生命保険

2012年7月23日 (月)

「ハゲタカ」 真山 仁著 を読んで その3

またまた登場をさせていただきました。

本の中に、次の記載がありました。

主人公のホライズン・キャピタル(投資ファンド)の鷲津社長がもの思いに浸るシーンになります。

         

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日本でホライズン・キャピタルを創業して以来、彼らを取り巻く環境は最悪だった。それもこれも原因は、98年に破綻した大手長期信用銀行である長債銀を、2000年に金融庁から安値で買収したリッキーウオーターという得体の知れないファンドのせいだった。

連中のおかげで、日本中で「ハゲタカ」たたきが始まった。

誰もが日本経済が低迷している本質の追求をやめ、本来は死にかけた企業を救済することになるファンドの動きを妨害した。

しかし、その「被害者」づらの向こうにあったのは、日本の経営者達の責任のすりかえだった。彼らは、日本経済の低迷の原因をすべて「ハゲタカ」に押しつけることで、元凶である自分達の放漫経営の責任を回避しようとしていたのだ!

*****

これは、

日本長期信用銀行→新生銀行(平成12/20006月)の想定と思います。

引き受けをしたリッキーウオーターはハゲタカと言われていますが、また「救世主」でもあると思いました。

そして、リッキーウオーターとは、リップルウッドの想定と思います。

ネットの中には、次のような記載もあります。

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新生銀行 上場!

新生銀行が、2004219日、東証一部に上場しました。新生銀行の前身は、199810月に破たんし、一時国有化された日本長期信用銀行。日本長期信用銀行は、リップルウッド・ホールディングス(米国)を中心とする外資系ファンドに営業譲渡され、20003月に新生銀行として再スタートしています。

一時国有化された銀行の再上場は、今回が初めてのケース。外資ファンドの損得勘定は?

リップルウッド・ホールディングスを中心とする外資ファンドが持つ発行済み普通株式は、135,000万株強。今回の上場に伴う売り出しは、その3分の1。今回の上場により、外資ファンドは手数料等を除き約2,200億円の売却収入を得、残りの3分の2の株式にも多額の含み益が発生したことに…。

これに対し外資ファンドの投資額は、営業譲渡時に預金保険機構から旧長銀株式を買い取った代金10億円と、資本増強のために実施した第三者割当増資1,200億円の計1,210億円。

リップルウッド・ホールディングス等は、普通株式の3分の2を保有し経営権を維持していきますが、今回の売り出しだけで十分に投資コストを回収できた計算になります。

外資ファンドが巨額の利益を得ることに対する批判もありますが、日本企業も旧長銀を買おうと思えば買えた状況下で、外資ファンドはリスクをとって、その分のリターンを得たということです。

1998年に特別公的管理下に置かれ上場廃止となり、2000年に外資ファンドへの譲渡により公的管理が終了、民間銀行として再スタートした新生銀行は、5年強で再上場を果たしたことになります。

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銀行再生の一つのビジネスモデルとなる一方で、公的資金の投入額約78,000億円は、税金により負担されており、旧経営陣の責任は重いと思います。

AIJ2000億円と比べてもすごい金額です。

さらに、「ハゲタカ」の中には、次の記載がありました。

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・・・プライベート・エクイティ(PE)と呼ばれる投資ファンドの研究をしていて、今後日本の経済再生には、PEを活用した企業再生ビジネスが、日本でも脚光を浴びると感じたからだ。

これからの日本の再生の鍵は銀行ではなく、投資のプロと再生のプロが一体となった企業再生にかかっている。

日本の銀行の悪口になるけれど、日本の銀行の投資というものは何の目的もない。不動産があれば、いくらでも金を貸す。逆に不良債権が増え始めると、今度は一気に金を返済しろっという。そこには、融資や投資というものが持つ本質はゼロだ。でも企業再生ファンドの場合、金を投資するためには該当する企業を徹底的に調べて、投資に見合うリターンが得られるかどうかを判断してから投資をするそうだ。

(中略)

日本では投資ファンドと言われているプライベート・エクイティは、3年から5年で投資した額の年利10%程度をリターンしていく。つまり、最初から復活する可能性のあるところにしか金を落とさない。古今東西、金を出しただけで企業が再生出来た例など一つも無い。・・・

*****

注目したい「リップルウッド」について、岩瀬さんの上司であられた言葉を見つけましたが、”大事な言葉”、”大切な言葉”と思いました。

少し記載をさせていただき、覚えておきたいと思います。

「勝負事で一番大切なことは“観察力”だ」

一見なんということもない短い記事の内容を、違う業界に当てはめてみたり、違う場面に当てはめてみたり、違う人物に当てはめてみたり、より一般的な教訓におきかえてみたりと。

漫然とニュース記事を追っているだけの人と、感受性を研ぎ澄ませて、何気ない記事から多くのメッセージを読み取っている人では、ビジネスパーソンとしての底力の点でどれだけ大きな差がつくことだろうか。

