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2025年10月 4日 (土)

瀬戸内寂聴さん(1922年5月15日~2021年11月9日、享年99歳)が85歳から86歳の講演会を元に書籍化された“老いて照らす”を読んで

この本を読ませていただいて、

85~86歳の寂聴さんは、まだまだお若いナ、そんな風に”力強さ”を感じました。

 

では、気になったところを書き留めておきたいと思います。

 

80歳くらいで白内障の手術をされています。

手術後、洗面所で

「ぎゃ~っ!!、見て、鏡の中に80の婆さんがいる!!」と悲鳴

それは、鏡に映る、目がよく見えるようになった自分自身だったのです。

 

時間はさかさまには流れない。人間はおぎゃーと生まれた瞬間から、死へ向かって一直線に進み続ける。そういう運命なんです。

 

あの親鸞聖人ですら、弟子の唯円が、

「私はいくら念仏を唱えてもあの世に行きたいという気持ちが生まれない、少しでも病気になると、死ぬのが怖くて不安になる。これは信心のこころが足りないからでしょうか」と質問したのに対して、

「おまえもそうか、実は私もだ」と答えています。

 

「衣食足りて礼節を知る」と言いますけれども、

環境が豊かだと人間は自然と他者にやさしくなれるのですね

 

マッカーサーが座右の銘としたサミュエル・ウルマンの詩に、

「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ」というのがありますね。

自分の歳を意識した瞬間に、その人は老人になるし、老いも早まるのです。

自分らしく生きることが何よりも大事で、老人らしく生きる必要は無いのです。

 

宇野千代さんは

「秋になると枯れ葉がはらはらと散るでしょう。長生きすると、あんなふうに舞いながら、自然に散れるような気がするの。若くして死ぬと、体が「死にたくない」と抵抗するから、苦しむような気がするの。だから長生きしたいわ」

この言葉通り、宇野さんは極めて穏やかな死を迎えました。ほんとうにご自分が望んだとおりの、理想的な死の形だったと思います。

新しいことに挑戦すること、おしゃれや恋を忘れないこと。このような気構えで生きれば、老いることは決して怖れることではありません。

 

私は若い頃、お酒がとても強くて、「文壇酒豪番付の西の大関」と言われていました。(笑)

 

「報怨以徳」。この言葉は「老子」に由来するそうですけれども、

「怨みに報いるのに徳を以てす」

怨みに対して怨みでもって応えるな、復讐することはしない。むしろ徳をもって対処する

 

人に誹られたり、逆境に立っても、それらを「縁」として活かせないか、前向きに考えてみましょう。

仏様はやさしいですから、いかに不器用でも、努力する人、前に進もうとしている人を決して見捨てたりはなさいません。

仏様の愛は慈愛、または慈悲と言います。慈愛というのは、与えるだけでお返しを求めない愛です。

そのような愛を身につけなさい、というのが仏様の教えなんです。

 

私は、肉食もしますし、たまにはお酒も飲みます。人の悪口は、あまり言わないようにしていますが、人の悪口を言いながら御飯を食べると美味しいですよね。

肉食は、聖路加国際病院の日野原重明先生に、長寿と健康の秘訣として勧められました。お酒は、もともと好きなので、つきあいと称して飲んでいます。

 

楽しく、美しく、歳をとってください。そして、愛して、人を許して、死んでいきましょう。

歳をとったからと言って、人を愛するのをやめることはない。八十になっても、九十になっても、人を愛しましょう。生きることは愛することです。いくつになっても胸のときめきを忘れないで生きましょう。

 

お釈迦様の最期

お釈迦様は29歳で城を出て、35歳で悟りを開かれて以来、80歳までの45年間、休む間もなく各地を遊業し、亡くなる少し前に、弟子のアーナンダに、こんな言葉を残されています。

「アーナンダよ、自分はポンコツの車のようだ。もうぼろぼろになって、やっと革紐で車輪をつなぎ合わせて動いている。ああ疲れた」

お釈迦様はこうして衰弱しながらも、最期の最期まで仏法を説く旅を続けられて、クシナガラというところで亡くなられました。

「アーナンダよ、泣くな、悲しむな、嘆くな。私は常に説いてきたではないか。すべての愛するもの、好むものは必ず別れるときが来ると。会うは別れの始めだと。およそ生じたもの、存在したものは、必ず破壊されるものだということを。これらの理が破られることは無いのだ」

 

2007年頃に書かれている為、社会保険庁の話題もありました。

社会を成り立たせている部品、それらをつなぐねじのようなものが、ばらばらと脱落していくような、そんな犯罪が増えています。日本という国が、どろどろになって溶けていくような情景を、否応なく見せられている、そんな気持ちがします。

 

自分が「これは間違っている」と思ったことには、あきらめないで、勇気をもって声をあげていくべきです。

「そんなことをしても無駄なんじゃないか」とあきらめ、この悪い時代に狎れてしまってはいけません。

長い長い歴史の中で、私たち一人一人は砂粒のようなちっぽけなものですけれど、でもその砂粒のような人間が、歴史を作ってもいるのです。

ですからどんな悪い時代でも、人間の可能性を信じて、祈り、行動していきましょう。

悪いことは悪いと、声をあげ、立ち上がり、腕を組んで、悪い歴史の流れの堰となろうではありませんか。

ありがとうございました! !m(_ _)m

 

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