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2017年1月

2017年1月28日 (土)

『細川ガラシャ夫人』(三浦綾子著)を読んで

今でいう「戦争」・・・

の無かった年はない戦乱の世に生を受けた、細川ガラシャの一生となります。

興味ある戦国武将の一人『明智光秀』の娘になります。

 

登場人物について

 

明智光秀:細川ガラシャの父

領地では善政を行ったと言われています。

後年において、信長に所領をすべて召し上げられたこと。これまでの光秀のみならず仲間への傍若無人な振る舞いもあり、本能寺で信長を倒す。その後、光秀も秀吉に追われて死す。享年56歳頃

 

明智煕子(ひろこ):細川ガラシャの母

「月さびよ明智が妻の話せん」(松尾芭蕉)

【明智光秀が出世する前、貧しかった頃に、順番に家を訪れ食事をしながら話をすると言うもの、今でいえば、持ち回りの家での懇親会)を催すお金がなく、集まる人をもてなす料理の準備もままならない。そこで妻は長く美しい黒髪を切り売ってその代金とした。その料理は他家のものより立派な食事で、光秀は面目を保った】
と言う逸話があり、芭蕉が奥の細道の旅を終えて伊勢の遷宮参詣をした際、又幻と言う人のお宅に一泊した。そのとき、貧しいにもかかわらず又幻夫婦の暖かいもてなしを受けた芭蕉は感激して、この句を詠んだそうです。
『寂しい月明りのもとですが、明智光秀の妻の昔話をしてあげましょう。(あなたのその心掛けは、必ず報われる日が来ますよ)』
と言う意味。

できた妻ですね。そして、光秀も生涯側室を置くことなく、煕子一筋とのこと。

光秀死後、すぐに城内で、ガラシャの二人の弟、そして姉の倫と共に亡くなった。そして、織田信澄に嫁いでいた次姉菊も亡くなっている。

ガラシャだけが光秀の死後も夫忠興の考えで幽閉させることで、今しばらく生きることとなる。

 

お登代煕子の母、ガラシャの祖母になる。光秀にとっても、とても優しい母であったが、信長の命によって、人質に差し出していたが、信長の気変わりによって、殺されてしまう。

 

細川ガラシャ(玉子):ガラシャは洗礼名、絶世の美女とも言われている。父母兄弟を失ってから5年後の25歳のときに受洗。その12年後の1600、夫忠興出陣中に石田光成軍の人質要請にあい、それを拒否。キリシタンであるため自死はできず、家臣に刺してもらい命を絶つ。享年37歳。

熊千代:ガラシャの長男

お長:ガラシャの長女

細川忠興(ただおき):ガラシャの夫。ガラシャの美しさに魅せられたが、ガラシャが幽閉されていた間、一人おりょうと言う側室を置いた。ガラシャが戻ってきて以降は、ガラシャ一筋に戻り、ガラシャ死後45年生きたが、独り身を貫いたとのこと。

ただし、嫉妬深い。

忠興とガラシャが朝食をとっている時に、屋根の修理をしていた職人が、軒から顔を差し出して、美人と評判のガラシャを盗み見ようとして、体の平衡を失って地に落ちた。その場で、忠興は首をはねたと言う。

また、ガラシャが受洗したと聞いた時には、怒り抑えられずに待女二人の鼻を削いでいる。

こんな人間が長生きするようで、ガラシャ死後、45年、83歳まで生きている。

 

細川藤孝:忠興、興元の父。藤孝も側室をとらず、妻、麝香(じゃこう)一人のみ。

ガラシャは人質となるのを拒み自害したが、その行動に影響を受けて、翌年の1601年に、麝香は洗礼を受けた。洗礼名は細川マリア。

 

細川興元:忠興の弟、兄忠興の妻となったガラシャを心の中で愛した。そして、受洗もしている。興元は忠興に申し出て、ガラシャの次男与五郎を養子とした。その後、紆余曲折があり、最後に与五郎は、父忠興に切腹を命ぜられている。が、キリスト教信者となっていた与五郎は、自殺行為であるその命に服さなかった。そのため忠興に切り捨てられ33歳で亡くなっている。