ほかにも・・・

             never, never, never give up。もうだめだと思ったところから、勝負ははじまる。

             早咲きした人で、晩年まで成功し続けた人は少ない。人生のピークは、むしろあとの方に持っていけた方がいい。

             大切な人には、手書きでお礼状を書く。

             大事なミーティングの前には、自分が話したいポイントを手帳にメモって整理しておく。

             実務家であり、同時に学者たれ。論文なり本を書いておくと、あとあと役立つ。

             相手が目上の人であっても、自分が正しいと信じることは恐れずに主張する。

             大きな流れを読んで、我慢して、人と逆張せよ。

             失意泰然 得意淡然 

物事がうまくいかなくても、あせらず、どっしり構える。うまくいっているときは、おごらず、つつましくする。

(岩瀬さんの過去のブログより)

http://totodaisuke.weblogs.jp/blog/2008/10/post-3c8a.html

先日、何気なく入ったブックオフで、僅か数分の後に「金融資本主義を超えて」(岩瀬大輔著)が目の前に現れたのでした。これは運命?と思い早速購入。

今度感想を書きたいと思います。

ありがとうございました。

m(_ _)m

2012年7月11日 (水)

「ハゲタカ」 真山 仁著 を読んで その2

ちょっと間が空いてしまいましたが、唯川恵氏の「終の季節」を読んでいて想い出しました。

「終の季節」は1998年に書かれ、「ハゲタカ」は1990年代~2004年の日本経済を舞台に2004年に書かれています。

 

「ハゲタカ」が活躍した時期は、企業の倒産、合併が数多くあった時期となります。

 

それでも・・・

 

「わかりやすい企業年金」 久保知行著より

企業が厳しい状況に追い込まれれば、コスト削減にあらゆる手立てを尽くす必要があります。しかし、最も優良な工場や優秀な機械を手放すのは最後でなければならないように、企業を究極的に支える従業員へのしわ寄せは最後であるべきです。ヒトに手をつけるのなら、経営者自身、自ら進退を考えるべきです。この気概を重視して、トヨタ自動車の会長で日本経団連会長の奥田氏は、かつて「リストラする経営者は腹を切れ!」と発言されました。

 

「サウスウエスト航空の基本理念」より

いちばん大切なのは「従業員」だ。あなたが従業員に接する態度は、そのまま従業員が顧客に接する態度になる。従業員が第一、従業員を守れ、顧客がいつも正しいとは限らない!

 

「ビジョナリーカンパニー-飛躍の法則②」 ジェームズ・C・コリンズ著

5水準の飛躍を導いた指導者は、人事の決定に厳格であって冷酷ではない。業績向上の主な戦略としてレイオフやリストラを使うことは無い!

合併と買収は、飛躍をもたらす点でほとんど何の役割も果たしていなかった。凡庸な大企業が合併しても、偉大な企業になることはない!

 

ということは・・・

 

ルイスガースナー氏はIBMの立て直しにおいて、“大リストラ”を敢行されていますが、第5水準の経営者ではないということですね。

さらに、初芝五洋ホールディングスの島耕作社長もそうです。残念ながら第5水準の経営者ではないということですね。ざんねん。あっ、これは漫画でした。失礼しました。

 

「合併」の目的の一つには、規模の経済(スケールメリット)を出してユニットコストを引き下げることがあります。そこに人員の削減が入ったりするようです。

一方で、ジェームズ・C・コリンズ氏は、偉大な実績に飛躍した企業で買収をしている場合の目的は、「情熱をもって取り組めるもの」、「経済的原動力となるもの」、「自社が世界一になれる部分」の共通項が弾み車の如く効果を出している時に行っているそうです。

日本の企業合併は、どれになるのでしょうか?後者を例とした合併は聴いたことがないように思っています。いかがでしょうか。

 

銀行再編図

 

太陽神戸銀行+三井銀行=太陽神戸三井銀行・・・平成2/19904

太陽神戸三井銀行さくら銀行(社名変更)・・・平成4/19924

 

さくら銀行+住友銀行=三井住友銀行・・・平成13/20014

 

協和銀行+埼玉銀行=協和埼玉銀行・・・平成3/19914

協和埼玉あさひ銀行(変更)・・・平成4/19929

あさひ銀行+大和銀行=りそな銀行・・・平成15/20033

 

三菱銀行+東京銀行=東京三菱銀行・・・平成8/19964

三和銀行+東海銀行+東洋信託銀行=UFJ銀行・・・平成14/20021

東京三菱銀行+UFJ銀行=三菱東京UFJ銀行・・・平成18/20061

 

日本興業銀行+富士銀行+第一勧業銀行=みずほ銀行・・・平成14/20024

日本長期信用銀行新生銀行(破綻後外資が買収)・・・平成12/20006

日本債券信用銀行あおぞら銀行・・・平成13/20011

 

北海道拓殖銀行(平成9/199711月)業務破綻・都市銀行としては戦後初、かつ現在唯一の破綻銀行である。北洋銀行、三井住友信託銀行へ事業譲渡。

 

上記は都市銀行系を中心に書いています。最近は都市銀行系での合併等は無いようですが、信託銀行系ではつい最近、今年4月に三井住友信託(住友信託と三井中央信託と三井中央信託アセット)の合併が行われています。

 

