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2017年6月

2017年6月17日 (土)

映画「光」鑑賞!!

今年は「6月」にして初映画・・・

昨年よりもペースダウン、やっぱり仕事が忙しくなると、映画も観れなくなるのか、観に行く気力がさがるのか・・・、それでもなんとか観てみたい映画へは行ってきましたヨ!

 

河瀨直美監督の映画になります。

前作の「あん」(2015530日封切)では「誰にも、この世に生まれてきた意味がある!」、「どんな人も、どんな人生にも、この世界に生まれてきたことに意味がある!」がテーマでした。

そして、今回の「光」(2017527日封切)では、「人生、どんなことがあっても、その先には“光”がある!」でしょうか。

 

映画の中には、三つのストーリーがあると感じました。

 

一つ目は、永瀬正敏演じるカメラマン中森雅哉は、視力を失いゆく恐怖と苛立ちの中で、もがいている。

水崎綾女演じる視覚障害者のための音声ガイドをつとめる尾崎美佐子は、中森の視力があったときに撮った写真を観て“こころ”を動かされる。そして次第に惹かれていく。

この物語を中心としながら、

二つ目は、尾崎には、田舎に認知症の母親がいる。普段は連絡をとりながら、時々、田舎に帰るという生活をしていた。そろそろ施設に入れたほうがよいのかもしれない、と悩んでいる。

 

さらに三つ目は、本映画の中で、尾崎が音声ガイドを務めている“映画”、そこには認知症の妻を抱えた高齢の夫が、その妻を殺そうとするができず。最後は二人で共に生き続けることを選択するという物語。

 

それぞれ大変な人生であるわけですが、それでも、その先には“光”があるヨ、という映画でした!

 

ありがとうございました!

m(_ _)m

 

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2017年6月11日 (日)

癒しを求めて!?

H先輩に声をかけていただきました!

そして、癒しを求めて!?「昼のセント酒」へ行ってきました!

それと弟からもらった、港区銭湯招待券の利用も含めてスタートは、ナント港区は“白金高輪”!

始めて来ました!そして、気が付いたのは「恵比寿」からそれ程遠くないこと!

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“昼のセント”は“白金高輪”から歩いて10分程の「三越湯」!

2005年にリニューアルしていて、かなりおしゃれで綺麗で落ち着いた雰囲気のある銭湯でした!

ちょっと狭い感と夜は1030分までとなりますが、良かったですヨ!

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湯上りには「三越湯」の真向かいにある「大久保ぜんざい」(なんと創業95年)で“クリームあんみつ”を堪能!今時450円はリーズナブル!美味しかったです!

醤油だんごが売り切れだったのは残念でしたが、次回の楽しみに残しておきましょう!

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甘味を堪能した後は恵比寿まで散策20分位、

本日のせんべろ本命「まくら とよかつ」へ!

創業は昭和21年とのこと。そして、ここで使用する豚もつはすべて朝びき、さっきまで生きた状態の鮮度の良いモツを朝8時から仕込みして串うちしているそうです。

だから、臭みがない。そしてやはり「タレ」が奥深い継ぎ足しのタレ。先代からずっと守り続ける秘伝のタレだそうです。

だから、串が頼めるのは1回だけ。焼き物の追加注文は基本なし。そこで、食べる前に何を食べるかをイメージングして頼むのが「とよかつ流」だそうです。

また、ホッピーを注文すると大きなジョッキに多めの焼酎が登場、“中”、“外”は無くて、ホッピーは1回で全部注ぐと、ジョッキいっぱいにして飲むルールになります!

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名物の「まくら」
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そして、もう一軒!焼き鳥「たつや」(創業昭和51年)へ。朝8時からやっているとのこと。さすが“焼き鳥”がとても美味しかったです!

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二軒とも、一人でもふらりと立ち寄れそうなお店でした。とてもよかったです!

これからも“せんべろ”の道を深めていきたいと思います!

休日の癒しとなりました。ありがとうございました!

 

また明日からお仕事・・・ドタバタ、あたふたと、もがく毎日が始まりますが、とてもリフレッシュできました!

ありがとうございました~!

m(_ _)m

2017年6月10日 (土)

凄いひとたち!!!

わが“命”を懸けて、自分たちの国のために尽力したひとたち!!!