興元は、兄忠興との不仲もあり、分家独立し、ガラシャ死後、19年後に亡くなる。

 

細川伊也:忠興、興元の妹

伊也は14歳で一色家との政略結婚をさせられた。結婚一年後に父藤孝、兄忠興に謀られ、宴の席で、忠興に伊也の夫は切り殺される。この時代には珍しい事件ではない。

 

初之助:玉子との幼なじみ。ただし、身分の差があった

お倫:ガラシャの姉。戦乱の世に従順な長女として、けなげに生きた

 

織田信長:明智光秀の主君でありながら、光秀に本能寺で倒される

織田信長の傍若無人ぶりを書きとめておきたい

 「このキンカ頭、酒宴の興を破る気か!」と光秀を罵り、喉元に槍を突きつけた。キンカ頭とは、禿げかけた光秀の頭を、信長が罵るときによくいった言葉

 光秀の頭をひきすえて扇子で打擲(ちょうちゃく)したり、欄干に頭を打ち続けたり、幾度むごい仕打ちを与えたか分からない。

 光秀、藤孝の武士仲間であった荒木村重、その一族郎党全員を極刑にしている。村重自身は逃げ延びて、信長死後、茶人として復活するも最期は自害する。

 安土城を留守にした間、待女が街見物をしたことに怒り、待女たちをみな殺し、とりなそうとした寺の僧まで殺してしまった。

 

高山右近キリシタン大名。キリスト教を禁教とし激動する時代の波に翻弄され続けたかにみえるその生涯、しかし、右近自身は、確固とした信仰者へと成長し、それを生き抜いた人であった。

秀吉からの棄教命令を拒否して大名としての地位や領地を失い、徳川家康によるキリシタン国外追放令により母国を追われたが、信仰を捨てなかった確固とした信仰の人であった。黒田官兵衛(孝高)、細川ガラシャがキリスト教信者になる影響を与えた。

 

正に「戦国の世」ですね。

これからの「日本」も今のままではヤバいですネ。

 

「逃げる恥だが役に立つ」で、平匡が「平穏でありたい」と言っていましたが“平和”でありたいですネ!

 

続く・・・

m(_ _)m

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2017年1月22日 (日)

「秘密」 東野圭吾著 を読んで

初めて東野圭吾氏の本を読んでみました!

殺人事件などの犯罪ミステリーはほとんど読みませんが、「秘密」のように、ほっこり型ミステリーは好きなので、読んでみました!

 

大変よかったです!あっという間に読めました!

 

1999年、東野氏40歳頃の作品になります。

 

舞台はバブルに向けて経済が活況していた1985年。

杉田平介 40歳、妻 直子 36歳、娘 藻奈美 10歳の家族の物語から始まる。

 

直子と藻奈美が、長野の直子の実家へ帰る途中に交通事故に遭う。

その事故で、直子は事故死。その魂が、からだは無事だが、呼吸ができずに“脳”に影響を与えてしまう藻奈美に乗り移る。

 

からだは10歳で中身は36歳の直子(藻奈美)が生還する。

 

10歳の直子(藻奈美)が25歳になるまでの物語でした。

 

「解説」より。

中年の男性である「平介」の心の揺れと、幼い女の子から少女にそうして娘へと成熟していく肉体を持たされた「直子」の心の揺れを細やかに明瞭に伝えてきます。

 

平介は、娘の肉体を持った妻を抱けるか。妻はどう感じているのか。

>直子は36歳から10歳のからだになってしまう。

>ここで、平介との年差は30歳! 

>からだが実の娘となると難しいかもしれませんネ。

>もし娘でなければ、30歳差カップルはあり得ると思いますが、

>石田純一さんと東尾理子さん(22歳差)

>ラサール石井さんは32歳差、加藤茶さんは45歳差です。

 

男の肉の欲は、理屈では鎮まらない。平介の心情は、男性の共感を得る。

娘の肉体を持った直子は、奇跡的に所有した二度目の人生を、意志的に生きようとする。それは、いつの日か、このからだに娘がもどってきたときのために、最善の器をつくることでもあります。直子のありように、多くの女性の共感を得る。

 

最後に、藻奈美のからだに藻奈美の魂は戻るのか?直子はどうなるのか!?