生命保険再編図

 

                                                       
 

年月

 
 

生命保険の破綻と合併について

 
 

1997/4

 
 

日産生命業務停止命令(戦後初の生保破綻)→2004/11 プルデンシャル生命吸収

 
 

1999/6

 
 

東邦生命に業務停止命令→2000/3 GEエジソン生命へ包括移転

 
 

2000/5

 
 

第百生命に業務停止命令→2001/4 マニュライフ・センチュリー生命に包括移転

 
 

2000/8

 
 

大正生命に業務停止命令→あざみ生命(旧大和生命)へ包括移転

 
 

2000/10

 
 

千代田生命が更生特例法の適用を申請→2001/4 AIGスター生命で再出発

 

協栄生命が更生特例法の適用を申請→2001/4 ジブラルタ生命で再出発

 
 

2001/3

 
 

東京生命が更生特例法の適用を申請→2001/10   T&Dフィナンシャル生命で再出発

 
 

2002/10

 
 

セゾン生命とGEエジソン生命が合併→GEエジソン生命へ

 
 

2004/1

 
 

GEエジソン生命をAIGが買収→AIGエジソン生命へ

 
 

2004/1

 
 

明治生命と安田生命が合併→明治安田生命へ

 
 

2005/10

 
 

アクサニチダン生命とアクサグループライフ生命が合併→アクサ生命へ

 
 

2007/6

 
 

ウィンタートウル・スイス生命をアクサジャパンが買収→アクサフィナンシャル生命へ

 
 

2008/10

 
 

大和生命が更生特例法の適用を申請→2009/4 プルデンシャルファイナンシャル生命で再出発

 
 

2012/1

 
 

AIGエジソン生命、ジブラルタ生命、AIGスター生命が合併→ジブラルタ生命へ

 

 

生命保険でも、今年まで、合併が行われています。

 

「ハゲタカ」は投資ファンドです。

投資ファンドへは、年金基金がポートフォリオの一環として、こうしたファンドに投資をしています。

投資ファンドが高い収益を得なければ、年金基金に必要な資金が得られなくなります。

逆に、AIJ投資顧問のような所が出てくるのも困るわけですが・・・

 

すいません。収拾がつかなくなりましたが、とにかく、めげずに前を向いて頑張っていきましょう!

 

失礼しました。m(_ _)m

2012年4月18日 (水)

「ハゲタカ」  真山 仁著 を読んで その1

また、ブックオフでゲットしました。

とてもよく調べられていると思いました。

テレビも面白かったと記憶していますが、本はそれ以上に面白いと思います。

本書は、バブルがはじけた、1990年代~2004年までのおもに金融機関を舞台にした「投資ファンド」の物語。投資ファンド、とくにプライベート・エクイティ・ファンドに属すると思われる、ホライズン・キャピタルの会長 鷲津政彦が主人公になります。

以前、この分野も、アクチュアリーのチャンスの場になることを書いたことがあります。

<http://life-insurance2.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-11c0.html>

本書でも鷲津の経営するホライズン・キャピタルの資金は「年金基金」から出資されています。

さて、本書の中には、「生命保険会社」もチラッと出てきました。

東陽生命・・・・・

そこには、こう書かれていました。

「破綻した東陽生命だが、政治家や闇の紳士達と関係の深かった金融機関の債権というのは、不良債権としてはゼロ価値だが、その債権が持っている情報価値としては、良い値で売れる」

政治家や闇の紳士達と関係の深かった金融機関とされています。

植村信保氏の著書「経営なき破綻」に目を移してみると、

東○生命が経営危機に陥った理由には、80年代後半に高利率の資産性商品を大量販売したこと、不動産関連投融資などハイリスク・ハイリターンの運用に傾斜し、バブル崩壊で多額の不良債権を抱えたことなどが挙げられる。これに加え、東○生命に特徴的な要因として、経営トップとその周辺が不適切な経営を行っていたことを指摘する必要もあろう。

さらに、元大蔵省 保険1課長 浅谷輝雄氏のブログでも、20007月に次の内容を書かれています。

ちょっと長いですが、ブログから記載をさせていただきました。

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 気になっていたこととは、破綻した東○生命の経営責任取り方である。破綻した企業が旧経営陣の責任を追及し、損害賠償を求めたのは、旧日本長期信用銀行などのケースがあるが、保険会社では初めてだと記事にある。そういえば、日産生命にどの様な経営責任をとったと言うことを聞いたことがないから、東○生命が初めてなのであろう。

 訴状によると、太×清×元社長は1990年から92年にかけて、ノンバンク経由で太×家の資産管理会社など二社に総額120億円を融資した結果、約64億円が回収不能になった。多△元副社長は、融資が太×家の利益を図るものとは知りながら、止めさせなかったという。賠償請求額が10億円に留まったことについて東○生命は「責任の度合いや支払い能力などを総合的に判断した」と説明している。しかし太×清×元社長の責任は、10億円程度で、かたが付く話ではない。少なくとも一桁違うと私は思う。