 

その一人「土光敏夫氏」

「清貧のひと」であり、1988年、91歳で亡くなられるのですが、1986年まで「臨時行政改革推進審議会会長」を務められていました。

 

その一人「山口新一郎氏」

1985年改革を実際に指揮したのは厚生省、なかでも山口新一郎年金局長であった。「年金の鬼」、「年金の神様」とも呼ばれた山口は、改革に向けた勉強会を若手と積み重ね、省内の態勢固めを行うとともに、年金局長となってからは、マスコミ対策もこまめに展開した。世論の流れを創るうえで決定的な役割を果たした有識者に対するアンケート調査は、山口の決断による。

その背景には、第二臨調を通じてなされたということ。

第二臨調行財政改革という政治目標実現のために設置された、日常的な行政的決定手続きとは異なる「政治的」決定メカニズムである。その一環にある政策、改革であった。

19817月 の第一次答申において,国家福祉拡充から抑制への方向転換を鮮明にし,翌年の基本答申(第三次 答申)では,全国民を対象とした基礎年金を確立する。将来の年金制度の一元化を展望しながら各制度間の不均衡の解消・合理化を行う,給付水準 の適正化を図る,支給開始年齢や保険料を引上げる、という改革の大枠を定めていた。

そして、昭和59年、命尽きるまで尽力されました!

 

ここで、復習!

「臨時行政調査会」とは、

行政改革のため、内閣総理大臣の諮問機関として設置された審議会。略称は「臨調」。196164年まで池田内閣のもとに置かれた「第1次臨調」と、198183年まで鈴木内閣・中曽根内閣のもとに置かれた「第2次臨調」とがある。

そして、「臨時行政改革推進審議会」1983年~1986年 昭和5861年)とは、「第2次臨調」の答申についての政府の対応を監視するとともに、具体的推進のための方策を話し合う機関。

その、実施提言はWikipediaより

赤字国債ゼロ

官業民営化

 国鉄分割民営化

 日本電信電話公社

 日本専売公社

3K赤字(コメ、国鉄、社会保険)の解消

 

ここにもう一人!

「第2次臨調」から「臨時行政改革推進審議会」まで、会長の土光敏夫氏の“名参謀”として活躍された「瀬島龍三氏1911129 - 200794日)がいたことを知りました。

土光敏夫氏と瀬島龍三氏の二人だけが「第2次臨調」から「臨時行政改革推進審議会」までの1981年~1986年まで、その役員として関われたと言うことです。しかも、「専任的に」です。

なぜなら、「第2次臨調」、「臨時行政改革推進審議会」の役員の大半は実業界の現役役員であり、大学教授の方ばかり、その中で、土光敏夫氏はすでに実業界からは離れられていたこと。瀬島龍三氏は、このタイミングで、伊藤忠商事の相談役に勇退されたこと、が挙げられます。

 

「瀬島龍三氏」、聞いたことのある名前でしたが、なんとなくイメージはよくありませんでした。

何と言っても、太平洋戦争において、日本を誤った方向に導いた「大本営」の“参謀”でもあったからです。

ところが、伊藤忠商事を大企業に成長させた人物であり、「第2次臨調」から「臨時行政改革推進審議会」での推進役であったことを知ると“名参謀”なのだと思いました。

大本営のようにトップが腐敗していなければ、その参謀として、よい方向に導くことができる凄腕の持ち主なのだと思いました。

 

「瀬島龍三」 参謀の昭和史 保坂正康著 を読んでみました。

 

感想は後日!!

では、では

m(_ _)m

 

2017年6月 4日 (日)

「増補版赤ペンチェック自民党憲法改正草案」 伊藤真著 を読んで

最初に、自分は“平和”を希求していますので「護憲派」になります。

そこで、気になることは、自衛のための“武力”を持たなくて大丈夫なのか。日米安全保障条約があるから大丈夫なのか、と言うことがあります。

 

それは、伊藤真氏のブログに書かれていました。

ちなみに、伊藤氏自身も「護憲派」になります。

 

推進していくことは難しいかもしれませんが、必要だと思いましたので、記録!!