それは「秘密」です!?

 

すでに「映画化」、「TV化」までされていますから、知っている人は知っていますよネ!

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

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2017年1月21日 (土)

「人間の関係」(五木寛之著)を読んで

2007年、五木寛之氏、7677歳の頃の著書となります。

印象に残ったところをご紹介!

☆☆☆

鬱な気分に悩む若い世代には「歓びノート」を、

そして、中年の時期には「悲しみノート」を。

さらにある年齢に達したときに訪れる厄介な鬱には、「あんがとノート」をつくることがお薦めとのこと。

 

「歓びノート」では、例えば、

「きょう一日、無事に過ごせて、うれしかった」と“うれしかった”で締めくくる。

「悲しみノート」では、例えば、

「少しのタイミングで電車に乗れずに、かなしかった」と“かなしかった”で締めくくる。

「あんがとノート」では、例えば、

「一日、無事に過ごせて、ありがたい」と“ありがたい”で締めくくる。

 

抱えている鬱から抜けだすために、有効とのことでした。

☆☆☆

親鸞とイエスの家族観では、

親鸞は「自分は父や母の供養のために念仏したことなど一度もない」と言い、

イエスはルカの章で「もしだれかが私を訪れてきても、父、母、妻、子ども、兄弟、姉妹を、さらに自分の命であろうとも、これを憎まないなら、私の弟子ではありえない」と言った。これは、

血のつながりがすべてではない。それを超えることも大事なのだ。絆を切り捨てることも大事なのだ。人間はすべて他人であり、その他人が共に生きることに意味がある。

人は悩みつつ生きるしかないのです。

親鸞やイエスの発言こそ、むしろ人間のかかえた業の深さをあらためて感じさせるもののような気がするのです。

☆☆☆

革命家というのは、世のため、人のために革命に身をささげても、最後には民衆から裏切られ、追放され、処刑される。これが正しい革命家のあり方だと、思ってきました。

これは、自分の行為は決して報われない、そう思いながらも一生懸命尽くし、見返りを求めない。すべて裏切られても仕方ないし、ひょっとしてほんの少しでも相手がそれに対して好意を示してくれたなら、飛びあがって喜べばいい。

☆☆☆

世間で言う娼婦と遊客のような最悪の関係のなかにも、ひとかけらの人生の真実がある。

どんな泥の中にも信頼すべき人間関係は残る。

人間はいいかげんで、愚かしい存在だが、それでも信じられるところもあるよ、ということです。95%信じられなくても、5%ぐらいは信じていいのではないか。

暗闇の中に、遠く、ちいさな灯影が見える。明りがかすかに揺れている。それをみつけたとき、私たちはどれほど励まされ、勇気づけられることでしょうか。この5%を信じて、今日まで生きてきました。それ以上の信頼を求めるなんて、贅沢すぎるじゃないか、と言う声が、いつも頭の奥に聞こえるような気がしてならないのです。

☆☆☆

そして、

今の時代に、少しでも頼りになるものを探すとすれば、それは「人間の関係」である。

 

ありがとうございました~!

 

m(_ _)m


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2017年1月15日 (日)

「君たちに明日はない5-迷子の王子様」 垣根涼介著 を読んで その2

垣根氏は、現在の“政治・経済”についても書かれていました。

 

現政府が躍起になって進めているインフレ政策は、景気回復の側面もあるにはありますが、それ以上に、国家の赤字を実質的に圧縮していく側面も大いにあるのではないか・・・ついそんな風に考えてしまいます。

ちょうど、「借金苦の人がハイパーインフレを望む」構図に酷似しているように思えます。そうでなければ1千兆円以上にものぼる借金は、いまの物価のままでは到底返済できない。つまりは1千兆円が、いつの時期か3百兆円とか2百兆円までの実質的な価値に下がるようなインフレ政策・・・ということは、年金も当然、支給される額は同じでも、その時の日本銀行券の価値は目減りする。現在で、仮に10万円支給の価値が、将来的には3万とか2万ぐらいの価値しかもたないということとなります。