 太×元社長のワンマンぶりは業界内では昔から有名であり、取締役の任命から融資の決定まで他人の介入を許さず、気に入らない部下は、直ちに飛ばしたようだ(取締役の任期は一年だとまで言われた)。彼は、千三つ屋(1000の内3、即ち0.3%の確率。落語では千の言葉の中に真実は三つの大うそつき、ほら吹きのこと)、いや万三つ屋といわれ、一種の「性格破綻者」であった。彼が経営責任のチェックが甘い相互会社の社長になったことがこの会社の悲劇の始まりであったのだ。

 私が25年前に保険一課長をしていたとき、太×氏は副社長であった。悪い噂が外部から伝わってきたことがあって、「もし経営を引き継ぐようなことがあれば、しっかりした補佐役が必要だ」と話をしたことがあった。当時、東○生命は太×商会(商店)とも呼ばれ、アクチュアリの平木三蔵さん、会計の大久保勲さんという、業界でも有名な人がいて会社を支えていた。しかし、その後に太×氏に対し抑えの効く補佐役が育たなかった、育てなかった。絶大な人事権を握っている社長に反抗し注意することが、チェック機構のない相互会社では如何に難しいかを実証した。システム的に、この様な内部自己規制に頼るのは無理である。

 しかし、その後いろいろな事情があったのだろうが太×氏が社長に就任し、次第に有力な補佐役が退任して、彼が「独裁者」になっていった。

 バブル当時から、またそれが崩壊してから、東○生命の資産運用が問題であると業界内で大きな評判だった。太×氏の私的財産を間接的に殖やす運用に、である。

 その時期に新保険業法が審議され、資産運用の規制緩和が大幅に認められるようになった(この点も早急に再検討すべきである)のだから、太×氏のやり方を法的に規制する手段が無くなった。私は、これが問題発生の一端であると思う。もともと、社長(会社経営責任者)関連の資産管理会社や事業会社等に生保会社の金を、保険契約者の金を融資することを法的に規制すべきであった。

 其処がしっかりしていれば、東○生命の資産運用の問題に、法的な損害賠償責任訴訟を提起できるはずである。東○生命の資産運用の実態について監督官庁である保険部は、異常に長期化した検査から承知していたはずである。当時の監督官庁は、債務超過の決算を知りながら放置して、如何にして太×氏を社長の座から降ろすかに全勢力を注ぎ込んでいた。また外部の第三者からなる経営委員会を設けて経営のチェックを行うシステムを作ったけれど、全く成功しなかった。東○生命のケースで、問われるべき行政責任が、民間側からハッキリと声が挙がらず、また再発防止のための保険業法改正の声も聞かれなかったのは摩訶不思議であった。

 これでは日産生命のケースで経営責任が問えないのは当たり前で、今後起こりうる生保会社の破綻にも経営責任を問うのは困難であろう。銀行行政に追従した保険業法改正だけを検討するこれまでの姿勢を改めて貰いたい、と切望する。

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真山氏、植村氏、浅谷氏、みなさんの調査結果は同じですね。

トップがこうなってしまうと、その企業はどうしようもなくなる具体的な事例だと思います。

「東○生命」、バブル弾ける前であれば、トップマネジメントではない“従業員”に、もしアンケートをとるならば、従業員満足度は高かったように思います。部課長以下の方々には、尊敬できる方が多かったと思います。

作家、向田邦子さんの父上も勤められていたと聞いています。向田さんの本(例えば、寺内貫太郎一家)からは、頑固おやじだったかもしれませんが、共感を持てる方のように思います。

つづく・・・

ではでは、また。

 o(_ _)oペコッ

2012年3月18日 (日)

生命保険の営業について

その昔?「営業」の中で、三大“キツイ”営業と言われたのが、「車」、「証券」、そして「保険」と言われていたそうです。

もちろん、いろいろあります、どの営業も大変ではあると思いますが、この3大と言われていたのは、次の理由で、言われていたように記憶しています。

「車」は、車そのものが高額な商品であるため。

「証券」は、貯金と異なり、元本保証がないリスク性商品であるので、きちんと理解して入っていただかないと、トラブルになることがあるため。

「保険」は、物とは異なり、目に見えない商品であること。また、通常、購入後も自分の手元には何も残らないため。

ある生命保険のトップマネジメントの方も次のようなことを書かれていたのを読んだことがあります。

『生命保険を売ることはとても難しいことです。

なぜなら、お金を捨てさせることだからです。自分にはお金が返ってきません。自分以外の人のために入るものだからです。だから皆、生命保険を勧められると躊躇するのです。

「あなたが払うお金はあなたのところには返ってきません。あなたの愛する人のところに行くのです」ということを言わなくてはいけないわけです。ですから生命保険を売るのは難しいのです。

いくら家族を大事にしているといっても、保険料という意味でお金を捨てるのは難しいことです。自分に戻ってこないのですから。

しかし、この難しい仕事が難しいからといって放棄してしまっては、日本のセーフティネットが無くなってしまうと思います。』

※ここでいわれている生命保険は、基本となる“死亡保障”について話されており、医療、年金などは含まれていません。

あの東日本大震災においても、生命保険会社は、保険料の猶予期間延長と合わせて、その地域の契約を1件、1件、状況の確認を行い、保険金については未払いとなることが無いようにされていると聞いています。