 

「集団的自衛権」と「集団安全保障」との違い

自分の国を守るために、自国の軍備を拡大するとどうしても軍拡競争となり、かえって地域の軍事的緊張が高まります。紛争の火種を抱えることになり、地域の安全保障の障害になります。そこで、自国の戦争する権利を制限して、周辺諸国と信頼し協力しあうことで「安全保障」を実現しようという試みが生まれたのです。

 

独立国家としての主権を制限することによって、むしろ国家の安全を守ろうとするのですから、これまでの自衛権の発想とはずいぶんと方向性が違います。むごい戦争を経験した人類が到達したひとつの知恵といってもいいかもしれません。これが「集団安全保障」という考え方です。

 

 「集団安全保障」というのは、多くの国があらかじめ友好関係を結び、相互に武力行使を禁止すると約束して、お互いの国家主権を制限します。もし万が一、この約束を破って他国を侵略する国があれば、侵略された国が自衛権を行使して反撃するのではなくて、他のすべての国が協力してその侵略を止めさせようとするのです。

 

「集団的自衛権」は、同盟国の敵を自分の敵として反撃しようとするので、同盟国だけで結束し、それ以外は敵とみる、いわば排除の論理を前提にしていますが、「集団安全保障」は、仲間を信頼して、共同して問題を解決しようという共生の論理を前提にしています。その前提とする発想がまったく逆向きなのです。

 

国連憲章は、先に述べたようにこの「集団安全保障」を原則としました。国際政治の現実への妥協から自衛権の行使を禁止することはできませんでしたが、あくまでも集団安全保障の方向で問題を解決しようという姿勢は明確です。

 

その後、1946年に制定されたフランス憲法でも「平和の組織および防衛に必要な主権の制限に同意する」として、個々の国が自分たちの力だけで、自国を守るという伝統的な発想から解放されたのです。その後ドイツでも安全保障のために国家主権を制限する憲法を制定します。

 

そして、こうした「集団安全保障」のために国家主権を制限するという発想は、幣原喜重郎によって提案された日本国憲法9条と前文に端的に現れています。日本は国家主権としての戦争を放棄し、自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄したのです。

 

現在の潮流にある集団安全保障の考え方

以上のように、独立国家だから、自分の国を自分たちでまもらなければならないという考え方は、自分たちだけで守るべきだという意味であれば、それは時代遅れの発想ということになります。世界の流れは、たとえ国家の主権を制限しても、「集団安全保障」のしくみをいかに構築していくかに焦点が移っているのです。

 

もちろん、ヨーロッパでも移民の問題や人種、宗教の問題など、“安定した集団安全保障の仕組み”を作り上げるには、まだまだ多くの難問を抱えています。国連も十分に機能しているとはいえません。しかし、他国と協力して集団安全保障を図っていこうとする枠組み自体は否定されていません。地続きのヨーロッパでは自国の軍事力だけで自国を守ろうとすることがいかに非現実的かよくわかっているからでしょう。

 

日本も、アジアの一員として存在し続けるためには、大陸や朝鮮半島の国々と協力関係を築き、アジアにおける「集団安全保障」の枠組みをいかに構築するかという大きなテーマを議論する時期に来ているように思われます。アジアでは、経済問題のみならず、エネルギー問題、環境問題、自然災害対策など私たちの生存に必要な課題が山ほどあります。

それらの問題を軍事力強化によって解決できるとはとても思えません。

 

こうした我々の生存や生活を脅かすあらゆる脅威からの安全を確保するためには、アジア各国との信頼関係、協力関係の構築は不可欠のはずです。そのときに他国の軍拡路線に惑わされて、日本の基本的な軸がぶれることは、日本のみならず、アジア、ひいては世界の安全保障に大きなダメージを与えることになるでしょう。

 

自国の住民を守るために、国家の主権すら制限し、より広い範囲で広い意味の安全を確保するための努力が必要だと考えます。

感情論ではなく、理性と知性によって、より安全に快適に暮らせる社会をつくることに努力するべきです。そうした知性を発揮することは、国力を高めることにもつながり、日本が国際社会において名誉ある地位を占めることにつながるのです。

私たちひとり一人が、他国の脅威論やわかりやすい暴力肯定論に惑わされるのではなく、本当に必要なことは何かをしっかりと具体的に考えることが必要です。そのために憲法9条は重要な意味を持っているのです。

 

より詳しくはコチラ

http://www.magazine9.jp/article/juku/7432/

 

ありがとうございました~!

m(_ _)m

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