ですが、そうならなければ(この前のギリシャに見るように)国家財政は最悪の場合破綻して、日本銀行券は紙くず同然になってしまう可能性も消しきれません。

 

官僚体制はその本来の性質上、国家の滅亡が来ない限り、膨張と増殖を続けるものです。

当然、その支出も現在の国体が維持されている限りは増え続ける。国の経済規模はシュリンクしても、官僚組織全体の規模は決してダウンサイジングしない。それが良いとか悪いとかの話ではなく、今までの世界の歴史が証明しているように思います。

ちなみに平成28年度の一般会計予算は、約97兆円、その4割は借金で賄っているというのに、今もどんどん膨張を続けているのが現状です。

さらに言えば、かつて国や地方が手がけた(民間もできる)事業は、第3セクターの例をひくまでもなく、そのほとんどが破綻しています。自分のリスクにおいてお金を捻出していない(あるいはそのケツ持ちの覚悟が無い)人間のやる事業など、そもそも成功する確率はほとんどない。しょせんは他人から税金をかき集めてきたお金を流用して始めた「他人事の事業」なのですから。

 

*****

 

どう思いますか!?

 

最初に国家予算推移。

単位は10億円。確実に増加していますが、土光さんが頑張られた、S58S60はなんとか微増ですね。この3年は単年度の国家予算は微増ですが、累計の国の借金残高自体は減らしていました。

 

S58 50,380(中曽根内閣)

S59 50,627(中曽根内閣)

S60 52,500(中曽根内閣)

S61 54,089(中曽根内閣)

S62 54,101(竹下内閣)

S63 56,700(竹下内閣

H元 60,414(宇野内閣~海部内閣)

H2 66,237(海部内閣)

H3 70,347(宮沢内閣)

H4 72,218(細川内閣)

H5 72,355(羽田内閣)

H6 73,082(村山内閣)

H7 70,987(村山内閣)

H8 75,105(橋本内閣)

H9 77,390(橋本内閣)

H10 77,669(橋本内閣)

H11 81,860(森内閣)

H12 84,987(森内閣)

H13 82,652(小泉内閣)

H14 81,230 (小泉内閣)

H15 81,789(小泉内閣)

H16 82,111(小泉内閣)

H17 82,183(小泉内閣)

H18 79,686(小泉内閣)

H19 82,909(安倍晋三)

H20 83,061(福田康夫)

H21 88,548(麻生太郎)

H22 92,299(鳩山内閣)

H23 92,412(菅内閣)

H24 90,334(野田内閣)

H25 92,612(安倍晋三)

H26 95,882(安倍晋三)

H27 96,342(安倍晋三)

H28 96,722(安倍晋三)

H29 97,454(安倍晋三) 

 

総理大臣にも得手不得手な領域があると思いますが、「国家財政」に関しては、中曽根さん、小泉さん、そして菅さん、野田さんは、少なくとも膨張政策のみではよくならないと考えていたようです。

 

ハイパーインフレになっても、なにも良くならないと思います。

国の借金は目減りするかもしれませんが、年金生活者は生活ができなくなります。もちろん、年金はインフレに感応して上昇させる必要もあり、そのために年金財政は苦しい状態がますます苦しくなるでしょう。従業員の賃金が即応して上昇するとも思えません。

日本全体でみれば何も変わらない。否、ハイパーインフレになったら、ますます悪化するように思えています。

 

また、バブルが弾けてからの「膨張」はおかしいと思います!

なんとかH3H18年までの15年は国家予算70兆円代で賄ってきていましたが、安部さん、麻生さんが国の財政を担っているところは明らかに「膨張」しています。

 

これから日本の経済規模が超少子超高齢化等により、シュリンクせざるを得ない中で「行財政改革」も行わなければ、決して良くなることはないと思います。

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

2017年1月14日 (土)

「君たちに明日はない5-迷子の王子様」 垣根涼介著 を読んで

いよいよ「完結編」とのこと。

残念ですが、今後は垣根氏の新作を楽しみにしたいと思います!

