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2017年1月28日 (土)

『細川ガラシャ夫人』(三浦綾子著)を読んで

今でいう「戦争」・・・

の無かった年はない戦乱の世に生を受けた、細川ガラシャの一生となります。

興味ある戦国武将の一人『明智光秀』の娘になります。

 

登場人物について

 

明智光秀:細川ガラシャの父

領地では善政を行ったと言われています。

後年において、信長に所領をすべて召し上げられたこと。これまでの光秀のみならず仲間への傍若無人な振る舞いもあり、本能寺で信長を倒す。その後、光秀も秀吉に追われて死す。享年56歳頃

 

明智煕子(ひろこ):細川ガラシャの母

「月さびよ明智が妻の話せん」(松尾芭蕉)

【明智光秀が出世する前、貧しかった頃に、順番に家を訪れ食事をしながら話をすると言うもの、今でいえば、持ち回りの家での懇親会)を催すお金がなく、集まる人をもてなす料理の準備もままならない。そこで妻は長く美しい黒髪を切り売ってその代金とした。その料理は他家のものより立派な食事で、光秀は面目を保った】
と言う逸話があり、芭蕉が奥の細道の旅を終えて伊勢の遷宮参詣をした際、又幻と言う人のお宅に一泊した。そのとき、貧しいにもかかわらず又幻夫婦の暖かいもてなしを受けた芭蕉は感激して、この句を詠んだそうです。
『寂しい月明りのもとですが、明智光秀の妻の昔話をしてあげましょう。(あなたのその心掛けは、必ず報われる日が来ますよ)』
と言う意味。

できた妻ですね。そして、光秀も生涯側室を置くことなく、煕子一筋とのこと。

光秀死後、すぐに城内で、ガラシャの二人の弟、そして姉の倫と共に亡くなった。そして、織田信澄に嫁いでいた次姉菊も亡くなっている。

ガラシャだけが光秀の死後も夫忠興の考えで幽閉させることで、今しばらく生きることとなる。

 

お登代煕子の母、ガラシャの祖母になる。光秀にとっても、とても優しい母であったが、信長の命によって、人質に差し出していたが、信長の気変わりによって、殺されてしまう。

 

細川ガラシャ(玉子):ガラシャは洗礼名、絶世の美女とも言われている。父母兄弟を失ってから5年後の25歳のときに受洗。その12年後の1600、夫忠興出陣中に石田光成軍の人質要請にあい、それを拒否。キリシタンであるため自死はできず、家臣に刺してもらい命を絶つ。享年37歳。

熊千代:ガラシャの長男

お長:ガラシャの長女

細川忠興(ただおき):ガラシャの夫。ガラシャの美しさに魅せられたが、ガラシャが幽閉されていた間、一人おりょうと言う側室を置いた。ガラシャが戻ってきて以降は、ガラシャ一筋に戻り、ガラシャ死後45年生きたが、独り身を貫いたとのこと。

ただし、嫉妬深い。

忠興とガラシャが朝食をとっている時に、屋根の修理をしていた職人が、軒から顔を差し出して、美人と評判のガラシャを盗み見ようとして、体の平衡を失って地に落ちた。その場で、忠興は首をはねたと言う。

また、ガラシャが受洗したと聞いた時には、怒り抑えられずに待女二人の鼻を削いでいる。

こんな人間が長生きするようで、ガラシャ死後、45年、83歳まで生きている。

 

細川藤孝:忠興、興元の父。藤孝も側室をとらず、妻、麝香(じゃこう)一人のみ。

ガラシャは人質となるのを拒み自害したが、その行動に影響を受けて、翌年の1601年に、麝香は洗礼を受けた。洗礼名は細川マリア。

 

細川興元:忠興の弟、兄忠興の妻となったガラシャを心の中で愛した。そして、受洗もしている。興元は忠興に申し出て、ガラシャの次男与五郎を養子とした。その後、紆余曲折があり、最後に与五郎は、父忠興に切腹を命ぜられている。が、キリスト教信者となっていた与五郎は、自殺行為であるその命に服さなかった。そのため忠興に切り捨てられ33歳で亡くなっている。

興元は、兄忠興との不仲もあり、分家独立し、ガラシャ死後、19年後に亡くなる。

 

細川伊也:忠興、興元の妹

伊也は14歳で一色家との政略結婚をさせられた。結婚一年後に父藤孝、兄忠興に謀られ、宴の席で、忠興に伊也の夫は切り殺される。この時代には珍しい事件ではない。

 

初之助:玉子との幼なじみ。ただし、身分の差があった

お倫:ガラシャの姉。戦乱の世に従順な長女として、けなげに生きた

 

織田信長:明智光秀の主君でありながら、光秀に本能寺で倒される

織田信長の傍若無人ぶりを書きとめておきたい

 「このキンカ頭、酒宴の興を破る気か!」と光秀を罵り、喉元に槍を突きつけた。キンカ頭とは、禿げかけた光秀の頭を、信長が罵るときによくいった言葉

 光秀の頭をひきすえて扇子で打擲(ちょうちゃく)したり、欄干に頭を打ち続けたり、幾度むごい仕打ちを与えたか分からない。

 光秀、藤孝の武士仲間であった荒木村重、その一族郎党全員を極刑にしている。村重自身は逃げ延びて、信長死後、茶人として復活するも最期は自害する。

 安土城を留守にした間、待女が街見物をしたことに怒り、待女たちをみな殺し、とりなそうとした寺の僧まで殺してしまった。

 

高山右近キリシタン大名。キリスト教を禁教とし激動する時代の波に翻弄され続けたかにみえるその生涯、しかし、右近自身は、確固とした信仰者へと成長し、それを生き抜いた人であった。

秀吉からの棄教命令を拒否して大名としての地位や領地を失い、徳川家康によるキリシタン国外追放令により母国を追われたが、信仰を捨てなかった確固とした信仰の人であった。黒田官兵衛(孝高)、細川ガラシャがキリスト教信者になる影響を与えた。

 

正に「戦国の世」ですね。

これからの「日本」も今のままではヤバいですネ。

 

「逃げる恥だが役に立つ」で、平匡が「平穏でありたい」と言っていましたが“平和”でありたいですネ!

 

続く・・・

m(_ _)m

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