリックの気がある自分にとって、最初はピンとこなかったのですが、過ごしてみれば、あっという間の「17日間」でした!

 

とてもよかったです!ありがとうございました!

 

「旅」って、イイなと、あらためて思いました!

来年からは、毎年いただいている1週間のアニバーサリー休暇のときに、ちゃんと事前準備をして、遠くなくてよいので「旅」をしたいと思いました!

 

さあ、年末年始に向けて、仕事ではシステム移行本番があり、そして、アク研では試験が本番!

 

頑張りますゾ!!!

m(_ _)m

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2016年11月 1日 (火)

広島~原爆ドームへ!

休みも残り2日となり、これまで行きたいと考えていた「原爆ドーム」へ弾丸ツアーを決行することにしました!

 

日曜~月曜としたので、上手くチケットも取れました!

日曜朝より、新幹線で広島へ!約4時間かかりますが、昼過ぎには到着!

 

広島は今も“路面電車”がバリバリに活躍していて、どこへ行くのにも便利でした!

“一日乗車券”を利用すれば600円で乗り放題!(宮島へ行く場合は840円)

早速利用して「原爆ドーム前」まで行きました!

 

修学旅行生がいっぱいで、結構混んでましたネ!

関東地区の修学旅行先は、奈良・京都が多いですが、関西地区では「広島」が多いようです。

 

「原爆ドーム」を見ながら“爆心地”も通り「平和記念公園」も散策。

公園内には、原爆から平和を願うモニュメントがいくつもありましたネ!

オバマさんが来られたところへも行きました!

 

そして、「広島平和記念資料館」、「世界平和記念聖堂」へも行きました!

 

「平和」は願っていてもダメで、努力・行動をする必要があることをあらためて感じました!

 

夜は、広島お好み焼き店では唯一のミシュラン掲載店、広島駅近くにある「いっちゃん」へ!ビールと共に広島優勝もあってお得にいただくことができました!

ご馳走様でした!

 

翌日は、宮島へ渡り「厳島神社」へ!

広島駅より、約1時間30分で行くことができます。

厳島神社は平清盛により修造されています。

歴史上の人物として、平清盛はあまり印象がよろしくありませんが、広島お薦めスポットということで行ってきました!

お昼は、ここでもミシュラン一つ星の“ふじたや”のあなごめしをいただきました!

とても美味しかったのですが、野菜っ気ゼロのため、栄養のバランスはよろしくないかもしれません。

また、宮島には、もみじまんじゅうのお店が沢山ありましたので、食べ比べをしながら、美味しかったもみじまんじゅうを会社のお土産にしました!

 

宮島からの帰りは、また広電に載って、原爆ドームの近くで降りて、広島駅まで歩きました。

途中、「ひろしま美術館」、「広島城」、「広島女学院」を見てきました。

 

ここで「広島」で受け止めたことを記録しておきます!

 

【広島女学院前の石碑より】

ある朝、爆音を聞いた

わたしの頭上の「空」に・・・

B29」と直感した

わたしが立ち上がったとき

物凄い閃光が熱くわたしのからだをつつんだ

わたしの目は眩み

からだはすくみ、こわばり

わたしは思った

「爆弾が私の上に落ちた・・・」と

わたしは思った

「死ぬ」と

わたしは深い闇の底に沈んだ

やがて明りが帰ってきたとき

幾万の人々の絶叫のこだま

わたしの頭の上に「空」が見えた

わたしたち家族は着のみ着のまま、追ってくる火から逃れた

わたしは見た

裂けた腕の皮膚が指の先から垂れ下がった人びとを

わたしは見た

息絶えた母親のからだを揺すぶって泣く幼子を

それは手の施しようもない、それは絶望の世界だった

廃墟の中に立ち

わたしは悟った

恐怖、残酷の極み

それは人間が創り出すということを

 

【世界平和記念聖堂前、教皇ヨハネ パウロ二世石碑より】

「戦争」は人間の仕業です

「戦争」は人間の生命の破壊です

「戦争」は死です

過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです

ヒロシマを考えることは、「核戦争」を拒否することです

ヒロシマを考えることは、「平和」に対して責任をとることです

 

【平和記念公園内、ノーマンカズンズ石碑より】

世界平和は努力しなければ達成できるものではない

目標を明確に定め責任ある行動をとることこそ人類に課せられた責務である

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

原爆ドーム(戦前)

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(戦後)
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(現在)
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