すでに垣根氏の最初の歴史小説「光秀の定理」は読み終わりました!こちらも面白かったです!

さて、

「君たちに明日はない」の主人公、

村上真介は1974年(昭和49年)430日生まれ

恋人の芹沢陽子は1966年(昭和41年)生まれ

 

物語の始まった頃は、真介33歳、陽子41歳でしたが、今は2017年!

今年、真介は43歳、陽子は51歳になります。

熱いカップルという設定で描く時期は過ぎたのかもしれませんネ!

1巻では、かなり濃厚な!?ラブシーンがありましたからネ!

 

「あとがき」が印象的でしたのでご紹介します!

 

「あなたにとって、仕事とはなんですか?」

金のためか、個人の生活の安定・保障のためか、出世のためか、あるいは「大企業に勤めている」という社会的な見栄や誇りを、自分の社会的存在理由の一部とするためか、そういう意味を含めて、個人的な金銭的・社会的な栄華を目指しているか・・・。

ですが、日本の経済がダウンサイジングを余儀なくされている昨今、さらにはグローバリズムの波がすべての国の護岸を絶え間なく洗い削りつつある今では、そうした実利面だけの動機付けで仕事をする事は、その時々の社会情勢や企業の業績によって賽の目がコロコロ変わるリスキーな生き方ではないかと、個人的には感じています。

私の友人や知り合いの人生を長いスパンで見続けてきて、しばしば感じてきたのは、

「金儲けのためだけに仕事をしている人間は、大体の場合、いつかその金に足元を掬われる」ということです。

あるいは、こう言ってもいいかもしれません。

「いつの時代でも、金儲け、あるいは金を稼ぐためだけに仕事をする人間は、永久にその仕事から報われることは無い」と。

その反面で、私は周囲の(別の種類の生き方をする)人間を見続けてきて、こう感じてもいます。

「その仕事に自分なりの意味や社会的な必然を感じている人間には、お金が目的で仕事をしていなくても、不思議と必ず後からお金がついてくる。少なくとも食べるに困らないぐらいは、常に彼あるいは彼女の元に集まってくる」と。

あるいは楽観的に過ぎる見解かもしれません。それでは、この社会の現状でどう生きていくか。

私自身が仕事について深く考えるようになったのは、現在のモノ書きになってからです。そしてしみじみ思うのは、「やっぱりお金のためだけに続けるのは、仕事はツラい」、ということです。この20年間で日本の経済はどんどん悪くなっているし、残念ながらこの先も明るいとは言えません。

テレビや雑誌も「格差社会」とか「終身雇用制度の崩壊」とか大袈裟な見出しを付けて将来への不安を煽ろうとします。けれども、それは給料や昇進などの待遇が悪くなったり、その企業が最悪でも倒産すると言うことで、本来の仕事の楽しさ、それを自分がやる意味とは、別の問題として考えた方がいいのではないでしょうか。

「(仕事を通じて)今を楽しめていない奴は、将来も楽しめないよ」

その通りだと思います。自分の興味が持てることを探して、それを仕事にする。あるいは、その仕事を通じて社会に参加する意味を持てるような自分を、自分の周囲の環境から作り上げていく。そうすれば、とりあえずは食うだけのお金があれば、納得もできるし多少は厳しい現状にも耐えられるのではないか。なによりも現行の「あと出しジャンケン」同然の年金制度に頼らずとも、死ぬまでその仕事を続けてもいいや、と思えるかもしれません。

不透明極まりない現状に対する一番の予防策は、死ぬまで継続しても納得できるような仕事を見つける、あるいはその第二の人生に合わせた環境づくりを自ら行い、社会参加をしていく。そして、あくまでもその結果として物価スライドに合わせた日銭を得ることが、そのような人的繋がりを相互に持つことが、個人個人の最も安心できるセイフティーネットになるのではないでしょうか。

そう云う人間が今後もっと増えたら、不景気とか年金削減とか国民の人口減とかの問題以前に、もう少しは、みんなが明るい顔をしてあるけるような世の中になるんじゃないかな?と思っています。