また、生命保険の営業では、よく「一訪四的(五的という場合もあり)」と言われることもあるようです。

お客様へ訪問をさせていただく際は、「募集(保険の説明)」、「増員(一緒に働いていただける方の紹介)」、「要望(保険会社等に対する要望を聴く)」、「メンテナンス(契約の変更など)」、そして、お客様の話をよく聴く、また、最近の情報を提供したりなど、訪問をさせていただいた時には、挨拶のみとしないこと、と教わりました。

その昔?保険会社の事務職であっても、保険の紹介をすることがありました。

今回、久しぶりに? 「増員」のための紹介キャンペーンが実施されました。

営業の方から電話連絡をさせていただける方を少なくとも1件紹介して、というものでした。

最初、懐かしいような、ちょっぴり複雑なような気持でした。 (^-^;

今回、お○う▲に、電話で営業さんからの話を聴くことを、快諾?いただきました。

ありがとうございました~。 o(_ _)oペコッ

普段はなかなか話をする機会が少ないのですが、今回、話をするきっかけができたのは良かったのかな、と思いました。

なにか、演繹的な文章となりました。 失礼しました。

それだけ、生命保険の営業は難しいのかもしれません。

ではでは。m(_ _)m

2012年1月 8日 (日)

藤澤利喜太郎氏(1861-1933、73歳没)とその長男の藤澤親雄(1893-1962、69歳没)について

これまで、藤澤利喜太郎氏について、知っていたことは、日本の生命保険・年金理論の草分けであり、解析概論で著名な高木貞二氏の恩師。また、日本生命、簡易生命保険の生みの親であり、育ての親である。また、藤澤氏は、簡易生命保険設立に際して、第一生命創業者の矢野恒太氏からは、反対活動を受けていること、くらいでした。

昨年の12/23に慶應大学で開催された「保険フォーラム」へ行ってきました。

ア試験後すぐのお休みであり、無料も魅力的。

ただし、年末まで、家の掃除の手伝いなどサボっていたため?講義の後は、帰りました。ざんねん。

後日、actuary jpさんも保険フォーラムのことを書かれていましたが、ブログをされている方が参加をされていたようで、次回はご挨拶などできればな、と思いました。

ビスマルク時代のドイツ留学で学んだ藤澤利喜太郎氏の考え方

「政体の変革、一揆、徒党等、内訌(内乱)の禍害」の原因はしばしば貧富の差にある。

「人に智愚の差ある以上は、世の進歩するに従い、社会中財産分有上に於いて不平均を生じ、富者はいよいよ富み、貧者はますます貧に陥るのは、優勝劣敗の競争原理の支配する資本主義では致し方無い面もある。とにかく貧者は国民の務めである税金も滞納するようになり、少しでも賃金を上げてもらいたいとストライキを起こすようになるだろう。

特権富裕層への暴力的反撃がついには起こるだろう。

社会主義(当時は、マルクス、エンゲルス)や無政府主義(当時は、ロシアのバクーニン)がはびこるのも時間の問題だろう。

労働者階級が増えてゆけば、自ずとそうなる。

そのとき、天皇を中心とする日本の国家制度は危機に瀕するだろう。」

と言われています。

当時、ビスマルクも「飴と鞭」と言われているように、

「飴」は社会保障制度の父とも言われている通り、社会保障制度の普及に努め、

「鞭」は社会主義者、無政府主義者の弾圧を行っています。

ビスマルクとしては、ドイツ統一を進める一方で、社会主義国家よりも自分の育ったプロイセン王国の流れを汲みたかったようですね。

そこで、国民の生活を保障する。大切なのは「食い扶持」であると。

「一国中知識に於いて上流の位置を占め、国運の進歩にあずかりて、最も力あり、その国の知識精神を代表するものは財産分有上、中等以下の位置にある、俗にいわゆる“月給取”」、

すなわちサラリーマン階級である。ところが働き盛りのサラリーマンが不幸にして病気や事故で逝ってしまったらどうなるだろうか。遺された家族は路頭に迷うだろう。

「子供の如き、富貴というにはあらねど、物に事を欠かぬ中に生育しけるに、父の死に遇うて、貧困を極むるとなれば、その辛苦は元々の貧困の辛苦に増さるべし。」

それなりの生活をしていた中産階級の子供が突然にどん底に落ちる。不条理なものを感じる。

生まれたときから貧困でそれを当たり前として育った人間よりも、最初によい暮らしの記憶があるのに不幸にもそれを断ち切られた人間の方が、大人になってから社会主義者や無政府主義者になって世の中に反抗しがちなのではないか。

このような事例を、日本の社会から少しでも減らさなくてはならない。

そのための「生命保険

そこで、今の「日本生命」の創立者の一人となられている。1889年9月のことです。

次に藤澤氏は、民間の生命保険会社が事業を拡張し隆盛して大きな資本力を身につければ、被保険者層もどんどん広がり、たとえば貧民のための掛け金の安価な保険制度の実現も視野に入ってくるはずと考えたようだ。また、保険業の発展によって国家が保険の効能に気づけば、政府主導の貧民保険も実現されやすくなると思っていたらしい。