もし国や現行制度を不安に思うのなら、まずは個人個人でなんとかやり繰りしていこう、自分でできる事(主に仕事)を探し、または作ろう、そして選挙に行こう、という話です。

人の幸せというものには様々な形があると思っておりますが、

「一生現役として、そこそこ楽しく(経済的に自立しながら)仕事を続ける。あるいは一生、人から求められている仕事あるいは社会活動を通じて、この人の世に参加をできる状況にある」ということも、幸せの一つの形である。そういうふうに私は感じています。

できれば読者の皆さんにとっても、そうであって欲しい。

ですが、そうやって色々と考えてきた仕事観や社会観も、結局は現時点での暫定仕様でしかないのだろうと感じています。社会や人間関係が次のフェイズに行けば、これまでの考え方や方法論が通用しなくなって、また自分をリストラ(再構築)していかなくてはならない。

それが「生きていく」ということなのでしょう。

最後になりますが、スペインの思想家オルテガ(1883-1955年)の言葉を引いて、このあとがきの終わりといたします。

「実際の生とは、一瞬ごとにためらい、同じ場所で足踏みし、いくつもの可能性の中のどれに決定すべきか迷っている。この形而上的ためらいが、生と関係のあるすべてのものに、不安と戦慄という紛れもない特徴を与えるのである」 (『大衆の反逆』1930年より)

 

ありがとうございました~!

m(_ _)m

(単行本)

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(文庫本)
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2017年1月13日 (金)

「逃げるは恥だが役に立つ」(海野つなみ著)を読んで観て!

最初はテレビ!

テレビが面白くて、本(マンガ)まで読みました!

 

物語としては、本の方が“シッカリ”していて“面白さ”ももちろんでしたが、さらに笑いを多くしたのがテレビになるでしょうかネ!

 

先にシッカリしていた本では、

「事実婚」(同居の事実を証明できる住民票は必要)の場合の“社会保険”について、きちんと説明がありました。

事実婚であっても、世帯主の健康保険に加入可能であり、第三号被保険者として基礎年金にも加入可能であること。

 

そうですネ!みくりは“事実婚”した後に歯医者へ行っていました!

治療はセラミックを選んだので結局保険は利きませんでしたが、それまで保険の利く銀歯にするかで悩んでいました!

そして、治療費を得るために仕事を増やして頑張る!エライ!

 

ところで、なぜこれほどまでに人気が出たのでしょうか?ちょっと考えてみました

・男性、女性、LGBTのすべてから“共感”が得られたこと

・物語が「超少子超高齢化社会」にマッチしていたようにも思えること
「仕事モノ」であり、「恋愛モノ」でもあり、
そして、現在の経済状況下、男性、女性、LGBTもみんな働き(ボランティアではなく)、お金を得ることを基本に、どうやって生き抜くか!元気づけられるように思いました。
平匡、みくりの「事実婚」、ゆりちゃん、風見さんとの「年齢差カップル」、日野さんの「子育て世代家族」、「ゲイ」の沼田さん、「シングルマザー」のやっさん

・配役もベストであったこと

・出演者による「恋ダンス」がかわいくてとてもよかったこと

・物語の中での“みくりの妄想”がとても面白かったこと

・みくりの妄想に限らす、物語に上手く沿って視聴者の“笑い”もとろうとしていたこと

 “笑う門には福来る”大事ですネ!

 

ところで、主人公の「みくり」は「実栗」からと植物系や自然でそろえているそうです。

「森山」、「風見」。「沼田」、「日野」と、そして、「津崎」は水系で「平匡」は魚のヒラマサからきているそうです。ビックリ!

 

恋ダンスも少し覚えました!

なかなかいい運動になりますネ!