生命保険の普及を呼び水にして、さまざまな保険と保障の制度を日本に張り巡らす。そうやって、国民の大多数がいついかなる時も安心して暮らせる状況を作り出す。そうすれば明治維新で生まれた天皇中心のこの国のかたちを、社会主義や無政府主義から防衛できる。不満分子の増殖を妨げられる。

この構想は、ついに政府を動かし、諸官庁の相乗りによる小口保険調査委員会の設置につながる。

藤澤氏は委員として活躍し、そこから掛金の極めて安価な、郵便局の簡易生命保険のアイデアが生まれ、大正前期に実現した。1916年、大正5年のことである。

また、藤澤氏は、1889年に「生命保険論」を刊行されている。

その中には、現代の保険数学の教科書にある記号がほとんど網羅されている。すごいですね。

ところで、その藤澤氏のしたことに「限界」があるとして、

その長男、藤澤親雄氏は天皇中心の国とするには「個人主義」ではない「全体主義」、「全体主義指導者国家制度」をとなえた。

ドイツのヒットラー、イタリアのムッソリーニというところでしょうか・・・

藤澤親雄氏は、当時の一高から東大法学部卒、満鉄に勤め、ベルリン大学へも行き、大学教授までされている。

一方で、ヒットラーに感化された近衛さんの大政翼賛会に入られたり、戦後は公職追放をされていたりと・・・・ちょっと?常人からは偏ってしまった方のようです。

そうなってしまった要因として・・・

父親のしたことを認めているようには思いました。それでも、日本はなかなか天皇を中心とする危険因子の無い国家にならなかった。

それは、

大正9年、1920年の経済大恐慌による混乱から立ち直り切ることができずにいた日本経済に対して、

大正12年、1923年に「関東大震災」が発生。

その後の昭和2年、1927年の世界大恐慌と相まって、日本資本主義は長く慢性的不況に悩まされることとなった。

さらに、大正期は内閣も1年足らずで交代が続いていた。

ここで、日本史の勉強不足が露呈してしまうのですが、

「関東大震災」では、日本人による「朝鮮人の虐殺」が行われています。

確かに、関東大震災で刑務所も破壊され、囚人が街に逃れてしまった。身を守るためには、相手と戦うことも必要になるのかもしれない。

でも、朝鮮人を「虐殺」する必要があるのでしょうか。「虐殺」です。常人ではないと思います。

この辺りも、藤澤親雄氏が天皇中心の“全体主義”に偏らざるを得なかったところがあるのかもしれません。

※作家、吉村昭氏の「関東大震災」に朝鮮人の虐殺について、書かれていました。立ち読みで我慢しました??

現代の日本で、ここまでのことは無いように思いますが、「慢性的不況」、「内閣の短期交代」は当時と酷似していないでしょうか??

「保険フォーラム」、勉強になりました。ありがとうございました。

m(_ _)m

2011年9月 4日 (日)

日本の生命保険の原点

日本の生命保険の始まりは、福沢諭吉の著書「西洋旅案内(1867年、西洋旅行のための実践的なガイドブック、当時外務省の依頼で著した模様)」、「西洋事情(1873年)」の中で「人の生涯請合」の紹介から我が国における生命保険が始まった、とされています。

それ以前には本当に無かったのでしょうか?

生命保険講座(総論)には、明治時代以前、わが国にも古くから宗門団体、同業者、村落などを中心として相互扶助の思想に基づく五人組、頼母子講、無尽、職人組合などの隣保扶助制度が存在したが、わが国の保険はこれらの類似制度から発展したものではない。と書かれている。

現代の生命保険にまで発展はしなかったかもしれませんが、「五人組」はキーワードではないでしょうか?

調べてみました。

「上杉鷹山」、最貧状態に陥っていた米沢藩を健全な状態に立てなおした人物です。

この上杉鷹山が1802年に掲げた「五〇組合と五ケ村組合」は、素晴らしいと思いました。

以下、抜粋です。

1.同一村の者は、友人のように助けあい、世話をしなければならない。

2.五ケ村組合の者は、真の隣人同士が互いに、どんな場合にも助け合うように、困った時は助

   け合わなければならない。

3.互いに怠らずに親切をつくせ。

  年老いて子の無い者、幼くして親の無い者、配偶者を亡くした者、身体が不自由で自活のできない者、病気で暮らしの成り立たない者、死んだのに埋葬できない者、火事にあい天露をしのぐことができなくなった者、あるいは他の災難で家族が困っている者、このような者は、村で困難を取り除き、暮らしの成り立つようにすべきである。もしも1村が災害で成り立たない危機に陥ったならば、隣村は、なんの援助も差し伸べず傍観してよいはずがない。五ヶ村組合の4ヶ村は、喜んで救済に応じなければならない。

これは、相互扶助の精神であり、生命保険(損害保険も含む)の原点と言えないでしょうか。

2011年7月23日 (土)

出口治明さんと前田一雄さん

ライフネット生命の出口さんと岩瀬さんが「カンブリア宮殿」(7/14)に出演をされていました。

スゴイ!

テレビ放映は視れませんでしたが、インターネットに動画紹介がされていましたので視てみました。

まだ視聴をされていない方はこちらからどうぞ 

http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/dogatch.html

これを視ていて思ったこと、出口さんの語られていることと同じことを語られていた「前田さん」を想いました。

お二人とも生命保険業界を代表するトップマネジメントの方だと思っております。

そこで、自分が言うことは大変おこがましいのですが、生命保険業界を代表するお二人の共通点とちがう点を視てみたいと思いました。

最初に驚いたことは、お二人が同じ学年であったこと!

前田さんは、19481118日生まれの62歳。

出口さんは、1948418日生まれの63歳。

還暦を過ぎても現役バリバリは、爪の垢をいただいて、少しでも見習いたいですね・・・すでに今の時点で、あごが上がってヒーヒー走っている状態ですからね・・・・・

次に、

前田一雄さんは、東京大学経済学部卒業。第一生命入社。その後、プルデンシャル生命を立ち上げる。

出口治明さんは、京都大学法学部卒業。日本生命入社。その後、ライフネット生命を立ち上げる。

お二人ともすごい「経営者」ですね。

こちらは、勉強だけでも敵いませんね・・・・・

『考え方の共通点』

・生命保険会社の使命は、決して生命保険を売ることではなく、保険金をお届することです。

⇒このような考えが、すべての生命保険会社に一枚岩で根付いていれば、先般の「不払い」などということは起こらなかったのかもしれません。

・生命保険は全て掛け捨てである。世の中に掛け捨てでない保険というものはありません。

ここは補足すれば、死亡保険では、よく「保険料が安いのは掛け捨てだから」、と言いますが、貯蓄保険(生存保険)も、満期前に死亡された場合に、満期金が出ないという点で、貯蓄保険も途中の死亡された方にとっては掛け捨てになっている、ということです。

『考え方のちがうところ』

出口さんは、インターネットを利用することで、生命保険料を半分にしたい。

前田さんは、ライフプランナーによる(守りたい人がいることにきづかせる)二-ドセールスが必要とされている。

これからの販売チャネルは、これまでの営業職員によるアプローチのみの「富士山」ではなく、多様な販売チャネル「八ヶ岳」になると、出口さんは言われていました。

その通りだと思いました。

残念ながら、前田さんは先月629日に急逝をされております。ご冥福をお祈り申し上げます。

2011年2月26日 (土)

金融工学とアクチュアリー3

少し試験とは別に「LTCMの破綻」について

LTCM-Long Term Capital Managementは、マイロン・ショールズ(ブラック・ショールズモデルの生みの親)、R.C.マートン(ブラック・ショールズモデルの数学的正しさを証明し、金融工学を発展させた人)という金融工学の二大大家がパートナーとして参画。さらに、この二人はノーベル経済学賞を受賞もされています。

LTCMの失敗の原因は「裁定取引」。理論的には無リスクで儲かるはずだったのですが、その前提条件が崩れたために、大きな損失が出たのです。

「裁定取引」は「アービトラージ」とも呼ばれ、価格が同じあるいは価格が近似する商品の価格に、理論上説明のつかない価格差が生じている場合、その価格差を利用して高い商品を売り、安い方を買うことで、理論上リスクなく利益を上げることのできる売買手法のことをいいます。

世界中の債券の理論価格を算出し、それぞれの相関関係から来るわずかなスプレットを、大きなレバレッジを賭けることで取りに行くのがLTCMの基本的な戦略。

この各債券の相関関係や、スプレットの存在を見つけ出すことは広い海岸の砂浜で、5円玉を見つけ出すようなもので、まさに並大抵のことではなく、それが、天才といわれた所以ということのようです。

「裁定取引」で連戦連勝を続けたファンド・マネジャーたちは、自らの成功報酬を目当てに、ロングタームならぬ、ショートタームでヘッジ(損失回避)運用ならず、ギャンブル運用で大きな利益を得ようとして、分散投資ならぬ集中投資を行っていたのが裏目に出たと言われています。

当時において、ジャンク債(支払不能になる危険性が大きいかわりに、高い利息を払ってくれる債券)と、安全な国債の間に生じる理論値からの乖離を利用して利益を上げようとしたところに、1998年にロシアの金融危機が発生し、リスクを嫌った投資家が一斉にジャンク債を手放そうとしたため価格が暴落し、巨額の損失を被った結果と言われています。

通常の運用なら1000万ドルの損失で済んでいても、30倍のレバレッジをとっていれば、損害は3億ドルになる。

LTCMの場合、レバレッジのおかげで、損失は33倍に膨らみ、19989月、362500万ドルの巨額損失を抱えて破綻しました。

具体的には、イタリア国債ということです。

デリバティブによってイタリア国債を買うのと同じポジションをつくっていたところに、ロシア金融危機により、金融資産の下落を招き、信用力が弱いとされている国債の流動性を奪いました。イタリア国債も売り注文を浴び、LTCMはこの最中に大量のイタリア国債の買いポジションを解消(反対売買)できず、損失を膨らませていったと言われています。