 

ありがとうございました~!

m(_ _)m

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2017年1月 8日 (日)

「林住(りんじゅう)期」(五木寛之著)を読んで

2008年、五木寛之氏、7778歳の頃の著書となります。

 

古代インドでは、

人生を四つの時期に分けて考えたと言います。

「学生(がくしょう)期」、「家住(かじゅう)期」、そして、「林住期」と「遊行(ゆぎょう)期」。

「林住期」とは、社会人としての務めを終えたあと、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことです。

 

「林住期」は50歳から75歳までの約25年間のことを言い「本当にしたいことをするとき」とのこと。

 

先日、五木寛之氏84歳の著書「玄冬の門」を読みましたが、

古代インドでは「遊行期」のことで、中国では「玄冬」と呼びます。

 

その一つ前の「時期」になります。

 

五木氏いわく、

「林住期」に入って、物忘れがひどくなってきた。脳の中で微小梗塞が進んでいるのだろう。それは自然な老化であるから、無理に抵抗はしない。

「記憶力」は筋肉と同じで、トレーニングをやらないよりやったほうがいい。私は、そのために、19世紀のロシアの小説を読むことにしている。「脳トレ」と思って読めば「悪霊」も「戦争と平和」も、気楽に読める。

50歳を迎えたら、耐用期限を過ぎた心身をいたわりつつ、楽しんで暮らす。それが理想だ。私自身は、一度50歳でリタイアしたが、また同じ生活に戻ってしまった。遅まきながら最近ようやく「林住期」のペースがつかめてきたように思う。

 

学ぶことのおもしろさに目覚めることも、その年をとる効用の一つだろう。

60歳からでも、おそくはない。70歳になって大学に顔を出す、などというのも悪くはない老後の楽しみだ。

それは純粋に自分のための楽しみである。社会に貢献するわけでなく、世のため人のためでもない。人生の後半をそんなふうに生きることが、それだけで自然に世間を良くすることになる。

人生の後半を“峠を越した下り坂”と考える思想を打ち破る。人生のクライマックスを50歳からにおく。黄金の「林住期」の始まりである。

 

*****

なんとなくですが、五木寛之氏は、交流のあった大橋巨泉氏(1934年生まれ)を少し意識されているようにも思いました。巨泉氏自身は1990年、56歳のときに芸能界をリタイア。五木寛之氏も49歳、1981年に龍谷大学進学のために休筆をされましたが、3年後には復帰をされています。

やはり、五木氏は“書くこと”が好きなのだと思いました。そして、巨泉氏は「林住期」において、本当にやりたいこと、好きなことをされていたのか、ちょっと分からないナ、と思いました。

 

自分自身も50歳を過ぎました!

巨泉氏のようなリタイアはできませんが、心身共鍛え続けて、これからの「林住期」、「遊行期」を謳歌できるようにしたい!と思いました。

 

ありがとうございました!

 

m(_ _)m

 

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2017年1月 2日 (月)

2017年 謹賀新年

新春を迎え皆々様のご多幸をお祈り申し上げます!

 

旧年中は、とくに一昨年末からの父親の胆管炎、胆嚢炎による入退院があり、病院からは胆嚢摘出が最善とのことでしたが、要介護2状態もあり、極力入院日数が短くなるように内視鏡による乳頭切開手術までとして胆嚢摘出はしませんでした。

摘出をしなければ、再発リスクを負うことになりますが、認知症が進むよりはよいと判断。

そして、昨年9月には再発。そこでも医師と相談をして胆嚢摘出は回避しました。

 

1週間の入院でも「認知症」はとても進みます。

退院後のリハビリが重要、かつ大変です。とくに母親が大変でした。

胆嚢摘出だと、入院が1ヶ月近くになります。ちょっと怖いですネ!

 

昨年秋以降より、少し落ち着いています。

 

『超少子超高齢化時代』、微力ながらも社会に貢献し、そして如何に生き抜くか!

人とのつながりを大切に、少しでも役立てるように頑張りたいと思います!

 

昨年は、オバマさんの広島訪問を真似て、自分も初めて広島へ行ってきました!

映画も社会人30年にして、年間5本を鑑賞!

えっ、ナニ、それって!?イイじゃないですか!

中でも単純に笑えたのが「変態仮面」でした。「笑い」は大切ですネ!

 

新年を迎え、前向きな気持ちを持って頑張ります!

 

本年もどうぞよろしくお願い致します!

m(_ _)m

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