ミルトン・フリードマンでなくとも、呆れるように思います。

さらに、飽き足らずにリーマンショックの原因となったCDSへも踏み込む、アメリカのビジネススクールが育てた、強欲で短期的利益偏重のMBA経営者たち。「金融工学」を汚すようなことになるのですね。

こういうことを許さない「アクチュアリー」は現れず!?・・・・・

2011年2月12日 (土)

金融工学とアクチュアリー2

以前にもブログに書きましたが、「金融工学」とは「将来の不確実なキャッシュフローの計算と制御」と言われています。

「アクチュアリー」とは「将来の出来事の発生確率を評価し、望まれない出来事の発生確率を減らすように知恵を絞り、起こってしまった出来事の影響を軽減することを考える専門家である。」と言われています。

そこで、アクチュアリーは金融工学を身につけていき、社会をよい方向へ導けるように活かさなければならないと考えています。

ここで、興味深い話として、経済学者であり、ノーベル賞学者でもあるミルトン・フリードマンは「金融工学」を認めていませんでした。「経済学ではない」、「人間的創意の単なる浪費」と言われていました。同じく、2度のノーベル賞を受賞されている、ポール・サミュエルソンも認めていないということです。

お二人とも、数学に長けた方でもあります。なぜなのだろうか?少し考えてみました。

とくに、ミルトン・フリードマンは、1930年代、得意の数学を活かして「アクチュアリー」を目指して、貧しさから抜け出そうと考えていました。しかし、当時は大恐慌時代、失業率30%の大失業時代において、経済を復活させたいということから、経済学者になられたと言われています。

素晴らしいお考えと思います。

ミルトン・フリードマンは、通貨供給量を重視するマネタリストでした。

マネタリストとは、自由市場の尊重と財政均衡を主張し、経済成長に見合う通貨供給を行うことで経済の安定化を図るべきとする考え方です。 (Hatena Keywordより)

なんとなくで恐縮ですが、このマネタリストの考え方は、例えば、オプション料のみで、その何倍、何十倍へも資金を増やすことが可能となる「レバレッジ効果」を信用・信頼することは難しいのかもしれないと思いました。

LTCMLong Term Capital Management)の破綻も原因かもしれません。LTCM19989月に破綻している。

この時点で、金融工学におけるアクチュアリーは、まだあまり聞こえてきていないように思います。

時計の針を進めていきたいと思います。

・・・・アクチュアリーと「投資ファンド」につなげていきたいナ~

2011年2月 5日 (土)

投資ファンド-プライベートエクイティの登場について

負債を提供するのが役割である銀行が、これら企業へのリスクマネーの提供者の役割を果たせなくなってきた理由。

企業が順調に発展しているうちは問題がないが、企業が苦しくなったときには、メインバンクにとっては企業から資金を確実に返済させることが目的となるからだ。

バブル崩壊以降、日本企業が成長できなくなった根源的な問題の答えがある。

社会全体が苦境のときは次への投資のチャンスであるにもかかわらず、その時期には銀行は資金提供者ではなく資金の回収役にまわる。

それは銀行が資本ではなく負債の提供者であるがゆえにしかたのない行動である。

苦境の時期には負債を増やして投資を行うのは本来健全ではない。資本、言い換えればリスクマネーを調達して投資をおこなうというのが、本来の正しいスタンスである。このような経済環境が、銀行に代わるリスクマネーの提供者を必要とした。そこに「プライベート・エクイティ」の登場意義が存在したのである。

ところで、リスクマネーである資本を提供する金融機関は他にもある。

具体的に言えば「生命保険」、「信託銀行」などの機関投資家である。

なぜ彼ら機関投資家が時代の要請に沿ってリスクをとって成長を目指す企業への資金を提供できなかったのか。なぜ機関投資家の代わりに「プライベート・エクイティ」が登場しなければならなかったのか。

その最大の理由は、従来の機関投資家が「サイレントな投資家」として、自らの投資を果たしてきたからに他ならない。

上場企業の公開されている上位株主リストには大手生命保険会社、投資信託運用会社など機関投資家の名前がずらりと並んでいる。上場企業が成長する過程においては、彼らが企業にリスクマネーを提供することで、上場企業の設備投資計画を投資家として後押ししてきた事実がある。

にもかかわらず彼らが「サイレントな投資家」だったのは、代わりにガバナンスの担い手としてのメインバンクが存在していたからだ。企業経営のご意見番として横から口出す役割を、日本の機関投資家は銀行にある意味で委託してきたのである。

銀行、生命保険会社などの金融機関が担い手とならなくなった現代において、これからの企業の成長を実現するためには、より高いリスクを許容することができ、同時により強いガバナンスを発揮できるリスクキャピタルの担い手が必要となってきた。

そこに登場したのが、「プライベート・エクイティ」であった。

このとき、機関投資家の企業にいる“アクチュアリー”にとって、「脅威」と「チャンス」を提示しているように思います。新しいリスク管理専門職グループを受け入れるためにアクチュアリー専門職の職務範囲を拡大するチャンスである。

もう少し調べてみたい。

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